第100章:幕間 女神の成分と、侯爵令嬢の変貌
『天使の涙』という名の最高級(かつ極めて不本意な出所)の成分が混入したことで、ビーカーの中の調合液は異常なまでの神秘的輝きを放ちながら完成した。
アレンはそれを小瓶に詰め、「ふむ、有効成分の含有率が物理法則を無視した数値になっているが……まあ、肌の保湿と血流改善の目的ならオーバーキルなだけで問題ないか」と、至って冷静に蓋を閉めた。
数日後。
アレンは帝国書庫への立ち寄りのついでに、ベルンハルト侯爵邸へと足を運んだ。
「お土産を持ってきた」と一言告げられた執事は、あの冷徹なアレンが自発的に贈り物など持ってくるはずがないと内心怯えつつも、恐る恐るそれをエレーナの元へと取り次いだ。
*
応接室に通されたエレーナは、差し出された小さな小瓶を見つめ、わずかに眉をひそめた。
「これは……?」
「手紙に書いてあったろ。冷え性だの肌の乾燥だのの不調データに対する、簡易的な処置薬だ。実験のついでに作ったから、勝手に使え」
アレンはそれだけ言い残すと、用事は済んだとばかりにさっそく書庫の資料の話を切り出し、エレーナの返事も待たずに帰っていった。
残されたエレーナは、呆然と小瓶を眺めた。
――まさか、あの何気なく愚痴半分で書いた手紙の悩みを、あの規格外の男が本気にして薬を作ってくれるとは微塵も思っていなかったからだ。
「……試してみようかしら」
半信半疑のまま、エレーナはその透明な液体を肌に塗り、わずかに口に含んでみた。
直後――。
「……っ!?」
彼女の全身を、雷に打たれたような衝撃が駆け抜けた。
数年間、どれだけ温めても消えなかった芯からの冷えが一瞬で霧散し、血流が一気に最高効率で全身を巡り始める。
長年悩み続けていた肌の乾燥は嘘のように消え去り、触れた指が吸い付くようなもちもちとした質感へと変わる。
さらに、いつも重く絡まっていた髪は、まるで絹糸のようにサラサラと櫛通りが良くなっていた。
あまりの劇的な変化に、エレーナは鏡の前で絶句した。
「私の体内の魔素と血流回路が……完全に最適化されている……!? これは何という神業の調合なの……!」
その日から、エレーナの周りの友人たちの間でも「アレン様からいただいた奇跡の美容液」の噂が爆発的に広がり、帝都の貴族令嬢たちの間で空前の「アレン様崇拝ムード」が巻き起こる原因となるのだが――本人は「ただの化学的近似値の実験だよ」と、相変わらず無自覚に首をかしげるばかりであった。




