114話:【過熱する開拓と、都市への変貌】
街の面積は従来の10倍以上にまで拡張され、新しく築かれた外壁が遙か先まで伸びている。街道沿いには旅人や商人を迎え入れる宿屋が何軒も軒を連ね、増え続ける人々の胃袋に応えるように、新鮮な野菜や肉を商う食品店や、香ばしい煙を上げる食堂が次々と整備されていった。
さらに圧倒されるのは、領主の指示を待たずして生まれた活気だ。活況に目をつけた商人や職人たちが全国から集まり、日用品を揃える雑貨屋や、カンカンと心地よい鉄の打撃音を響かせる鍛冶屋が、自主的に軒を並べ始めていた。都市としての自律的なエコシステムが、恐ろしいほどの速度で回りはじめている。
「10倍、か……」
中央大通りを馬で進みながら、アレンは左右に立ち並ぶ店舗の活気に圧倒されていた。
「ああ。最初は計画的に区画を割り振っていたのだがね。ここ一年は人の流入に供給が追いつかず、職人や商人たちが勝手に店舗を建て始めた。本来なら取締対象だが……活気を殺したくはなかったのでね。建築の安全基準だけを守らせ、あとは半ば自由に営業を許可したのだ」
ルードヴィヒ伯爵は、活気あふれる街道の表情を愛おしそうに見つめながら答えた。
「自由な商売と、それに応える宿と食処、そして道具を整える鍛冶場……。ただの人が住む場所から、富と物流が回る『本物の都市』に化けたわけだ。ですが閣下、これだけ自生的に広がった街だ。裏通りや暗がりの管理はどうなってます?」
アレンの問いに、ルードヴィヒ伯爵はふっと表情をかげらせた。
「鋭いね、アレン。まさにそれが今の最大の課題だ。拡大した10倍の面積すべてに警備の目を光らせるのは容易ではない。新聞・噂・外部の目……そして——この急速な発展を面白く思わない近隣の領主や、街の利権を狙う裏の勢力が、その『広がりすぎた暗がり』に目をつけ始めている」
二人が乗る馬の前を、活気ある掛け声を上げる商人の馬車と、笑顔で駆け抜ける子どもたちが横切っていく。
まばゆいばかりの発展と富。その足元に広がる、巨大化しすぎた都市特有の深い影。ルードヴィヒ伯爵とアレンは、賑やかな喧騒の奥に潜む「新たな戦い」の気配を感じ取りながら、伯爵館へと馬を進めた。
膨れ上がる住民たちが納める税は、潤沢な資金となって領主ルードヴィヒ伯爵の金庫へと流れ込んでいた。だが、金があればすべてが解決するわけではない。
「閣下! 西区の商人組合から苦情です! 『我が物顔で建てられた雑貨屋のせいで、荷馬車がすれ違えなくなっている』と!」
「南の鍛冶屋街から要望書が届きました! 火災対策として、井戸の増設と石造りの隔壁の設置を即座に進めてほしいとのことです!」
伯爵執務室の机には、山のような図面と陳情書が積まれていた。ルードヴィヒ伯爵は羊皮紙に引かれた街の線図を前に、羽ペンを握ったまま眉間を押さえた。
「西区の通りは即座に拡幅工事を入れる。立ち退きとなる店舗には適正な補償金を出し、代替の区画を用意しろ。南区の井戸もだ。税収の三割を防災と道路整備へ回す」
「ですが閣下、それだけの補償と工事を急ピッチで進めれば、どれほど資金があっても足りません!」
「構わん。今、資金を惜しんで道路の結節点を塞がせれば、流通という街の血液が止まる。住民から集めた税は、住民の動線を確保するためにすべて還元するんだ」
ルードヴィヒ伯爵の指示のもと、領内では連日連夜、凄まじい規模の土木工事が繰り広げられた。
新しく徴収された税金を惜しみなく投入し、乱立する建物の間を縫うように大通りが切り開かれていく。舗装された広大な幹線道路は、立ち並ぶ宿屋や食堂、雑貨屋、鍛冶屋を機能的に結びつけ、人やモノの流れを滞らせない血管となって街全体へと伸びていった。
「いやはや……税の使い道としては文句のつけようがありませんね」
工事現場を視察していたアレンが、敷き詰められていく石畳を踏みしめながら感心したように言った。
「住民から吸い上げた金を、そのまま彼らの商売がしやすくなるインフラへと変える。これなら『税が高い』なんて不満も吹き飛びますよ。現に、職人たちも自分たちの道路が整備されると分かって、工事に進んで協力している」
「街が巨大化すればするほど、区画整備の遅れは都市の麻痺に直結するからね。徴税と投資の循環を止めてはならないんだ」
汗を流す作業員たちに声をかけながら、ルードヴィヒ伯爵は満足そうに目を細めた。
整然と区画整理され、太い道路で網の目のように結ばれていく新しい都市。税によって支えられ、自律的に広がり続けるこの巨大な都市は、いよいよ一地方の領地を超えた「巨大経済圏」として、近隣の勢力からも無視できない存在となりつつあった。




