第104章:馬車の雑談と、転売という名のノイズ
「エルエル、ここでの神からの依頼はお前たちに任せる。俺はささやきの森へ行ってくる」
「え! バイトしてて良いってこと?」
「ふぅ~、お前な……後で今の3倍こき使うからな」
天界の業務端末を抱えたまま目を輝かせる自称・管理者に対し、アレンは呆れたように一瞥をくれると、さっそく帝都を後にした。
本当であれば、空間魔法の(座標移動)を用いれば、ささやきの森など数秒で到達できる。だがそれをやると、天界の面倒くさいエルエルの上司(システム監査官)が「次元の不正歪曲だ」と騒ぎ立ててエラーログを吐き出すのは目に見えている。
何より、ギルドから支給された交通費の帳尻を合わせるためには、道中の町村を経由した「宿泊施設」の領収書が不可欠だ。経費精算という bureaucratic(官僚的)なシステムに縛られている以上、ケチ臭くとも馬車に揺られるしかない。
ゴトゴトと単調な振動を立てる相乗り馬車の中、アレンは窓の外を流れる景色を眺めながら、斜め向かいに座る初老の商人がごそごそと荷物を改めているのを目にした。
「いやぁ、兄ちゃんも隣国との国境へ向かうのかい? ……っと、これを見てくれよ」
商人は声を潜め、いかにも珍しそうに二つの品物をテーブルの上に並べた。
一つは、貴族の娘たちの間で爆発的なブームとなっている全粒粉のクッキー。そしてもう一つは、エレーナの肌を一瞬で変貌させた「天使の涙」入りの高級美容水(化粧水)の小瓶だった。どちらもアレンがほんの気まぐれと実験で作った代物である。
「知っているか? 今、帝都ですごい勢いで流行ってるらしいんだがね、『全粒粉のビスケット』と『特製の奇跡の化粧水』というらしいんだ。
これをですねぇ、お隣のレムリア皇王国まで持って行って現地の貴族どもに高値で転売したら、そりゃもうウハウハで大儲けできると思わないか?」
商人は目をギラギラさせながら、鼻息荒くアレンに語りかけてきた。
アレンはそれを冷めた目で眺め、心の中で淡々と分析する。
――なるほど。需要と供給の歪みを突き、適正な流通コストを無視して中間マージンを不当に釣り上げるだけの存在。いわゆる「転売ヤー」か。
こうした無駄なノイズが市場に介入すると、価格構造が崩壊し、最終的な購入者(あるいは研究に必要な実データの収集)に余計なコストと混乱が生じる。極めて非効率、かつ不快なエラーだ。
「……ふむ」
アレンは腕を組み、わずかに思考を巡らせた。
こういう輩を駆逐し、市場の価格統制と物流の最適化を図るにはどうすればいいか。答えは単純だ。
個人による買い占めや高額転売が入り込む隙間すらなくすよう、皇王国側に自前の正規販売ルート(支店)を直ちに直結させ、適正価格で大量供給すればいい。
アレンは手帳を取り出し、サラサラとペンを走らせた。
『ゼノリス(CEO)へ。
レムリア皇王国との国境付近、および主要都市に「転売防止対策」兼ねた小規模な直営支店を急ぎ設立せよ。全粒粉クッキーと美容水の正規流通網を現地で直売し、不当な中間マージンの発生余地を物理的に抹消する。詳細は追って。――アレン』
このメモを即座に伝書鳥の足に結びつけ、馬車の窓から大空へと放り投げる。
数分後、隣で夢見がちに「これで大金持ちだ……」とほくそ笑む商人の横顔を一瞥しながら、アレンはぼそりと呟いた。
「……ま、正規の流通網を敷くついでだ。ついでに皇王国での直売も軌道に乗せれば、数百万くらいの利益は勝手に転がり込んでくるか」
本人は「市場のバグ取り(最適化)」をしただけのつもりだったが、結果的に隣国での大商会グループをまるごと出し抜く巨大ビジネスの種を、旅の道中で何気なく撒いてしまったのであった。




