第12話 俺、初めて女の子を見る
三回。俺は三回も失敗した。
一回目は、嬉しさのあまり走った。二回目は、手を出した。三回目は、地団駄を踏んだ。
「……どれも普通なら人を全滅させるような行動じゃないんだけどな」
俺の場合は違うらしい。悲しい現実だった。
◇
だから、次は何もしない。走らない。手を振らない。手を出さない。
足を踏まない。変なジェスチャーもしない。
「ただ立ってる」
それだけだ。相手が何をしてきても、まずは動かない。攻撃されても、怒鳴られても、怖がられても。
「何もしない」
今までの俺には、それが一番難しかった。
◇
とはいえ、何もせずに待つだけというのも、それはそれで暇である。俺は部屋の中央で突っ立ったまま、しばらく考えた。
「もし次に来るのが女の子だったら……」
そこで首を振る。
「駄目。考えるな」
絶対に興奮しない。これが最重要だ。
「女の子でも男でも同じ。人間として見る」
うん。
「異性として見ない」
……そこまで言うと、何か違う気もする。
「いや、でも最初はそれくらいでいい」
俺は真剣だった。
◇
万が一、本当に女性が来たとしても、絶対に変な妄想はしない。
「しない」
剣士でも、魔法使いでも、僧侶でも。
「しない」
美人でも。
「…………」
「しない」
少し間が空いた。
「本当に?」
自分で聞いて、自分で怒る。
「するな俺!」
◇
俺は両手で顔を押さえた。
「何年女の子見てないんだろうな……」
前世最後の日は、人生初デートの日だった。しかも、その相手に会う前にマンホールへ落ちた。
つまり、最後にちゃんと女性と話したのは、職場か、コンビニか、店員さんか。
恋愛関係、ゼロ。
「悲しいな」
今さらだった。
◇
さらに時間が流れた。俺はいつも通り鉱石を吸収し、身体を鍛え、今度こそ来訪者を壊さないよう動きを抑える練習を続けた。
最近は「動かない練習」という、意味があるのか分からない訓練まで始めている。部屋の中央で直立し、微動だにしない。
一時間。たぶん。
二時間。たぶん。
「……時間、分からないんだけどな」
◇
それでも、何もしないというのは意外と難しい。腕を動かしたくなる。姿勢を変えたくなる。暇になる。
そして何より、妄想したくなる。
最後が一番危険だった。
『あの……』
脳内女性冒険者が出てくる。
『あなた、ずっとここにいるんですか?』
俺は、こくり。
「いや、動くな!」
妄想の中ですら動いていた。
「駄目だなこれ」
◇
そして、ある時。また扉の向こうから音がした。
カツ。カツ。
「……来た」
俺は動きを止める。いや、元から止まっている。胸の奥がわずかに騒ぐ。
「落ち着け」
四回目。今度こそ。
「何もしない」
◇
足音は複数。前回と似ているが、一つだけ少し軽い。
「小柄な人?」
子供か。あるいは。
「……女の人?」
その瞬間、意識がそっちへ持っていかれた。
「待て。期待するな」
まだ分からない。細身の男かもしれない。小柄な男かもしれない。老人かもしれない。
でも。
「女の人かもしれない」
俺は、しっかり期待していた。
◇
ゴゴゴゴゴゴ……。
扉が開き始める。俺は部屋の中央で完全に静止したまま、心の中で何度も唱えた。
「動かない。絶対に」
扉がさらに開き、人影が見える。一人。二人。三人。
いや。
「四人?」
今までより多い。だが人数はどうでもよかった。俺の意識は、そのうちの一人へ吸い寄せられていた。
◇
長い髪。細い身体。白を基調とした服。手には杖らしきもの。
俺は固まった。いや、元から固まっていた。でも今度は、思考まで止まった。
「女の子」
いた。
「女の子だ」
この世界で、初めて。
「本物の女の子だぁぁぁぁぁぁ!!」
心の中だけで絶叫した。
◇
危なかった。本当に危なかった。もし声が出ていたら、確実に終わっていた。
俺は必死に自分へ言い聞かせる。
「落ち着け。普通。ただの人間。女性。長い髪。綺麗」
「…………」
「待て。見るな!」
いや、目はない。
「じゃあ感じるな!」
無理。
完全に混乱していた。だが、身体は動かしていない。そこだけは大きい。
「成長してる」
俺、偉い。
「女の子を見ても動いてない」
普通の人間なら当たり前だ。俺にとっては偉業だった。
◇
向こうも俺に気付いた。男たちはすぐに武器を構え、女性も杖を胸の前へ寄せる。
怖がっている。当然だ。
「動くな」
俺は静止したまま、何もしない。敵意なし。そのつもり。
だが、考えてみれば、巨大なゴーレムが暗い部屋の中央で完全に静止している。
「……これ、逆に怖くないか?」
いや、動いたらもっと怖い。
「詰んでるな」
◇
男の一人が何か叫ぶ。分からない。もう一人も何か言う。やっぱり分からない。
そして女性が、ゆっくり両手を胸の前で組んだ。
「……祈り?」
その動きを見て、何となく理解した。
「僧侶系?」
いや、もっと。
「聖女?」
それっぽい。白い服。杖。祈り。
俺の中で何かが、危険な方向へ動き始めた。
◇
聖女。美人。長い髪。白い服。
「……駄目。考えるな」
『あなたには、優しい魂を感じます』
出た。脳内聖女。
「消えろ!」
今それどころじゃない。
『本当は、悪い方ではないのですね』
「やめろ!」
脳内補完をやめろ。
『もしよかったら――』
「そこまで!」
俺は必死に妄想を止めた。
◇
その間にも、彼女は祈りを続けている。やがて、淡い光が浮かんだ。
「……光った」
魔法? 本物。
「異世界っぽい」
初めて、そう思った。少しだけ感動した。
「すげぇ……」
だが、感動だけでは済まなかった。
◇
女の子。本物。目の前。しかも、たぶん美人。
俺の身体が少し熱を持った。
「ん?」
気のせいだと思った。でも。
「熱い?」
ゴーレムなのに。胸の辺り。頭。腕。
気付けば全身が熱い。
「待て待て待て」
嫌な予感。ものすごく嫌な予感。
「落ち着け俺!」
興奮するな。
「女の子だぞ!?」
違う。
「女の子だから落ち着け!」
言ってることがおかしい。
◇
熱はどんどん上がっていく。身体の内部で、何かがざわついている。
「何これ!?」
今まで一度も、こんなことはなかった。
「冷静になれ! 綺麗とか考えるな!」
考えるなと言われると、余計に意識する。
「逆効果!」
◇
その時、女性が俺を見る。
目が合った。ような、気がした。
その瞬間、俺の中で何かが完全に限界を迎えた。
「やば――」
身体の表面から熱気が立ち上り、細かな光が漏れ始める。男たちが何か叫ぶ。女性も驚いている。
「違う!」
俺は何もしていない。
「今回は本当に何もしてないから!」
走ってない。手も振ってない。地団駄も踏んでない。
「俺、悪くない!」
たぶん。
だが、熱は止まらない。
◇
俺は必死に考えた。
「鎮まれ!」
身体。
「冷えろ!」
無理。
「女の子じゃない!」
いや、女の子。
「男だと思え!」
無理。
「石!」
もっと無理。
どうしよう。本当に、どうしよう。
目の前には、初めて会った女性。そして俺の身体は、今までにない反応を起こしている。
「頼むから……」
俺は心の底から願った。
「今回は何も起きないでくれ……!」




