第96話:深夜のバグ取り残業
看板すら剥げかけた場末の安宿。ギシギシと音を立てる薄汚れた硬いベッドで、エルエルとルカがようやくまどろみの中へ落ちかけていた、その深夜のことだった。
「起立しろ。作業時間だ」
枕元に突如として現れたアレンの無機質な声に、二人の天使は飛び起きる。
「……は? 今、夜の三時なんですけど……!?」
「迷宮の第4階層で、昼間の魔素溜まりによって引き起こされた空間のバグが観測された。パッチ当てに向かう。準備しろ」
「聞いてないわよ! 深夜手当も深夜割増もないのに、なんで私たちがこんな真夜中に……!」
ルカの悲痛な叫びも虚しく、アレンの冷徹な一言によって、二人の天使は有無を言わせず夜の帝国地下迷宮へと連行される羽目になった。
辿り着いた第4階層の一角は、魔素溜まりの暴走によって空間のテクスチャが激しく剥離し、おぞましい魔獣たちがうろつくバグ地帯と化していた。
「おい、そこの座標のエラー個体群、一掃する。エルエル、ルカ、戦闘後の地形と座標データの即時リストアを怠るな」
「はいはい、分かってますよ! ほんと、こんなの通常ならギルドが冒険者に依頼書出して終わりでしょ! なんで私たちがこんなこと……これ本当、超絶ブラック企業だわ!」
アレンが冷徹に、かつ圧倒的な魔術演算で空間ごとバグモンスターたちをねじ伏せ、次々とデバッグしていく。その凄まじい魔法の余波で吹き飛んだ床や壁の穴を、エルエルとルカは徹夜で|ピクセル単位《1ミリの狂いもなく完全に》の地形修復に追われながら必死に埋めていく。
空が白みかけ、心身ともに限界を迎えた朝方。
ボロボロになりながら安宿のテーブルに崩れ落ちた二人に、アレンが無言でガチャンと置いたのは、いつもの「一番安いが、味が薄くて少し酸っぱい」特売の安エールだった。
「……これ飲んで寝ろ。深夜手当だ」
「……悪魔……いえ、最悪のデバッガーよ……っ!」
底辺の派遣社員と化した元エリート天使たちは、朝日に照らされる酸っぱい安エールの苦味を涙で紛らわせながら、過酷な一日を始めるのだった。




