第11話 俺、日本式ジェスチャーが通じない
二度目の来訪者まで全滅させてから、俺はさらに慎重になった。もう走らない。手を振らない。手を前に出さない。
下手に力も入れない。
「つまり……」
俺は自分の身体を見下ろした。
「ほぼ何もしない」
結論だけ聞くと、ずいぶん消極的である。だが仕方ない。俺の場合、普通の挨拶ですら殺傷力があるらしい。
「挨拶が危険行為って何だよ……」
前世では考えもしなかった。
◇
だから俺は、新しい方法を考えた。
「力を使わずに意思疎通」
これしかない。口はない。文字は通じるか分からない。絵は下手。
なら残るのは、ジェスチャーだ。
「前回もジェスチャーだったけどな」
ただし、前回は動きそのものが危険だった。今回は、できるだけ小さく。ゆっくり。そして分かりやすく。
「そうだ」
俺には前世の記憶がある。日本人なら自然に使う動き。
「これを使えばいい」
俺は人差し指で自分を指した。
「俺」
次に、目の前へ誰かいると想定して指を向ける。
「あなた」
そして胸に手を当てる。
「友達」
少し考える。
「友達って、どう表現するんだ?」
いきなり難題だった。
◇
握手。駄目。触ったら危険。
肩を組む。
「もっと駄目」
相手が潰れる可能性がある。
親指を立てる。
「グッド」
これはいけそうだ。
「友好的な感じはする」
採用。
次に。
「敵意なし」
俺は両手を左右へ振ろうとして、止めた。
「手を振るな」
危なかった。
首を横に振る。これなら。ゆっくり、ゆっくり。
「違う、違う」
という意味になる。
「よし」
戦いたくない。首を横。
仲良くしたい。親指を立てる。
完璧じゃないか?
俺は自信を取り戻した。
◇
さらに細かく練習する。俺。自分を指す。
あなた。相手を指す。
敵じゃない。首を横に振る。
仲良し。親指を立てる。
「完璧!」
俺は思わず拳を握りそうになり、慌てて止めた。
「危ない危ない」
喜ぶだけでも気を使う。俺の日常は、だんだん爆弾処理みたいになってきた。
◇
問題は。
「これ、異世界でも通じるのか?」
そこで初めて気付いた。親指を立てる。日本では肯定。たぶん。
でも、この世界では?
知らない。
「まあ、大丈夫だろ」
根拠はない。しかし、他に方法もない。
「世界が違っても人間は人間!」
そう信じることにした。
◇
さらに長い時間が流れた。俺は鉱石を吸収し、身体を鍛え、なるべく壊さない動き方を練習し、ジェスチャーを確認した。
いつ来てもいい。今度こそ。今度こそ。
「成功させる」
三度目はない。
いや、三度目だけど。
「今度こそ失敗しない」
それだけだった。
◇
そして、また扉の向こうから足音が聞こえた。
カツ。カツ。
俺は動かない。もう飛び上がらない。走らない。叫ばない。
「落ち着け」
今回はかなり冷静だった。むしろ、冷静すぎるくらい。
「俺は置物」
そう。置物になれ。
「豪華な置物」
意味は分からない。
◇
足音は近付いてくる。前と同じように複数。
「また三人かな」
もう人数では驚かない。
女の子がいるかも。期待。
「するな」
でも少し。
「するな」
ほんの少し。
「するな俺」
俺は必死に自分を抑えた。
◇
ゴゴゴゴゴゴ……。
扉が開く。人影。一人。二人。
三人。
今回も三人。そして。
男。男。男。
「またかよ!」
心の中で叫ぶ。いや、いい。人間ならいい。
「今回は会話!」
そこが大事だ。
◇
三人は俺を見るなり武器を構えた。当然だ。俺はボス部屋にいる巨大ゴーレム。相手から見れば戦闘開始でしかない。
だが、今回は違う。
「動かない」
俺はその場で静止。三人も少し戸惑っている。
よし。
「いける」
まず第一段階。俺は、ごくゆっくり自分を指した。
「俺」
三人が警戒する。次、ゆっくり三人を指す。
「あなたたち」
さらに、首を横へ振る。
「敵じゃない」
最後に、親指を立てた。
「友達」
完璧。
◇
三人、固まる。俺、待つ。
三人、顔を見合わせる。俺、期待。
一人が何か叫んだ。そして、武器を構え直した。
「え?」
何で?
「今のどこに敵意があった!?」
俺は慌てる。いや、動くな。
「もう一回!」
俺、自分を指す。相手を指す。首を横。親指。
「友達!」
三人、さらに警戒。
「何で!?」
◇
もしかして。
「親指?」
駄目なのか? この世界、親指を立てるの。
「侮辱だった?」
分からない。じゃあ別の動き。
俺は胸に手を当てる。そして、ゆっくり頭を下げる。
「よろしく」
三人、何か叫ぶ。一人が剣を振り上げる。
「違う違う違う!」
俺は慌てて首を横に振る。
「戦わない!」
ぶん。
ゆっくり。
ぶん。
三人、さらに警戒。
「何でだよ!」
◇
俺は焦った。伝わらない。前世なら、かなり分かりやすい。はず。
「日本式が駄目なのか!?」
そもそも、この世界には日本がない。たぶん。
「そりゃそうか!」
今さら気付いた。世界が違う。文化も違う。ジェスチャーの意味だって違って当然。
「詰んだ!」
◇
三人のうち一人が、俺へ向かって何か叫ぶ。何を言っているのかは分からない。でも、たぶん。
「戦え!」
みたいなこと。
「嫌だ!」
俺は首を横に振る。すると、三人が一斉に武器を構える。
「何でぇぇぇぇぇ!!」
話し合い、したいだけ。俺、敵じゃない。
「分かってくれよ!」
伝わらない。何十年も準備した。練習した。考えた。
「それなのに!」
全部、文化の違いで。
「通じない!」
◇
俺はだんだん腹が立ってきた。いや、彼らにではない。この状況に。
声が出ない。文字が通じない。絵は下手。ジェスチャーも通じない。
「どうしろってんだよ!」
俺は思わず、その場で。
ダンッ!
足を踏み鳴らした。
しまった。
そう思った時には遅かった。
◇
ズドォォォォォォン!!
床が大きく揺れた。俺の足元から衝撃が走る。床。壁。
空気。全部が震えた。
三人、浮いた。
「え?」
三人とも、本当に、ふわっと浮いた。
そのまま、吹き飛んだ。
ズドドドドォォォォン!!
静寂。
俺、片足を上げたまま。ゆっくり下ろす。
目の前、誰もいない。三人、遠くに倒れている。
俺は固まった。
◇
また、やった。
今回は走ってない。手も振ってない。手も出してない。
ただ。
「足を踏んだだけ」
俺は両手で顔を覆った。
「うわあああああああああ!!」
まただ。
「また全滅させたぁぁぁぁぁ!!」
しかも、今度は。
「地団駄でぇぇぇぇぇぇ!!」
俺は膝から崩れ落ちた。
◇
「何なんだよこの身体!」
普通に走る。危険。
手を振る。危険。
手を出す。危険。
足を踏む。危険。
「何なら安全なんだよ!」
俺は自分の身体を見る。
「存在?」
まさか。
「存在するだけ?」
そこまで行ったらどうしようもない。
「俺、危険物じゃん!」
かなり正しい。
◇
俺は遠くに倒れた三人を見る。また、話せなかった。名前も聞けなかった。この世界のことも聞けなかった。
外のことも。人間の国のことも。何も。
俺は床へ座り込んだ。
「俺、本当に友達作れるのかな」
かなり弱気になった。でも、少しして。
いや。
「諦めるな」
俺は顔を上げる。まだ、方法はある。
「もっと動きを小さくする」
いや、いっそ。
「動かない」
次、誰か来たら完全静止。
「石像になる」
これだ。
「何もしない」
武器を向けられても、何もしない。叫ばれても、何もしない。
俺は少し考えた。
「それ、意思疎通できないよな」
根本的な問題は、何も解決していなかった。
◇
それでも、俺には一つだけ分かったことがある。この世界では、俺の知っている常識が、そのまま通じるとは限らない。
「ジェスチャーも文化か……」
当たり前といえば当たり前。でも、俺は人と会えたこと自体が嬉しくて、そこまで考えていなかった。
「次はもっと考えよう」
相手を見る。相手の反応を見る。勝手に、日本の常識を押し付けない。
俺、ちょっと成長した気がする。
なお、三回連続で来訪者を全滅させた後である。
「遅いな」
自分でもそう思った。
◇
俺はまた扉を見る。閉じている。いつもの、巨大な扉。次に誰かが来るまで、また長い時間があるかもしれない。
「次こそ」
俺は小さく頷く。
「今度こそ、本当に何もしない」
そして少しだけ考え。
「女の子だったら」
いや。
「それでも何もしない」
俺は自分へ強く言い聞かせた。
「絶対に」
そう。絶対に。何があっても。
「興奮しない」
この時の俺は、そこだけは本気で守るつもりだった。




