第13話 俺、何もしてないのに全滅させる
「頼むから……今回は何も起きないでくれ……!」
俺は心の底からそう願った。
走っていない。手も振っていない。地団駄も踏んでいない。今回は本当に、ただ立っているだけだ。
それなのに、身体の内部で、何かがどんどん熱を持っていく。
「何で!?」
意味が分からない。今までこんなことは一度もなかった。鉱石を吸収しすぎた時だって、鍛えすぎた時だって、こんなふうに身体全体が熱くなることはなかった。
原因を考える。そして、目の前の女性を見る。
いや。
「違うよな?」
違ってほしい。
「まさか、女の子見ただけでこうなってるわけじゃないよな?」
俺は三十歳まで童貞だった。そしてこの世界へ来てから、さらに気の遠くなるような時間を一人で過ごしている。
だが。
「そこまで拗らせてないよな、俺!?」
自信はなかった。
◇
女性――たぶん聖女らしき人物は、胸の前で両手を組み、何かを唱えている。その周囲には淡い光。
綺麗だ。
だから。
「綺麗って思うな!」
いや、無理だ。綺麗なものは綺麗だ。それを否定したところで、どうにもならない。
俺の中で、『聖女』という単語。『美人』という単語。『初めて会った女性』という単語。
全部が合体する。
「やめろ!」
脳内で余計な処理をするな。ただの人間。ただの来訪者。性別は関係ない。
「……関係ない」
俺は必死にそう言い聞かせる。だが、熱が上がった。
「関係あるじゃん!」
◇
身体の表面から、ますます光が漏れていく。薄い光だったものが、次第に強くなる。
男たちが何か叫んだ。剣士らしき男が女性の前へ出る。もう一人も武器を構える。
「待って!」
俺は心の中で叫ぶ。
「違うから!」
俺は何もしていない。いや、何もしていないのに光っている時点で、向こうからしたら十分怖い。
「落ち着け俺!」
こういう時こそ、冷静に。ゆっくり。何もしない。
「何もしない!」
俺は完全に静止した。これなら大丈夫。そう思った。
次の瞬間、身体の奥で。
ドクン。
と、何かが脈打った。
心臓? いや、俺に心臓はない。
「じゃあ何!?」
もう一度。
ドクン。
そして。
ゴゴゴゴゴゴ……。
部屋全体が揺れ始めた。
「え?」
◇
俺の身体から漏れていた光が、一気に強くなる。
「ちょっ、待って待って待って!」
今度こそ嫌な予感しかしない。男たちも明らかに焦っている。女性も祈りを止め、こちらを見た。
「見ないで!」
いや、そういう意味じゃない。
「これ以上刺激しないで俺を!」
もっと違う。
「何言ってんだ俺!」
混乱している間にも、身体の熱は上がり続ける。
そして、突然。視界――と呼んでいいのか分からない感覚の中で、何かが弾けた。
◇
ズドォォォォォォォン!!
光。熱。衝撃。
全部が一気に、俺の身体から外へ広がった。
何もしてない。本当に、何もしてない。
でも、目の前にいた四人が吹き飛んだ。
男、一人、壁へ。二人目、床へ。三人目、反対側へ。
そして、女性。
俺は完全に固まった。
◇
女性も、飛んだ。
俺はしばらく、何も考えられなかった。そして。
「うわああああああああああああ!!」
頭を抱えた。
「女の子までぇぇぇぇぇぇぇ!!」
最悪。最悪だ。
「今回は何もしてないじゃん!」
走ってない。手を振ってない。足も踏んでない。
「立ってただけ!」
ただ、女の子を見ただけ。
俺は止まった。
「まさか」
本当に。
「女の子見ただけで爆発した?」
それ。
「童貞力みたいで嫌なんだけど!」
俺は両手で顔を覆った。
◇
しばらくして、俺は恐る恐る四人を見る。
動かない。
また、全滅。しかも今度は、女性入り。
俺は床へ崩れ落ちた。
「やった……」
ついに、やった。男三人の時とは、落ち込み方が違った。
「いや!」
俺はすぐに首を振る。
「男でも女でも命は同じだから!」
大事。そこは本当に大事。
「女の子だから特別に落ち込むとか駄目だから!」
そう。平等。平等だ。
でも。
「初めて見た女の子だったんだよぉぉぉぉ!!」
駄目だった。
◇
俺は両手を床についた。何年。何十年。もしかしたらもっと。
ずっと、女の子を見ていなかった。やっと、やっと会えた。
しかも、たぶん美人。たぶん聖女。たぶん優しそう。
全部、妄想込み。何も話してない。むしろ一言も交わしてない。
なのに。
「俺の中ではもう好感度上がってた……」
自分で言って。
「重い!」
俺は床を叩きそうになり、慌てて止めた。
「危ない!」
今叩いたら、さらに何か壊れる。
「反省!」
◇
それにしても、今回ばかりは分からない。前の三回は、まだ理由があった。
一回目、走った。二回目、手を動かした。三回目、地団駄。
今回は。
「立ってただけ」
何もしていない。なのに、身体が熱くなって、光って、爆発。
俺は自分の胸へ手を当てる。
「何なんだよこれ」
身体、おかしい。前から少し思っていた。いや、かなり思っていた。
でも。
「普通の鉄ゴーレムじゃない?」
その可能性が、だんだん否定できなくなってきた。
◇
俺は自分の腕を見る。硬い。速い。強い。
鉱石を吸収すればするほど、強くなっている。
「……鉄」
たぶん。
いや。
「本当に鉄?」
俺は初めて、少し、本気で疑った。
この部屋にある鉱石。色も違う。質感も違う。重さも違う。
それでも、俺には見分けがつかなかった。
「前世で鉱石なんて勉強してないんだよな」
鉄。銅。金。銀。
アルミ。
終了。
「知識が弱すぎる!」
異世界素材なんて分かるはずもない。
◇
俺は近くにある鉱石を一つ拾う。銀色。
「ミスリル?」
異世界っぽい名前を適当に当てはめてみる。
いや。
「まさかな」
隣、黒っぽい。
「アダマンタイト?」
ないない。
さらに、虹色っぽく光る鉱石。
「オリハルコン?」
俺は数秒、黙った。
「全部ゲーム知識じゃん」
何も分からない。
「やっぱ鉄だな」
結論が戻った。
◇
それから、俺は女性をもう一度見る。白い服。杖。長い髪。
倒れている。
俺は胸が少し痛くなった。心臓はない。でも、痛い。
「ごめん」
声は出ない。届かない。
「本当に」
俺はゆっくり頭を下げた。今度は力を入れず、ただ謝った。
◇
やがて、扉が閉まり始めた。
ゴゴゴゴゴゴ……。
前なら、外に出るチャンスだと思っていた。でも、今回は動かなかった。
走れば、また何か起きるかもしれない。それに、四人をそのままにして外へ出る気にもなれなかった。
扉はゆっくり閉じていく。
ズン。
また、俺は部屋に一人。
◇
静か。また、いつもの静かな部屋。
俺は床へ座った。しばらく、本当に何も考えたくなかった。
でも、やっぱり一つだけ思った。
「次」
もし、次、女性が来ても。
「絶対に興奮しない」
今回は、本当に。本当に。
「絶対」
俺は強く決意した。
そして、少し間を置いて。
「無理な気がする」
正直だった。




