第105章:伝令と、化学的に解剖された「天使の涙」
アレンが飛ばした伝書鳥は、驚異的な速度で帝都の裏社会を牛歩の如く裏から支えるCEOの元へと舞い降りた。
CEOが受け取った書簡には、先日何気なくビーカーへ放り込まれた「天使の涙」に関する、極めて冷徹かつ現実的な分析データが記されていた。
『天使の涙の成分分析結果について。
水分:約98%
無機塩類:ナトリウム、カリウムなど
有機成分:タンパク質・酵素(リゾチーム等の抗菌成分)、脂質(微量の油分)
――以上だ。
いくら天使だからといって、物理的構成要素に特別な神聖物質が含まれているわけがない。あいつの本質はただの怠惰と労働拒否のデータエラーにすぎないのだからな。
したがって、わざわざ本物の「涙」を回収せずとも、水分を除いたナトリウム、カリウム、各種酵素(抗菌成分)、および微量の油分を適切な比率で配合・添加すれば、完全に同等の効能を持つ代替溶液が生成できるはずだ。
今後はそのレシピで量産体制に入れ。――アレン』
CEOは手紙を読み終えると、わずかに遠い目をしながら、日夜アレンの理不尽なこき使いに耐えている女神エルエルの姿を脳裏に思い浮かべ、そっと合掌した。
――神の涙すら「ただの塩分とリゾチームの混合物」として切り捨てるこの男の下で働く同僚(女神)に、心からの同情を禁じ得ないCEOであった。
*
一方その頃、アレンはささやきの森へ向かう道中、国境の手前にある古びた地方都市へと到着していた。
日も暮れかけ、これ以上馬車を走らせるのは非効率であると判断したアレンは、馬車を降りて宿場町へと足を向ける。
案内されたのは、その街で一番――と言っても地方都市の基準では古びた、木造の年季が入った宿の「角部屋スイートルーム」だった。
ギルドから支給された交通費の範囲内での宿泊費を計算しつつ、アレンはカウンターで宿泊代を支払う。
「一泊、大銅貨7枚で」
ずっしりと重い大銅貨を正確な枚数だけカウンターに置き、鍵を受け取る。
あてがわれた部屋の扉を開けると、築年数の経った木造建築特有の、どこか湿ったようなかび臭い空気がふわりと鼻腔をくすぐった。
「……ふむ。多少の湿気とカビ臭さはあるが、空気の循環を考慮すれば許容範囲内だな。寝るだけの空間としては十分だ」
アレンは環境エンカウントの低さに満足げに頷くと、荷物を無造作に置き、明日のささやきの森への侵入ルートと魔素濃度の測定シミュレーションを頭の中で組み始めるのだった。




