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30歳童貞おっさんの転生物語  作者: 障子
第一章 ゴーレム編

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第11話 俺、日本式ジェスチャーが通じない

 二度目の来訪者まで全滅させてから、俺はさらに慎重になった。もう走らない。手を振らない。手を前に出さない。


 下手に力も入れない。


「つまり……」


 俺は自分の身体を見下ろした。


「ほぼ何もしない」


 結論だけ聞くと、ずいぶん消極的である。だが仕方ない。俺の場合、普通の挨拶ですら殺傷力があるらしい。


「挨拶が危険行為って何だよ……」


 前世では考えもしなかった。


     ◇


 だから俺は、新しい方法を考えた。


「力を使わずに意思疎通」


 これしかない。口はない。文字は通じるか分からない。絵は下手。


 なら残るのは、ジェスチャーだ。


「前回もジェスチャーだったけどな」


 ただし、前回は動きそのものが危険だった。今回は、できるだけ小さく。ゆっくり。そして分かりやすく。


「そうだ」


 俺には前世の記憶がある。日本人なら自然に使う動き。


「これを使えばいい」


 俺は人差し指で自分を指した。


「俺」


 次に、目の前へ誰かいると想定して指を向ける。


「あなた」


 そして胸に手を当てる。


「友達」


 少し考える。


「友達って、どう表現するんだ?」


 いきなり難題だった。


     ◇


 握手。駄目。触ったら危険。


 肩を組む。


「もっと駄目」


 相手が潰れる可能性がある。


 親指を立てる。


「グッド」


 これはいけそうだ。


「友好的な感じはする」


 採用。


 次に。


「敵意なし」


 俺は両手を左右へ振ろうとして、止めた。


「手を振るな」


 危なかった。


 首を横に振る。これなら。ゆっくり、ゆっくり。


「違う、違う」


 という意味になる。


「よし」


 戦いたくない。首を横。


 仲良くしたい。親指を立てる。


 完璧じゃないか?


 俺は自信を取り戻した。


     ◇


 さらに細かく練習する。俺。自分を指す。


 あなた。相手を指す。


 敵じゃない。首を横に振る。


 仲良し。親指を立てる。


「完璧!」


 俺は思わず拳を握りそうになり、慌てて止めた。


「危ない危ない」


 喜ぶだけでも気を使う。俺の日常は、だんだん爆弾処理みたいになってきた。


     ◇


 問題は。


「これ、異世界でも通じるのか?」


 そこで初めて気付いた。親指を立てる。日本では肯定。たぶん。


 でも、この世界では?


 知らない。


「まあ、大丈夫だろ」


 根拠はない。しかし、他に方法もない。


「世界が違っても人間は人間!」


 そう信じることにした。


     ◇


 さらに長い時間が流れた。俺は鉱石を吸収し、身体を鍛え、なるべく壊さない動き方を練習し、ジェスチャーを確認した。


 いつ来てもいい。今度こそ。今度こそ。


「成功させる」


 三度目はない。


 いや、三度目だけど。


「今度こそ失敗しない」


 それだけだった。


     ◇


 そして、また扉の向こうから足音が聞こえた。


 カツ。カツ。


 俺は動かない。もう飛び上がらない。走らない。叫ばない。


「落ち着け」


 今回はかなり冷静だった。むしろ、冷静すぎるくらい。


「俺は置物」


 そう。置物になれ。


「豪華な置物」


 意味は分からない。


     ◇


 足音は近付いてくる。前と同じように複数。


「また三人かな」


 もう人数では驚かない。


 女の子がいるかも。期待。


「するな」


 でも少し。


「するな」


 ほんの少し。


「するな俺」


 俺は必死に自分を抑えた。


     ◇


 ゴゴゴゴゴゴ……。


 扉が開く。人影。一人。二人。


 三人。


 今回も三人。そして。


 男。男。男。


「またかよ!」


 心の中で叫ぶ。いや、いい。人間ならいい。


「今回は会話!」


 そこが大事だ。


     ◇


 三人は俺を見るなり武器を構えた。当然だ。俺はボス部屋にいる巨大ゴーレム。相手から見れば戦闘開始でしかない。


 だが、今回は違う。


「動かない」


 俺はその場で静止。三人も少し戸惑っている。


 よし。


「いける」


 まず第一段階。俺は、ごくゆっくり自分を指した。


「俺」


 三人が警戒する。次、ゆっくり三人を指す。


「あなたたち」


 さらに、首を横へ振る。


「敵じゃない」


 最後に、親指を立てた。


「友達」


 完璧。


     ◇


 三人、固まる。俺、待つ。


 三人、顔を見合わせる。俺、期待。


 一人が何か叫んだ。そして、武器を構え直した。


「え?」


 何で?


「今のどこに敵意があった!?」


 俺は慌てる。いや、動くな。


「もう一回!」


 俺、自分を指す。相手を指す。首を横。親指。


「友達!」


 三人、さらに警戒。


「何で!?」


     ◇


 もしかして。


「親指?」


 駄目なのか? この世界、親指を立てるの。


「侮辱だった?」


 分からない。じゃあ別の動き。


 俺は胸に手を当てる。そして、ゆっくり頭を下げる。


「よろしく」


 三人、何か叫ぶ。一人が剣を振り上げる。


「違う違う違う!」


 俺は慌てて首を横に振る。


「戦わない!」


 ぶん。


 ゆっくり。


 ぶん。


 三人、さらに警戒。


「何でだよ!」


     ◇


 俺は焦った。伝わらない。前世なら、かなり分かりやすい。はず。


「日本式が駄目なのか!?」


 そもそも、この世界には日本がない。たぶん。


「そりゃそうか!」


 今さら気付いた。世界が違う。文化も違う。ジェスチャーの意味だって違って当然。


「詰んだ!」


     ◇


 三人のうち一人が、俺へ向かって何か叫ぶ。何を言っているのかは分からない。でも、たぶん。


「戦え!」


 みたいなこと。


「嫌だ!」


 俺は首を横に振る。すると、三人が一斉に武器を構える。


「何でぇぇぇぇぇ!!」


 話し合い、したいだけ。俺、敵じゃない。


「分かってくれよ!」


 伝わらない。何十年も準備した。練習した。考えた。


「それなのに!」


 全部、文化の違いで。


「通じない!」


     ◇


 俺はだんだん腹が立ってきた。いや、彼らにではない。この状況に。


 声が出ない。文字が通じない。絵は下手。ジェスチャーも通じない。


「どうしろってんだよ!」


 俺は思わず、その場で。


 ダンッ!


 足を踏み鳴らした。


 しまった。


 そう思った時には遅かった。


     ◇


 ズドォォォォォォン!!


 床が大きく揺れた。俺の足元から衝撃が走る。床。壁。


 空気。全部が震えた。


 三人、浮いた。


「え?」


 三人とも、本当に、ふわっと浮いた。


 そのまま、吹き飛んだ。


 ズドドドドォォォォン!!


 静寂。


 俺、片足を上げたまま。ゆっくり下ろす。


 目の前、誰もいない。三人、遠くに倒れている。


 俺は固まった。


     ◇


 また、やった。


 今回は走ってない。手も振ってない。手も出してない。


 ただ。


「足を踏んだだけ」


 俺は両手で顔を覆った。


「うわあああああああああ!!」


 まただ。


「また全滅させたぁぁぁぁぁ!!」


 しかも、今度は。


「地団駄でぇぇぇぇぇぇ!!」


 俺は膝から崩れ落ちた。


     ◇


「何なんだよこの身体!」


 普通に走る。危険。


 手を振る。危険。


 手を出す。危険。


 足を踏む。危険。


「何なら安全なんだよ!」


 俺は自分の身体を見る。


「存在?」


 まさか。


「存在するだけ?」


 そこまで行ったらどうしようもない。


「俺、危険物じゃん!」


 かなり正しい。


     ◇


 俺は遠くに倒れた三人を見る。また、話せなかった。名前も聞けなかった。この世界のことも聞けなかった。


 外のことも。人間の国のことも。何も。


 俺は床へ座り込んだ。


「俺、本当に友達作れるのかな」


 かなり弱気になった。でも、少しして。


 いや。


「諦めるな」


 俺は顔を上げる。まだ、方法はある。


「もっと動きを小さくする」


 いや、いっそ。


「動かない」


 次、誰か来たら完全静止。


「石像になる」


 これだ。


「何もしない」


 武器を向けられても、何もしない。叫ばれても、何もしない。


 俺は少し考えた。


「それ、意思疎通できないよな」


 根本的な問題は、何も解決していなかった。


     ◇


 それでも、俺には一つだけ分かったことがある。この世界では、俺の知っている常識が、そのまま通じるとは限らない。


「ジェスチャーも文化か……」


 当たり前といえば当たり前。でも、俺は人と会えたこと自体が嬉しくて、そこまで考えていなかった。


「次はもっと考えよう」


 相手を見る。相手の反応を見る。勝手に、日本の常識を押し付けない。


 俺、ちょっと成長した気がする。


 なお、三回連続で来訪者を全滅させた後である。


「遅いな」


 自分でもそう思った。


     ◇


 俺はまた扉を見る。閉じている。いつもの、巨大な扉。次に誰かが来るまで、また長い時間があるかもしれない。


「次こそ」


 俺は小さく頷く。


「今度こそ、本当に何もしない」


 そして少しだけ考え。


「女の子だったら」


 いや。


「それでも何もしない」


 俺は自分へ強く言い聞かせた。


「絶対に」


 そう。絶対に。何があっても。


「興奮しない」


 この時の俺は、そこだけは本気で守るつもりだった。

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