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二週間後、羽佐間螺旋は魔捜に復帰した。
「お帰りなさい、螺旋さん!」
一同が出迎え、
「長い間留守にして申し訳ありませんでした」
螺旋は静かに一礼した。その一変した容貌については、誰も何も触れなかった。
「――春日井さんも、室長代行の任務完遂、ご苦労様でした」
「いえいえ、いやあやっぱり大変ですね、こういう部署の責任者って。皆さんが助けて下さったから何とかなりましたけど、正直僕にはまだ荷が重すぎましたよ」
春日井はからからと笑いながら応じる。
「けどすごかったですよ、春日井さん」
つづりが両拳を顔の近くまで上げて、誇らしそうに螺旋に報告する。
「将来有望ですよ、あ、でも本拠地はニューヨーク市警だったね」
黒峰も笑顔だった。春日井は照れたように眉を下げた。
「二階堂室長や黒野室長、柊室長も、全て処理は終わったと仰っていました」
高瀬が報告した。螺旋は静かに頷いた。
「やっほー、みんな」
突如魔捜部屋のドアが開けられ、二階堂と城戸、弓狩が姿を見せた。
「お、ウワサをすれば二階堂さん」
黒峰が軽やかな言葉を飛ばす。
「え、何? 僕のこと話してた? 螺旋ちゃんが?」
二階堂の質問には一度だけ首をゆるやかに振って、螺旋は城戸と弓狩を見やった。
「〈意識の海〉で起きていた問題を解消して下さったのはお二人だと伺いました、ありがとうございます」
城戸は僅かに口元を緩ませ、テレパシーで何か飛ばしたようだった。一方で弓狩は頬を上気させ、とんでもない、と言った様子で両手をばたばたさせる。
「いえっ、あの、羽佐間さんのお役に立てて光栄です!」
そう言えば弓狩は螺旋のファンだと――二階堂が――言っていたか、と、高瀬は思い出した。
「私、本当は記操じゃなくて魔捜が良かったので! 羽佐間さんのお力になれたのなら、もうそれで満足です!」
螺旋は僅かに苦笑のような表情を浮かべ、二階堂は噴き出す。
「弓狩ちゃん、ホントさぁ、所属部署の室長である僕の目の前でそういうこと言う?」
「だって本当のことですもん」
和やかな笑い声が上がった。城戸も静かに目を逸らしている。笑うのを堪えているらしい、と高瀬は観察した。
「羽佐間さん、うちの室長がしつこかったら言って下さいね! 親衛隊の一員としてどうにかしますので!」
右手を胸に当てての弓狩の言葉に、
「……親衛隊?」
螺旋は微かに小首を傾げた。
「……親衛隊?」
高瀬もまったく同じ言葉をこぼす。何らかの情報を把握しているらしい黒峰は爽やかに笑っていた。
「……弓狩ちゃん、ちょっと何言ってるのか解らないけど――とにかく全部署の後処理も完了したし、少なくとも魔捜のメイン案件については、全て片付いたと言えるだろうね」
二階堂が言うと、
「それでもやるべきことは山ほどありますよ」
春日井がそう繋ぐ。
「……まだしばらく外に向けての魔力は使えないのですが」
螺旋の説明を、春日井は笑顔で遮る。
「ええ、魔力の行使は必要ありません。しばらく魔力の行使が必要になるような案件は起きないはずですし。華火ちゃんの予知でも、そういう感じですし」
「……山ほどあるというのは」
「もちろん論文です。書くべき論文がいくつあると思ってますか、羽佐間さん? あなたの論文を待っている魔術師が、世界中にどれだけいることか」
「…………」
螺旋の顔が静かに引きつった。
「神降ろしの件についても既に嗅ぎつけてる魔術師はいます。室長代行を務めながらその圧力をどうにかするの、それなりに大変でした」
「……脅しですか、春日井さん」
「いえいえ、とんでもないです」
しかし春日井の笑顔には圧がある。
「……禁術についての論文は――書くべきではないでしょう。リスクしかありません。再現性も皆無ですし」
「そうですね、だからこそ、これまで手を付けていなかった論文をいくつか出して、そっちに目を向けさせるしかないですよね」
静かに逃げ場を失っていく螺旋を、高瀬と黒峰、つづりはただ見守るしかない。
「……私は、論文は……」
心底嫌そうな表情を浮かべる螺旋に、春日井はついにとどめを刺した。
「甘いですね、羽佐間さん。ノブレス・オブリージュって言葉をご存知でしょう。そろそろ逃げられません」
あくまで明るく笑う。
「…………」
「羽佐間さんって意外と現場主義ですよね。ご心配なく。論文のことはサポートするよう仰せつかっていますから、お手伝いしますよ」
「…………」
やがて逃げ場はないと悟ったのか、螺旋はため息を吐いた。
「容赦ないねぇ春日井くん。螺旋ちゃん病み上がりだよ~?」
「大丈夫です、無理はさせません」
「二階堂室長とは別の意味でタチ悪いのが……ここにも……」
弓狩が半眼で春日井を見る。
そこへ再び魔捜部屋のドアが開けられ、華火が現れた。
「螺旋さん」
「――真山さん」
「お帰りなさい。眼鏡、返しに来た」
ヴェパール、そして悪神との決戦を前に、高瀬に託され、そして華火の手に渡った眼鏡が、静かに持ち主に返される。螺旋はそれをゆっくりと装着した。
「……ありがとうございます」
「ううん。良かったよ、ちゃんと返せて」
華火はあどけなさの残る笑みを浮かべた。その年齢に相応しい笑顔だった。
「いやー、みんな本当にがんばりましたよね!」
つづりが明るく言って、それぞれが頷く。
「高瀬くんもこっちに残るって聞いたときは驚いたけどね」
「僕は知ってた」
「え、そうだったの華火ちゃん?」
「まあな」
華火はちらりと高瀬に目を遣ってからすぐに逸らし、そして誰にも気付かれないように満足そうに微笑んだ。
* * *
庁舎の外を、螺旋と高瀬は歩いていた。
昼食を摂るという判断を螺旋は絶対にしないからどうにかしろ、という咲坂伶那からの命令を受けた高瀬がその任務を遂行するためだった。
「……本当に意外でした」
ふいに螺旋が口を開く。
「はい?」
「高瀬さんが、こちらに残るとは」
「ああ……古巣へ戻ることも可能だとは、部長から伺ったんですけど」
高瀬は頭を掻く。
「何ですかね、思いの外こちらに染まっていたみたいで……結局、特例での永久出向とかいう選択をしてしまいました」
螺旋は僅かに微笑んだ。
「――魔捜に飛ばされてきた翌日も、他の刑事と違ってきちんと出勤してきた時点で不思議な方だとは思っていましたが――高瀬さんは、変わり者です」
「……羽佐間さんにだけは言われたくないっすけど。っていうか飛ばされたとか言わないで下さいよ」
螺旋は応えずに歩を進める。高瀬もそれに合わせて少し歩いてから、
「あ、そう言えば、部長からの指示通り、警察庁への異動になった、という点だけ紗雪に……妹に伝えたんですけど」
「はい」
「特捜の件は一言も言ってないんですけど……あいつ、何か勘づいてる気がするんですよ……」
「そうでしょうね」
「はい?」
「問題ありません。真山さんの予知でも――そう出ているとのことですので」
「……? まあ……問題ないなら、いいんですけど……」
「ええ、問題ありません」
またしばらく歩いてから、螺旋はふと高瀬を見上げた。
「――高瀬さん」
「はい?」
「ありがとうございました」
「え? いや、いえ……どうされました?」
「……色々、です。高瀬さんがこちらへいらっしゃらなければ、悪神もまだどこかに潜んでいたのでしょうし」
「……お役に立てましたかね?」
「ええ、とても」
「なら――良かったです」
高瀬は微笑んだ。
螺旋は静かに立ち止まり、色の異なる双眸で空を見上げる。高瀬もその場で足を止めた。
白銀に変わったその長髪が、柔らかい風に舞い上げられる。その髪の舞い上がる先を追うように、高瀬も目線を動かした。
季節が静かに移ろっている。
微かに春の匂いがした。
Unlimited Spiral is the end...
結末まで見届けていただき、ありがとうございました。




