103 名持ちの狩人たち
翌日、私とルーカスは狩人の仮面とマントを身につけて屋根の上を駆け、『キャット』と『オウル』として狩人管理事務所へやって来た。
正面扉から中へ入り、職員たちに軽く挨拶してから奥へと進む。会議室の扉をノックすると、すぐに扉が開いた。
「お、来たな。入れ入れ」
ドアノブを握っていたのは、狼の仮面──私と同じ討伐部隊に所属する名持ちの狩人、『ウルフ』だった。
促されるまま入室すると、既に予定されていた全員が揃っていた。扉に鍵をかけ席に着くと、誰からともなく仮面を外す。
討伐部隊の事実上の長、『ウルフ』こと共立学校の魔法学非常勤講師、私の恩師でもある、ヴォルフガング・エイギス伯爵。
救護室のヌシで回復術師兼医者、『パイソン』ことパスカル・ギャレット前伯爵。
哨戒部隊隊長、『オウル』こと私の婚約者、ルーカス・ブレット・クレメンティ侯爵令息。
哨戒部隊所属、『クロウ』こと領主直下特殊部隊隊員、クロウ。
そして私、討伐部隊所属、『キャット』ことセラフィナ・アッカルド。
この街で活動する名持ちの狩人が一堂に会するのは、おおよそ1ヶ月ぶりだ。
「まーた大型案件持ち込みやがったな、お前ら」
面倒そうな口調の一方、明らかに面白がっている顔で、ヴォルフガングが切り出す。
「で? 6式の攻撃魔法が使える名持ち候補ってのは、どこのどいつだ?」
狩人管理事務所を通じて名持ちの狩人全員に招集をかけた際、概要は伝えてある。ヴォルフガングが笑っているのは、この秋、クロウを哨戒部隊に引き込む時にもルーカスが同じようなことをしたからだ。…その時は、私は不在だったが。
ともあれ、関係者に名前を明かす許可はメイローザから貰っている。私がちらりとルーカスを見て頷くと、ルーカスが端的に答えた。
「メイローザ・クレメンティ。俺の異母妹だ」
「は──」
「はあ!?」
ぽかんと口を開けるヴォルフガングとパスカルの横で、クロウが椅子を蹴立てて立ち上がった。
「ちょっ…何言ってんスか! お嬢様を狩人にするって、正気ッスか!?」
目を見開いて叫ぶ様は、半ば予想していたとはいえなかなか見モノだ。
「当然、正気だが」
「こんな所でふざけないでほしいッスよ!!」
「ふざけているのはお前だ、クロウ」
「っ!?」
ルーカスに冷ややかな目で睨まれ、クロウがビクッと動きを止める。
「メイローザが今年何歳になると思ってる。いつまでも子ども扱いするな。あいつは、自分で考えて、自分で「狩人になる」と言ったんだ」
「な──え──じ、自分、で?」
クロウの視線が彷徨い、確かめるように私を向いた。訳が分からない、と顔に書いてある。
…最大の理由はこいつだって考えると、何か微妙にハラ立つな。この朴念仁め。
とはいえ、それを口に出すほど無粋ではない。私は肩を竦めて応じた。
「兄弟がそれぞれ自分だけの役割を担う中で、自分に何ができるか考えた結果、だそうだよ。魔力量だけならルーカスに匹敵するらしいし、学校卒業後も魔法の訓練は欠かさず続けてる。ウチに直接出向いてルーカスと私に頭を下げる程度には、行動力も礼節もある。素質としては十分だと思うけど」
「だからって…!」
クロウは全く納得できないらしい。いつもの胡散臭い口調が抜けかけ、殺気に近い怒気が滲んでいる。
まあ待て、とヴォルフガングが手を挙げた。
「事情は分かった。お前たちの推薦というよりは、本人の希望なんだな?」
「ああ」
「そうだよ」
「なら、何も反対する理由は無ぇ」
きっぱりと言い放つヴォルフガングに続き、パスカルも、うむ、と頷く。
「哨戒部隊はそれなりに拡充できておるが、討伐部隊はまだまだじゃからの。上級デモンに対処できる人材が増えるのは喜ばしいことじゃ」
「なっ」
「ただし」
クロウの声を遮り、パスカルは眉をひそめる。
「いくら本人の希望というても、侯爵家の未婚のご令嬢じゃ。成人しているとはいえ、親の同意は必須じゃぞ。そこはどう考えておる?」
その言葉に救いを得たように、クロウが身を乗り出した。
「そうッスよ! 大事なお嬢様をデモンと戦わせるなんて、トラヴィス様もロザリンド様も許可するはずないッス!」
目がキラキラ──いや、ギラギラしているが。
甘い。甘すぎる。
「ルーカスって前例があるのに、反対すると思う? トラヴィス様もロザリンド様も、男女で区別する性格じゃないと思うけど」
「うっ」
「メイローザの本気の『おねだり』を、父上が却下できたことがあったか?」
「……」
私とルーカスが畳み掛けると、クロウは言葉に詰まり、のろのろと席に座り直して頭を抱えた。
「……ウチのボスの親バカっぷりを恨む日がくるとは…!!」
クロウから見ても、トラヴィスの評価はそんなものらしい。残念な父親だ。
…いや、メイローザからしたら望むところなのだろうが。
「心配しなくても、メイローザには「両親の了承を得られたら推薦する」って言ってあるよ」
「ほぼ予定調和じゃないッスか!」
「そうだが」
「だから今のうちに知らせにきたんでしょ」
「……もうヤダこのお二方ー!!」
クロウが涙目で叫んだところで、メイローザが狩人になりたいと言っていることに変わりはない。
ヴォルフガングが溜息をついた。
「なるほどな。なら、近日中に名持ちに匹敵する新人が入るのは確定。問題は、誰が教育してどうシフトに組み込むか、ってわけか」
「念のための確認は必要じゃが、討伐部隊になるのはほぼ確定じゃろ? ならば、ヴォルフガングの出番ではないか?」
「まあそこは当然だ。──セラフィナ、お前も参加してくれるか、教える側として」
「もちろん、構わないよ」
私は即座に頷き、続けた。
「あと、貴族のご令嬢、ってのはどんなに隠したところでバレると思うし、いっそルーカスみたいにそれとなく皆に正体を伝えておいた方がいいと思う。若手を暴走させないためにも」
手を出したら火傷では済まない相手である。下手をしたらルーカスとクロウあたりに物理的に闇に葬られるだろうし、私もシメる自信がある。
「それは…そうだな」
ルーカス、クロウ、そして私を順に見遣り、ヴォルフガングが深く頷く。
「正体を伝えるのは大前提として──少なくとも教育期間中は、俺かセラフィナ、あるいは2人ともつきっきりで指導する。それ以降も、慣れるまでは名持ちの狩人の誰かと同じシフトに入ってもらう。当面は、そんな感じで良いか?」
「うむ」
「異論はない」
「了解」
パスカルとルーカス、そして私はすぐに了承を返したが、クロウはむすっとした顔で口を引き結んでいる。
「クロウ」
「………りょーかいッス」
ルーカスが促すと、クロウは不満たらたらに頷いた。
どう足掻こうと、メイローザが狩人になるのはほぼ確定なんだけどね…。




