ACT1. ③ 飛んで火に入る罪人よ
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ちょい長でございますわ〜
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諸君、「登攀」という言葉をご存知だろうか。
登攀。手足や道具でよじ登ること。言い換えれば、クライミングである。
この登攀能力が高い動物として、ヤギが挙げられる。彼らは蹄と体幹を駆使して、あらゆる足場、傾斜の中で、立つ。岩肌にも氷壁にも木の上にも、果てには垂直にそびえる断崖にさえ、ヌッと立ってみせるのだ。
ヤギの凄さがわかったら、一度頭の中に平穏な街並みを思い浮かべよう。
そして、建物の壁やら街路樹やら、ありとあらゆる高い場所に彼らがヌッと立ち並ぶ様子を想像してみてほしい。正直、ちょっと気持ち悪い。
そして、今度はそれを人間に置き換える。酒と興奮で腕を振り回し唾を飛ばす人間たちが、至るところにヌッ、ヌッ、ヌッ。ああ、もっと気持ち悪くなってしまった。
仕上げに、LED街灯を煤けたガス灯に、居住施設をブランデー色の天然石で築かれた近代の建築様式に変えて。
街中央の広場に背の高い円形の鉄柵を置き。中に高貴なる不自由な人々を生きたまま閉じ込め、油を撒いて火を投げ入れれば。
あら不思議。
目の前に広がる処刑風景の完成である。
「ミラージュ邸が落ちるぞ!「もう人は残っていないだろうな?「俺らの金銀どこやった?「「どこにもない!「あたしらの子はどこいった?「「どこにもいない!「なら肉と骨でも売って詫びろ!!子ども売ってわびろ!!「「そんなのなんの役にも立ちやしない!!「ならせめて踊り狂って燃えて死ね!「「「死ね!!!「もう腐った貴族はどこにもいない!「この先十年百年安泰だ!!」
ゲラゲラゲラ──……
しゃがれた野次に、同調する声を張り上げながらも。
此度の反乱の首謀者である女の心は凪いでいた。
この街を腐らせる、貴族という名の腫瘍が燃えている。
医者の真似事をするため、金で知識を買うために売れる臓器はすべて売り、専属医として信頼を勝ち取り、何年もの間腹の底で煮えたぎる殺意を隠し続けて、ようやく。夢にまで見た光景が、今目の前にある。
──惨めだった。
女はまず、屋敷にいた子どもを拐かし、綺麗に殺した。
我が子の死に様を思えば、何度も診ては傷を縫ってやった彼らの身体を、肉片も残らないほど細切れにしてやりたかった。
それらの死体は、鉄柵で作った囲いの中、高い柱に括り付けた。縄が火で焼け落ちてはいけないので、死体を柱の突起に突き刺して固定した。
そして、柱に沿って敷き詰めた藁の上に油を撒き、火を放つ。
今度は馬車に敷き詰めていた女たちを檻に放り込んだ。
片足を切り落とされているというのに、彼女らは皆、這って我が子の、弟の、妹の元へ行った。燃え移る火に白い肌を爛れさせながらも、意識が消えるその瞬間まで、柱に向かって手を伸ばしていた。
続いて、両手片足を切り落とした男たちを放り込んだ。
磔にされた我が子を弟妹を埋葬してやることもできず。焦げた芋虫のように転がる妻を恋人を抱きしめてやる腕もなく。
彼らはただ、業火に身を焼かれ、群衆に石を投げつけられながら、死体に顔を埋めて泣いていた。
惨めだった。
どんな惨たらしい殺し方をされても、彼らは民衆の煽られた憎悪により貶められ、愛を胸に互いの不幸を嘆き悲しみながら死んだのだ。
惨めだった。
私の息子を恨んだ者はいなかった。私の息子は値札のつく部位の集合体でしかなかった。夫だったあの男にとってさえ、そうだった。
あの子を愛してやれるのは、私だけだったはずなのに。復讐を終え、この手を血で染め上げた私は獣も同然。あの子を愛する人間は、もう、この世界のどこにもいない。
許せないという気持ちで覆い隠されていた心の声が、鼓膜の奥を木霊する。
惨めだ。
殺すことでしか正気を保てなかったケダモノよ、お前が惨めで惨めで仕方ない。
守るべきもののない惨めさが、とうの昔に愛する資格を失った惨めさが、女の心をボロボロと壊していく。
己の形作る全てが崩れてしまう寸前。
わずかに残った殺意が、最期の声を振り絞った。
──許すものか。
そうだ。私は、許せない。あの子を失った私を、絶対に、許してはならない。
女は処刑とは名ばかりの悪趣味な宴に背を向けた。声をかけてきた仲間に辛うじていつものように返事をしてから、一寸先の闇に足を踏み入れる。
重い身体を引きずるようにして、なんとか前に足を出す。
息を吸うのが難しくなり、咄嗟に口元を覆う。
噎せる音が狭い石壁の間を反響する。
手のひらを見れば、赤い血がべったりと付着していた。
女は、身体が弱かった。
あの男が我が子を売ったのも、病床に伏せっていた女の薬を買う金が足りなかったからだ。
激昂した女に鋏で串刺しにされても、男は抵抗することもなかった。
抉られた目から血と涙を流しながら、それでもお前に生きてほしいのだと言った。
あの男が愛したのは私だった。どうして、あの子ではなかったのだろう。
どうしてあの子は、死ななければならなかったのだろう。あの子はただ、父親と手を繋いで出かけただけなのに。なぜ、他でもない父親に、裏切られなければならなかったのか──
「他でもない父親だから、任せられたんだろう。自分の命を」
女は反射的にその場から飛び退きナイフを構えた。
月明かりに浮かび上がったのは、十歳ほどの……少女、だろうか。
面と向かって対峙していてもなお、いつ姿を見失ってもおかしくないほど、気配が感じられない。
これでは、死に物狂いで磨いてきた勘の鋭さも暗殺術も、役に立つかどうか。
相手はよくわからないことを言ったきり、微笑んだままピクリとも動こうとしない。
女は油断なく周囲に意識を向けながら、目の前の相手を観察した。
両目を閉じて顔周りに薄い幕を掛けているものの、顔のつくりと体格さえ分かれば大抵の人間の見分けはつく。
そのうえで、こんな少女は見たことがないと断言できる。つまり彼女は、この街の人間ではない。
反乱を嗅ぎつけた近隣貴族からの回し者だろうか。それにしては動きが早い。
仮に、まったく違ったとしても。目の前にいる女が今宵の殺戮劇の主犯と知った上で接触を試みたのなら、どちらにせよこの少女はマトモではない。
そう判断した女は、即座に距離を詰めて相手の背後に回り込んだ。あえて正面から首元に刃を突きつけるも、少女は微動だにしない。
こちらを捕らえようとするでもなく、交渉の素振りも見せない。
自分の命が他人に握られているこの状況さえも、少女を揺さぶるにはまだ足りないらしい。
触れる寸前までナイフを首に寄せ、女は目を細めた。目的が読めない。ここからどう動くべきか。
「すみません。今、何とおっしゃいましたか?」
「いや、失敬。あまりに辛気臭い顔で目の前を歩かれたもので、ついお節介をね」
「お節介?」
怪訝に言葉を繰り返した女に、少女は肩をすくめるだけだった。
それから、すっぽりと身を覆うマントから片手を出す。女の手に力が籠ったことなど気にも留めず、はるか頭上──星空を指でさした。
「君。星の魔術をご存知か?
星空の下で生きるすべての過去と今、未来を描き出すことができる、それはそれは美しい理だ」
「出鱈目はおよしなさい。そのような夢物語じみた魔術など、存在しません」
「……」
女は貴族の専属医として勤めていた間、書庫の膨大な書物に触れることができた。
それらの中には、今や貴族の必須技能とされる『魔術』に関するものもあったが、当然少女の言うような都合のいい魔術などどこにも載っていなかった。
「たしか、お父上からはジャックと呼ばれていたな。
君の息子の話だ」
「──っ」
動揺に、視界がわずかに狭まる。
思わず揺れた刃を慌てて離す。白い首に一筋、つぅ、と赤い線が浮き上がった。それでもなお、ベールの奥の顔は微笑むばかり。
「彼は、目の色と髪質はお父上そっくりだったが……、ふむ、髪色は君のものを受け継いだようだ。ああ、そういえば、口の右端と右手人差し指の付け根に小さなホクロがあった」
少女は首を捻って女を見上げると、頭の中のなにかと比べながら、知るはずのないことを口にした。
女の呼吸が浅くなる。
いつの間にか帳簿上の羅列と混ざりあっていた幼い息子が、その生きていた姿形が、鮮やかに蘇る。
あの子が小さな腕をぴんと伸ばして歩いている。繋いだ手の先にいる男に向けて……そうだ、あの子はたしか、笑いかけていた。
「……驚きました。あの子の姿絵をお持ちなのですね。あるいは、生前の息子とお知り合いでしたか」
「僕の生まれた日を知りたいか? つい数刻前だ。
つまり、君。喋る新生児の話はよく聞いておくものだよ」
この少女は、嘘を吐いている。なぜなら過去を知る魔術などこの世に存在しないから。
けれど、彼女が紡ぐその嘘は。どういう仕組みなのか、事実そっくりの形をしているようで。
女はいつの間にか溜まっていた唾を、何度か失敗しながらなんとか飲み下す。
隙をつかれて流れるようにナイフを抜き取られたが、取り返そうとは思えなかった。
「僕は先ほど、ミラージュ男爵の叔父が経営していた質屋の跡地……つまり、かつて男爵家が児童売買の窓口として利用した場所を通りかかってね。
そこで、過去の情景──君の夫と息子の姿を見た」
少女は無防備に背を見せながら、片手でナイフを刃ごと握りつぶす。数歩分ほど距離をとって、くるりと女に向き直った。出来上がった金属塊をぽんと真上に放り投げ、手のひらに収まったらもう一度。その単調な遊びを手慰みに繰り返す。
「不思議なことに。
ただ質屋に入るだけだというのに、彼らは店の前で抱き合っていた。
顔を青くして今にも倒れそうな男性を、男の子が震える指で無理にでも笑顔を作って励まそうとしている光景は……まさに、父と息子の関係のあらわれだったと言えよう」
「…………え?」
「一人で店から出てきた男はその場に崩れ落ちてしばらく、何より求めていたはずの金が入った袋さえ持つことができなかった」
この少女は、何を、言っている?
視界がチカチカと明滅する。全身の血の気が引いて、つんざくような耳鳴りがやまない。
──あの子は、知っていた?──違う! あの子は騙された、裏切られた!
──自分が売られることをわかっていて、それでいてあの人についていった?──あの子はなにも知らな
──なんのために?
──あの子は、なんのために、自分から売られていった?
蒼白になった女が、何度も少女に指を突きつける。血と煤で汚れたその指は、哀れなほどに震えていた。
「うそ、うそ、うそ、」
「ああ、嘘かもしれないね。今や過去となった彼らの姿は、僕の瞳にしか映らない。
でもね、君」
──なんのために。なにが、あの子の命を、金に換えさせた?
『お母さん』
「だめ、」
『死んじゃいやだよ、お母さん』
「ぅあ、あ゛あぁッ───」
「君の息子はわかっていたんじゃないか。
この街では自分こそが金になることも。
その金でなら、薬を買えずただ死を待つのみだった君を救えることも」
少女が提示したのは、ただ、こうだったかもしれないという可能性の話。
だが女は、かつて我が子を愛した母親として、その可能性が何よりも正しいであろうことを直観的に理解してた。して、しまった。
あの子は、何も知らずに死んだかわいそうな子ではなかった。
私のために死んだ。私のせいで死んだ。
殺したのだ。私が、私が!!
糸の切れた人形のようによろめき、倒れ、腹を抱えて蹲る。
意味の取れないしゃがれた唸り声を絞り出し、肉が傷つき、骨が見えるまで何度も拳を地面に叩きつける。殴られた地面がえぐれ、割れた爪と石畳の下に隠れていた汚泥が周囲に飛び散る様を、少女はじっと見つめていた。
いつの間にか笑みを消した顔で、女の狂った自傷行動を止めることもなく、同情するでもなく。瞼を閉じたままただ静かに観察し、そして口を開いた。
「……君の夫は、沈黙を選んだ。
君が、愛する息子に金になることを選ばせた自分自身を、憎まず生きていけるように。
……無力な己に打ちのめされ、我が子の決断に打ちのめされ。結局その男は、心根は優しくとも、決して強くはなかった、ということだろう」
夫。
今まで思考の隅に追いやっていた、あの男。
そう。女には、かつて夫だった男がいた。
長年裏切り者と筋違いの恨みを向けられていた、かわいそうな人。あの人のこと、たしかにこの手で殺したはずなのに、もう顔も思い出すことさえできない。
……嗚呼。そう、いえば。
若い頃、二人で出かけたときには、いつもしきりに手汗を気にしていた。
誰でも作れるような簡単な料理さえ、「美味しい」と何度も口に出して食べていた。
なにをするにも女ばかり優先して、女は彼のことをあまり知らなかった。
知ろうともしなかった。なのに、彼はなぜか嬉しそうに笑っていた。知られたいと、愛されたいとも望まずに。なんて、なんて変な人。
つまらないものばかりが掘り起こされていく。
裏切り者のレッテルで雁字搦めにされていた、幸せだった頃の記憶が。
女は、胸の内に吹きすさぶ衝動が和らいでいることに気づいた。
電池が切れたようにピタリと動きを止め、コロリと仰向けに転がる。
──あの子の死にかかわった全てが、許せなかった。
許せなかったから、皆、殺した。旦那様も奥様も同僚も子どもたちも、かかわった者は皆。
夫さえも、殺したことに後悔はない。
そして結局、一番あの子を傷つけたのは私。
ならば私は死ぬべきだ。
皆と同じように惨たらしく、吐き気を催すような無様を晒してお前は死ね。
けれど、復讐の為だけに繋いできた私の命は、かつて息子が救いたいと願った命らしい。
それだけが、ほんの僅かに気がかりで。
息子が命を賭して叶えた祈りを、どうすれば無下にできるだろう。
少女が、傍から女の顔を覗き込む。
重力に従い垂れた薄布の下に、ふっくらと幼い口元がはっきり見えた。
「子どもは無条件に親を愛する権利を持つ。
だが、その愛を受け入れるかどうかは君次第だ。親に愛する責はあれど、愛される義務などないのだから」
──愛。
昔も今も、私が執拗に踏みにじってきたのは、他者の愛。
愛を知る者にとって、愛を穢されることはこの上ない苦痛を伴うから。
「なるほど。そういうことなら、君の求める凄惨な死には、穢されるための愛が必要だな」
──私自身の、穢されるための、愛?
女は考えた。
此度の反乱で男爵家と関係のある人物は全員殺し、発起側の人員も掌握済み。少なくとも現状において、買った恨みはなく、殺してくれる相手がいない。死ぬならば自殺が妥当だろう。
だが、この少女の指摘を踏まえれば。
たしかに。己の最期は、単なる自死で迎えるべきではないのではないか。
黙り込んだ女のすぐ側で、少女はなにがおかしいのか、くふくふと声を噛み殺すように笑った。
面布越しの美麗な面差しからは、元々の飄々としながら鋭い雰囲気が抜け落ちて、そこにはまるで親しい相手に向けるような柔らかさと甘さがあった。
……もしかしたら。少女は今この瞬間、この女を見下ろしながら、女ではない他の誰かを見ているのかもしれない。
「なら、君。
生きてみるのがいいんじゃないか。
再び誰かを愛せるようになる、その日まで」
少女はそう言って地面になにか小さなものを置くと、用は済んだとばかりに音もなく歩き出した。
女があとを追いかけようか逡巡した刹那、視界がくらりと揺れる。襲い来る強烈な眠気に、意識が混濁していく。早々に身体の制御が奪われ、瞼が降りた。遅れて聴覚さえも閉ざされようとする前に。
「ああ、それから。早々に死にたくなったら、きっと夜空を眺めたまえよ。
しょせん僕らは有相無相。星の美しさの前には、仲良く等しくどんぐりなのだから」
そんな呟きを聞き届けて、女の意識は闇に包まれた──
「……あ。」
──直後、マント姿が再びにゅっと現れた。
少女は早足に昏倒させた女の横に舞い戻り、べちんと額にデコピンをお見舞いする。
目は開かずとも反応をみせた女の耳元に手を添えて、こう尋ねた。
「すまない、うっかり本題を聞き忘れていた。
ここから王都に向かう方角を教えてくれないか?」
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少女はたしか、以前こう言っていたはずだ。
悪役のコツのひとつは、傍観者として適度な距離感で振る舞うことであると。
「その通りだとも。
……まあ、多少込み入った話をする必要は生じたが。それも、一般通過不審者の域を出ない程度だったろう? 街の現状を思えば、彼女のような優秀な人材を失うのはあまりにもったいない」
少女が処刑場で聞いて回った情報は多岐に渡るが、閉鎖的な街なのだろう、次の目的地に関する情報は少なかった。
わかったことといえば、役たたずのイカれ魔術師ども(マイルドな意訳)の総本山である『魔術塔』、そしてロクデナシ貴族(控えめな意訳)の子どもが通う『アカデミー』なるものが『王都』にあるらしい、ということだけ。
ならばと王都の方角を聞けば、全員が同時に八方位を指したり、情報の対価に下劣な要求をしてきたり、そもそも質問する前に乱闘騒ぎが勃発したりと、何も得ることができなかった。
そこで、処刑を肴に勝利の美酒に酔う群衆ではなく、あの場で唯一理性的にみえた人物に標的を切り替えたのである。
元々処刑の背景はデマも含めて耳が腐るほど聞かされていたため、少女は単身で男爵邸に向かい、燃える屋敷にこっそりお邪魔しつつ男爵家の調査をあらかた済ませてからようやく、ターゲットに接触を試みた。
その後の流れは、ご覧の通りである。
「それにしても、星の魔術が普及していないとは。……少し、残念だ」
少女は軽やかに夜の街を舞いながら、懐からギギを取り出して、傷を癒すようにぎゅうっと抱きしめた。
そういえばこの少女、星の魔術とやらなぞ知らないと言われた際には、わかりやすく黙り込んでいた。あれはショックを受けていた、ということか。
「だって、そうだろう。
たとえるなら……交通系ICが使える店のお会計をPAZMOで支払おうと思ったら、『交通系っすね、かしこまりま……すんませんお兄さん、IGOCAとかSuikaなら使えるんですが…… あっPAZMOも交通系? 失礼しました、そんなのもあるんスね〜』と言われたようなものだ。
いくらこの地で普及していないとはいえ、一瞬存在を疑われたら悲しいだろ」
少女の言うことも尤もだ。
たぶん。喩えの途中で突然挟まってきた「地元の個人経営カフェで働くノリ軽めのレジ打ち学生バイトくん」のモノマネに気を取られて正直ロクに聞いていなかったが、きっと正論を言ったのだろう。
なんにせよ、この世界で星の魔術が一般的でないとわかったことは、ひとつの収穫といえるだろう。つまり、そう落ち込むことはない。
「それもそうだな。まったく、魔術塔の連中はなにをしているんだ、か……」
言葉の途中で、少女はなにか思いついたようにパチンと指を鳴らした。
「君。僕はこれから王都に出向き、この世界に関する情報収集に勤しむつもりだった」
妥当な判断である。
彼女のハピエンマネジメント講座を踏まえれば、現段階では、悪役としての下地の材料を準備する段階にさえ達していないのだから。
「ああその通り。もちろん、いずれはきちんと身分を決めて、忠実に役どころをこなすとも。
だが、今だからこそ。住所不定無職の今だからこそ、今しかやれないことをやっておくべきだと。
そうは思わないか?」
……つまり、社会に溶け込んで身動きが取りにくくなる前に、やれるやらかしは済ませておこうぜ、ということだろうか。
「ご名答。一端の悪役たるもの、腹と経歴は黒くあらねば」
少女はパチンとウインクをきめて、ご機嫌にギギの耳をピコピコと動かした。大きく跳ねたついでに、くるりとターンなんかも決めてみる。まさに心躍るといった様子だ。
露骨になにかを企む少女、果たして次の目的地は──
「──もちろん、『魔術塔』だ。
さあ行こう、連中の施設のガラス窓を一枚残らずカチ割ってやるんだ。なに、星の輝きを知らん連中には無用の長物だろう?」




