101 メイローザの本音
「狩人なら、家は関係ないでしょう? 魔力量だけだったらルーカス兄様と同じくらいあるし──それに私、6式の攻撃魔法も使えるの。きっと、役に立てると思うわ」
「えっ」
驚いてルーカスを見遣ると、ルーカスは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「……それは隠しておく約束だったはずだが」
「昔の話よ。私だってもう子どもじゃないもの」
聞けばメイローザは、貴族のご令嬢だけが通う公都の学校で魔法を学び、最初はとんでもなく優秀な成績を修めていたらしい。
だが、娘の行く末を心配した父トラヴィスから目立たないようにと命じられ、最終的には『そこそこ』くらいの成績で卒業。魔法に関しては卒業後に自宅で密かに学び直し、6式魔法までマスターした。ほぼ独学で。
「それってすごいんじゃ…」
私が呻くと、ルーカスが溜息をつく。
「自分の興味があることには異様なまでに熱心なんだ。お前と同じで」
「熱心なのは良いことだと思う」
呆れられている気がするが、一応胸を張っておく。
メイローザは少しだけ笑い、すぐに表情を改めた。
「…だからお願い。私を狩人に推薦してください」
頭を下げる、その態度は真剣そのものだ。ただ──
「……」
私は眉を寄せてメイローザを見詰めた。
理屈は通っている。本人の申告通りだとしたら、実力的にも申し分ない。の、だが。
「──メイローザ、一つ訊いていい?」
私が口を開くと、メイローザはパッと顔を上げた。不安と期待と、ちょっとした警戒のようなものが見え隠れしている。
私は一度息をつき、
「狩人を目指す、本当の理由は?」
「え──」
息を呑むメイローザをじっと見詰め、言葉を続ける。
「狩人になりたいっていうのは分かった。でも、『役に立ちたい』っていうのは…本音ではあるんだろうけど、核心とは違うんじゃない?」
何というか、理由が綺麗事じみているというか、若干取って付けたような印象があるのだ。まだ彼女の人となりを理解していないので、メイローザらしくないと断言するのは憚られるが。
指摘すると、メイローザはあからさまに狼狽えた。
「それは、その…」
困惑したように眉を寄せ、目を泳がせる。そのまま待っていると、メイローザはうぐっと呻き──頬を赤くした。
「……そ、そばに居たい人がいるの!」
そばに居たい人。思わずルーカスを見遣ると、ルーカスは首を横に振った。
「俺じゃないぞ」
「ええ、ルーカス兄様は違うわ。ルーカス兄様はどっちかっていうと遠くから面白おかしく鑑賞していたい人」
瞬時に真顔になったメイローザが断言する。それもどうなんだ。
しかし、ルーカスではないとすると──
「…もしかして、クロウ?」
その名を出した瞬間、メイローザはビクッと肩を揺らし、数秒後、真っ赤な顔でコクリと頷いた。
「…………うん」
わあ。
思わず内心で感嘆する。
クロウは秋の事件をきっかけに名持ちの狩人となったが、本業は領主直下の特殊部隊員。昔はルーカスの母レティシアの護衛だったこともあると聞いている。領主の娘であるメイローザと親しくても、何らおかしくはない。
「クロウかぁ…」
頭の中で、黒髪黒目の長身痩躯の男を思い浮かべる。
これといって目立つところのない容貌は、見方によっては整っているとも取れる。何だかんだこちらの無茶振りに応えるところを見ても、世話好きなのは間違いない。「気絶してた方が安全だと思って」などとごくごく自然に親切心から人を絞め落とそうとするナチュラルバイオレンスな一面もあるが。
「……」
ルーカスは完全に渋面になっていた。多分、メイローザがクロウに懸想していることを知っていたのだろう。ここまでやるか、と顔に書いてある。
メイローザがぽつりと呟いた。
「……相手にされてないってことは分かってるの。せいぜい、妹扱いだって。…でも、諦め切れないのよ」
「メイローザ…」
絞り出すような声に、思わず眉を下げる。
が、次の瞬間、メイローザはがばっと顔を上げた。握りこぶしを掲げ、キッと眦を吊り上げて叫ぶ。
「──だから、何が何でも振り向かせてやるの! そのためにも、近くにいる時間が欲しいのよ! ただでさえクロウ、狩人のシフトに時間を取られて顔を合わせることが減ってるし、最近あからさまに私のこと避けてるんだから!!」
「わぁ……」
先ほどまでのしおらしい態度はどこへやら。
メイローザの素はこっちか。この勢いのまま突っ込んでいったら、クロウはそのまま押し切られそうだ。…だから逃げているのだろうか。
私は苦笑しながらルーカスを見上げた。
実際問題、5式以上の攻撃魔法を扱える狩人は常に不足している。6式魔法を扱える者に至っては、ウルフ──ヴォルフガングと私しかいない。メイローザが本当に6式魔法まで安定して使えるなら、是非とも討伐部隊に来てほしいところだ。
「私は、推薦しても良いと思うけど。どう?」
「…そうだな…」
ルーカスは眉を寄せたままじっとメイローザを見詰め、
「──父上とロザリンド様の許可は得ているのか?」
「う」
瞬時にメイローザが固まった。…まさか。
「…ご両親には話してないの?」
「…だ、だって、私ももう大人だし…」
私が目を細めて訊くと、メイローザは狼狽えてごにょごにょと呟く。
メイローザは私の一つ下で、21歳。学校も卒業して家の執務を手伝っているらしいし、世間一般では成人扱いされる年齢なのは間違いない。が。
「……流石に話は通しておいた方がいいと思うよ…?」
「…うう…」
メイローザが住んでいるのは領主館の居住区画、つまり家族と同居している。狩人には、不測の事態に備えて配偶者や両親など最も近しい身内には正体を明かしておくという不文律が存在するので、メイローザの場合は両親に伝えておくのが筋だろう。
なお私には身内がいないので、狩人になった時、親友のアイリーンに打ち明けた。
「…狩人になってからじゃダメ?」
「ダメ」
同居している娘の就職先が、よりによって命の危険と隣り合わせの狩人。
厳格なように見えて優しいロザリンドは心配するだろうし、娘を溺愛しているらしいトラヴィスは心配どころの話ではない気がする。狩人になったと後出しで伝えたら、卒倒するのではないだろうか。
「──よし。それなら条件を出すよ」
私は一つ頷いてメイローザに向き直った。指を一本立てて、
「ご両親──トラヴィス様とロザリンド様に、狩人になりたいってちゃんと説明して、許可を貰うこと。二人からちゃんと許可を得たら、私とルーカスが推薦状を書く」
「うっ」
提示した条件に、メイローザが呻く。
ルーカスが頷いた。
「それが最低条件だな。父上とロザリンド様の了承がなければ、推薦はしない」
「る、ルーカス兄様は事後報告だったじゃない!」
「メイローザが知らされたのが後だっただけで、父上と母上には事前に許可を取った」
「うそぉ…」
食い下がるのを、ルーカスがすっぱりと切り捨てる。
…トラヴィスとルーカスの関係性を見る限り、少なくともトラヴィスに対しては許可を取ったと言うより一方的に報告して逃げた、が近いような気がするが…ここでは突っ込まないでおこう。
メイローザは呆然とした後、キリッと表情を改めた。
「──分かったわ。お父様とお母様に許可を貰ってくる」
「許可が出たら、ロザリンド様に俺宛てに手紙を出すように言ってくれ」
メイローザが「許可が出た」と嘘をつくのを防止するためだろう。母親に一筆書いてもらえというルーカスの冷静な要求に、メイローザが涙目になった。
「…厳重すぎない?」
「それだけのことをしようとしている、という自覚を持て」
「……はぁい」
メイローザが肩を落として頷いた。




