第7話 俺、ダンジョンマスターになります
暇である。いや、もうこの言葉を何回心の中で繰り返したか分からない。
暇だぁぁぁぁぁぁ!!
俺は心の中で叫んだ。もちろん声は出ない。
誰か来いよぉぉぉぉ!! 勇者ぁぁぁぁ!! 冒険者ぁぁぁぁ!! 女の子ぉぉぉぉ!!
……最後だけ目的が違う気がする。
◇
俺は巨大な扉の前に座り込み、そのまま待ち続けた。一応、誰かが来る可能性はある。ここが本当にダンジョンなら、いつか冒険者がやって来るはずだ。
そう思って待つ。待つ。さらに待つ。
…………来ない。
俺はそのまま床へ倒れ込んだ。暇すぎる。このままでは本当に何かがおかしくなりそうだ。いや、もう結構おかしくなっている気もする。
脳内彼女。脳内デート。脳内告白。脳内恋人。しかも、まだこの世界で女の子を一人も見ていない。
俺、大丈夫かな。
◇
気を紛らわせるため、俺は改めて部屋の中を見回した。壁、床、天井、鉱石、巨大な扉。
以上。
相変わらず何もない。だが、ここでふと思った。ここ、ボス部屋なんだよな? たぶん。俺も、たぶんボスだ。
だとしたら――ボス部屋として地味すぎない?
玉座もない。宝箱もない。松明もない。怪しい炎も、禍々しい霧もない。ましてや、ボス戦前の親切なセーブポイントなんてものもない。
やる気ある!? ダンジョン運営者!
俺は思わず誰もいない部屋へ向かって、心の中で叫んだ。そこで、自分の言葉に引っかかった。
ダンジョン運営者?
ここはダンジョン。俺はボス。では、このダンジョンを管理している誰かが、どこかにいるのだろうか。
俺は少し考え、自分を指差した。
俺?
◇
最初に目覚めた時、俺は自分をダンジョンコアだと思っていた。その後、鉱石を吸収して身体を作り、今はボス部屋らしき場所から出られずにいる。
コア。ボス。部屋の主。そこで一つの答えが浮かんだ。
俺……ダンジョンマスターなんじゃないか?
もちろん違う。しかし、この時の俺にはかなり説得力のある答えに思えた。
そういうことか!
俺が外へ出られないのは、管理者だから。誰も来ないのは、まだダンジョンが未完成だから。鉱石が大量にあるのは、強化資源だから。俺の身体が強くなっているのは、ボス強化システムだから。
全部説明できる!
できていない。だが、本人だけは完全に納得していた。
◇
よし、暇つぶしも兼ねてダンジョン運営だ!
勢いよく立ち上がったものの、すぐに問題へぶつかった。ダンジョン運営といえば、まずはモンスター配置。周囲を見る。俺しかいない。
却下!
次に罠。作り方が分からない。
却下!
宝箱。箱がない。
却下!
迷路。そもそもこの部屋から出られない。
却下!
俺は頭を抱えた。
何もできねぇ!
ダンジョンマスター、就任から三十秒ほどで早くも業務停止である。
◇
だが、まだ諦めるのは早い。待て。できることはある。俺はゲームや漫画、それに前世で読んだ異世界ものを思い出した。
ボス戦に大切なもの。それは――。
演出!
そうだ。冒険者が扉を開ける。俺は部屋の中央で静かに待っている。そして、ゆっくり立ち上がる。
ズシン。
そのまま侵入者を見据えて――。
『よくぞ来たな、勇者よ』
言えない。声が出ない。
ぐぬぬぬぬぬ! ボスの口上ができない!
最大の問題だった。これは痛い。ものすごく痛い。戦闘前イベントが成立しない。
◇
ならば、ジェスチャーでどうにかするしかない。俺は勇者が入ってきた場面を想定し、右手を前へ出した。止まれ、という意思である。
しかし、自分でやってみて思う。これ、どう見ても『来いよ』に見えないか?
…………駄目だな。
次に両手を広げてみる。歓迎。友好。敵意なし。そのつもりだった。
だが、巨大なゴーレムが無言で両手を広げて待っている。抱き締めようとしてるみたいだな。
怖い。却下。
では、お辞儀。ぺこり。これは無難。ただし、ボスっぽくない。
片膝をつき、胸に手を当ててみる。完全に王子様だった。
方向性が違うな。
◇
そこまでやったところで、俺は重大なことに気付いた。
別に……ボスっぽくなくてもよくない?
そうなのだ。俺は冒険者と戦いたいわけではない。むしろ、できることなら仲良くしたい。だったら、威圧する必要なんてない。
友好的。紳士的。平和的。
戦わないダンジョンボス!
新しい。
癒やし系ボス!
これだ。
◇
俺の脳内に、新しい理想のダンジョン像が生まれた。長い探索で疲れ切った冒険者たちが、ようやく最深部へ辿り着く。そこで待っているのが俺。
まず休憩所を提供!
完璧だ。水。ない。食料。ない。ベッド。ない。
俺は静かに膝をついた。
何も提供できねぇ……。
癒やし系ボス、開始直後に廃業した。
◇
だが、俺には一つだけ大量にあるものがある。鉱石だ。鉱石だけは腐るほどある。俺は床に落ちていた適当な鉱石を一つ拾った。
これをプレゼントすればいいんじゃないか?
冒険者へ差し出す場面を想像する。すると、脳内の女性冒険者が驚く。
『これを……私に?』
俺は、こくり。
『ありがとう!』
胸に手を当て、ぺこり。
『優しいのね……』
俺は勢いよく立ち上がった。
これだ!
来訪者プレゼント。最深部まで来た冒険者には鉱石を渡す。めちゃくちゃ良心的なダンジョンじゃないか?
しかも女の子だったら、ちょっと多めに――。
…………いや、駄目だ。
えこひいきは良くない。
平等!
俺は真面目だった。
◇
そうと決まれば準備である。俺は鉱石を選別し始めた。これは俺用。これはプレゼント用。これは俺用。これは……。
手の中に、少し綺麗な鉱石が残った。キラキラしている。
彼女用。
俺は無言で元の場所へ戻した。
まだいないから!
危ない。未来の彼女用プレゼントを保管し始めたら、いよいよ本格的にまずい気がする。
◇
それから俺は、実際に来訪者が来た場合の対応手順を考えた。まず、扉が開く。冒険者が入ってくる。当然、俺を見て武器を構える。
そこで慌ててはいけない。俺はゆっくりとお辞儀する。ぺこり。次に鉱石を差し出す。そして一歩下がる。
完璧。
ここで急に動いたら駄目だな。俺の身体は大きい。下手に高速で動けば相手を怖がらせる。何事もゆっくり、優しく、紳士的に。
女性だった場合も同じ。少し丁寧にしようかと思ったが、すぐ考え直した。
平等!
そこは譲れない。
◇
そんな練習を、俺は何度も繰り返した。扉を見る。立つ。お辞儀。鉱石を差し出す。一歩下がる。
これを何百回、いや何千回やったか分からない。時間を確認する方法がないので、途中から数えるのもやめた。
まあ、いいか。準備だけは完璧である。
◇
そして当然、練習を続けていると妄想が始まる。
『ありがとうございます!』
脳内女性剣士が笑う。俺は優雅にお辞儀する。
『でも……どうしてこんなことを?』
俺は胸に手を当てる。伝わらない。
『もしかして……』
来た。
『私のことが……?』
早い!
俺は妄想を強制終了した。展開が早い! まだ出会って三分だから!
駄目だ。ちゃんと段階を踏まなければならない。出会う。話す。仲良くなる。信頼関係を築く。好きになる。付き合う。
順番!
俺は自分で生み出した脳内女性剣士を説教した。数秒後、我に返った。
俺、何やってるんだろう。
◇
別の妄想もしてみる。
『この鉱石……』
今度は脳内女性魔法使い。彼女は俺が差し出した鉱石を見て、目を見開いた。
『すごい……こんな希少鉱石、見たことない!』
いやいや。俺は首を振った。盛りすぎ。これはただの鉄。少なくとも俺はそう思っている。
普通でいいんだよ、普通で。
足元の鉱石を見る。硬い。金属っぽい。
鉄だな。
俺の中では、もうほぼ確定していた。
◇
さらに俺は、ボス部屋のレイアウトまで考え始めた。中央に俺。右側にプレゼント用鉱石。左側には――。
何を置く?
何もない。
終わり!
レイアウト検討、二分で終了。だが、何かが足りない気がする。雰囲気だな。そう、ボス部屋には威厳が必要だ。
俺は壁際にあった巨大な岩へ近付き、両手で持ち上げる。
ズズズズ……。
おお。重い。だが持てる。そのまま部屋の中央まで運び、どん、と置いた。そして腰掛ける。
玉座!
ただの岩だ。しかし俺の中では玉座である。腕を組み、堂々と座ってみる。
悪くない。むしろ、ボスっぽい!
かなり良い。
◇
しかし、ここでまた余計なことを考える。女の子が来た場合、怖くないか?
巨大ゴーレム。玉座。腕組み。無言。
怖い。却下!
俺は岩を元の場所へ戻した。では、もっと親しみやすく。正座。
巨大ゴーレムが正座している。怒られるの待ってるみたいだな。却下。
胡座。偉そう。却下。
体育座り。巨大ゴーレムが体育座り。弱そう。却下。
俺は立ち上がった。普通に立って待とう。
結局、最初に戻った。
◇
それでも、俺は来訪者への対応を考え続けた。男。女。老人。子供。剣士。魔法使い。僧侶。騎士。
そして、勇者。
俺は少し考え込んだ。勇者とは、普通に考えればボスを倒す側だ。そして俺は、たぶんボス。非常に相性が悪い。
でも、話せば分かる。
俺は喋れない。
ジェスチャーで分かる。たぶん。
……たぶん。
◇
そうして長い時間を過ごすうちに、俺の中では一つの設定が完全に出来上がっていた。
俺はダンジョンマスター。兼、最終防衛ボス。ただし友好的。来訪者には鉱石をプレゼント。こちらから攻撃はしない。
そして女性には絶対に下心を見せない。
いや、下心そのものはある。
でも見せない!
それが紳士というものだ。たぶん。俺は紳士。童貞だけど。
いや、それは関係ない。
◇
時間はさらに流れていった。俺は鉱石を吸収し、身体を鍛え、妄想し、来訪者対応の練習をする。また鉱石を吸収し、鍛錬し、妄想する。時々、脳内デートもする。
これは必要なのか?
必要!
必要だった。少なくとも俺には。
◇
そして、俺の中で一つの確信だけがどんどん強くなっていった。
俺、このダンジョンの主だな。
誰にも任命されていない。説明も受けていない。権限もない。部屋からも出られない。
それでも、間違いない!
根拠は薄い。自信だけは厚かった。
◇
俺は今日も巨大な扉を見る。いつか、きっと開く。その時こそ、俺は完璧なダンジョンマスターとして来訪者を迎えるのだ。
お辞儀、よし。プレゼント用鉱石、よし。敵意なし、よし。紳士、よし。
妄想訓練。
……よし?
よし!
俺は拳を握った。準備万端! あとは誰か来るだけ!
俺は扉の前で待った。しばらく待った。さらに待った。もっと待った。
来ない。
俺はゆっくり床へ座り込んだ。誰か来てくれよ。当然、返事はない。静かな部屋で、俺の届かない心の声だけが虚しく響いていた。
少し間を置いて。
……女の子なら最高。
そこだけは、最後までぶれなかった。




