第102章:多忙な日々、それぞれの隠し事
神から託された「理の歪み」のデバッグ作業、帝国貴族たちからの途切れない社交の要請、そしてバルツァー社が叩き出す膨大な売上データの確認。
アレンの日常は、効率を極めたスケジュール管理によって完全に埋め尽くされていた。
「……やるべきタスクが多すぎるな。これではまるで、ブラック企業のプロジェクトマネージャーだ」
自らが放任主義を貫いているはずのバルツァー社や、世界規模のトラブルシューティングに追われる日々。もはや「気ままな人生」からは程遠い激務の日々に、アレンは小さく溜息をつく。
だが、いつまでもデスクワークとデバッグ作業に閉じこもっているわけにはいかない。
(……そろそろ、基礎的な魔導理論の収集フェーズは一通り完了したか。次は、より深層の迷宮や未開拓領域に眠る高純度の魔素データ、そして最高難度の報酬が必要だな)
アレンはペンを置き、ギルドの掲示板に貼り出されたまま放置されていた「最上位の大口依頼」に目を向けた。
帝国の理を揺るがす根源に触れるため、そして新たな知的好奇心を満たすため――アレンはついに、冒険者としての本格的な大口依頼を受ける決意を固めるのだった。
*
その頃。
アレンが多忙を極める陰で、第4倉庫の一角にある安宿の一室……ではなく、帝都の片隅にある賑やかな大衆酒場では、全く別の「隠密プロジェクト」が進行していた。
「お待たせいたしました! 冷えたエールと、特製の塩もつ煮込みになりまーす!」
威勢の良い声を上げながら、テキパキとテーブルの間を駆け抜けるウェートレスの姿。
金髪をキュッと結び、可愛いエプロン姿でグラスを運んでいるのは、ほかならぬ元エリート天使・エルエルその人だった。
そして、そのカウンターの奥で、真剣な眼差しでジョッキにエールを注ぎ続けているのは、相方のルカである。
「エルエル先輩、こっちのテーブルも追加のエールお願い!」
「はいよー! ……って、なんで私たちがこんな下界の酒場でバイトなんかしてるのよ!」
ジョッキを洗いながら、ルカが小声で叫ぶ。
それもそのはず。最高神から下された処分により、エルエルに支給されている月給は「銀貨20枚(生活ギリギリの最低限の予算)」のみ。
バルツァー社の莫大な利益の恩恵は、CEOや社員にしか行き渡らず、一介の「派遣社員(専属助手)」に成り下がった彼女たちの財布は常に氷河期だったのだ。
「しょうがないでしょ! あのクソアレンのせいで、お小遣いは常にカツカツ、安宿の硬いベッドは腰が痛い、たまには美味しいものを食べたいの! ここで内緒でお金を稼いで、いつか絶対においしい高級スイーツを爆食いしてやるんだから!」
エルエルは涙ぐましい動機を早口でまくし立てると、注文の入ったトレイを軽快に持ち上げ、再び客席へと笑顔で飛び出していく。
天界の管理官から、帝都の酒場の看板ウェートレスへ――。
過酷な労働と貧困に耐えながら、天使たちはそれぞれの方法でこの理不尽な世界を生き抜こうと必死にもがいていた。
アレンが新たなる大口依頼へと踏み出すその裏で、元天使たちの隠し事は、まだ誰も知らない新たな「トラブルの種」を密かに育み始めていたのだった。




