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【第2章完結】定時上がりの複業文官~残業しろ? いや、そっちの仕事は副業なので~  作者: 晩夏ノ空
第3章

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108/108

108 チェーン作成


《──よし。潰しましょう、公都の工房。全部》

「はい!?」

《ゴミしか作れない工房なんか要らないわ。セラ、貴女ちょっと公都まで行って工房に片っ端から6式魔法ぶっ放してきなさい》

「弟子にサラッと犯罪の指示しないでウィッカ!?」


 反応が斜め上過ぎた。

 私が突っ込むと、瞳孔が開き切った眼がこちらを見る。怖い。怖いが、


「あくまで、私の予想! まだ確定じゃないから! 後でアイリーンに頼んで公都の工房作の普通の魔鉱細工見せてもらお! ね!?」


 セラム商会は公都の商会に伝手がある。頼めば、公都の工房の魔鉱細工も手に入れられるはずだ。

 懐には多少余裕があるから、小さいものを幾つか購入して確認すればいい。


《………そうね》


 ウィッカが険を引っ込め、目を細めた。「ゴミにお金を払うのは癪だけど」という呟きが聞こえた気がしたが、気のせいだ、きっと。

 私はほっと胸を撫で下ろし、小箱を鍵付きの引き出しに仕舞う。粗悪品でも借り物は借り物。お客様の物である以上、粗雑には扱えない。


「…とにかく、今はペンダント3つの製作に集中しないと。春に渡すって言ってたし、なるべく早い方が良いよね?」

《そうね。子ども向けなら直しが入る可能性もあるわ》


 今は冬真っ只中。チェーンの作成には時間がかかるので、それほど猶予はない。


《──ところで、ペンダントトップのデザインは決まってるの?》

「…チェーンを作りながら考えようかな、と」

《いいけど、集中力を切らさないようにしなさいよ》

「ハイ」


 ウィッカのありがたい忠告に頷き、椅子に座る。

 天板を綺麗に拭いた後、いつものガラストレイとミスリル銀のインゴット、マナタイト粉末の小瓶とその他道具類を並べる。ここまではいつもと同じだ。ついこの間、マナタイト粉末を作り溜めしたので、材料は十分にある。


 ガラストレイの横に絹布を敷き、ミスリル銀のチェーンを伸ばした状態で置く。ユージーンたちが指定したサイズの見本だ。

 楕円形のパーツ一つ一つは、短径2ミリ、長径3ミリほど。今私が安定して作れる最小サイズである。


《一番細いやつにしたのね》

「子ども用だから、できるだけ軽くしたいって話で」

《それはそうね。重かったら嫌がられるわ》


 サイズを確認したら、机の引き出しから1枚の紙を取り出す。チェーンパーツ作成の補助に使う、自作のテンプレートである。

 4種類のサイズの異なる楕円形の図形と、それを伸ばした形の線。その下に実際のサイズを書いてある。今回使うのは勿論、一番小さい図形だ。


 ガラストレイの下にテンプレートの紙を敷き、目的の図形が中央より少し手前、一番作業しやすい位置に来るよう調整する。

 これで、準備は完了。


「──よし。それじゃ、行きます」

《慎重にね》


 まずは筆でミスリル銀のインゴットの端にマナタイト粉末を振りかけ、魔力を注いで軟化させる。

 作りたいものが細かい分、一度に使う量はそれほど多くない。軟化した部分からゴマ粒くらいの量を取り分け、それをガラス越しに見えるテンプレートの直線を見本にして少し余分に細長く伸ばした後、楕円の図形と重なるよう、くるりと丸めてリング状にする。

 余った端と端は交差させ、そこを斜めに切って、断面同士を繋ぎ合わせる。切り落とした両端は使わないので、別の瓶の中へ。これは後で素材として再利用する。


 斜めに切るのは、断面積を広めに確保して繋ぎ合わせやすくするためだ。

 繋ぎ目を馴染ませて全体を魔力で覆い、固まったら、1つ目のパーツが完成。

 一応、バリ──魔力が抜ける時に発生するトゲ状の構造がないことを確認する。


 秋の事件以降、私の魔力量とその制御能力は劇的に上昇し、多少細かな成形でも失敗することはほぼなくなった。

 だが、油断は禁物だ。チェーンは素肌に触れるもの。そこにバリが発生していたら、着用した時に大惨事になる。


「…よし」


 ウィッカの視線を感じつつ、また同じゴマ粒サイズにミスリル銀を取り分ける。

 魔力を纏った指先と魔力そのものを使い、細長く成形して、テンプレートに重ねてくるりと丸め、両端を斜めにカット。


 ここで専用の道具、石英製の台座の出番だ。厚みは3センチほど、手のひらサイズの長方形で、太さと深さの異なる溝が短辺と平行に数種類彫られている。


 この台座は、ルーカスが石英の塊から削り出して作ってくれた。石英と言いつつかなり透明度が高いので、本来は宝飾品用途の水晶だったのだと思う。

 一応ちゃんとお金は払ったが、そもそも提示された金額が安すぎた気がしてならない。彫刻・刻印用の天藍メノウのペンといい、ルーカスにはお世話になりっ放しだ。


 台座に彫られた溝の一つに、既に固まっている1つ目のパーツを楕円の長径側が横になるよう嵌め込む。溝はそれほど深くないので、楕円形のパーツの3分の2ほどが台座の上に飛び出す形だ。

 立てた1つ目のパーツに、先ほど両端カットまで済ませた粘土状のミスリル銀を通し、くるりと丸めて両端を接着する。

 この時、魔力を通す範囲を制限するのを忘れてはいけない。魔力が多すぎると1つ目のパーツと2つ目のパーツがくっついて一体化し、チェーンではなくなってしまう。


 2つ目のパーツだけを魔力で覆い、固まったら状態を確認。…大丈夫そうだ。

 内心ほっとしながら1つ目のパーツを溝から外し、入れ替わりに2つ目のパーツを嵌め込む。


 ここから難易度は一気に上がる。手前側に1つ目のパーツ、その奥に立てた状態の2つ目のパーツ。

 1つ目のパーツが通った状態の2つ目のパーツに、3つ目のパーツを通して成形しなければならない。3つ目のパーツを通せる空間は、先ほどの3分の2程度だ。


「……」


 パーツのサイズ、太さ、形状の統一、そして全てのパーツの独立性を保ちながらの組み上げ。

 一瞬たりとも気が抜けない作業を、私は無言で続けていく。


 成形に失敗したら、そのパーツは天藍メノウのペンでカットして除外。大元のミスリル銀のインゴットが硬化し始めたらマナタイト粉末と魔力を注いで再度軟化。

 やること自体は単純だ。ただ、要求精度が恐ろしく高いだけで。



 ──そうして、ひたすら無心で作業すること暫し。



 耳鳴りがし始めたのを合図に、私はふうと息をつき、作業の手を止めた。


 前のめりになっていた体勢を整え、両手を挙げて背筋を伸ばすと、バキボキと身体のあちこちで変な音がする。背中から肩にじんわりと血が通っていくような感覚が気持ちいい。


「んー……──あ」


 顔を上げて、ウィッカがいなくなっていることに気付いた。

 最近はたまにこういうこともある。チェーンの製作は集中力が要るので、周囲がほとんど見えなくなるのだ。


 時計を見ると、もう夕食の時間になっていた。

 どうやら軽く数時間、ぶっ続けで作業をしていたらしい。なるほど背中が凝るわけだ。


 納得して、作業机の上を片付ける。今日の成果はチェーン1本、長さは30センチと少し、といったところだろうか。

 1回の作業で作れる限界値を更新したのに満足して、絹布に包み、引き出しに仕舞って鍵をかける。


「…今日はここまでかな」


 立ち上がったら、ちょっとふらついてしまった。あと、微妙に視界がぼやけている。ずっと1点を見詰めていたせいで、目が疲れているらしい。

 無理は禁物、と自分に言い聞かせて、工房区画が綺麗に片付いているのを再確認し、2階へ向かう。


 階段を上がる途中で、いい匂いが漂っているのに気付いた。


「──ルーカス?」


 2階のキッチンに、ルーカスがいた。こちらに背を向けた状態で、浅鍋をかき混ぜている。


「作業は終わったのか」

「あ、うん」

「こっちももうすぐできる。パンを頼めるか?」

「分かった」


 どうやらウィッカが席を外したのは、ルーカスを出迎えるためだったらしい。集中し過ぎていて、全く気付かなかった。

 ちらりと見遣ると、ウィッカは丸椅子のクッションの上に座り、涼しい顔をしていた。


《今日の成果は?》

「チェーン1本、一応完成。後で確認お願いします、師匠」

《よろしい》


 キッチンの作業台には大きなバゲットが置かれている。近所のベーカリーの自慢の逸品だ。どうやら、買ってきてくれたらしい。


「今回はチェーンの依頼か?」


 バゲットを切り始めると、鍋の蓋を閉めたルーカスが訊いてきた。


「うん。ルーカスの甥っ子と姪っ子の護符。ペンダントにすることになって。天藍メノウのカットはルーカスがやったってポーラ様に聞いたけど…」

「ああ、あれか」


 ポーラから預かった天藍メノウの護符は、大きめのスクエアカット。表面がつるりと丸いカボションカットに加工されることの多い天藍メノウには珍しい形状だ。


「どうせだから変わった形にしてくれと言われてな…」


 ルーカスが遠い目になる。


 私が名と顔を明かして魔鉱細工師を名乗るようになって以降、ルーカスも宝石職人であることを隠さなくなった。本人はまだ趣味レベルだと言い張っているが、ご指名で依頼が来ることもあると聞いている。

 今回は当然ながら、そのケースだったらしい。


「天藍メノウがスクエアだから、ペンダントトップのデザインもそれに合わせた形にしたいんだけど…」

「まだ決まっていないのか?」

「うん。後で相談に乗ってもらえる?」


 ルーカスは身内なので、甥姪たちに直接会ったことがあるはずだ。どうせだからその性格をよく知る人の意見も聞きたい。


「ああ、勿論だ」


 ルーカスは即座に頷いてくれた。



 ──その日ルーカスが作ってくれた鶏肉のトマト煮込みは、とても優しい味がした。








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