第101章:バルツァー・ラボの巨大化と、無自覚な暴走
帝都の喧騒から少し外れたエリア。そこにはかつて物流の拠点として使われていた広大な第4倉庫がそびえ立っていた。
現在のここは、アルカディア魔法帝国における「株式会社バルツァー・ラボ」の仮拠点――という名の、大陸経済を裏から牛耳る巨大プラントの中心地と化していた。
鉄骨むき出しの倉庫内では、数多の魔導研究員や特務秘書たちが、休む間もなく魔導端末を叩き、巨大な調合釜を稼働させている。
「おい、第2プラントの魔素供給ラインの圧力を上げろ! 帝都中央からの発注数が昨日の三倍に跳ね上がっている!」
「美容液『天使の滴(仮)』の原料在庫が足りない! 秘書室、至急追加の調達ルートを確保しろ!」
怒号と歓声が飛び交うその光景は、もはや一介の個人研究室の規模を遥かに超越していた。
すべての発端は、アレンが何気なく作り上げた「全粒粉クッキー(ビスケット)」と「美容液」の二つのプロダクトだった。
貴族の間で「江戸患い(脚気)」を劇的に治癒した全粒粉ビスケットは、富裕層たちの間で「肉体疲労を消し飛ばし、脳の処理速度を極限まで高める究極の健康食」として爆発的なブームを引き起こした。
日々の過酷な公務や魔導研究で慢性的なだるさに悩んでいた高位貴族や官僚たちは、こぞってこれを買い求め、健康思考に火がついた彼らの間でなくてはならない必需品となっていった。
一方の美容液も凄まじかった。
一応は「一般層にはやや高価」な価格設定であったものの、侯爵令嬢エレーナの劇的な変貌ぶりを目撃した民衆や中流階級の間で「多少無理をしてでも手に入れるべき奇跡の霊薬」として崇められ、飛ぶように売れていったのだ。
アレンが帝国書庫で文献を読み漁っている間に、雇われCEOと有能すぎる社員たちは、この二大ヒット商品を瞬時に量産化。バルツァー社は、設立からわずか数ヶ月で帝国の経済界を揺るがす大企業へと変貌を遂げていたのである。
*
そんな狂騒の真ん中、第4倉庫の一角に設けられた極めて静謐な執務室。
「……で、一体これはどういう状況だ?」
アレンは腕を組み、目の前に山積みにされた莫大な売上伝票と、金庫からあふれ出そうなほどの金貨の山を冷ややかな目で眺めていた。
その背後では、連日の激務で目の下にクマを作ったエルエルとルカが、疲労困憊の表情でガタガタと震えながら立っている。
「あ、あなたねえ……!『ちょっとした実験』とか言って適当に作ったお菓子と美容液が、今や帝国の全市場を独占して、我が社の株価がストップ高連発なのよ!? 私たちがどれだけその裏で、発注ミスや在庫管理のデバッグに追われたと思っておるのか……!」
エルエルの悲鳴交わりの抗議にも、アレンはふっと小さく息を吐くだけだった。
「効率的に栄養価と血流のデータを最適化しただけで、まさかここまで市場の流動性が偏るとはな……。需要と供給のバランスが完全にバグっているぞ」
「バグって言いたいのはこっちのセリフよ! あんたが勝手に引き起こした経済特異点のせいで、私の自由時間が完全にデリートされたんだけど!」
喚き散らすエルエルを無視し、アレンは手元の魔導端末を軽くスワイプする。そこには、バルツァー社の総資産額を示す途方もない桁数の数字が浮かび上がっていた。
(……現金資産がまた増えたな。これでは、ラボの自炊環境どころか、帝国全体の魔導インフラを丸ごと買い取ってもまだお釣りが来るレベルだ)
本人は「ただ静かに文献を読み、効率的な生活を送りたい」と願っているだけなのだが、その知性と技術が吐き出す成果物は、あまりにも巨大すぎて世界を強制的に書き換えていく。
「まあいい。企業の拡大自体は、今後の研究資材の調達コストをゼロにするための『インフラの安定化』という意味では合理的だ。……引き続き、CEOには勝手に運営させておこう」
アレンは面倒くさそうに肩をすくめると、山積みの伝票を無造作に放り投げ、再び自らの知的好奇心を満たすための「次なる研究テーマ」へと意識を切り替えるのだった。
現預金・流動資産: 約 1,250億 霊銀貨(日本円換算でおよそ 1兆2,500億円 相当)
株式・企業資産(バルツァー社): 時価総額 約 3兆円 相当
総資産フットプリント: 約 4兆円 超
500円のエールで換算
2,500,000,000杯 (25億杯分)に成長
黒曜龍討伐の段階では「エール601万杯分」なので、エール換算で約415倍に成長した。
そろそろステーキ換算にするべきか…




