102 長い待ち時間
その後、迎えに来た馬車に乗り、メイローザは家に帰って行った。
1階の扉を閉め、ルーカスと私は同時に溜息をつく。
「……まさか、メイローザが狩人を志望するとは…」
「ホントにクロウのことが好きなんだねぇ」
私は苦笑するしかない。会えないなら会える状況を作ればいいという行動力には、ある意味脱帽だ。
「…ちなみに確認だけど、メイローザって婚約者いないよね?」
「婚約者どころか、付き合ってる相手もいないな。打診はあるが、全部本人が突っ撥ねているらしい」
それはつまり、
「…それだけクロウに本気ってこと?」
「多分な。…昔からクロウの後をついて回っていたが、ここまで拗らせているとは思わなかった…」
「昔から?」
「10年以上前からだ」
「それはまた…」
かなり年季が入っているらしい。
しかし…年季が入っているといえば。
「──そういえば、ルーカスは「6年待った」って言ってたっけ…?」
「っ!?」
ルーカスがビクッと肩を揺らした。目を見開いて、明らかに動揺した動きでこちらを見る。
「おまっ……まさか、覚えて…?」
「…あの時は混乱してたから、うろ覚えというか、聞き間違いかとも思ったんだけど…」
秋の事件で私が魔力暴走を起こした後、その現場で、ルーカスは下手人の一人であるデイヴィッド・ロフナーを殴り飛ばした。
私は女性騎士たちに囲まれていて直接その光景を見たわけではないが、身勝手なことを喚くデイヴィッドに対して「俺は、6年、待った」と返すルーカスの声を聞いた。
ルーカスはそれ以降その話題に触れることはなかったし、気のせいかと思っていたのだが──夢でも幻でもなかったらしい。
ここまで動揺するルーカスを見るのは初めてかも知れない。内心面白がっていると、ルーカスはあからさまに目を逸らした。
「………言葉通りの意味だ」
「え」
ルーカスの耳が赤い。こちらに視線を合わせないまま、ぼそぼそと続ける。
「お前が俺を異性として意識していないのは分かっていたし、お互い素性もろくに知らないし、そもそも踏み込むのは狩人の流儀に反すると思って、動かなかったが……」
「…ろ、6年前から?」
「……ああ」
ルーカスの言葉に、私の顔も熱くなってくる。
6年前といえば、私が狩人になってすぐ、『オウル』と出会ったばかりの頃だ。
「…あの頃って…何かあったっけ…?」
頬の熱を誤魔化しながら目を逸らして記憶を探るが、どうにも思い当たる節がない。
当時、私は16歳、ルーカスは19歳。子どもとは言えないが、大人とも言い難い。正直な話、私はヴォルフガングに半ば無理矢理狩人の世界に引きずり込まれてやさぐれていたし、年上の同期であるルーカス──オウルに舐められてたまるかと肩肘を張っていた記憶しかない。
何せ初対面で名乗り合った後、オウルは指導担当のウルフに向けて「ここは女・子どもの来る場所じゃないと思うが」などと言い放ったのだ。
確かに狩人は男社会だが、性別と年齢という大雑把な括りだけで侮辱されたと思い、私はオウルを敵認定した。はっきり言って、最初の印象は最悪だった。
実際には、オウルは強そうにも見えない年下の私を純粋に心配していただけだったと後から知ったのだが──言い方が悪い。言い方が。
「…新人研修を終えた頃、5式魔法を使った後にブチ切れたことがあっただろう」
「切れ…──あ」
そう言われて思い出す。
新人研修を終え、それぞれ名持ちの狩人として討伐部隊と哨戒部隊に配属された後。私とオウルのシフトが重なったタイミングで、上級デモンが出現した。
その時居合わせた討伐部隊の狩人の中で、5式魔法が使えるのは私だけ。即座に魔法陣を展開し、準備にかかったのだが──デモンと戦い慣れていなかった私は、間合いを見誤った。有り体に言えば、近過ぎた。
気が付くと、目の前にデモンがいた。魔法陣は未完成で、どう考えても間に合わない。
呆然とする私の前にオウルが飛び出し、伸びてきたデモンの腕をその身で受けた。
──魔法を使え!
鋭い声に我に返り、霧散しかけていた魔法陣を無理矢理完成させて、何とかファイア・ジャベリンを使った。咄嗟に発動地点をずらし、上級デモンを真横から貫く形で。
本物の護符の効果を知ったのはこの時だ。普通だったら上級デモンに直接触れられたら魔力を吸われて精神汚染を受け、倒れるところだが、オウルは所持していた護符の護りの魔法が発動して、無事だった。
だが、私は「護符があるから平気だ」と平然と宣うオウルの胸倉を掴み、思い切り怒鳴りつけた。
「護符があるからって、哨戒部隊の人間が前に飛び出すな、この馬鹿! …だっけ」
今思うと、何故助けられた側が助けた側を責めるのかという話だが。
オウルに身を挺して庇われたという事実に、当時の私は猛烈に腹を立てた。
上級デモンに近付き過ぎたのは自分の過失。討伐部隊の狩人は他にもいて、フォローに動こうとしていたのに、哨戒部隊のオウルが出てきてどうする。護符が発動しなかったらどうするつもりだったんだ。──下手をしたら、死ぬところだった。
怒鳴りつけ、説教し、だが遅れてやってきた現実感と喪失の恐怖に勢いを失い、最終的にオウルの前でへたり込んで、ごめん、ありがとう、でも心配させるなこの馬鹿──などと呪詛のような半泣き口調で並べ立てて、オウルと周囲のベテラン狩人たちを大混乱に陥れた。新人時代の黒歴史である。
収拾がつかなくなった頃にウルフが駆け付け、私は「一つの油断が命取りになる。距離を見誤るな」と怒られ、オウルは「後先考えずに飛び出すな」と怒られた。
若気の至りというか──今思い出しても恥ずかしい。
私が頬を赤くしながら苦笑いしていると、ルーカスが「それだ」と頷いた。
「──本気で怒鳴られたのは、初めてだった」
「え」
「…この魔力と、家のこともあって、他人とは距離を取っていたからな」
多分、希少な魔力型や家柄だけでなく、容姿の影響もあっただろう。共立学校時代の『伝説』だけでも、ルーカスが苦労していたのは容易に想像がつく。
──で、私は、そんな相手の胸倉を掴んで八つ当たりに近いことをまくし立てたわけだ。ゼロ距離で。
……いやそれ、普通にドン引き案件じゃない?
私はそう思ったのだが、ルーカスにとっては違うらしい。苦笑して続ける。
「我ながら、それがきっかけというのもどうかと思うが。──お前の隣に立ちたいと、そう思った」
肩を並べられるようになりたい──一番近くで。他の誰でもない、自分が。
その思いは、とてもよく理解できた。何故なら、
「…なんだ、一緒か」
「…一緒?」
気が抜けて、思わずへらりと笑う。首を傾げるルーカスに、私は頷いた。
「私もだよ。オウルに庇われるんじゃなくて隣に立って戦えるようになろう、って決意したのは、その時」
実際にオウルがデモンの攻撃を受けるまで、私にはデモンとの戦いが命懸けだという実感がなかった。だから、どこか気楽に構えて油断していた。
けれど、オウルは違った。きちんと現状を把握して、私を救ってくれた。
──そんな彼を『背中を預けられる相手』だと認識したのは、きっと必然だったのだろう。
私の言葉に、ルーカスは軽く目を見張った後、
「──そうか」
とても嬉しそうに、微笑んだ。




