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30歳童貞おっさんの転生物語  作者: 障子
第一章 ゴーレム編

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第8話 俺、ついに来訪者の気配を感じる

 その日も、俺は暇だった。いや、正確には、俺にとって「その日」という表現が正しいのかすら分からない。


 朝も夜もない。時計もない。眠りもしない。気が付けば、鉱石を吸収して身体を鍛え、妄想して、また鉱石を吸収している。


 改めて考えると、すごい生活だ。


「健康的……なのか?」


 食事なし。睡眠なし。運動だけは大量。


「いや、絶対違うな」


     ◇


 俺はいつものように部屋の中央へ立ち、来訪者対応の練習をしていた。扉が開く。冒険者が入ってくる。俺は慌てず、ゆっくりお辞儀。


 ぺこり。


 次にプレゼント用の鉱石を差し出す。一歩下がる。敵意なしをアピール。


 完璧。何度やっても完璧である。


「もう実戦でも余裕だな」


 俺は満足して頷いた。ちなみに実戦経験はゼロ。


     ◇


 続いて女性冒険者用。いや、別に対応を変えるわけではない。平等。そこは大事。


 ただ、少しくらい姿勢を良くしてもいいだろう。俺は背筋を伸ばした。胸を張る。


「角度はこれくらいか?」


 少しやりすぎた。


「違うな」


 修正。


「自然体」


 大人の男は余裕である。童貞だけど。


 関係ない。


     ◇


 脳内シミュレーション開始。


『きゃっ……! ゴーレム!?』


 女性冒険者、警戒。俺、動かない。


『こ、この魔物……何もしない?』


 俺、ゆっくりお辞儀。


『え……?』


 俺、鉱石プレゼント。


『これを……私に?』


 俺、こくり。


『ありがとう……』


 ここ、重要。俺は余裕を持って胸に手を当てる。


『なんて紳士的なゴーレムなの……』


 俺は妄想を停止した。


「いい」


 完璧。


「完全にいける」


 何がいけるのかは分からない。ただ、自信はあった。


     ◇


 問題は、その後である。


『あの……もしよかったら、少しお話ししませんか?』


 俺、喋れない。


 終了。


「やっぱりここが最大の壁なんだよな……」


 どうにかして意思疎通する方法はないか。ジェスチャー。指差し。床に絵を描く。


 絵。


「ありだな」


 俺は床へ指を押し当ててみた。硬い床だが、今の俺なら少し力を入れれば削れる。


 ガリ。ガリガリ。


 試しに人の顔を描いてみる。丸。目。口。


 できた。


 いや、待て。


「怖っ!」


 床に刻まれた顔が妙に不気味だった。


「子供の落書きじゃん!」


 俺は慌てて消した。削った床なので、完全には消えなかった。傷跡だけ残った。


「もっと怖くなった!」


     ◇


 俺は頭を抱えた。


「文字が書ければなぁ……」


 前世の日本語なら書ける。だが、この世界の人間が日本語を読めるとは思えない。


 そもそも。


「この世界、日本語あるのか?」


 分からない。今まで誰とも会っていないのだから、当然だ。


 もし、異世界語しかなかったら。


『こんにちは』


 俺は『こんにちは』と日本語を書く。


 相手。


『???』


 終了。


「異世界転生、言語チートくらい付けとけよ!」


 俺は天井へ向かって抗議した。返事はない。


「説明も特典も何もなし!」


 転生サービスとして不親切すぎる。


     ◇


 しかし、いつまでも不満を言っていても仕方ない。


「ジェスチャーで何とかするしかない」


 俺は再び練習へ戻った。こんにちは。お辞儀。


 敵じゃない。両手をゆっくり見せる。


 プレゼント。鉱石を差し出す。


 ありがとう。胸に手。


 そして。


「好きです」


 俺は止まった。


 いや。


「これは今いらない」


 まだ出会ってすらいない。危ない。


「俺は何の練習してるんだ」


     ◇


 それからまた、どれだけ時間が経ったのか分からない。俺はいつも通り鉱石を吸収し、身体を鍛え、時々妄想し、また扉を見る。


 そんな日々の繰り返し。変化なんて何もない。だから、最初は気のせいだと思った。


「…………ん?」


 俺は動きを止めた。何か、聞こえた気がした。


 静かにする。いや、元から静かだ。


 耳を澄ます。耳が機能しているのかはよく分からない。だが、何かを感じた。


 向こう。扉の向こう。


 微かな振動。ほんの少し。


 カツ。


「…………」


 俺は固まった。今、何か。


 もう一度。


 カツ。


 音。


 音だ。


 俺以外の、音。


     ◇


 俺はゆっくり立ち上がった。そして、心の中で呟く。


「来た?」


 待つ。


 カツ。カツ。


 今度は、はっきり。複数。


 足音。


 俺は震えた。実際に身体が震えたのかは分からない。だが、気持ちは完全に震えていた。


「人……?」


 来た。


「人!?」


 本当に!?


「人が来た!?」


 俺はその場で跳び上がりそうになった。だが。


「待て!」


 危ない。落ち着け。


「落ち着け俺!」


 ここで暴れたら駄目だ。何年。何十年。いや、どれくらい待ったか分からない。


 とにかく。


「ついに!」


 来訪者。本物。


「実戦!」


     ◇


 俺は慌てて部屋の中央へ移動した。


「位置!」


 中央。よし。


「姿勢!」


 自然体。よし。


「プレゼント!」


 俺は準備していた鉱石を持つ。待て。最初から持っていたら怪しくないか?


「武器に見える?」


 いや、石だ。


「でも投げると思われるかも」


 戻す。いや、後から拾ったら急な動きになる。


 持つ? 置く? 持つ? 置く?


「どっち!?」


 俺は一人で混乱した。


     ◇


 扉の向こう。足音が近付いてくる。


 カツ。カツ。カツ。


「やばいやばいやばい!」


 時間がない。


「鉱石は後!」


 俺はプレゼント用鉱石を床へ置く。


「まず挨拶!」


 お辞儀。


「よし!」


 敵意なし。


「よし!」


 急に動かない。


「よし!」


 女性だった場合。


「余裕!」


 本当に?


「余裕!」


 自分に言い聞かせる。


     ◇


 足音、複数。何人だ? 二人? 三人?


 もっと? 勇者パーティー? いや、分からない。冒険者かもしれない。


 女の子、いるかな。


「待て俺!」


 期待するな!


「まず生存確認!」


 この世界で初めて、俺以外の存在。人間。


 人間だよな? 魔物だったらどうしよう。


 まあ。


「それでもいい!」


 とにかく誰か!


     ◇


 扉の向こうから、何か話し声のようなものが聞こえた。


「…………!」


 声。人の声。内容は分からない。


 でも。


「喋ってる!」


 人だ!


「人間だ!」


 俺は嬉しさのあまり、その場で拳を握った。


「うおおおおおおお!!」


 声は出ない。よかった。もし出ていたら、今の絶叫だけで全部台無しだったかもしれない。


     ◇


 俺は必死に落ち着こうとした。


「いいか俺」


 何度も練習した。大丈夫。完璧。


「まず、お辞儀」


 ゆっくり。


「次に敵意なし」


 変な動きをしない。


「相手が怖がっていたら」


 距離を取る。


「武器を向けられても」


 慌てない。


「攻撃されても」


 避ける。


 避ける。


 あれ? 俺、どれくらい速いんだ?


 まあいい。その時考える。


     ◇


 そして、もっと重要なこと。


「絶対に近付きすぎない」


 俺は身体が大きい。しかも最近、自分でもよく分からないくらい速い。


「ゆっくり」


 そう、ゆっくり。


「一歩ずつ」


 大人しく。紳士的。


「絶対走らない」


 重要。


「絶対に走らない!」


 俺は念押しした。


     ◇


 扉の向こうで、大きな音がした。


 ガコン。


「…………!」


 俺は背筋を伸ばした。


「来る!」


 心臓はない。だが、心臓があるなら、間違いなく今、爆速で鳴っている。


 扉が、ゆっくり動き始めた。


 ゴゴゴゴゴゴ……。


 開く。


 開いてる。


 俺が何度押しても、殴っても、蹴っても開かなかった扉が、外側から開いていく。


 本当に。


「来た……」


 光。久しぶりに見る。いや、この世界に来てから初めてかもしれない。扉の隙間から、向こうの光が差し込んでくる。


 眩しい。


 そして、影。一つ。二つ。三つ。


 三人。


 人影。


     ◇


 俺は完全に固まった。来た。本当に、人が。


 待ちに待った、来訪者。


 落ち着け。


「俺」


 お辞儀。そう。


「お辞儀!」


 扉がさらに開く。人影がはっきりしていく。


 一人、剣。一人、杖らしきもの。一人、武器。


 俺は必死に、自分へ言い聞かせた。


「絶対に走るな」


 ゆっくり。


「絶対に近付きすぎるな」


 紳士。


「絶対に興奮するな」


 そして、三人の姿が完全に見えた。


 全員。


 男。


「…………」


 俺は少しだけ。本当に、ほんの少しだけ。


「……女の子、いないのか」


 がっかりした。だが、すぐに首を振る。


「いや!」


 そんなことはどうでもいい!


「人だ!」


 人間!


「初めての人間だぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺の中で、何かが弾けた。


 次の瞬間、俺はさっきまで自分に言い聞かせていたことを、全部忘れた。



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