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【第2章完結】定時上がりの複業文官~残業しろ? いや、そっちの仕事は副業なので~  作者: 晩夏ノ空
第3章

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104 新人研修


 そうして、数日後。

 メイローザはあっさり両親の許可をもぎ取り、狩人になった。


 改めて適性と魔力量を確認すると、やはり本人の申告通り討伐部隊向き、名持ちに値する攻撃魔法の使い手。

 クロウは頭を抱えていたが、ここまで来るともはや止める術はない。新人用の無地の仮面と明るい灰色のマントを身につけたメイローザ──新人の間の仮の名は『ゼロ』──は、私とウルフの下で早速基礎を学び始めた。


 若いせいか本人のやる気の影響か、ゼロはとにかく飲み込みが早い。予定の半分の期間で座学を終え、狩人になってから4日後には実地研修に移った。


「足元、結構凸凹してるから気を付けて」

「はい」


 今日の研修担当は私だ。狩人管理事務所の中の階段を上がり、黒の隔離地を囲む城壁の上に出る。


「わ…」


 城壁の上から黒の隔離地を見下ろし、ゼロは感嘆の溜息をついた。


「広い…」


 ペンペン草も映えない、だだっ広い荒野。

 私は普段、夕方から夜にかけてしかここに来ないから、真っ昼間の黒の隔離地は新鮮だ。今日は少し風が強く、砂塵が舞っているのがよく見えた。


「あれが、黒塊。見える?」


 私が指し示すと、ゼロは少し背伸びをして奥の方へ視線を向ける。


 黒の隔離地のほぼ中央、成人男性の頭上くらいの高さに、真っ黒い球体に見える何かが浮かんでいる。

 通称『黒塊』。デモンを生み落とす『何か』だ。

 球体に見えるが、実体があるわけではない。実際、砂塵は素通りしている。

 ただし古い資料によると、稀に触れたものが吞み込まれて消えることがあるらしく、狩人のルールでも「接触は禁忌」とされている。


「…意外と小さいんですね」

「ここのは、ね。場所によって大きさはまちまちらしいよ」


 なお、黒塊が小さいからといって出現するデモンが弱いとか、少ないとかいうことはない。なかなかに厄介である。


 黒塊は、このクラペイロン公国各地の主要都市全てに存在している。と言うより、黒塊がある場所を城壁で囲み、そこに隣接する形で街を作っている、という感じだろうか。

 理由は簡単。黒塊を放置しているとデモンを延々生み出し続け、管理しなければ甚大な被害が出るから。


 デモンは人間の生命力や魔力に反応して襲い掛かってくる。そして魔力を吸収し、負の感情を流し込む。被害者の多くは精神を病み、最悪死亡することもある。デモンは魔力を吸収することでより強力になる性質もあるため、出現したら即刻倒すのが原則だ。


 一方で、恩恵もある。デモンは討伐された後、ミスリル銀やオリハルコンなどの魔法金属の鉱石を落とすことがある。それを専門の工房で精錬した魔法金属のインゴット、そしてそれをさらに加工して作る魔鉱細工や特殊な武器は、この国において外貨を稼ぐ重要な輸出品の一つになっている。


 魔鉱細工を作る時に使うマナタイトも、デモンに魔法を撃ち込むと生じる特殊な鉱石だ。デモンと人間の魔力のぶつかり合いで生じるらしく、それ以外の入手方法はない。

 つまりデモンは、「お近付きにはなりたくないが、いないと困る存在」なのだ。


「魔法金属の鉱石って、どれくらいの確率で落とすんですか?」

「大体、2、30体につき1個くらいかな。上級デモンの方が落とす確率が高い印象はあるけど」

「じゃあ上級デモンが多い方がお得?」

「どうだろう。上級には5式以上の魔法しか効かないし、狩人の側のリスクが高くなるからね」

「リスク?」

「デモンの『声』だよ」


 首を傾げるゼロに、私は端的に応じる。


 デモンはただそこに在るだけで、負の感情をまき散らす。狩人の仮面とマントは特殊な魔法が施されていて、デモンからの悪影響をある程度遮断できるが、たまにそれを貫通して、狩人に届いてしまうことがある。

 疲労を訴える声、帰りたいという切望、誰かへの恨み、希死願望──内容は様々で、『聞こえる』かどうかは個人差が大きいが、強力なデモンであればあるほど『聞こえる』確率は高くなり、聞こえてしまった場合に受ける精神的なダメージも大きくなる。

 解説していると、胸元で狩人の証であるペンダントが振動した。


《オウルよりシフト者各位。デモンが出現した。現在、下級10体、中級3体。討伐部隊員は準備を》


 少し離れた見張り台の上に立つルーカス──オウルの声が、脳裏に響く。


「キャット、了解」


 先に返答してからゼロに視線を向け、軽く頷くと、ゼロもおっかなびっくり自分のペンダントを手に取り、了承の返事をする。


「ゼ、ゼロ、了解しました!」


 それを確認して、私は続けた。


「キャットより各位。新人研修のため、ゼロを連れて黒の隔離地内へ入る。討伐部隊員は注意を願う」

《11番、了解しました》

《23番、了解です》


 今日シフトが重なっている討伐部隊の狩人は、いずれもベテラン。

 11番ことアナスタシアの父、サリアス・エイローテ男爵と、23番ことアナスタシアの夫、クライヴ。2人とも5式魔法は使えないので上級デモンの相手は厳しいが、下級と中級なら安心して任せられる。


「じゃ、行こうか」


 私が城壁の端へ向かうと、ゼロが首を傾げる。


「え? あの、一旦管理事務所に入らないといけないんじゃ」

「面倒だからここから直接飛び降りる」

「え!?」


 出勤するのに屋根の上を走る狩人にとっては当然のルートなのだが、ゼロは驚きの声を上げた。()せぬ。


「ここ、結構高いですよ!?」

「身体強化魔法は使えるよね?」

「つ、使えますけど…!」


 どうやら飛び降りるのが怖いらしい。仕方ないな。


「じゃあ初回だけサービスね」

「え…ひゃあ!?」


 私は尻込みするゼロに歩み寄り、サッと横抱きにした。悲鳴を上げたゼロは、思わずといった様子で私の首にしがみつく。よし。


「行くよー」

「…っ!」


 一応声を掛けて、私は城壁の縁を踏み越え、黒の隔離地の内側へ飛び降りる。いつもより丁寧に膝を曲げて落下の衝撃を受け流し、優しくゼロを地面に立たせると、ゼロは私の肩に手を置いて呟いた。


「……こ、怖かっ…」

「でも平気だったでしょ? 意外と」

「…うう…」


 まだ微妙に膝が震えているようだ。よしよしと頭を撫でていると、ペンダントが振動した。


《オウルよりキャット及びゼロへ。おいそこの不良狩人、新人にむやみに恐怖体験をさせるんじゃない》

「こちらキャット。失敬な、誰もが通る道でしょ」

《ゼロ、一応説明しておくが、禁止されていないから誰もがやっているだけで、飛び降りるのは正規ルートじゃないからな》


 オウルは私を無視してゼロに言い聞かせ始めた。ゼロはふふっと笑い、ちゃんと背筋を伸ばして応じる。


「こちらゼロ。了解しました、憶えておきます」


 もう大丈夫らしい。兄の声は偉大だ。


 大扉が開き、狩人の11番と23番が入って来る。彼らはこちらを見て軽く一礼し、すぐに奥──黒塊の方へと向き直った。


 黒塊の周囲、地面にわだかまる真っ黒い泥のようなもの。それがデモンだ。

 黒い水たまりにしか見えないものから成形に失敗した泥団子のようなものまで、形状は様々。見ている間に黒塊がまた一つ、デモンを生み落とした。


「あれが、デモン…」


 ゼロ──メイローザはデモンを見るのは初めてのようだ。夏の領主館デモン侵入事件の時は、上手く避難していたのだろう。


「デモンの等級は大体見た目で判断できるけど、どう? ゼロ」


 座学で教えた内容について問うと、ゼロは背伸びをしてデモンを眺め、


「水たまりみたいに地面にへばりついているのが下級、ちょっと立体的に見えるのが中級──ですか?」

「そうそう。ただ、何事も例外はあるから注意してね」


 今回はオウルが判別してくれているので、下級・中級のみなのはほぼ間違いないが、稀に下級や中級のような見た目をした上級デモンが紛れている場合があるので油断できない。

 なお上級デモンは通常、人型に近い形を取る。


「3式、ウインドアロー!」

「4式、ブレイズランス!」


 11番と23番がデモンの処理にかかった。手前から1体ずつ倒していくのは、新人に配慮してくれているのだろう。ありがたい。


「…5式とかで一気に片付けないんですか?」

「魔力量によってはそれもありだけど、デモンは数が多いし追加で増えることもあるから、必要最低限の魔法で確実に削っていくのが基本」


 あとね、と付け足す。


「5式が安定して使える人は、結構少ないから。今戦ってる11番と23番が使えるのは、4式までだよ」

「えっ…」

「でも、下級中級のデモンに対しては安定して戦えるベテラン。トラブルにも強いから、みんなに信頼されてる」


 2人は着実にデモンの数を減らしている。こちらの話は聞こえていないだろう。

 ゼロは11番と23番の背中をじっと見詰め、ぽつりと呟いた。


「…魔力が高いとか高位の魔法を使えるとか、そういうのだけじゃないんですね…」

「そういうこと」


 狩人が実力主義なのは確かだが、『実力』はなにも魔法の威力だけを指す言葉ではない。それを理解してくれたらいいと思う。



 ──そうしてものの数分で、ほぼ全てのデモンが討伐された。







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