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小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


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第103章:ささやきの森と、塩漬けの調査依頼

 アレンは帝都をあとにし、南へと座標を移した。


 目指すは、アルカディア魔法帝国の南端に広がり、隣接するレムリア皇王国との国境を形成する「ささやきの森」である。


 その森の規模は途方もなく広大だった。


 魔法帝国の総国土の約三割以上を覆い、隣るレムリア皇王国に至っては領土の半分――約五割をも占めている。広大な原生林そのものがそのまま巨大な国境線となっているため、双方の国家にとって厳重な警備は物理的に困難を極め、長年の懸案事項となっていた。


 今回のギルドからの依頼は、まさにその国境線の調査である。


 だが、依頼のランクと実態には大きな乖離があった。


 本来、広大な森の踏破や生態系調査であれば、DランクやCランクの若手冒険者に数でこなさせるべき内容だ。


それを、単独行動が基本のBランクやAランクの精鋭に依頼するなど予算の無駄遣いであり、誰も手を付けないままギルドの奥底で放置されていた――いわゆる「事実上の塩漬け依頼」である。


依頼書

題名: ささやきの森国境線の調査

内容: ささやきの森国境線の現状を報告せよ。特に魔素濃度や魔物の種別出現率のデータを提出すること。


 依頼書を受け取ったギルドの受付嬢は、申し訳なさそうに、しかしどこかホッとしたような複雑な表情でハンコを押した。


「アレン様、こちらの依頼ですが、移動コストを考慮し、交通費のおよそ半額として前金に銀貨15枚をお支払いしております」


 受付嬢の言葉に、アレンは脳内で瞬時に計算を弾く。


 「つまり、全額で銀貨30枚分(約30万アーチェ)のうち、半分の15万は交通費や食費、道中の宿代などで相殺され、残りの15万は実質的な建て替え払いになるというわけか……」


 塩漬けになっていた理由もこれで完全に納得がいった。危険な国境地帯を長期間調査させられる割に、実質的な手元に残る報酬は少なく、下手をすれば赤字になる。


 アレンとて、無駄なリソースの垂れ流しは好まない。だが、引き受けた以上は最短ルートで効率的に片付けるしかなかった。


(俺もそんなに懐が潤っては居ないんだがな)


「俺も最短ルートで行きたい。詳細な資料を頼む」


 アレンの要求に、受付嬢が慌てて差し出したのは「極秘(マル秘)」と赤字でスタンプが押された一冊のファイルだった。


 そこには、ささやきの森へ至る各経路上の方角、点在する小さな町や村の位置が細かく記載されている。さらに、ギルドと提携している安全な宿の情報なども網羅されていた。


 ただ、資料の端にはこう付け加えられている。


 ――『経路上の町村にあるギルド出張所には、途中経過の都度報告が義務付けられています。できれば……ですが』


 「できれば、ね……」


 アレンは資料をパタンと閉じ、やれやれと小さく息を吐いた。


 実地調査のデータ収集そのものは、魔導回路やセンサー代わりの簡易魔法陣を使えば一瞬で終わる。


 だが、問題はそこではない。ギルドへのこまめな中間報告の提出、旅費の煩雑な精算書類の作成、そして役人どもを納得させるための形式的な文章の構成――。


 「……俺は戦闘や理論構築より、この無駄に形式的な事務手続きの最適化に一番頭を悩ませることになりそうだな」


 旅費精算の書式にどう言い訳を書くべきか、脳内でフォーマットを組み上げながら、アレンはささやきの森へ続く深い木漏れ日のなかへと足を踏み出していくのだった。

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