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30歳童貞おっさんの転生物語  作者: 障子
第一章 ゴーレム編

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第7話 俺、ダンジョンマスターになります

 暇である。いや、もうこの言葉を何回心の中で繰り返したか分からない。


 暇だぁぁぁぁぁぁ!!


 俺は心の中で叫んだ。もちろん声は出ない。


 誰か来いよぉぉぉぉ!! 勇者ぁぁぁぁ!! 冒険者ぁぁぁぁ!! 女の子ぉぉぉぉ!!


 ……最後だけ目的が違う気がする。


     ◇


 俺は巨大な扉の前に座り込み、そのまま待ち続けた。一応、誰かが来る可能性はある。ここが本当にダンジョンなら、いつか冒険者がやって来るはずだ。


 そう思って待つ。待つ。さらに待つ。


 …………来ない。


 俺はそのまま床へ倒れ込んだ。暇すぎる。このままでは本当に何かがおかしくなりそうだ。いや、もう結構おかしくなっている気もする。


 脳内彼女。脳内デート。脳内告白。脳内恋人。しかも、まだこの世界で女の子を一人も見ていない。


 俺、大丈夫かな。


     ◇


 気を紛らわせるため、俺は改めて部屋の中を見回した。壁、床、天井、鉱石、巨大な扉。


 以上。


 相変わらず何もない。だが、ここでふと思った。ここ、ボス部屋なんだよな? たぶん。俺も、たぶんボスだ。


 だとしたら――ボス部屋として地味すぎない?


 玉座もない。宝箱もない。松明もない。怪しい炎も、禍々しい霧もない。ましてや、ボス戦前の親切なセーブポイントなんてものもない。


 やる気ある!? ダンジョン運営者!


 俺は思わず誰もいない部屋へ向かって、心の中で叫んだ。そこで、自分の言葉に引っかかった。


 ダンジョン運営者?


 ここはダンジョン。俺はボス。では、このダンジョンを管理している誰かが、どこかにいるのだろうか。


 俺は少し考え、自分を指差した。


 俺?


     ◇


 最初に目覚めた時、俺は自分をダンジョンコアだと思っていた。その後、鉱石を吸収して身体を作り、今はボス部屋らしき場所から出られずにいる。


 コア。ボス。部屋の主。そこで一つの答えが浮かんだ。


 俺……ダンジョンマスターなんじゃないか?


 もちろん違う。しかし、この時の俺にはかなり説得力のある答えに思えた。


 そういうことか!


 俺が外へ出られないのは、管理者だから。誰も来ないのは、まだダンジョンが未完成だから。鉱石が大量にあるのは、強化資源だから。俺の身体が強くなっているのは、ボス強化システムだから。


 全部説明できる!


 できていない。だが、本人だけは完全に納得していた。


     ◇


 よし、暇つぶしも兼ねてダンジョン運営だ!


 勢いよく立ち上がったものの、すぐに問題へぶつかった。ダンジョン運営といえば、まずはモンスター配置。周囲を見る。俺しかいない。


 却下!


 次に罠。作り方が分からない。


 却下!


 宝箱。箱がない。


 却下!


 迷路。そもそもこの部屋から出られない。


 却下!


 俺は頭を抱えた。


 何もできねぇ!


 ダンジョンマスター、就任から三十秒ほどで早くも業務停止である。


     ◇


 だが、まだ諦めるのは早い。待て。できることはある。俺はゲームや漫画、それに前世で読んだ異世界ものを思い出した。


 ボス戦に大切なもの。それは――。


 演出!


 そうだ。冒険者が扉を開ける。俺は部屋の中央で静かに待っている。そして、ゆっくり立ち上がる。


 ズシン。


 そのまま侵入者を見据えて――。


『よくぞ来たな、勇者よ』


 言えない。声が出ない。


 ぐぬぬぬぬぬ! ボスの口上ができない!


 最大の問題だった。これは痛い。ものすごく痛い。戦闘前イベントが成立しない。


     ◇


 ならば、ジェスチャーでどうにかするしかない。俺は勇者が入ってきた場面を想定し、右手を前へ出した。止まれ、という意思である。


 しかし、自分でやってみて思う。これ、どう見ても『来いよ』に見えないか?


 …………駄目だな。


 次に両手を広げてみる。歓迎。友好。敵意なし。そのつもりだった。


 だが、巨大なゴーレムが無言で両手を広げて待っている。抱き締めようとしてるみたいだな。


 怖い。却下。


 では、お辞儀。ぺこり。これは無難。ただし、ボスっぽくない。


 片膝をつき、胸に手を当ててみる。完全に王子様だった。


 方向性が違うな。


     ◇


 そこまでやったところで、俺は重大なことに気付いた。


 別に……ボスっぽくなくてもよくない?


 そうなのだ。俺は冒険者と戦いたいわけではない。むしろ、できることなら仲良くしたい。だったら、威圧する必要なんてない。


 友好的。紳士的。平和的。


 戦わないダンジョンボス!


 新しい。


 癒やし系ボス!


 これだ。


     ◇


 俺の脳内に、新しい理想のダンジョン像が生まれた。長い探索で疲れ切った冒険者たちが、ようやく最深部へ辿り着く。そこで待っているのが俺。


 まず休憩所を提供!


 完璧だ。水。ない。食料。ない。ベッド。ない。


 俺は静かに膝をついた。


 何も提供できねぇ……。


 癒やし系ボス、開始直後に廃業した。


     ◇


 だが、俺には一つだけ大量にあるものがある。鉱石だ。鉱石だけは腐るほどある。俺は床に落ちていた適当な鉱石を一つ拾った。


 これをプレゼントすればいいんじゃないか?


 冒険者へ差し出す場面を想像する。すると、脳内の女性冒険者が驚く。


『これを……私に?』


 俺は、こくり。


『ありがとう!』


 胸に手を当て、ぺこり。


『優しいのね……』


 俺は勢いよく立ち上がった。


 これだ!


 来訪者プレゼント。最深部まで来た冒険者には鉱石を渡す。めちゃくちゃ良心的なダンジョンじゃないか?


 しかも女の子だったら、ちょっと多めに――。


 …………いや、駄目だ。


 えこひいきは良くない。


 平等!


 俺は真面目だった。


     ◇


 そうと決まれば準備である。俺は鉱石を選別し始めた。これは俺用。これはプレゼント用。これは俺用。これは……。


 手の中に、少し綺麗な鉱石が残った。キラキラしている。


 彼女用。


 俺は無言で元の場所へ戻した。


 まだいないから!


 危ない。未来の彼女用プレゼントを保管し始めたら、いよいよ本格的にまずい気がする。


     ◇


 それから俺は、実際に来訪者が来た場合の対応手順を考えた。まず、扉が開く。冒険者が入ってくる。当然、俺を見て武器を構える。


 そこで慌ててはいけない。俺はゆっくりとお辞儀する。ぺこり。次に鉱石を差し出す。そして一歩下がる。


 完璧。


 ここで急に動いたら駄目だな。俺の身体は大きい。下手に高速で動けば相手を怖がらせる。何事もゆっくり、優しく、紳士的に。


 女性だった場合も同じ。少し丁寧にしようかと思ったが、すぐ考え直した。


 平等!


 そこは譲れない。


     ◇


 そんな練習を、俺は何度も繰り返した。扉を見る。立つ。お辞儀。鉱石を差し出す。一歩下がる。


 これを何百回、いや何千回やったか分からない。時間を確認する方法がないので、途中から数えるのもやめた。


 まあ、いいか。準備だけは完璧である。


     ◇


 そして当然、練習を続けていると妄想が始まる。


『ありがとうございます!』


 脳内女性剣士が笑う。俺は優雅にお辞儀する。


『でも……どうしてこんなことを?』


 俺は胸に手を当てる。伝わらない。


『もしかして……』


 来た。


『私のことが……?』


 早い!


 俺は妄想を強制終了した。展開が早い! まだ出会って三分だから!


 駄目だ。ちゃんと段階を踏まなければならない。出会う。話す。仲良くなる。信頼関係を築く。好きになる。付き合う。


 順番!


 俺は自分で生み出した脳内女性剣士を説教した。数秒後、我に返った。


 俺、何やってるんだろう。


     ◇


 別の妄想もしてみる。


『この鉱石……』


 今度は脳内女性魔法使い。彼女は俺が差し出した鉱石を見て、目を見開いた。


『すごい……こんな希少鉱石、見たことない!』


 いやいや。俺は首を振った。盛りすぎ。これはただの鉄。少なくとも俺はそう思っている。


 普通でいいんだよ、普通で。


 足元の鉱石を見る。硬い。金属っぽい。


 鉄だな。


 俺の中では、もうほぼ確定していた。


     ◇


 さらに俺は、ボス部屋のレイアウトまで考え始めた。中央に俺。右側にプレゼント用鉱石。左側には――。


 何を置く?


 何もない。


 終わり!


 レイアウト検討、二分で終了。だが、何かが足りない気がする。雰囲気だな。そう、ボス部屋には威厳が必要だ。


 俺は壁際にあった巨大な岩へ近付き、両手で持ち上げる。


 ズズズズ……。


 おお。重い。だが持てる。そのまま部屋の中央まで運び、どん、と置いた。そして腰掛ける。


 玉座!


 ただの岩だ。しかし俺の中では玉座である。腕を組み、堂々と座ってみる。


 悪くない。むしろ、ボスっぽい!


 かなり良い。


     ◇


 しかし、ここでまた余計なことを考える。女の子が来た場合、怖くないか?


 巨大ゴーレム。玉座。腕組み。無言。


 怖い。却下!


 俺は岩を元の場所へ戻した。では、もっと親しみやすく。正座。


 巨大ゴーレムが正座している。怒られるの待ってるみたいだな。却下。


 胡座。偉そう。却下。


 体育座り。巨大ゴーレムが体育座り。弱そう。却下。


 俺は立ち上がった。普通に立って待とう。


 結局、最初に戻った。


     ◇


 それでも、俺は来訪者への対応を考え続けた。男。女。老人。子供。剣士。魔法使い。僧侶。騎士。


 そして、勇者。


 俺は少し考え込んだ。勇者とは、普通に考えればボスを倒す側だ。そして俺は、たぶんボス。非常に相性が悪い。


 でも、話せば分かる。


 俺は喋れない。


 ジェスチャーで分かる。たぶん。


 ……たぶん。


     ◇


 そうして長い時間を過ごすうちに、俺の中では一つの設定が完全に出来上がっていた。


 俺はダンジョンマスター。兼、最終防衛ボス。ただし友好的。来訪者には鉱石をプレゼント。こちらから攻撃はしない。


 そして女性には絶対に下心を見せない。


 いや、下心そのものはある。


 でも見せない!


 それが紳士というものだ。たぶん。俺は紳士。童貞だけど。


 いや、それは関係ない。


     ◇


 時間はさらに流れていった。俺は鉱石を吸収し、身体を鍛え、妄想し、来訪者対応の練習をする。また鉱石を吸収し、鍛錬し、妄想する。時々、脳内デートもする。


 これは必要なのか?


 必要!


 必要だった。少なくとも俺には。


     ◇


 そして、俺の中で一つの確信だけがどんどん強くなっていった。


 俺、このダンジョンの主だな。


 誰にも任命されていない。説明も受けていない。権限もない。部屋からも出られない。


 それでも、間違いない!


 根拠は薄い。自信だけは厚かった。


     ◇


 俺は今日も巨大な扉を見る。いつか、きっと開く。その時こそ、俺は完璧なダンジョンマスターとして来訪者を迎えるのだ。


 お辞儀、よし。プレゼント用鉱石、よし。敵意なし、よし。紳士、よし。


 妄想訓練。


 ……よし?


 よし!


 俺は拳を握った。準備万端! あとは誰か来るだけ!


 俺は扉の前で待った。しばらく待った。さらに待った。もっと待った。


 来ない。


 俺はゆっくり床へ座り込んだ。誰か来てくれよ。当然、返事はない。静かな部屋で、俺の届かない心の声だけが虚しく響いていた。


 少し間を置いて。


 ……女の子なら最高。


 そこだけは、最後までぶれなかった。

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