107 公都の工房の魔鉱細工
公都でも、ウィレム工房でしか作られていないチェーン。それをポッと出の一個人が作ったなどと言い出したら、ウィレム工房はプライドを傷付けられたと思うかも知れないし、チェーンを作れない他の工房は難癖をつけてくるかも知れない。
言われた時点で薄々そんな気はしていたが、真正面から指摘されると少々腰は引ける。
だが──
「あっちの顔色を窺う必要は、ないと思うんですよね。そんなの一々気にしてたら、せっかく習得した技術を活かす場がなくなっちゃいますし」
かつて公都には、『ミスリルの魔女』フランチェスカ・ウィレムがいた。当然弟子も多くいたはずだ。
その技術が何故、特定の工房にしか受け継がれていないのか、それは分からないが…特定の工房でしか作れない物だろうが何だろうが、極論、私には関係ない。
…ところでその知識をウィッカが持っている、ということについては…深く突っ込まない方がいいんだろうな。
ともあれ、難癖をつけられようができるものはできるし、方法を教えろと言われたら、条件によっては教えてもいい。私としてはそれくらいの感覚である。
「あと、この冬に『月の雫』に納品した普通の魔鉱細工の中にも、いくつかチェーンを使ったものがあるので…今から秘匿するのは、多分無理です」
ペンダントではないが、イヤリングで1点、ブローチで1点、パーツとしてチェーンを使っているものがある。つまり今警告を受けたところで後の祭り。もう遅い。
…納品した時、アイリーンの目がやたら輝いてたのって、もしかしてこれかな…。
今更ながら、そんなことに思い至る。
私が苦笑して答えると、ユージーンたちも何とも言えない笑みを浮かべた。やっちまったな、という空気が流れる。
「──まあそんなわけで、技術の公表については気になさらないでください。純粋に、お子さんたちのための魔鉱細工を作りましょう」
「そうだね」
頷き合い、私たちは改めて、デザインを詰めていく。
基本形状は短めのペンダント。チェーンは一番細いもので、長さを変えられるよう短い延長用パーツを用意。ペンダントトップには大きめの天藍メノウの護符を配置し、デザイン自体はお任せで。
ただし、モメる可能性があるので3人分共通のデザインとすること。
「…モメるんですか」
「ああ、かなりね」
「昔、娘だけ花型にしたら、「僕もお花がよかった」と、息子が」
「逆に剣のようなデザインを見て、うちの娘が「私もそっちがいい」と泣いたこともあったわねぇ…」
「あったなあ…」
ユージーンたちが揃って遠い目になる。
聞く限り、半端なデザインでは気に入ってもらえそうにない。性別関係なく身につけられる造形にした方が良さそうだ。
…難しいぞ、これは…。
私がこっそり冷や汗を流していると、そうだ、とユージーンが胸ポケットを漁った。
「一昨年の護符を持って来たんだ。よかったら持ち帰って、制作の参考にしてくれるかい?」
「え、良いんですか?」
侯爵家がフルオーダーで作った護符の魔鉱細工なんて、まずお目にかかれない。私が目を輝かせると、ユージーンは笑いながら小箱をテーブルに置いた。
「ちゃんと返してくれるだろう?」
「はい、勿論です。──拝見しますね」
ドキドキしながら小箱を手に取り、そっと蓋を開く。
中に入っていたのは、ブローチタイプの魔鉱細工だった。炎をモチーフにしているのか、曲線的な細かい造形。恐らく、彫り込みではなく粘土状になったミスリル銀を細く伸ばして組み合わせ、成形する技法。ベースは板になっていて、中央に大きめの天藍メノウの護符が嵌め込まれている。
裏のブローチパーツもミスリル銀、見事な造形だ。
だが──何か、違和感がある。
…色が、くすんでいるような…?
「…」
「…セラフィナ?」
ひっくり返したりランプの光に透かして見たり。黙って観察していた時間が長すぎたらしい。ジョスリンに呼ばれ、私はハッと我に返った。
「あ、ごめ──じゃなかった、すみません。素晴らしい細工だったので、つい夢中に」
ついいつもの口調で喋りかけて、慌てて仕事用の口調に戻し、ブローチを小箱に仕舞う。これは後でウィッカに見てもらった方がいいだろう。
「それじゃあ、このブローチは参考としてお借りしますね。ペンダントは、これより軽量の方がいいでしょうか?」
「そうだね。そうしてもらえると助かる」
「軽いの、大事」
「承知しました」
条件を手帳に書きつけ、依頼者4人とポーラにも内容を確認してもらう。さらに、料金についても確認する。
了承を得られたところで、私は改めて姿勢を正した。
「──それではこの内容で、ミスリル銀のペンダント3つの製作を承ります。仮の見積金額はこちら。納品時に差額を清算させていただきます。…その、今回はかなり細かい細工になりますので…」
多分滅茶苦茶高くなる。言い淀んだその内容を正確に汲み取ったらしく、ユージーンがにっこりと笑った。
「大事な子どもたちの護符だ。金額よりも、良いものを作ることに注力してくれるかい?」
「うん。金に糸目はつけない」
「エレーナ、そんな言葉どこで覚えたの!?」
「ははっ! まあ使い方は合ってるな!」
真顔ですごいことを口走るエレーナに、ジョスリンが叫び、カーライルが笑う。
私も肩の力を抜いた。
「大事なルーカスの親族の護符ですから。任せてください」
そうしてギャレット伯爵家を出てウチに帰ると、私は早速工房区画で作業を始めた。
《今回はペンダント3つ、ねえ…。安請け合いにならないといいけど》
「が、頑張る」
机の上の定位置に陣取ったウィッカが、ぱたりと尻尾で天板を叩く。師匠殿は今日も辛辣だ。
実際、チェーンの作成はかなり難易度が高い。一つ一つのパーツが小さい上、それを複数、全く同じサイズで作りながら繋げていかなければならない。
注意力と根気と魔力の制御能力、全てを高い水準で保つ必要がある。
「──ところでウィッカ、作業前に一つ、確認してほしいものがあるんだけど」
《なぁに?》
「公都の工房で作られた魔鉱細工。よかったら参考に、って、ユージーン様が貸してくれたんだけど…何か変でさ」
《変?》
ウィッカのヒゲがぴくりと動いた。
私はウィッカの前に例の小箱を置き、蓋を開ける。
それを覗き込んだ途端、ウィッカの尻尾がブワッと膨らんだ。
《──はあ!? 何よこれ!?》
驚きよりも、ああやっぱりか、という納得感が勝る。私の抱いた違和感は、気のせいではなかったようだ。
「公都の魔鉱細工の工房で作られた、天藍メノウの護符のブローチ、だよ」
《ブローチなのは見れば分かるわ! これのどこが魔鉱細工だって言うのよ!?》
エメラルドのような緑色の瞳が怒りに燃えている。ボンボンに膨らんだ尻尾をフォン! と振り、
ウィッカはブローチを睨みつけた。
《こんなの、魔鉱細工じゃないわ!!》
瞳孔が開いていて、少々怖い。私はそっと小箱をウィッカから遠ざけた。
「一応確認だけど、これ、別の金属がミスリル銀に混ざっちゃってる、って認識で間違いない?」
一見すると、ごく普通の魔鉱細工。それ自体は白銀色で、青み掛かった反射光を放つのも同じ。
だがよく見ると、若干白さが足りない。というより、灰色掛かっているというか、ほんの少し、本体色が濃い。反射光も純粋な青ではなく、灰が混ざったようにくすんでいる。
私は正規品のミスリル銀のインゴットを見慣れていて、それを使った魔鉱細工しか作っていないから、その微妙な色の変化に気付くことができた。
多分、単体で見ておかしいと気付ける人は少ないのではないだろうか。
《…………ええ、そうね》
ウィッカが殊更ゆっくりと頷いた。念話ってこんな地獄から響くみたいな声にできるんだな。
《…色からして、ごくごく微量、全体に、鉄が混ざっていると見て間違いないわ。何をどうしたらこんな粗悪なゴミがよりによって貴族の家から出てくるのかは分からないけど》
「それなんだけど──」
ブローチを見詰める目があまりにも怖かったので、そっと小箱を閉じる。
これを言ったらウィッカは発狂するかも知れないが、気付いてしまった以上言わないわけにもいかない。というか誰かと共有したい、この嫌な予感。
私は身構えつつ口を開いた。
「ユージーン様たち、誰もこのブローチがおかしいって気付いてなかったみたいなんだよね。──今流通してる公都の工房製の魔鉱細工って、大体全部、こういう品質なんじゃない?」
《──》
瞬間、ウィッカの瞳孔が限界まで広がった。尻尾から背中、さらに頭頂部までの毛がブワワと逆立ち、シルエットが一回り以上膨れ上がる。
何か別の生き物のようになったケットシー様は、異様なまでに静かな動作でクッションに座り直した。




