106 新たな護符の依頼
メイローザが名持ちの狩人『フォックス』になってから、数日後。
ギャレット伯爵家の応接室で、ポーラ・ギャレット前伯爵夫人立ち合いのもと、私は魔鉱細工師として新規顧客と向き合っていた。
「お子さん用の護符…ですか」
「ああ」
私の対面、大きなソファーに並ぶのは、2組の男女。
新規といっても初対面ではない。クレメンティ侯爵家の次代を担う、ユージーンとエレーナ、そしてカーライルとジョスリン。ルーカスの異母兄夫妻たちである。
「ウチでは毎年春に、子どもたちに守りの護符を贈っていてね。今年は是非、魔鉱細工への加工をセラフィナにお願いしたい」
ユージーンがにこやかに説明する横で、エレーナがこくこくと頷いている。
ユージーンとエレーナの子どもは、8歳の男の子と4歳の女の子。カーライルとジョスリンの子どもは、5歳の女の子。貴族の慣習で10歳までは公の場に出ないため、私はまだ会ったことがない。
「承知しました、お引き受けします」
私が即座に頷くと、カーライルが目を見張る。
「おい、そんなにあっさり引き受けていいのか? 忙しいだろ?」
「まあおかげさまで暇ではないのは確かですが、クレメンティ侯爵家のみなさんからの依頼は最優先で対応すると決めていますので」
実際、今はそれほど仕事も立て込んでいない。魔鉱細工は高級品なので、そもそも購入できる人の絶対数が限られるのだ。
とはいえ、一度に3つ分のフルオーダー依頼を受けるのは初めてである。私は手帳を取り出して、本格的な聞き取りに入った。
「まず、形状ですが…お子様向けですから、指輪などではないですよね? 以前はどのようなものをお作りになりましたか?」
「前回は腕輪、その前はブローチだ」
「ブローチは針を刺しそうで怖かったから、腕輪に変えた」
「でも、ちょっと重そうではあるのよね。食事の時も食器に当たったりするし」
「成長を見込んで大きめに作ってもらったからなあ」
護符を贈るのは年に一度。子どもの成長は早いから、それに余裕を持たせようとすると腕輪のサイズも相当大きくなりそうだ。
一方で、ブローチが怖いというのも少し分かる。子どもは急に動くから、服につける時にヒヤリとすることも多いだろう。それに、着替えるたびにつけ直さなければならないのは大変だと思う。
そうなると──
「では今回は、ペンダントはいかがでしょう? 少し短めのチェーンで、ペンダントヘッドが直接肌に当たるタイプの」
身につけた者の魔力の揺れなどを感知して、護符に込めた魔法が発動するので、可能であれば肌に直接触れていた方がいい。
「それは…こういうの?」
「はい、そうです」
エレーナが自分の首にかかるペンダントを示した。
見たところ、繊細なプラチナ製。6枚の花弁を持つころんとしたフォルムが可愛らしい、小花のペンダントだ。花芯の部分の紅色は、ルビー──いや、より深い色合いからして、ガーネットだろうか。エレーナの紅色の瞳によく似合っている。
私が頷くと、ジョスリンが困ったように眉を寄せる。
「それだと、服装によって合わせるのが難しくならないかしら?」
「チェーンの長さを変えて、服の下に仕込むこともできますよ。延長用の鎖をお付けします」
「……うん?」
ユージーンが不思議そうに首を傾げた。
「それは…鎖まで含めて、一から全て作る、ということかい?」
「はい」
「…は?」
「えっ?」
「…」
肯定したら、カーライルがぽかんと口を開け、ジョスリンとエレーナが目を見開き、ユージーンが固まった。
…はて?
「…セラフィナさん」
右側から声がかかった。
それまで立会人として黙って見守っていたポーラが、頬に手を当てて苦笑している。
「今現在、魔鉱細工のチェーンは、公都の大公家御用達の工房でしか作られていないのですよ」
「へ」
思わず間抜けな呻き声を上げる。
チェーンは、宝飾品という括りで言えばかなり一般的なパーツだ。ペンダントやネックレスだけでなく、イヤリングやピアスなどに揺れる装飾を加える時にもよく使われる。
同一形状の細かいパーツをひたすら組み上げていく必要があるので、加工方法にクセのある魔法金属で作るのは確かに難しい。私もウィッカのスパルタ教育で最近やっと安定して作れるようになったばかりだ。現状、パーツのサイズはまだまだ大きいし、1日で20センチが限界である。
でも──大公家御用達の工房でしか作られていない? 公都クラペリッサは、魔鉱細工師の本拠地なのに?
ユージーンが苦笑した。
「知っているだろうが…魔鉱細工のチェーンの作成方法を確立したのは、おおよそ30年前に早逝した魔鉱細工師、フランチェスカ・ウィレムだ。チェーンを作っているのは、そのフランチェスカの正統後継者が運営に関わる『ウィレム工房』だけなんだよ」
フランチェスカ・ウィレム──魔鉱細工中興の祖とされる高名な魔鉱細工師である。
特にミスリル銀の加工技術に長け、チェーンや留め金の作成、削り出しなど、普通の金属なら当たり前に行われているが魔鉱細工での再現は不可能とされていた加工方法を編み出した。その技術は繊細かつ正確で、今でも彼女を上回る魔鉱細工師は存在しないと言われている。
通称、『ミスリルの魔女』。全魔鉱細工師の目標であり、憧れだ。
「確認ですが、セラフィナさんはチェーンを作ることができるのですね?」
ポーラに訊かれ、私は自分のバッグを漁る。
「はい。まだ未熟ではありますが──あった」
打ち合わせの参考になるよう、いくつかサンプルを持ってきている。
4つの小さな革袋を取り出すと、私の行動に慣れているポーラがローテーブルの上にサッと絹布を広げた。礼を言って、その絹布の上に革袋の中身を出していく。
「これは…」
ユージーンたちが身を乗り出した。
それぞれパーツの大きさが異なる4種類のチェーンが、白い布の上に並ぶ。どれも楕円形のパーツを互い違いに組み合わせただけの一番単純な形で、パーツ自体のサイズによって、チェーンの太さと雰囲気が異なる。
女性や子ども向けならもっとパーツを小さく、細く仕立てたいところだが、今の私の技術力ではこれが限界だ。
「…本当に、チェーンね…」
ジョスリンが呆然と呟く。彼女だけでなく、他の面々も信じられないものを見る目だ。チェーンは珍しいというのは本当らしい。
「よかったら肌当たりを確認してみてください。人によってはざらついて不快だと思うかも知れませんし、重いかも知れないので」
「…分かった」
ユージーンたちが恐る恐るといった様子でチェーンを手に取った。
手のひらの上に広げ、転がし、首に当て、思い思いに確認していく。
「留め金もついてる」
「はい。一番簡単なものですが」
ネックレスのチェーン、という想定なので、そこも抜かりなく。
ただ、掛け金式やリング式は流石に構造が複雑すぎたので、片側は少し大きめの涙滴型の輪、もう片方はフック型で、フックを輪に通して留めるという単純な形式だ。フックの開きは限界まで小さくしてあるので、よほど変な動きをしない限り外れないとは思うが。
「思ったより軽いな」
「細いからではないの? こっちはずっしりしてるわよ」
カーライルとジョスリンが、試着していたチェーンを交換して試している。
──そうして全員、全てのチェーンを試し終えると、ユージーンたちは互いに目配せして頷き合う。
ユージーンが腕組みして、深刻そうな顔になった。
「セラフィナ」
「はい」
「我々としては、ペンダントの形にしてもらえるのならありがたい」
ユージーン曰く、過去にペンダントを希望して、公都の工房にすげなく断られたことがあるそうだ。だからこそ候補からペンダントを除外していたが、取り扱いを考えると第一希望になるという。
ただ、とユージーンは続ける。
「…この技術を公表してしまうと、君が公都の工房から目の敵にされる可能性がある。それはいいのかい?」
「あー…」
私はそっと目を逸らした。




