第9話 俺、初めての来訪者を全滅させる
三人。人間。全員、男。
「……女の子はいないのか」
そこだけは、ほんの少し残念だった。だが、そんなことはどうでもいい。
何年、何十年。いや、どれくらい待ったのかすら分からない。ずっとこの扉の向こうから誰かが来るのを待っていた。そして、その誰かが今、目の前にいる。
「人だ……!」
胸の奥が一気に熱くなる。
「初めての人間だぁぁぁぁぁぁ!!」
その瞬間、俺の中で何かが完全に弾けた。
◇
少し前までの俺は完璧だった。絶対に走らない。急に近付かない。ゆっくりお辞儀する。
敵意がないことを伝える。必要なら鉱石をプレゼントする。紳士的に、大人っぽく、落ち着いて。
「…………」
全部、忘れた。
「人ぉぉぉぉぉぉ!!」
俺は走り出した。
ドンッ!
一歩踏み込んだだけで、床が大きく鳴る。
「…………あ」
速い。そう思った時には、もう遅かった。床が後ろへ吹き飛ぶように流れ、三人の姿が一気に近付いてくる。
「え?」
いや、近付いているのは俺だ。
「待て待て待て待て!」
止まれ。俺。
「止まれぇぇぇぇぇぇ!!」
必死に足へ力を入れる。だが、勢いがまるで止まらない。
「ブレーキぃぃぃぃぃ!!」
◇
その時、三人の表情がはっきり見えた。驚いている。いや、違う。
怯えている。ものすごく。
「違う!」
俺は叫ぶ。もちろん声は出ない。
「敵じゃない!」
伝わらない。
「歓迎!」
伝わらない。
「友達!」
当然、伝わらない。
それでも何とか友好的な意思を見せようとして、俺は両手を広げた。そこで気付く。
「これ……前にも練習したやつじゃん」
巨大なゴーレムが、猛スピードで、両手を広げながら、無言で突っ込んでくる。
「怖っ!」
自分で想像しても怖かった。
◇
三人が何か叫ぶ。意味は分からない。一人が剣を構え、一人が杖を向け、もう一人も武器を構えた。
「待って!」
俺は慌てて手を振る。
「違うから!」
ぶん。
「攻撃する気ないから!」
ぶん。
「友好的!」
ぶん。
「平和!」
ぶん。
その瞬間、俺の腕が空気を薙いだ。
――ドンッ!
「…………」
何かが爆発した。
◇
いや、爆発じゃない。俺はただ腕を振っただけだ。それなのに、空気そのものが弾けたような衝撃が走る。
ズドォォォォォン!!
すごい音。
そして、三人がいない。
「…………」
俺は床を削りながら急停止した。
ズザザザザザザザッ!!
ようやく止まり、ゆっくり振り返る。
いた。一人は壁際。二人は床に倒れている。
三人とも、動かない。
俺は固まった。
「え?」
何した? 走った。手を振った。それだけ。
なのに、三人とも動かない。
俺はゆっくり近付こうとして、すぐに足を止めた。これ以上近付いたら、また何か起きるかもしれない。仕方なく、少し離れた場所から様子を見る。
動かない。起きない。声もない。嫌な予感が、どんどん膨らんでいく。
「まさか……」
いや、そんな。
「俺……やった?」
◇
「うわああああああああああ!!」
俺は頭を抱えた。
「違うんだぁぁぁぁぁぁ!!」
俺はただ歓迎したかっただけだ。
「仲良くしたかっただけなんだぁぁぁぁぁ!!」
何年も、何十年も。お辞儀の練習もした。プレゼントも用意した。友好的な動きも考えた。
全部準備した。それなのに。
「初対面、数秒で全滅ぅぅぅぅぅぅ!!」
最悪だった。
◇
俺はその場に膝をついた。
「なんで……」
俺、そんなに速かったのか? そういえば最近、部屋の端まで一瞬だった。軽く殴っただけで壁もへこんでいた。
いや、でも。
「普通の鉄ゴーレムだよな?」
たぶん、鉄。たぶん、普通。
じゃあ。
「この人たちが弱かった?」
そう口にしてから、すぐに首を振る。
「いや、そんな言い方は駄目だろ」
失礼すぎる。たぶん俺が加減を知らなかった。
「……そういうことだ」
そう思うことにした。
◇
俺はしばらく三人を見守った。もしかしたら起きるかもしれない。そう期待して待つ。
だが、起きない。
もっと待つ。やはり起きない。
「どうしよう……」
初めて会った人間。その三人を、俺がやった。
最悪だ。怖がらせた。しかも、たぶんそれだけではない。
「もう……次は来ないかもしれないな」
ここは危険なボス部屋だと広まるかもしれない。そこで少し考える。
「……いや、ボス部屋なんだから危険でいいのか?」
違う。
「俺は戦いたいんじゃない!」
◇
そこで、俺はふと扉を見る。
開いてる。
ずっと開かなかった扉。何度押しても、殴っても、蹴っても開かなかった扉が、今は開いている。
今なら。
「出られる?」
俺はゆっくり扉へ向かう。一歩。もう一歩。慎重に。
その時。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
「え?」
扉が閉まり始めた。
「ちょっ!」
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
「待って!」
急ぎたい。でも走れば、また何か壊すかもしれない。
「くっ……!」
可能な限り慎重に。でも急いで。
「開けぇぇぇぇぇぇ!!」
ゴゴゴゴ……。
ズン。
「…………」
閉まった。
俺は扉の前で止まり、両手を掛ける。押す。動かない。
もう一度。やっぱり開かない。
俺はその場に膝をついた。人と初めて会った。数秒で全滅させた。
外へ出られそうだった。間に合わなかった。
「……最悪だ」
◇
しばらく、本当に何も考えられなかった。何年待ったのか分からない。やっと人に会えた。なのに、何も話せなかった。
いや、話せないんだけど。それ以前の問題だった。
俺はその場でうずくまった。
寂しい。
久しぶりに、本気でそう思った。
◇
さらに少し時間が経って、俺はゆっくり顔を上げた。
まあ。
「全員、男だったしな」
数秒、沈黙。
「いやいやいやいや!」
違う!
「そこじゃない!」
男だからいいとか、そういう問題じゃない。
「人の命だから!」
重要。
「女の子だったらもっと落ち込むとか、そういう話じゃない!」
自分に言い聞かせる。だが、やっぱり。
「女の子じゃなくてよかった」
「おい俺ぇぇぇぇぇ!!」
駄目だった。
◇
俺は両手で顔を覆った。
「次は……」
もし、次があるなら。
「絶対に走らない」
今回最大の失敗。
「絶対に急に動かない」
重要。
「手も振らない」
少なくとも全力では。
「もっと離れる」
距離は大事。
そして。
「興奮しない」
これが最重要。俺は拳を握った。
「次こそ、ちゃんと対応する」
お辞儀。ゆっくり。敵意なし。近付かない。
「完璧」
もう一度、扉を見る。いつ、誰が次に来るのか分からない。それでも。
「次は失敗しない」
そう決めた。
◇
ただ、この時点でも俺は、自分がどれほど強くなっているのかを、まだきちんと理解していなかった。
俺は足元を見る。走った跡が、床に深く刻まれている。
「床、抉れてるな」
少し考えた。
「……まあ、走り方が悪かったんだろ」
そう納得した。もちろん、原因はそこではなかった。




