100 お願い
「そっちなら良いだろう。──その代わり、俺も同席する。構わないか?」
ルーカスがエッジに向けて問い掛ける。エッジはちらりと馬車を見遣り、すぐに頷いた。
「承知致しました。反対側に馬車を回せばよろしいですか?」
「ああ。俺が迎えに行く。来訪者を降ろした後は、できればゆっくり街を巡回してきてくれ。家の前に変な馬車が停まっていたと噂になっても困る」
「…承知致しました。外に2名ほど護衛を残しておきますので、そこはご了承願います」
「分かった」
護衛というのは、屋根の上でこちらの様子を伺っている2人のことだろう。なかなかに大変そうだ。
エッジが馬車に戻り、扉をわずかに開けて中に向けて説明している。程なく、エッジは御者台に座り、慣れた様子で馬車を回頭させ始めた。狭いのに器用だ。
それを見守っていると、ルーカスが軽く私の肩を叩いた。
「俺たちも行こう」
「あ、うん」
ルーカスは一旦隣家に入り、私も自宅の鍵を開ける。
《おかえり。変わった客が来てたみたいね》
入ってすぐ、廊下でウィッカが待ち構えていた。ルーカスが来てくれて助かったわと呟くのを見るに、馬車を警戒していたらしい。秋の一件以来、師匠殿もなかなか過保護になっている。
「ルーカスの身内だよ。話があるみたいだから、1階から入ってもらえるように移動をお願いしたところ」
《そう。なら、私は2階で寝てるわ》
ウィッカは即座にそう言い放ち、くるりと踵を返す。
それに続いて私も室内に入り、コートを脱いだ。その下は文官の仕事着だ。とはいえ髪型も服装も、以前より少々気を遣った見た目になっている。貴族の応対をするのには心許ないが、以前の格好よりマシだろう。
まさか外見に気を遣い始めたことが、こんなタイミングで役立つとは。
内心胸をなで下ろしつつリビング兼ダイニングを横切る。ウィッカは既に棚の上のクッションで丸くなっていた。そのお腹を一撫でしたい衝動を堪え、私は内階段を下りる。
1階のソファー周りが散らかっていないことを確認したところで、ドアベルが鳴った。
人影が2つ、うち1つは馴染みの気配であることを確認して、扉を開ける。
「はーい」
「セラフィナ、連れて来たぞ」
扉の外には、さっきと同じ格好のルーカスと──予想通りだが、この場所にいること自体に違和感を禁じ得ない人物が立っていた。
「その……」
所在なげに身を竦めるその人に、私はにっこりと笑いかける。
「いらっしゃい、メイローザ。狭いところで申し訳ないけど、どうぞ、入って」
「…お邪魔します」
ルーカスの異母妹、明るい赤の髪にルーカスと同じ紫紺の瞳の年若い美女が、恐る恐るといった様子で中に足を踏み入れる。ルーカスがそれに続き、当たり前の顔で扉を閉めた。
「コートはそこのハンガーに掛けてね。──で、ここ座って。メイローザ、紅茶でいい?」
「え、あ、はいっ」
緊張のあまりか敬語になっているのがちょっと可愛い。いつもの紅茶を人数分用意してローテーブルに並べ、私もメイローザの対面、ルーカスの隣に腰を下ろした。
ティーカップではなくマグカップでの提供だったが、メイローザは躊躇うことなくそれを手に取り、口に運ぶ。そして、ホッと息をついた。
「……美味しい」
「良かった」
いつもの安物の茶葉だが、多少緊張をほぐすのには役立ったようだ。メイローザはマグカップをテーブルに戻し、きちんと姿勢を正して頭を下げた。
「…こんな時間に事前連絡もなく、いきなり来てごめんなさい」
文官仕事の定時後だ。冬の今、外は既に暗くなっている。
今日はルーカスも非番だから夕食を一緒に、と約束していた。本当なら今頃、一緒にキッチンに立っていたことだろう。
が、わざわざメイローザが足を運んでくれた以上、こちらを優先するのが当然だ。
「気にしないで。何か、メイローザにとって大事なことがあったんでしょ?」
メイローザの今日の服装は、ドレスではなくブラウスとスカート、そしてざっくりとしたニット。履き慣らした感のあるブーツといい、貴族というより平民に近い。
もちろん、整った顔立ちと上品な所作まで合わせたら貴族だと一発でバレるだろうが、クレメンティ家の豪奢な馬車ではなく、一見すると平民が使うような古びた箱馬車に乗っていたという点を考えても、こちらに迷惑をかけないようお忍びで来てくれたのがよく分かる。
私が促すと、メイローザは逡巡するように室内を見回し──覚悟を決めたように姿勢を正して私たちを見据えた。
「セラフィナ、ルーカス兄様。私を、狩人に推薦してください」
「え………」
「……………は?」
私とルーカスは、ぽかんと口を開けた。本題があまりにも斜め上すぎて、頭がついていかない。
深く頭を下げたメイローザに、私は慌てて声を掛ける。
「待って、メイローザ。ええと……どうしていきなり?」
「……いきなりじゃないわ。考えた末の結論よ」
メイローザは頭を上げ、視線はローテーブルに固定したまま、眉を寄せる。
「ユージーン兄様は、次期侯爵家当主としてお父様の執務の一部を任されているし、カーライル兄様は騎士団の第二部隊を率いて街の治安を守っている。ルーカス兄様だって、狩人の哨戒部隊の隊長として活躍しているでしょう? ……私だけが、中途半端なの」
「お前もロザリンド様の執務を補佐しているだろう」
ルーカスがフォローするが、メイローザは強く首を横に振った。
「ただの補佐よ。役には立っているけれど、居なくなっても困らない程度の。…私は他家に嫁ぐ前提だから、家のことには深く関われない」
他家に嫁ぐ、という言葉を口に出す時、メイローザの眉間に深いシワが寄っていた。頭では分かっていても、納得できない面があるらしい。
「…だから、狩人?」
私が問い掛けると、メイローザは深く頷いた。
ちょっと短いですが、区切りの関係上、今回はここまで。




