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30歳童貞おっさんの転生物語  作者: 障子
第一章 ゴーレム編

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第9話 俺、初めての来訪者を全滅させる

 三人。人間。全員、男。


「……女の子はいないのか」


 そこだけは、ほんの少し残念だった。だが、そんなことはどうでもいい。


 何年、何十年。いや、どれくらい待ったのかすら分からない。ずっとこの扉の向こうから誰かが来るのを待っていた。そして、その誰かが今、目の前にいる。


「人だ……!」


 胸の奥が一気に熱くなる。


「初めての人間だぁぁぁぁぁぁ!!」


 その瞬間、俺の中で何かが完全に弾けた。


     ◇


 少し前までの俺は完璧だった。絶対に走らない。急に近付かない。ゆっくりお辞儀する。


 敵意がないことを伝える。必要なら鉱石をプレゼントする。紳士的に、大人っぽく、落ち着いて。


「…………」


 全部、忘れた。


「人ぉぉぉぉぉぉ!!」


 俺は走り出した。


 ドンッ!


 一歩踏み込んだだけで、床が大きく鳴る。


「…………あ」


 速い。そう思った時には、もう遅かった。床が後ろへ吹き飛ぶように流れ、三人の姿が一気に近付いてくる。


「え?」


 いや、近付いているのは俺だ。


「待て待て待て待て!」


 止まれ。俺。


「止まれぇぇぇぇぇぇ!!」


 必死に足へ力を入れる。だが、勢いがまるで止まらない。


「ブレーキぃぃぃぃぃ!!」


     ◇


 その時、三人の表情がはっきり見えた。驚いている。いや、違う。


 怯えている。ものすごく。


「違う!」


 俺は叫ぶ。もちろん声は出ない。


「敵じゃない!」


 伝わらない。


「歓迎!」


 伝わらない。


「友達!」


 当然、伝わらない。


 それでも何とか友好的な意思を見せようとして、俺は両手を広げた。そこで気付く。


「これ……前にも練習したやつじゃん」


 巨大なゴーレムが、猛スピードで、両手を広げながら、無言で突っ込んでくる。


「怖っ!」


 自分で想像しても怖かった。


     ◇


 三人が何か叫ぶ。意味は分からない。一人が剣を構え、一人が杖を向け、もう一人も武器を構えた。


「待って!」


 俺は慌てて手を振る。


「違うから!」


 ぶん。


「攻撃する気ないから!」


 ぶん。


「友好的!」


 ぶん。


「平和!」


 ぶん。


 その瞬間、俺の腕が空気を薙いだ。


 ――ドンッ!


「…………」


 何かが爆発した。


     ◇


 いや、爆発じゃない。俺はただ腕を振っただけだ。それなのに、空気そのものが弾けたような衝撃が走る。


 ズドォォォォォン!!


 すごい音。


 そして、三人がいない。


「…………」


 俺は床を削りながら急停止した。


 ズザザザザザザザッ!!


 ようやく止まり、ゆっくり振り返る。


 いた。一人は壁際。二人は床に倒れている。


 三人とも、動かない。


 俺は固まった。


「え?」


 何した? 走った。手を振った。それだけ。


 なのに、三人とも動かない。


 俺はゆっくり近付こうとして、すぐに足を止めた。これ以上近付いたら、また何か起きるかもしれない。仕方なく、少し離れた場所から様子を見る。


 動かない。起きない。声もない。嫌な予感が、どんどん膨らんでいく。


「まさか……」


 いや、そんな。


「俺……やった?」


     ◇


「うわああああああああああ!!」


 俺は頭を抱えた。


「違うんだぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺はただ歓迎したかっただけだ。


「仲良くしたかっただけなんだぁぁぁぁぁ!!」


 何年も、何十年も。お辞儀の練習もした。プレゼントも用意した。友好的な動きも考えた。


 全部準備した。それなのに。


「初対面、数秒で全滅ぅぅぅぅぅぅ!!」


 最悪だった。


     ◇


 俺はその場に膝をついた。


「なんで……」


 俺、そんなに速かったのか? そういえば最近、部屋の端まで一瞬だった。軽く殴っただけで壁もへこんでいた。


 いや、でも。


「普通の鉄ゴーレムだよな?」


 たぶん、鉄。たぶん、普通。


 じゃあ。


「この人たちが弱かった?」


 そう口にしてから、すぐに首を振る。


「いや、そんな言い方は駄目だろ」


 失礼すぎる。たぶん俺が加減を知らなかった。


「……そういうことだ」


 そう思うことにした。


     ◇


 俺はしばらく三人を見守った。もしかしたら起きるかもしれない。そう期待して待つ。


 だが、起きない。


 もっと待つ。やはり起きない。


「どうしよう……」


 初めて会った人間。その三人を、俺がやった。


 最悪だ。怖がらせた。しかも、たぶんそれだけではない。


「もう……次は来ないかもしれないな」


 ここは危険なボス部屋だと広まるかもしれない。そこで少し考える。


「……いや、ボス部屋なんだから危険でいいのか?」


 違う。


「俺は戦いたいんじゃない!」


     ◇


 そこで、俺はふと扉を見る。


 開いてる。


 ずっと開かなかった扉。何度押しても、殴っても、蹴っても開かなかった扉が、今は開いている。


 今なら。


「出られる?」


 俺はゆっくり扉へ向かう。一歩。もう一歩。慎重に。


 その時。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……。


「え?」


 扉が閉まり始めた。


「ちょっ!」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……。


「待って!」


 急ぎたい。でも走れば、また何か壊すかもしれない。


「くっ……!」


 可能な限り慎重に。でも急いで。


「開けぇぇぇぇぇぇ!!」


 ゴゴゴゴ……。


 ズン。


「…………」


 閉まった。


 俺は扉の前で止まり、両手を掛ける。押す。動かない。


 もう一度。やっぱり開かない。


 俺はその場に膝をついた。人と初めて会った。数秒で全滅させた。


 外へ出られそうだった。間に合わなかった。


「……最悪だ」


     ◇


 しばらく、本当に何も考えられなかった。何年待ったのか分からない。やっと人に会えた。なのに、何も話せなかった。


 いや、話せないんだけど。それ以前の問題だった。


 俺はその場でうずくまった。


 寂しい。


 久しぶりに、本気でそう思った。


     ◇


 さらに少し時間が経って、俺はゆっくり顔を上げた。


 まあ。


「全員、男だったしな」


 数秒、沈黙。


「いやいやいやいや!」


 違う!


「そこじゃない!」


 男だからいいとか、そういう問題じゃない。


「人の命だから!」


 重要。


「女の子だったらもっと落ち込むとか、そういう話じゃない!」


 自分に言い聞かせる。だが、やっぱり。


「女の子じゃなくてよかった」


「おい俺ぇぇぇぇぇ!!」


 駄目だった。


     ◇


 俺は両手で顔を覆った。


「次は……」


 もし、次があるなら。


「絶対に走らない」


 今回最大の失敗。


「絶対に急に動かない」


 重要。


「手も振らない」


 少なくとも全力では。


「もっと離れる」


 距離は大事。


 そして。


「興奮しない」


 これが最重要。俺は拳を握った。


「次こそ、ちゃんと対応する」


 お辞儀。ゆっくり。敵意なし。近付かない。


「完璧」


 もう一度、扉を見る。いつ、誰が次に来るのか分からない。それでも。


「次は失敗しない」


 そう決めた。


     ◇


 ただ、この時点でも俺は、自分がどれほど強くなっているのかを、まだきちんと理解していなかった。


 俺は足元を見る。走った跡が、床に深く刻まれている。


「床、抉れてるな」


 少し考えた。


「……まあ、走り方が悪かったんだろ」


 そう納得した。もちろん、原因はそこではなかった。



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