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小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


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105/121

115話:南からの暗雲と神の取引

クレイズ神聖王国における半年間の交流期間が、静かに満了を迎えていた。


夏の終わりが近いというのに、頭上から降り注ぐ陽光はいまだ衰えを知らない。石畳が白く照り返し、白亜の街並みを酷暑の光芒へと染め上げている。遠く聳える尖塔の輪郭さえ揺らいで見えるほどの熱気の中、アレンは足音すら残さぬ、無駄のない足取りで大通りを歩んでいた。


白亜宮廷魔術学園での複雑な退校手続き、および関係各所への最低限の挨拶は、すでにすべて滞りなく終えてある。名残を惜しむ声も、引き止める声も、彼の背にはいくつも投げかけられていたはずだが、名残や感傷といった余計な感情を挟み込む余地は、彼の思考のどこにも存在しなかった。半年という区切りは、すでに終わったものとして頭の中で処理済みだ。


アレンが一瞬たりとも足を止めることなく街を背にすると、揺らめく陽炎の彼方、母校のあるゼノリス王国へとどこまでも真っ直ぐ伸びる街道が広がっていた。彼は視線をブレさせることもなく、迷いなくその足を踏み出していく。振り返る理由は、どこにもなかった。


――それから、数日後。


ゼノリス王国へと帰還したアレンは、前理事長への事務的な帰国報告を手短に済ませると、そのまま見慣れた校舎の重厚な廊下を進んでいた。長い不在を感じさせないほど静まり返った廊下に、彼の規則正しい足音だけが乾いた音を立てて響く。窓から差し込む光の角度も、廊下に漂う古い木材と魔導灯の匂いも、記憶にあるものと寸分違わなかった。


使い込まれた重厚な木製の扉の前で足を止め、静かに二度、ノックする。


応答を待つことなく、ノックの余韻とともに扉を開け、慣れ親しんだ生徒会室へと足を踏み入れた。


傾いた西日が赤く染め上げる室内には、先客が一人いた。エルエルである。


アレンの姿を視界に収めると、彼女はソファーに深く身体を預けたまま、ひらひらと軽薄に手を振って迎えた。窓辺から差す夕陽が、だらしなく崩れた彼女の輪郭を橙色に縁取っている。


「あ、おかえりアレン。無事に帰ってきたんだ」


アレン不在時の経過報告を、エルエルはいつもの調子で話し始めた。気だるげな口調とは裏腹に、その内容は的確だった。


「留守中の報告だけどさ。ゼノリスにおける空間の歪み修正、アレンがいない間にほぼ終わらせといたよ」


ソファーの背もたれに頭を乗せたまま、さも当然といった風体で成果を並べ立てる。怠惰な態度とは裏腹に、アレンがクレイズへ赴いている間、彼女が完璧に任務を遂行していたのは確かなようだった。手を抜くところと締めるところの緩急を、彼女は誰よりも心得ている。


一通りの報告を終えると、エルエルはソファーからぬるりと起き上がり、アレンの顔を覗き込んできた。至近距離まで詰められても、アレンの表情には一切の動揺もない。


「というわけでさ。私、かなり頑張ったと思わない? ねえ、給料上げてくれたっていいんじゃない?」


「交渉ならルキノスとするんだな」


押し付けられた直訴を、アレンは視線ひとつ動かさずにあしらった。直属の統轄者である神を飛び越え、自分に直接揺さぶりをかけてくる図々しさに、心の中で小さく呆れつつも、それを表情に出すことはない。人事権のないところに要求を持ち込む合理性の欠如は、彼にとって取り合う価値のないものだった。


「ちぇっ、相変わらず冷たいなあ」


あからさまにあしらわれたエルエルは、つまらなさそうに肩をすくめると、再びソファーへと引き返しながら思い出したように口を開いた。


「そういえば、些細なことだけどさ。……南の方角から、なんか嫌な感じの波動が漂ってきてるんだよね。まあ、気のせいかもしれないレベルだけど」


ソファーに深く腰掛け直した彼女は、もはや大した関心もなさそうに自身の爪先を眺めている。報告というよりは、雑談のついでといった軽さだった。


だが、その些細な違和感の報告は、アレンの脳裏に静かな影を落とした。ゼノリス領内の空間の理が収束した今、その小さな波動が何を意味するのか――胸中に深遠な懸念を抱きつつも、アレンは瞬時に思考を整理する。彼女が「気のせいかもしれない」と口にするとき、その勘が外れた試しがないことを、アレンはよく知っていた。


いずれにせよ、まずは現状を正確に把握することが先決だ。アレンは生徒会室を後にすると、迷うことなく南へと進路を定め、レムリア法皇国を目指してゼノリスを後にした。


◇


ゼノリスから南下し、国境を隔てる峻険な山脈を抜けて辿り着いたレムリア法皇国。


標高の高い山道を抜けた先に広がる盆地には、荘厳な白亜の建造物が陽光を弾いて建ち並んでいた。祈りの鐘の音が遠く重なり合い、行き交う巡礼者たちの白い法衣が石畳の上を静かに流れていく。その聖都の喧騒を抜け、アレンが足を向けたのは、中央魔導市場の少し奥まった通りに佇む『株式会社バルツァー・ラボ レムリア法皇国支店4号』だった。


かつてアレンがパニック障害の治療とリハビリを兼ね、第一王子を『店長』に、その護衛の女聖騎士を『副店長』に据えたこの店は、今日も穏やかな活気に包まれていた。棚に並ぶ商品を整える手つきにも、客をあしらう声にも、かつての怯えの影はもう見当たらない。アレンの的確な指導と処方薬の甲斐もあり、今や第一王子は見違えるほど堂々と店舗を仕切っている。


店内の賑わいを通り抜け、奥へと足を踏み入れたアレンは、成長した店長の姿を一瞥すると、無駄のない足取りでカウンターへと歩み寄った。


「店長、頼みがある。法皇様――君の父親とのアポイントを取り付けてもらいたい」


「アレンさん……! お帰りなさいませ! はい、父上へのアポイントですね。今の私なら、公式な伝達として至急手配できます。すぐにお繋ぎします!」


かつては人前に立つことすらできなかった王子だが、アレンへの深い感謝と育まれた確かな自信のもと、頼もしい笑みを浮かべてすぐさま極秘連絡の手配へと動き出した。その背中を見送りながら、アレンはわずかに目を細める。人が変わる過程を見届けるのは、悪くない時間だった。


◇


間もなくして、アレンはレムリア法皇国の深奥、外界の喧騒から完全に隔離された謁見の間にて法皇との対談の場に着いていた。分厚い石壁が音を吸い込み、灯火の揺らめきだけが室内の静けさを際立たせている。重苦しい静寂が満ちる空間で、アレンは前置きもなく直球で切り出した。


「――法皇殿。南の方角から、何か不穏な波動や兆候は確認されておりませんでしょうか」


南――そこに潜む未知の歪みを、アレンの鋭い直感が逃さずに捉えていた。


「……南、でございますか」


レムリア法皇国に「神の使者」が現れたという前代未聞の報せが届き、世界中の指導者層が動転する中、法皇は深々と腰掛けた椅子の上で僅かに姿勢を正した。国中のあらゆる情報や異変の兆候が集まる立場にある彼だったが、アレンの問いに対して返ってきたのは明確な否であった。


「いや、現状そのような報は入っておりませぬ。我が国の警戒網にも何一つ異常な波動は引っかかっておりませぬが……何か気になられることでもおありでしょうか?」


「いえ、予感の域を出ないものでして。……わかりました。であれば、詳しい事情は直接、神に聞いてみるほかないですね」


「な……何とおっしゃいましたか……!?」


事も無げに言い放ったアレンの言葉に、法皇は威厳を忘れて言葉を失い、目を見開いた。組んでいた両手の指先が、かすかに震えている。


神に聞く――法皇国で「神の使者」として崇め奉られている渦中にあってすら、人間にとって神の領域は恐れ多く、拝謁など想像すら絶する奇跡だ。それをまるで『知人に連絡を取る』かのような軽やかさで口にしたからである。


動転する法皇の制止の声を背に受けながら、アレンは静かに神の像の前へと歩み寄った。長年、数えきれない祈りを受けてきた石像の表面が、灯火に照らされて鈍く光っている。象徴たる像の前で姿勢を正し、静かに呼吸を整えて神託を受ける準備に入る。


次の瞬間――世界の境界が微かに歪み、周囲の情景が一変した。


そこは、さきほどまでいた荘厳な神殿の広間ですらなかった。音も匂いも、重力の感触さえも曖昧になる感覚。圧倒的でありながら、どこか穏やかな神気が満ちる絶対領域――『神の間』へと、アレンの意識と存在は引き上げられていた。


「やあ、アレン。相変わらず手早いね。……君が直接尋ねてくるとは、南の揺らぎに気づいたかい?」


迎えたのは、神界監察局の最高統轄者であり、この世界の真の創造主である神・ルキノスであった。


聖都でのあの呑気なやり取りを思い起こさせるような声だが、その佇まいは至高の存在でありながら尊大さを微塵も感じさせず、雰囲気はどこまでも穏やかで理知的だ。本来であれば世界や人間への直接干渉を忌避する彼だが、世界の『理』と時空軸の均衡の監視・維持を委任しているアレンに対しては、対等な協力者として全幅の信頼を寄せて接している。


「ルキノス様。……聖都の件は後で文句を言うとして、今は南の方角の件で確かめたいことがあり参りました」


「ふむ……君がわざわざ尋ねてくるということは、世界の理の揺らぎを感じ取ったのだね。察しの通りだよ」


ルキノスは静かな眼差しでアレンを見つめ、落ち着いた声で語り始めた。


「南に広がる広大な大陸――そこに存在する魔の国で、数百年ぶりに『魔王』が誕生する兆しが見られる」


世界の根幹を握る創造主の口から、淡々と事実が告げられる。感情の起伏を伴わないその声音が、かえって内容の重さを際立たせていた。


「元来、魔王と呼ばれる存在は、誕生したからといって即座に人族の領域へと侵略の牙を剥くような性質のものではない。彼らには彼らの理があり、独自の生態系と領土で完結していたからね。……だが、今期誕生しようとしている個体については、その限りではないようだ。どのような思想を抱き、何を引き起こすのか……世界の理の先行きでさえ、不透明な揺らぎを見せている」


静かに思索を巡らせるアレンに、ルキノスは微かに目を細めて言葉を重ねた。


「通常、これほど巨大な異変の兆候があれば、危機を察した人族の国々によって『勇者召喚』の儀が執り行われるのが理の定石だ。……しかし不思議なことに、現時点で現世のどの国家も、その術式を起動させようとする気配すら見せていない」


人間側がまだ異変にすら気づいていないのか、あるいは――何か別の思惑が動いているのか。世界の静寂の裏で蠢く歪みが、ルキノスの静かな言葉によって浮き彫りになっていく。


「……というわけでだ、アレン君。現地へ行って状況を確認してくれないかい?」


世界の歪みについて説明し終えたルキノスは、至極あっさりとそう言った。南の大陸へ向かい、誕生しつつある魔王の正体や人族の動向を直接確かめてこい、という打診だ。


だが、アレンは間髪いれずに首を横に振った。


「断る」


あまりにも即答だった。ルキノスが拍子抜けしたように目を丸くするが、アレンの表情に戯れの色はない。


「悪いが、今の俺はある程度の敵なら対処できる自信はある。……だが、無敵というわけじゃないんだ。正体不明の魔王や、その本拠地に丸腰で突っ込むようなリスクを冒すわけにはいかないよ」


アレンの言葉は、自己過信を完全に排した極めて現実的な自己分析に基づいていた。彼が持っているのはすぐれた調合の知見や空間収納、そして鍛え上げた戦闘力であり、決して概念的な不死身でも無敵の存在でもない。安全圏から世界の均衡を観察・維持することはできても、未知の脅威が潜む魔の国へ安易に足を踏み入れる真似は、彼の主義に明確に反していた。命に対する見積もりを甘くすることだけは、彼が絶対にしない選択だった。


断固としたアレンの態度に、ルキノスは困ったように肩をすくめて見せたが、その瞳の奥にはどこか織り込み済みといった笑みが浮かんでいた。


「なるほど、一理あるね。君のそういう慎重さこそ、僕が信頼している理由でもあるんだが……」


ルキノスは顎に手を当て、少し考える素振りをみせてから、楽しそうに言葉を続けた。


「では、こうしよう。君に新たなスキルを今までの報酬として進呈しよう」


ルキノスが静かに手を差し伸べると、アレンの視界に神聖な光の粒子が立ち昇る。粒子は音もなく渦を巻き、やがて一つの光の紋様へと収束していった。


「ヒールを授けよう。これは君の魔力が続く限り使用できる。基本的にパッシブやアクティブ設定も可能だ」


アレンの視界に浮かぶシステムウィンドウに、シンプルに一つの表記が刻まれる。


【ヒール】


「……ヒール、ですか」


・小治癒(ヒール / ライトヒール)、切り傷、擦り傷、軽度の打撲などを塞ぐ基礎的な回復魔法


・中・大治癒(ミドルヒール / ハイヒール) 深い斬創、骨折、内臓へのダメージなど、死に至る重傷を即座に塞ぎ、体力を大幅に回復させる


・全回復(フルヒール)対象の肉体を完全な健康状態(傷ゼロ)まで一瞬で戻す最高峰の単体回復


・範囲治癒(エリアヒール / パーティヒール)


アレンは提示されたシンプルなスキルと、そこに付与された「パッシブ/アクティブ設定」の仕様を凝視した。


アレンが秘め持つ魔力は、1.1258990×10¹⁵という規格外の領域にある。この桁外れの魔力と「常時パッシブ発動」が組み合わさった時、何が起きるか――アレンは一瞬で結論を導き出した。


単一の【ヒール】とはいえ、この異常な魔力によって常時・最大出力で自動展開され続ける。致死毒も、物理的な損耗も、発生した瞬間に即座に完治へと押し戻される常時発動の絶対防壁。理屈の上では、ほとんどの死因が意味を成さなくなる。


「そうだ。これなら君の言う『死の不確定要素』はほぼ排除されるだろう? これで現地へ行ってくれるね?」


アレンはハァと深く溜め息をつき、頭をかいた。


「……チッ。そこまで手厚い保険をかけられたら、断る理由がなくなりますよ。わかりました、南の大陸に直接行ってやります」


こうして、絶対的な安全装置を手にしたアレンの、未知なる南の大陸調査が決定したのだった。


◇


神の間から現実の神殿へと意識が戻ると、眼前には未だに動転し、緊張した面持ちで立ち尽くす法皇の姿があった。灯火に照らされた彼の額には、うっすらと汗が滲んでいる。


神との対話を終えたアレンは、何事もなかったかのように視線を戻し、静かな声で問いかけた。


「……さて、法皇殿。神はおっしゃっていました。南の大陸で近々『魔王』が誕生すると。この大陸の国々で、何か対応や手立ては考えていますか? それと……その大陸へ渡る手段は何があります?」


アレンの言葉に、法皇は痛恨と焦燥の入り混じった複雑な表情を浮かべ、深く頭を下げた。


「……勇者の召喚には『星の並び』を待たねばなりません。次なる儀式が可能な天体周期を迎えるには……恐らく、あと数十年はかかると思われます。仮に召喚に成功したとしても、それが我らの望むような力を備えた勇者であるかどうかも分からず……」


絞り出すような法皇の答えに、アレンは無言で思考を巡らせる。なるほど、人族側が手を打たなかったのではなく、「物理的に勇者召喚のカードが使えなかった」というわけだ。異変への無頓着さの理由が、ようやく腑に落ちた。


法皇は、意を決したようにアレンに向かって深く両手を合わせた。


「申し訳ございません、アレン様……! 神のおっしゃる通り、どうか直接現地へお出向いていただくことはできませんでしょうか。我が国としても、資金と物資を含めた支援は一切惜しみません!」


必死の訴えに対し、アレンは現実的な懸念を淡々と口にする。


「支援はありがたいが、肝心の足はどうする。南の魔大陸までの海域は、まともな船など一瞬で沈むような危険な海獣が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しているはずだ。現状、渡る術すらないのではないか?」


「……おっしゃる通りでございます。あの海域を突破する術が、今の我らには存在しないのが現状なのです……」


法皇は無力感を隠しきれず、がくりと肩を落とした。


支援を惜しまないとは言っても、国家の海軍ですら手を出せない魔海域だ。海獣の群れを撥ね退けて海を渡るような技術や船舶は存在しないのだ。


国も渡る手段を持たない。


(……やれやれ、結局こうなるか)


アレンは心の中で小さく溜息をついた。国や組織が動けない以上、現実的な手立ては自分で引くしかない。使えるものがないなら、作ればいい。彼にとってそれは、いつもの結論だった。


「……船がないなら、作るしかないな」


アレンの淡々とした言葉に、法皇は「な……!?」と絶句した。


「つ、作るとおっしゃるのですか!? あの巨大海獣が跳梁跋扈する魔の海を渡る船など、一朝一夕で建造できるものでは……!」


「既存の重装甲な大型軍艦じゃダメだ。鈍重な船は海獣の格好の標的になる。必要なのは、外洋の荒波に耐えうる頑丈さと、海獣の追撃を振り切る圧倒的な『機動性』だ」


アレンは頭の中で地球での知見や現実的な船体構造、風の利用効率をシミュレーションし、最適解を弾き出す。無数の設計案が瞬時に組み上がっては淘汰され、最も合理的な一つの形に収束していく。


「基幹設計は『ロングスクーナー(縦帆船)』で行く。縦帆であれば風上に向けた風利用が可能で、少ない人数でも限界まで速度と旋回性能を引き出せる。これなら海獣の襲撃を機敏にかわしながら外洋を突っ切れる」


「ロ、ロングスクーナー……! しかし、船体そのものが海獣の爪牙に耐えられねば……」


「そこはレムリア法皇国の出番だ」


アレンは視線を法皇へと戻した。


「俺が頭の中で組み立てた骨子をベースに設計図を引く。レムリア法皇国は最高級の耐洋資材と優秀な造船技師、そして現実的な建造資金を出してくれ。……これなら文句はないな?」


「……! 素晴らしい……! それほど理にかなった船であれば、あるいは……! 直ちに国中の資材と最高の船大工を招集させます!」


法皇は目を見張り、希望に満ちた表情で力強く頷いたのだった。うなだれていた背筋が、今は真っ直ぐに伸びている。


◇


それから間もなく、法皇より各国首脳へ発せられた「緊急声明」と、それに伴う国際会議の招集状――その実態は、選択肢を一切与えない半ば脅迫じみた通告であった。


『法皇より各国の首脳陣へ告ぐ。南の大陸において魔王復活の兆しありと、神より直接の神託が下された。速やかに招集に応じることを強く推奨する。我が国はすでに独自に動き、アレン様の庇護下におさまるよう全面的協力を惜しまぬ構えであり、アレン様もそれを了承された。協力を惜しむ者に庇護を与える義理はない――神の御使いはそう申されておられる。各位におかれては判断を誤らぬことを願うが、選択の猶予は与えん。直ちに聖都へ集結せよ』


血の気の引くような冷徹な文面が、瞬く間に大陸全土の王宮へと叩きつけられた。羊皮紙に刻まれた一字一句が、受け取った者たちの喉元へ刃を突きつけるように重くのしかかる。


猶予はない。南大陸の魔王誕生という絶望的な現実の前に、各国の王や宰相たちは青ざめ、半ば恐怖に突き動かされるように、指定された聖都の会議室へと急行せざるを得なかったのである。


聖都の空の下、静かに、しかし確実に――世界の歯車が新たな局面へと回り始めていた。


【アルカディア魔法帝国】

レムリア法皇国の法皇より、大陸各国の首脳陣へ向けて一斉に解き放たれた「緊急声明」と、それに伴う国際会議の招集状――その実態は、いかなる選択肢も与えない半ば脅迫じみた通告であった。


『……南の大陸において魔王復活の兆しありと、神より直接の宣託が下された。速やかに招集に応じることを強く推奨する。我が国はすでに独自に動き、アレン様の庇護下におさまるよう全面的協力を惜しまぬ構えであり、アレン様もそれを了承された。協力を惜しむ者に庇護を与える義理はない——神の御使いはそう申されておられる。各位におかれては判断を誤らぬことを願うが、選択の猶予は与えん。直ちに聖都へ集結せよ』


血の気の引くような冷徹な文面は、瞬く間に大陸全土の王宮を激震させた。


アルカディア魔法帝国の宰相オクタヴィウスは、届けられた書簡の文字を上から下まで舐めるように見つめ、背筋に冷や汗を流していた。


「……そういうことか。レムリア法皇国はすでに庇護を取り付け、我々を出し抜いた……!」


『協力を惜しむ者に庇護を与える義理はない』

その冷酷な一節を、オクタヴィウスは脳内でフル回転させて勝手に解釈し、絶望に顔を引きつらせる。

アレン殿は無駄な交渉や不必要な外交を一切好まない。つまりこの声明は、「協力しない者は勝手に死ね、救う価値なし」と切り捨てるに等しいのだ。もしここで帝国のプライドなどという無駄な意地を張れば、魔王の脅威が押し寄せたとき、我が国は完全に見放され、文字通り歴史の表舞台から消し去られる――。


「恐ろしい……。彼は交渉の余地すら残さず、我々に自発的な服従を選ばせているのだ。……全土に伝えよ! 直ちに聖都への最高速度での移動を手配しろ!」


【ゼノリス王国】

ゼノリス王国の王座の間。


レムリア法皇国から叩きつけられた緊急声明の写しに目を通した国王は、玉座の上で鉛のように重い沈黙を保っていた。側近の重臣たちが息を詰まらせて見守る中、王の手から羊皮紙がハラリと滑り落ちる。


「……陛下、いかがなされましたか……!」


宰相が恐る恐る声を絞り出すと、王は血の気の引いた青白い顔のまま、乾いた笑いを漏らした。


「レムリアめ……先手を打って、あの男を取り込みおった。我々を完全に差し置き、世界の主導権を握る気だ……!」


『協力を惜しむ者に庇護を与える義理はない。そう申しておられる。』


言葉の意味を反芻し、王は苦々しく眉間を寄せた。


「アレン殿は、ただ『救わぬ』と言っているだけだが……ここは彼の故郷であるぞ?いや……故郷にすら固執せぬからこそ、より一層タチが悪いのだ……!」


レムリアがすでに絶対的な庇護を取り付けている以上、本国であるはずの我が国が取り残されれば、魔王の襲撃時に救いの手は一切差し伸べられない。


「一刻の猶予もない! 全使節団を急ぎ招集せよ! 我が国の威信などどうでもいい、今すぐ聖都へ馳せ参じるのだ!」


かつてアレンが在籍していた母国もまた、凄まじい焦燥に包まれながら聖都へと向けて慌ただしく動き出したのだった。


【クレイズ神聖王国】

クレイズ神聖王国の宮殿。


白亜の聖堂に重く響いたのは、教皇の苦悶に満ちた呻き声であった。


「神聖なる権威を背負い、神の名のもとに号令をかけるのは我らクレイズの専売特許のはず……! それをあろうことか、あの南方のレムリア法皇国が、アレン殿の威光を笠に着て大陸全体に命令を下すとは……!」


神の権威を最大の後ろ盾としてきたクレイズ神聖王国にとって、レムリアからの通告は宗教的基盤そのものを根底から揺るがす屈辱的な暴挙であった。しかし、文面に刻まれた『協力を惜しむ者に庇護を与える義理はない』という冷徹な一節が、どんな神の教えよりも重く彼らの喉元に突きつけられる。


「……我が国がどれほど神聖な祈りを捧げようとも、アレン殿の機嫌を損ねれば、神すらも我々を救うことはできぬ。……くっ、直ちに使節団を編成せよ! レムリアの聖都へ赴き、一歩も遅れをとってはならん!」


宗教的権威すらも「アレンの過剰な存在感」の前に平伏し、クレイズ神聖王国もまた、逃げ場のない恐怖に突き動かされて聖都へと急行するのだった。



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