ACT1. ⑥ チッ、うるせー口だな。feed──
燃えつき症候群という言葉がある。
今まで熱心に仕事をしてきた人が、急に意欲を失ってしまい、今までと同じように働くことができなくなる現象のことだ。
では、燃え尽きたあとは?
一概には言えないが、時間をかけて段階を踏むことで、回復することはできるとされている。
まずは徹底的に心身を休めて、徐々に生活リズムを整えていき。最終的に、社会的活動の範囲を広げていく。
時間が過ぎるものである以上、すべてがそっくり元に戻ることはないが、それでも以前の生活とは違った形で、社会と関わりを持つようになる。
だが、もし。
回復の第一段階の休息に順応した心身で、いきなり無理を利かせれば、なにが起こるかは想像にかたくない。
つまり、何が言いたいのかというと。
「起きないな」
起きない。
頭から地面に突き刺さった男に声をかけるも、応答ナシ。意識がないとわかるやいなや引っこ抜いて、柔らかな鱗で覆われた足首を鷲掴んで引きずって。
最初のうちは地面に転がしておいて星見の続きを堪能していたが、いつまで経っても起きやしない。
魔法塔の方から偵察の気配を察知したので男が消滅させた森をそっくり元に戻し、周囲一帯に目くらましをかねた結界を張るも、無反応。
お腹が空いたので泉で捕獲した蛸と海月のキメラのような巨大生命体を捌き、コンガリ香ばしく焼き上げたものを男の顔面スレスレの距離でかぶりついてみたりもしたが、まーだ起きない。
どんだけ寝るんだこの男。
ついに痺れを切らしたか、少女は男を自身のチェアに寝かせてやると、なにやら様々な小瓶をテーブルの上に並べ出した。
「一方的に拘束型の魔術をかけるだけかけて放置とは、感心しないな。
ふん、気付け薬で無理やり起こしてしまおう」
というわけで。
第一回昏睡する鳥男を起こし大会の始まりである。気付け薬選手一同、敬礼。
エントリーナンバー1、白色の固形物。
少女曰く、最も一般的な気付け薬とのこと。嗅げばたちまち鼻の中を針千本で刺されたような強烈な刺激が襲い来るらしい。催吐薬としても用いられることがあるとか。
男の鼻に近づけたが、一瞬派手に身体が硬直したきり反応がなくなった。
……少女がそそ、と羽毛の上から頸動脈に手を当てた。よくわからなかったのか、今度は男の心臓の上に直接耳を当てる。もちもちの頬をぺちゃっと胸板に潰したポーズのまま、少女はギギに向けて力強く頷いてみせた。よかった、脈はあるらしい。
エントリーナンバー2、青・灰・橙の固形物。小石の穴からモヤのようなものが放出されている。
少女曰く、嗅覚がダメなら幻覚だ、とのこと。
このモヤを吸引すれば、意識の有無にかかわらずたちまちパイナップル味のマルゲリータ屋でスパゲッティを刻むレオナルド(51)とイタ飯パレードに参列する夢を見させられるらしい。
男に嗅がせてみたところ、断末魔の叫びと落雷の如き腹鳴が同時に迸るも、覚醒には至らなかった。
エントリーナンバー3、正体不明の目玉。勝手に動く。
少女曰く、近づけるだけで根源的恐怖を喚起させる代物だそう。これが傍にあることは死ぬより恐ろしいことなので、どれほど意識が消えかけていようと一瞬で現世に舞い戻ってこられるらしい。なお、これは自作の模造品で、本物は見たら発狂してしまうそうな。なぜ模造した。
男に近づけてみたが、なんと一切反応がなかった。少女が推測するには、日頃からキャパシティを超えた恐怖を感じている者には効き目が薄いのかもしれない、とのこと。
その後も様々な小瓶を嗅がせたり、ときには近づけたりしてみたが、いずれも効果はなく。
かくなる上はと少女が取り出したのは、琥珀色の液体だった。
「原点回帰だ。少々乱暴だが、ブランデーで口の中を刺激してみよう」
少女は手早く両の手袋を外して男の上に馬乗りになると、一方の指に酒を満遍なく纏わせ、もう一方の手で男の弛緩した下顎を押し下げて口をこじ開けた。
あれほど昏睡していたにもかかわらず、赤い粘膜は唾液でてらりとぬめっていた。むき出しの歯茎の上には人間のものと比べると鋭く尖った歯がびっしりと並んでいる。
「おや。舌の側面に歯の名残のようなギザギザが……。もしやこの子、水鳥か? なるほど、であればこの歯も……──」
自身とは異なる身体のつくりに好奇心をそそられたのか、面布を捲って瞼を開き、直接その目で細部を観察し始めた。
もちろん本来の目的も忘れてなどいない。
少女はしとどに濡れた指先を舌の表面に強く擦り付けた。途端に男の眉がぴくりと跳ねる。
反応ヨシと判断したのだろう、続けて熱く湿った舌の裏側や滑らかな内頬の粘膜、コリコリと硬い口蓋を指の表面でなぞっていく。段々と楽しくなってきたのか、ときにはいたずらに整えた爪で浅く引っ掻きながら、前のめりになって喉の奥まで覗き込む。
やがて満足したのだろう。少女は男の唇に触れる寸前まで寄せていた顔をゆっくりと離して──
──パチッ。
ショコランジュの瞳がふたつ、青い眼を貫いた。
目元を彩る睫毛は、地面につくほど長い頭髪とまったく同じ雪をそのまま溶かしたような色合いだ。
……男の眼球も瞼も、身を起こしたばかりの少女を捉えたまま、不自然なまでに微動だにしない。
少女は反射的に目を閉じた。そろりと引き抜いた指先に、酒と唾液の混じった液体が糸を引く。
目の前の少女が手のひらを清めて手袋を装着し、顔に面布を垂らす間も、男は自身の腹に跨る少女を見つめたまま、まるで時が止まったかのように固まっていた。
先に沈黙を破ったのは、少女の方だった。
「いつからお目覚めで?」
「……くっっっっっさいやつ嗅がされたときから……」
「序盤も序盤じゃないか馬鹿者」
手を腰に当てて呆れる少女に、男はといえば生白い顔をなぜかじわじわ、ジワジワと染めていった。
あっという間に耳先まで赤くなった彼は、あれほど愚直に視線をぶつけていたのが嘘のように、今はまるで見るべき場所がわからないといった様子で目を右往左往させている。
「ぅえ、っ、そのぉ……」なんて、言葉にならない言葉をモゴモゴと口の中で転がす様は、とてもじゃないが先ほど超威力の魔術で森一帯を更地にした張本人とは思えない。
もしや少女相手に緊張しているのか、はたまた接し方を決めあぐねているのか。
ようやくしどろもどろに言葉を捻り出したかと思えば。
「……く、クセになってんだ。狸寝入りするの……」
これである。
少女は「へぇほーすごい技術じゃないか」と雑に感心してみせながら先ほどキメラを捌いた肉包丁をマントの中から取り出してギラリと煌めかせ──
「──ッ!? 平和的対話!平和的対話ァッ!」
男の絶叫にも躊躇なく、胸の心臓に刃を突き立てた──
「ギェア゛アアア〜〜ッ!!」
──ところ、血の代わりに艶やかな花々がしぶきのごとく宙に舞い。
それらが一瞬のうちに消えたあとには、傷つけられた形跡のない男の身体が残るばかりであった。
少女はこうなることがわかっていたのか、あっさりと凶器を手放して、男の額を鋭くつついた。
「命拾いしたな」
男は腰が抜けたのか、チェアの背もたれからずり落ちながら、どつかれた箇所を庇うように両手で覆った。
ままならない呼吸に胸を大きく上下させ、ワッと噴き出た涙と鼻水はさながら滂沱のごとく。
身体を大きく見せるように広がった羽は、男の心境をそっくり映し出すように逆立っている。
「──っくりしたぁぁぁッ!なに今の!?幻覚!?いや見てたよね!?刺さったよねェ!!?
胸に刃がすっ、ずぶぶぶぅぅってさァ!!えでも死んでないしナニコレやっぱまァた幻覚見たの!?あんな必っっ死な思いしてようやくあんのクソボケレオとバディ解散できたのに!?じゃないそんなことはどうでもよくはないけど今は置いといてきみね、女の子がそんなおっかないの持っちゃダメでしょ!?もっ、もしケガしたらどうずるのッ!!!ままま魔術だって万能じゃないしっ、もしもしそんな重い武器握ったりしてちっちゃなやわこい手にぽろっと傷がついたりしたら──」
「やかましいぞ。要約しろ」
「こ゛わ゛か゛った゛ッ゛ッ゛ッ゛!!!」
「災難だったな。これでも食べて元気を出せ」
「あ゛り゛が゛と゛う゛ッ゛ッ゛ッ゛!!!」
うわーんと号泣する顔面に押し付けたのは、先ほどこしらえたタコくらげの直火焼き。
男は少女に口の中に突っ込まれるがままに食らいついている。まったく、いいご身分なことだ。
男の口が物理的に塞がっている間に、少女はようやく男の上から退いて、新たに置いた椅子に深く腰かけた。ギギと男の両方に挟まれたベストポジションである。
男は食べるという行為に慣れていないのか、えっちらおっちらとマイペースに伸びる肉を噛みちぎっていた。
最後の一口を飲み込むと、ようやく緩慢に身体を起こした。なにしろあれほど激しい運動をしたのは久方ぶりで、全身の骨と関節が悲鳴を上げている。ああ、筋肉痛が今から恐ろしい。
男は体感数分の間に受けた衝撃にやられて働かない頭をなんとか切り替えると。
同じ串焼きを頬張っていた少女の咀嚼の合間を窺って、先ほどの醜態を挽回するべく、至極さりげなく、スマァトに話しかけた。
「き、きき、きききみっ、」
「ニルだ」
「……ニル、ちゃん? かわいい名前だね……──あ、ちがっ、えぇと、」
「どうもありがとう。なにか僕に訊きたいことでも?」
少女に本題を促された男はその場で居住まいを正し、ズレた片眼鏡を指で押し上げた。知性の演出である。
男が、本当は起きていたにもかかわらず寝たフリを決め込んでいたのは、まぁぶっちゃけ「至近距離にある生き物の気配にビビって動くに動けなかった」というのが主な理由だが。
少しでも相手のことを見極めたかったから、というのもある。
今目の前で座る彼女は、やはり想像していた『父上』の姿とはかけ離れていた。中身だって姿形通りかわいらしくて、不思議なものみればくすぐられる心のある、ひとりの少女。
だが少なくとも。
男はちらりとあたりを盗み見た。消し飛ばしたはずの森が、すっかり元に戻っている。創生の森は、氷の魔術によって生み出された生命の集う場所。一度殺してしまったはずのそれらをそのまま元通りにする術を、己は持ち合わせていない。
つまり、今の男が知らない知識や未知の術を身につけていることは確かだった。
──訊きたいこと。
そんなの、山ほどある。もしこの子が『そう』ならば、今すぐにでも這いつくばって靴を舐めてでも叶えてもらいたいお願いごとだってある。
とはいえ、相手は正体不明の存在である前に、ひとりの女の子。
野郎相手であればどんな醜い姿も躊躇なく晒け出せるが、異性に対してはできる限り格好つけたい。
格好いいと思ってほしいなんて高望みはしない。ただ、ゴミを見るような目で見られたくはないのだ──!
……なんとこの男、既に手遅れだとは微塵も思っていないらしい。
ネガティブなのかポジティブなのか、はたまた繊細なのか鈍感なのか、よくわからないヤツである。
「わたしの名はパテラ。パテラ・グース」
男の一礼にあわせて、巨大な翼が優雅に開かれる。
舞台の幕を思わせる重厚な羽のつくりは、以前少女が絵の中に描いたあの魔女の姿を彷彿とさせた。
「魔術塔の一員ではあるけど、まぁ幽霊会員みたいなものだよ。
今回は君の仕出かしについてというよりも、私的な理由できみのことを追跡させてもらった」
「これはこれは。ご丁寧にどうも」
「質問する前に、まずは謝らせてほしい。ほら、さっき問答無用で攻撃しちゃっただろ。全然効いてなかったけど。
その、足の速いきみにどうにか追いつきたくて、少し乱暴なことをしちゃった。まぁまったく効果なかったけど。
だから、ごめんなさい。
本っ当に一応聞くけど、怪我はなかった?」
男はそう言うと、しおらしく翼を畳んで丁寧に頭を下げた。
なるほど、最低限の常識とコミュニケーションをとる意思はあるのだろう。それにしても余計な一言が多いのなんの。
「心配は不要だ。あの程度で潰れるほどヤワじゃない。
むしろ、いいものを見せてもらった。ふふ、やはり星は広い場所で見るに限る。なぁ、君もそうは思わないか?」
「ほっ、星?」
突然同意を求められた男は、素っ頓狂な声を上げた。
そういえば、墜落する前の記憶を思い返してみれば、この少女は熱心に上方を眺めていた。そうか、あれは星を見ていたのか。
普段外の世界とは関わらないもので、空には星が浮いているということさえ忘れていた。
しかし、この少女が、星が好きというのであれば……。
男は脳裏に浮かんだある考えを、恐る恐る口にする。
「その、ニルちゃん。気持ち悪かったら言葉の途中でぶん殴って黙らせてもらって全然構わないんだけど」
「くどいぞ。なんだ」
男が自身の両頬を殴られやすいよう交互に差し出すのを手で諌めた少女は、頬杖をついて顎で続きを促した。
「わたし、魔術塔のてっぺんに住んでてね」
「ああ」
「実は今、うちの天井取っ払っててさ」
「僕が吹き飛ばしたからな」
「この浮島でいっちばん高いところにあるもんだから、それはそれは綺麗に星が見えるワケ」
「羨ましい限りだ。なんなら壁も取っ払うか?」
「ん、それだけはマジで勘弁」
男は確固たる意思で手のひらを突き出し、少女の厚意を断った。
万年引きこもりにとって、自宅というプライバシー空間はなによりも守るべき聖域である。
「でさ、うちに来ない?
わたしはきみにたくさん訊きたいことがあるけど、きみばかりが答えるのでは不平等だ。
でも、うちに移動すれば、きみは綺麗な星をたくさん見られる。ほら、多少のメリットにはなるだろ?」
本来ならば、傍に親もいない10歳ほどの幼い少女を、七尺ほどの大男が巣に連れ込むなど言語道断である。
とはいえ、原理は不明だが男を上回る速度の移動手段を有しているこの少女であれば、さほど問題ではないだろう。……本人の同意さえあれば。
男は流暢に喋っていたときとは一転、身を緊張に固め、息を潜めて少女の反応を窺っていた。
魔法塔であれほどの騒ぎを起こしたというのに、誰かが横入りしてくる気配もない。
つまり、少女はこの場で男との対話に応じる準備を整えており、もしかしたら、見返りを差し出さずとも求めることを教えてくれるつもりだったのかもしれない。
なのに、わざわざこんな必要ないことを言い出したのは、男の、身勝手で、至極つまらない、ちっぽけなこだわりによるものだった。
──悪い癖だ。いつまで経っても、治りやしない。
男は声に出さず自嘲し、俯いた。
「君、自宅の鏡を新調した方がいいぞ。曇っているうえに、歪んでいる。
リフォーム屋さんからの親切なアドバイスだ」
「ど、どうも……?」
少女はなぜか、深々とため息をついた。
ぴくりと動いた男の翼に、心なしか同情……というよりも、なにかに共感するような眼差しを向けている。
「元々、こちらからも君に質問させてもらうつもりだった。
だが、まぁ、いいだろう。僕相手に対等であろうとするとは、いい心がけだ」
ニルはギギを引き寄せて懐に仕舞い、立ち上がる。
呆気に取られている男を、指の一振りでチェアから弾き落とした。「ぐぇっ」と男が地面と熱烈なキスをかましているうちに、臨時拠点一式を虚空に仕舞いこむ。
ふわりと風が吹いた後には、泉の周辺に人のいた痕跡が綺麗さっぱり消えてしまっていた。流石は悪役のプロ、証拠隠滅が流れ作業である。今後この場に誰が来ようが、なにを悟られることもない。
「さっさと立て。転移ぶぞ」
男が慌てて跳ね起きた瞬間、周囲の空間が歪んだ。
パシャン、と裸足が叩いたのは森の硬い地面ではなく、飽きるほどに見慣れた水面だった。
紛れもなくここは己の巣、魔術塔最上階である。居住歴千云百年が言うのだから間違いない。
しかしなるほど、瞬間移動。どうりで足が速いわけだ……
「ア゜ッ!? ニルちゃん、だいじょ──」
「?」
「──うぶ、だね。よかったぁ」
一瞬肝を冷やすも、当然のように水面に立つ少女を確認して、ほっと胸を撫で下ろした。
そういえば、人間は水の上には立てないということをうっかり忘れていた。
少女はそんな男の様子を一瞥し、直後に自身の身体の変化を察知した。
流石は天上の棲家、地上に響く鐘の音は一切聞こえなかったが、どうやら日の出が来たらしい。
呪いの発動と紐づけた着替えの魔術が、周囲の水を巻き込みながら少年を包んでいく。
瞬きの間に装いを変えて再び平然と隣に並んだ少年に、男は当然ながら「エ゛ッ!?」と勢いよく水面の上を後ずさり、顎が外れんばかりに大口を開けて叫んだ。
「ニルちゃ……? に、にる、……ニルくん!?!?」
「ニルくんだとも」
「男の子だったの!?」
「産まれと育ちはな」
「どゆこと??」
後退したはずみに上下ひっくり返った姿勢のまま、男が困惑している。
だがそれもやむなし、説明があまりに雑なので状況を掴みようがない。
少年はそんな彼の困惑もどこ吹く風で、こころなしか駆け足気味に男の傍まで寄ると、目線を合わせるように足を揃えてしゃがんだ。この少年にしては珍しい行動である。
「ヨイショ」となぜか体育座りになって遠い目をした男に、そわそわと話を切り出す。
「ところで、君」
「ハイ。ナンデショ」
「その。実は、先ほど……君の舌のつくりを見たときから、ずっと気になっていたことがあってな」
少年は少しだけ言葉に詰まる様子をみせたが、まるで恥じらいを気合いで抑え込むように、ぐっと眉間に力をこめた。なにかは知らぬが、覚悟を決めたようだ。
男の耳元に手を添え、内緒話をするようになにかを囁いている。
途端、ボンッ。
男の顔が、首筋まで一瞬で真っ赤に染まった。
……何事?
少年は、なおもなにかをこしょこしょと言っている。
そのなにかを言われた男は、自身を少年ごと覆い隠そうとする翼を乱暴に手で払いながら、あ、とかう、とか間抜けな声を漏らしている。
ぐるぐると目を回した男が、唸るように項垂れて、後頭部をガシガシと掻いて。
やがて観念したのか、こくん、と。
小さく、だがたしかに頷いてみせると。
少年の顔が、今にも花開かんばかりに輝き出す。
だから何事??
「本当か!」
「待っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっってくれ頼むからもう少し手心というかわたしにも心の準備というものがあって」
「ほら、行くぞ。ああ、ギギはここでお留守番な」
「ねぇ聞いてる??」
ギギを宙に置き去りにしたまま、少年が男の手を引いて、奇妙な繭の中を目指してずんずん前に進んでいく。
その足取りからは、まるで車工場を前にして今にも駆け出しそうな子どものような、わくわくと期待が見て取れた。
しかし、それにしては男の反応が気にかかる。
少年に引きずられてはいるが、受諾したのもあって本気で嫌がっている訳ではないようだ。
男二人が絹の壁の向こうへと消えてしまい、ぽつんとその場に取り残されるぬいぐるみ。
おお、仲間はずれのかわいそうなギギ。
……それにしても。
特殊な舌のつくり。興味。恥じらい。心の準備。
男に変化した直後、話を持ちかけた少年。
……まさか、ナニの話じゃ──
「うおおドリル型!? すっげ──!!」
「ちょバカ声がデカい!」




