第10話 俺、今度こそ話し合います
初めての来訪者を全滅させてから、俺は本気で反省した。反省というか、しばらく立ち直れなかった。
何年待ったのか分からない。やっと来た人間だった。それなのに、嬉しくなって走り出し、手を振っただけで全滅。
「歓迎の仕方として最悪すぎる……」
俺は巨大な扉の前で頭を抱えた。普通なら、来客を歓迎する時にお茶を出す。
俺の場合、衝撃波を出した。
「何でだよ」
自分でも分からない。
◇
それ以来、俺は徹底的に動きを見直すことにした。まず走らない。絶対に走らない。来訪者を見つけても、その場から動かない。
「これなら事故は起きない」
次に手を振らない。前回は友好的な挨拶のつもりで振った腕から、とんでもない衝撃が出た。
「手を振るって、そんな危険な行動だったっけ?」
前世では幼稚園児でもやっていた。異世界、怖い。
いや、異世界が怖いんじゃなくて、たぶん俺がおかしい。
そこには、まだあまり深く触れないことにした。
◇
続いて、速度制限。
「ゆっくり動く」
俺は片手を上げる。ゆっくり。本当にゆっくり。
これなら大丈夫。
さらにお辞儀。ゆっくり。
ぺこり。
問題なし。
次に一歩後ろへ。
そろり。
よし。
「完璧!」
俺は拳を握りかけて、慌てて止めた。
「いや、急に拳握るのも怖いか」
もう何をしても怖く見える気がしてきた。
◇
そこで俺は、前回の失敗を整理することにした。
一、興奮した。二、走った。三、両手を広げた。
四、手を振った。五、全滅した。
改めて並べると。
「俺、完全に襲ってる側じゃん」
しかも無言。相手からすれば、巨大なゴーレムが突然突進してきたのだ。
「そりゃ武器構えるわ」
むしろ、あの三人は正しかった。悪いのは全部俺。
「次は絶対に誤解させない」
俺はそう決めた。
◇
そのためには。
「意思疎通だな」
結局、ここに戻ってくる。いくら動きを慎重にしても、言葉が通じなければ限界がある。
「喋れれば一発なんだけどな」
俺は自分の喉へ手を当てた。喉。硬い。金属。
当然、声帯なんてものはない。
「……まあ、ゴーレムだしな」
仕方ない。では、口。
俺は顔を触った。口らしき形はある。人間っぽくしようと身体を作った時、見た目だけはそれらしくした。
だが、動かない。
俺は開こうとしてみる。動かない。
もう一度。
「開け」
動かない。
「口!」
動かない。
「口ぃぃぃぃぃ!!」
動かない。
俺はしばらく自分の顔を触った。そして。
「これ……口じゃないな」
ただの溝だった。
◇
愕然とした。
「俺、口ないじゃん!」
今さらだった。本当に今さらである。
何年。いや、下手をしたら何十年。俺はこの身体で過ごしてきた。それなのに。
「何で今まで気付かなかったんだ!?」
答えは簡単だった。食事をしない。呼吸もしない。眠らない。
そして、一人なので会話もしない。
「口、使う機会ゼロだった……」
必要がなかった。だから気付かなかった。
「待てよ」
ということは、もし前回、あの三人が生きていて、無事に話し合える状態になっていたとしても。
「俺、喋れなかったじゃん」
詰んでいた。
◇
俺はその場に座り込んだ。
「どうするんだよ……」
前回、走るな。分かった。手を振るな。分かった。
ゆっくり動け。分かった。
でも。
「喋れない!」
これは努力でどうにかなる問題なのか? 俺は自分の顔に指を当てる。
「口、作る?」
身体を作った時のように、鉱石を使えばいけるかもしれない。少し試してみた。
顔の下半分を変形させる。隙間を作る。上下に分ける。
口っぽい。
動かしてみる。
ガギ。
閉じる。
ガギン。
「怖っ」
どう見ても怪物だった。しかも音が完全に罠だった。
「女の子の前でこれやったら泣かれる」
即座に戻した。
◇
ならば文字。日本語が通じる可能性は低い。
絵。前に描いたらホラーになった。
ジェスチャー。
「これしかないか」
俺は立ち上がった。言葉がなくても、動きで伝える。問題は、どんな動きが通じるか。
「まず敵意なし」
両手を上げる。降伏。これは分かりやすい。
「いや、ボスが降伏してどうするんだ?」
でも、戦いたくないのだから正しい。
「採用」
次、待って。
俺は片手を前へ出した。手のひらを見せる。
「止まってください」
これも、たぶん通じる。前世でもよく使う動きだ。
「これだな」
相手が攻撃しようとしたら、手のひらを見せる。待って。敵意なし。話し合おう。
「完璧!」
俺は久しぶりに希望を感じた。
◇
それから、また長い時間が流れた。俺は鉱石を吸収し、身体を鍛え、前回のように力を出しすぎないよう練習し、来訪者へのジェスチャーを何度も確認した。
相変わらず誰も来ない。それでも、前とは少し違った。一度、人が来た。
つまり。
「また来る可能性がある」
それが分かっただけでも大きい。俺は以前より辛抱強く待てるようになった。
「次こそ成功させる」
そう思いながら。
◇
そして、ある時。再び扉の向こうから音がした。
カツ。カツ。
俺は動きを止めた。前回なら、この時点で飛び上がっていたかもしれない。だが今回は違う。
「落ち着け」
俺は自分へ言い聞かせる。
「前回の俺とは違う」
成長した。反省した。学習した。
「俺は同じ失敗を繰り返す男じゃない」
足音が近付く。一つ。二つ。三つ。
「また三人か?」
気になる。だが、動かない。絶対に走らない。
声らしきものも聞こえてくる。内容は分からない。当然だ。
「でも大丈夫」
今回はジェスチャーがある。
◇
ゴゴゴゴゴゴ……。
巨大な扉が開き始めた。俺は部屋の中央に立ったまま、微動だにしなかった。
「よし」
落ち着いている。
「俺、落ち着いてる」
素晴らしい。
扉がさらに開く。人影が見える。やはり三人。
男。
また男。
最後も男。
「また全員男かよ!」
心の中だけで叫んだ。だが今回は、それで暴走したりしない。
「いいんだ」
人間。それだけで。
「十分嬉しい」
本当に。
◇
三人も俺に気付いた。明らかに警戒している。そりゃそうだ。俺はたぶん、この部屋のボス。
一人が剣を構えた。もう一人も武器を持つ。三人目も身構える。
「ここだ」
練習通り。俺はゆっくり、本当にゆっくり、片手を上げる。
「待って」
手のひらを見せる。
「攻撃しないで」
敵意はない。
「話し合おう」
完璧。俺はそう思った。
◇
三人の表情が変わった。驚いている。いや、ものすごく驚いている。
「伝わった?」
いける。今回は成功する。
「よし!」
俺は嬉しくなった。
ほんの少し、手を前へ出した。
◇
ブォンッ!!
空気が鳴った。
「え?」
俺は止まる。目の前、三人。
一人が、吹き飛んだ。
続いて、二人目。三人目。
ズドドドドォォォン!!
三人がまとめて、部屋の入口方向へ飛んでいった。
静寂。
俺は上げたままの手を見る。
いや、待て。
「俺、何した?」
走ってない。手も振ってない。ゆっくり動いた。
「今回は完璧だったよな!?」
俺は床を見る。抉れていない。
「ほら!」
走ってない!
「前回と違う!」
じゃあ、なぜ三人が飛んだ?
俺は自分の手を見る。
「手を……出しただけ?」
少し、前へ。それだけ。
俺は固まった。
◇
「嘘だろぉぉぉぉぉ!!」
俺は頭を抱えた。
「今回はちゃんとやったじゃん!」
走ってない。急に動いてない。手も振ってない。
「待ってってやっただけじゃん!」
それで全滅。
「どうしろっていうんだよぉぉぉぉ!!」
理不尽だった。少なくとも、俺の中では。
◇
しばらくして、俺は恐る恐る三人を見る。
動かない。
また、失敗。
俺はその場へ座り込んだ。一回目、嬉しくて走った。失敗。
二回目、じっと待った。失敗。
俺は両手を見る。
「もしかして」
ようやく。本当にようやく。一つの可能性が浮かんだ。
「俺……」
普通の鉄ゴーレムじゃ。
「ない?」
沈黙。
いや。
「そんなわけないか」
俺はすぐに否定した。
「鉄いっぱい吸収したから、ちょっと強いだけだろ」
そういうことにした。なぜなら、それ以外の鉱石なんて。
「見分けつかないし」
前世、普通の会社員。鉱物学、知識ゼロ。
うん。
「鉄だな」
納得。
問題はそこではない。
◇
俺は再び反省会を始めた。
「次は……」
動かない。これは継続。
「手も出さない」
重要。
「お辞儀だけ?」
いや、頭を動かした勢いで何か起きたら怖い。
じゃあ。
「完全に静止?」
何もしない。ただ立つ。
それ、余計怖くない?
巨大ゴーレムが暗い部屋の中央で、無言。無表情。微動だにしない。
ホラーだな。
俺は頭を抱えた。
「もうどうやって友達作ればいいんだよ……」
◇
それでも、諦めるわけにはいかなかった。俺には目標がある。この部屋を出る。人間と話す。
街へ行く。友達を作る。できれば。
「彼女を作る」
そして、ちゃんと恋愛して。その先。
俺は少し照れた。
「いや、そこは今考えるな」
まだ人との会話すら成功していない。段階が飛びすぎている。
「まず友達!」
目標を下げる。
「友達から!」
さらに。
「会話から!」
もっと下げる。
「いや」
口がない。
俺は顔を押さえた。
「そこからかぁ……」
道のりは、あまりにも長かった。




