前文明の痕跡①
―――数日後の朝。
周囲が明るく始めたことにふと気づき目が覚める。
「ん……」
身体を動かそうとして違和感を覚える。
(あれ?防寒具なんてかけてたっけ? それに何か手に……)
手に触れているのが何なのか確かめるように手や指を動かす。
手に絡みつくようなサラサラした髪。
人肌暖かい、滑らかな生地。
いつの間にかアイラが、腕と腹の間、脇の所に潜り込んできていた。
こういう時じゃないと触れる機会がないからと服の生地を確かめるように撫でたり摘まんでみたりと触ってみる。
(俺の知ってるような服の生地ではないんだな……)
どこで手に入れたのか、どこで作られているかなど、本人に聞いてみたいことが増えていく。
しばらく服の素材について考える。手だけは服を触ったまま。
(毛糸にしてはかなり細くしないといけないし、素材のままって程、加工されているわけでもない。なら毛糸って確か植物からもできるんだっけ……それならこんな服ができるんだろうか……)
アスクが持つ服は基本動物の皮や毛から作られた服だった。
装飾程度に植物を使った部分もあるが、すぐ替えが効くような部分にしか使われていない。
いわゆる植物から服を作る技術はアスク達が生きる集落、もしくはこの時代からは失われてしまっていた。
(動物を狩らなくても作れるようになればもっと服は増やせそうだな……それに手触りがいいものが増えそう)
しばらくそんなことを考えていると、モゾモゾとアイラが動き出した。
「あ、起きたか」
「……おは……よう」
目をこすりながらゆっくりと身体を起こす。
当然毎日のように潜り込んでくることに不満を漏らす。
「なぁ、なんで毎回こっちに来るんだよ。向こうでこれかけて寝てたらいいじゃん」
防寒具とアイラの寝床を指して見せる。
「ダメなの?」
彼女は寂しそうな顔をして今にも泣きだしそうな雰囲気を醸し出す。
「いや、ダメってほどではないけど……」
内心若干喜びはある。自分も子供がいたらこんな雰囲気を味わえるのかと妄想してしまうほどに。
「ただ、理由が知りたいだけ」
「それ次第では、また寝てもいいの?」
「ま、まぁ寝るのを邪魔しなければ」
「特に理由はないよ。しいて言えば一人で寝るのは寂しいし」
「……そっか」
完全にアイラのペースで押し切られる。
これ以上アイラのペースに飲まれないように体を起こし朝食の準備に取り掛かる。
「さ、もう朝だし、起きて朝食にしよう」
そうして朝の支度を終えた二人は、中央に向けて出発する。
一応寝床に使った半球状の家は、残してある。
帰りに使えるならそれでもいいし、後から来る奴らが使ってもいいし、壊すよりも残す方が後々楽だということで残している。
「今日はまっすぐ進めるといいな」
昨日はほとんど前には進めなかった。その大きな原因は、断層がずれ動いたことで立ちはだかるように行く手を阻んでいた。その結果、それを迂回しようと進んで丸一日かかった。
ただ、興味深かったのは、ずれ動いて崖の様になっている地層の部分。
そこには、前文明が築いていたであろう建物の残骸が地層の一部としてむき出しになっていた。
アイラの話によれば、高密度な人工の石でできていたらしい。というのも、建物の残骸と言っても、形がそれっぽいというだけで、一人で見ていれば違和感を覚えれば良い方だろう。
「これ以上は迂回しないと無理ね」
しばらくまっすぐ進んでいると、大きく陥没した部分が行く手を阻む。
一番深そうなところには、雨水が溜まっているのか池の様になっていた。
「こりゃまた一日迂回かねぇ……」
小さく息を吐いて中央に向けて進むことを諦め、迂回しつつ周囲を観察することに専念する。
そうして観察していると、一つ気づいたことがある。
「これ陥没の仕方が二種類あるのか?」
深く陥没している所は崖の様に切り立ったようになっているが、そこから少し外は、比較的急な斜面になっている。
「そうだね。足を滑らせてこの斜面に入ったら助けるの一苦労だからやめてね」
アイラから注意を受けた。
「さすがにそんな……」
子供じゃないし。そう言いかけて。
「……っ?!」
急に足に痛みが走る。
すると太ももに矢が刺さっていることに気づく。
「は?矢?なんで?」
混乱するアスクにアイラが慌てて駆け寄ろうとする。
「アスク!そこから離れて!」
アイラよりも速く何者かが、アスクに体当たりをかましていた。
「ま、ちょ! な?!」
アスクは戸惑いながら、宙に舞い、陥没した穴へと続く斜面へと投げ出される。
慌てて斜面を必死につかもうとするが、どれも突起が丸みを帯びており中々つかめない。
掴めた頃には、陥没穴の崖っぷちだった。
「何とか落ちずに済んだ……足がこれじゃ上がれねぇぞ……」
左足に刺さった矢が斜面を転がった影響で途中から折れ、手では抜けない。
動かそうものならかなりの激痛が来る。
とりあえずこれ以上、進まないためにも、握れる場所をしっかりと確かめる。
「ここなら何とか……」
そうしてアイラの方を見ると、人影がアイラ以外にもう一つあった。
何やら言い争っているようだが、若干遠くてうまく聞き取れない。
「―――ぶか?! アイ――。な――あんな―――とい―――るん―――」
「わた――て。じゃ――し――で」
アイラが助けようと斜面に向かうのもう一つの人影が止め、また口論を始める。
だが、聞く耳を持たないのかアイラは無視して振りほどき、斜面を下り始めた。
アスクの前まできたアイラが引き上げようと姿勢を落とした時。
「お前もそうやって人を助けるのかよ!!」
男の声が響き、アイラに向けて矢を放つのが見えた。
「あぶない!」
咄嗟にアイラを引っ張る。
「そん――なこと?!」
二人は引っ張った勢いで姿勢を崩し、陥没穴へと落ちていく。
その際、矢はアイラのいた場所を通り抜けていた。
何とか手の届くところにいたアイラを水面にたたきつけられる前に抱きしめた。
―――それからしばらくして。
「あれ、ここは?」
気が付いたアスクが、水面ではなく地面に寝かされていることに気づく。
「あ、アイラは?!」
守ったはずのアイラが見渡す限り見当たらない。
それにここは部屋なのか、一部は崩れて外に陥没穴の水面が見えるが、その反対側には扉のない出入り口が一つあった。
慌てて起き上がろうとして、足に痛みが走り少し手間取る。
「治療されてる……?」
簡易的ではあったが、鏃は取り除かれて布切れが巻かれている。
それに触れて気づいた。
「これ、アイラの服じゃないか……?」
足に何重にも巻けるほどとなれば、衣服として機能しなくなっていてもおかしくない。
それはそれでいないことに加えて不安を煽る。
「探さなきゃ……」
近くの壁まで何とか歩き、そこから壁伝いに進む。
出入り口まで進むと、その先は薄暗い。日の光がこの出入り口からしかないからだ。
それを自分で塞ぐように経っていることもあって一層暗くなっている。
目を凝らしてみると、文明の名残があることに気づく。
「何だ……」
それに誘われるように進むアスク。
光がさして何とか視認できる部分に近寄ると、それは本だったものが並べられている。
「これは本か……?じゃあこれは本棚なのか」
壁一帯が本棚になっているようだ。本を手に取って開こうとすると一塊となっていて開くことができなかった。
中の紙と作りが違うのか、比較的無事に残っていた手元の表紙を光に当てて、埃を払ってみる。
「人類の娯楽……とはって何だこれ……」
表題は、【人類の娯楽とはいつから与えられるものになったのか】と書かれていた。
それだけは表紙に加工されているのかまだ読めた。ほかの文字は、すでに書かれていたかどうかすら分からない。
他の本も手に取ってみても、大体同じような状態だった。
「そりゃ同じ環境にあるんだもんな……」
幾つかの表紙を見て気づく。
「なんだか人間が生きる意味を見失っているような印象だな……」
そうつぶやく声に返事が来た。
「うん、その通り。人は皆どうして生きているのか、生きている内に何をすればいいか。それを探し求めていたよ。ごく一部の人だけだったけどね」
薄暗くて気づかなかったが光と本棚とは別の壁に他へとつながる出入り口があったらしい。
そこからアイラが現れた。
「じゃあ大半は、娯楽におぼれていたと?」
「うん。何もしなくても与えられたし、欲すればなんでも手に入れられる。そんな人間が沢山いた」
「はは……みんな金持ちだったんだな」
アスクは羨ましそうに冷笑して答えると、彼女は首を横に振る。
「ううん、誰でも。どんな人でもそうだったよ。お金なんてあってもなくても変わらない。価値があっても不要だった」
分け隔てなく誰でもそんな状態であったという。
「俺の先祖もその中の一人なんだな……」
「どうだろう? もしかしたらここの人みたいな研究者だったかもよ?」
アイラが暗闇の中でそう囁く。
「そう……だといいな……」
アスクは小さく微笑む。
「ここだと立ってるののつらいしあっちに行かない?」
アスクは足を指しながら視線で光が差す方を指し示す。
「先に行ってて。ちょっと服が……ね」
「あ、ああ分かった」
アスクは足を引きずりながら先に寝ていた辺りで座り込む。
しばらく待っていると、アイラが部屋に入ってきた。
「ふふ、これどう?」
彼女の服装がワンピース姿から一変して、上半身にきている物はワンピースと同じようだが、下半身、というかオーバーオールのスカート姿だった。
白い服に紺色のオーバーオールスカートで若干大きさがあっていないのか、調整していても大きい服を着ていることが分かる。
胸元の紺色の部分には作業着なのかものが色々と付けたり入れたりできそうな飾りがあった。
「どうって……服は大丈夫だったんだね。包帯代わりに使ったみたいだったから……」
アスクは服が破れて使い物にならなくなっていて全裸になっていないことを危惧していた。それがちゃんと服を着てくれていたことに安堵していてそれ以上の感想がなかった。
その回答にアイラは顔をムスッとさせてわざとらしく息を吐く。
「似合ってるって言ってくれればみんな喜ぶもんだよ? それがお世辞ってやつなの」
「いや……俺はただ、これに服を使ったから大丈夫だったかなって思っただけだって」
「まぁ確かにこの上着、お腹ぐらいから下使っちゃってないんだけど……これ着てたら分からないでしょ?」
そう言って紺色のスカートを軽くつまんで回った。
少し気まずくなったアスクは顔を逸らしながら謝る。
「ごめん、大事な服を使わせてしまって……」
「ううん、また探せばいいから」
「そう簡単に服って見つかるのか?」
彼女の言葉に疑問に思う。
百年も経っていれば、さっきの本然り、古びてまともに使える物なんてほとんどない。
なのに探したらあるかのように彼女はいう。
「この服だって奥に行ったらあったよ。長持ちさせる箱に入れられてたから」
ということはほかにも服があるかもしれない。
「そこで俺に合いそうな服はあった?」
彼女は少し思い出そうと首を傾げる。
「うーん、あったようななかったような……」
そして一つ提案してきた。
「じゃあ見に行ってみる? 真っ暗だけど」
「え?じゃあどうやって見に行ったんだ?」
「ん、こうやって」
アイラは彼に見せるように掌を上に手を前に出すと、掌の上に光が生み出される。
そのまぶしさにアスクは顔をしかめる。
「それで奥まで探しに行ったと」
「うん。じゃあついてきて」
アスクの肩をアイラが支えて部屋の奥へと進んでいく。
奥に進んで歩いている頭上、そこで光を発する玉がついてくる。
「掌の上だけじゃなかったのか」
「見せるのにそうしただけ。近くならどこでもできるよ」
部屋から廊下だったと思われる場所をしばらく進んでいく。
廊下を歩いているとちらりと光が部屋に差し込み軽く部屋を見渡せる。
「ほかの部屋も似たような作りなんだな……」
置かれているの本棚、机に椅子、そして寝床。すべてだったものだが。
「こういう作りの場合、ほとんどが仕事のために寝泊まりする場所として作られてることが多いかな」
「仕事のためにここで寝て仕事して、終わったらここに帰ってきて寝て、また起きて仕事をする……か」
そんな生活を続けていたらさっきの本みたいに何のために生きているのか分からなくなってくる気がする。
「着いたよ。さっき服を見つけた場所」
二人は部屋に入る。
部屋の様子が他とはかなり違っていた。
部屋の大きさや家具が全く異なっており、入ってすぐの場所に低い柵のような机が置かれていて、どちらかといえば店構えなような雰囲気がある。
「これってさっきまでと違うけど、ここって何?」
「ここで働く人の服をまとめて洗浄するための所かな。服を洗浄する人がいてその人がここで皆の服を洗浄して皆に返すの」
アスクは関心の声を漏らして聞いていた。
「みんな洗浄するユニットの使い方を覚えないからね。このやり方の方が確実だったみたい。でも、元々この服達は汚れにくいからね。汚れも匂いもほとんどつかないしすぐ落ちる」
「じゃあたまに洗ってもらうために持ってくるってことか」
アスクが彼女の説明を一言でまとめ、アイラはそれに頷く。
それもあっていくつかの服はここに保管されている。
「ここの箱を開けたらいくつか入ってたよ」
そう言ってとある開いた箱の前に経った。
「これだけ?」
「ほかにも何個か開いていない箱はあるけど、開けると劣化が始まるから開けたくないかな」
「……この中から着れるものを探すか」
かなりすごい技術を聞いた気がするが、その技術を聞いても理解できる気がしない。だから気にとどめるだけにする。
その箱の中身を漁ってよさげなものを探す。
だが、残念ながら、女性ものの詰め合わせだったのか、服や下着がすべて女性ものだった。
アスクの体に合うものはまぁなかった。
「手触りはどれもいいんだよなぁ」
彼が着れない服を見てぼやく。
「ほかも開けてみる?」
「いや、いいそこまで欲しいわけじゃないし」
アスクが首を横に振ってそこまでしてはいらないと伝える。
だが、ふと中に入っていた下着を思い出してアイラに確認する。
「そういやちゃんと下着とかもつけてるんだよな? ここに入っているのを見て気づいたけど」
「もちろん。下はちゃんとつけてるよ?」
ん、彼の浅い知識の中で、胸元につけるものもあるよなと箱を見て思う。
彼女の胸元は、お世辞にも大きいとは言えない。少女であるから当然として。だが、つけていないのはいいのかと疑問に思う。
彼は箱の中から胸元につける下着を取り出しアイラに見せる。
「なあ、こういうのはつけなくていいのか?」
あくまで心配から来る親切心だった。
「それ以上そのことには触れないで。ちゃんとつけてます!」
今まで以上の怒りっぷりだった。
「アスクにはこれだけで十分だから戻るよ!」
そう言って箱から一つ取って彼の持つ下着と入れ替えて、彼を押して部屋から出る。
「ちょ、ちょっと痛いって!ごめん!謝るから!」
幾らかアスクを押した後、突然止まる。
「ちゃんと靴だって見栄えで分からないかもしれないけどちゃんとした靴だし、この服だって丈夫な服なの。それに私だって女性としての身だしなみだってできるんだよ」
その声は弱弱しく、俯いているのか背中を押す手よりも低い位置から声が聞こえる。
「ごめん。そこまで思ってないって」
とはいえ、それなら寝床に潜り込まないでほしいと思うのはここで今、言わないほうがいいだろうな。
「じゃあこれからそう言ったことは言わないでね?」
「あ、ああ約束する」
「約束ね。あっじゃあちょっと先に戻ってて。取ってきたいものがあるの」
「分かった。先に戻っとく」
アイラは彼の上にも光の玉を作ると、きた道を戻っていった。
アスクはアスクで壁伝いにゆっくりと戻っていく。
その後、戻ってきたアイラの顔を見てアスクは吹き出してしまう。
「ブハッ……んっ。ククッ」
まずいと思って口を押えたが、すでに遅かった。
何せ戻ってきたアイラの顔には化粧が施されていた。
しかもかなり下手だった。
「そんな笑うほど変なの?! さっきの約束は?!」
彼女はそんな化粧で怒った顔をする。それに余計笑いがこみ上げてきて顔を見れない。
「ご、ごめ……フフ、んって、一回あっちの水面で見てきたら?ンックッ」
俯きながら水面がある方を指して反射する顔を見てくるように促す。
「そんなにひどいの? ……ん、これは確かに……フフ」
「自分で笑ってるじゃん」
「ちゃんと見ながらやらないと駄目ね。早く落としちゃおう」
アイラは早々に水で顔を洗い出す。
「そんな化粧なんてしなくても綺麗なんだからさ……」
「え?」
顔を洗っていたアイラの耳がその言葉を拾って一瞬固まる。
「なんて?」
「なんでもない」
さすがにもう一回は言ってくれなかった。
だが、しっかりと聞き取れたアイラの顔は、顔を擦ったことで赤くなったのか他の要因があったのか、赤みを帯びていた。耳も少し赤くなっているが、アスクは気づかない。




