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30歳童貞おっさんの転生物語  作者: 障子
第一章 ゴーレム編

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第6話 俺、脳内ではモテモテです

 俺には、彼女がいる。


 正確には、脳内に。


 いや、待ってほしい。引かないでほしい。仕方なかったんだ。


 この部屋には誰もいない。話し相手もいない。娯楽もない。スマホもない。本もない。ゲームもない。テレビもない。


 あるのは、壁。床。天井。鉱石。扉。そして俺。


 この環境で、正気を保てという方が無理じゃない?


     ◇


 最初は、ただの妄想だった。女性冒険者が来る。俺が助ける。仲良くなる。以上。


 健全。実に健全だ。


 だが、暇だった。とにかく暇だった。だから、設定が増えた。


『助けていただいて、ありがとうございます』


 金髪。長い髪。剣士。年齢は――。


 待て。そこまで決める必要ある?


 ある。


 暇だから。


 名前は。


 いや、名前まで決めたら、本格的に危ない気がする。


 やめよう。俺にはまだ理性がある。


『あの……お名前を聞いても?』


 俺は答えられない。声が出ないから。


『もしかして……お話しできないんですか?』


 俺、こくり。


『そうなんですね』


 女性剣士が微笑む。


『でも、不思議です』


 何が?


『あなたとは……言葉がなくても、分かり合える気がします』


 俺は妄想を止めた。


 いい。


「めちゃくちゃいい!」


 言葉が通じない問題を、恋愛補正で突破した!


「天才か俺!」


 俺は立ち上がった。


「これなら喋れなくてもいける!」


 希望が見えた。


     ◇


 次。魔法使い。


『ふん! 別に助けてなんて頼んでないんだから!』


 俺、こくり。


『な、何よ! その反応!』


 俺、首を傾げる。


『もう!』


 俺は止めた。


 これも。


「いい!」


 何がいいのか、自分でもよく分からない。でも、いい。


「異世界といえばこれだよ!」


 たぶん。


     ◇


 次。僧侶。


『ゴーレム様……』


 両手を胸の前で組み、祈るように俺を見る。


『あなたには、優しい魂を感じます』


 俺、胸に手。


『やはり……』


 僧侶が微笑む。


『あなたは普通の魔物ではないのですね』


 俺は妄想を止めた。


 完璧。


「これだよ!」


 俺が求めていたのは!


「見た目じゃなくて中身を見てくれる女性!」


 そう! これ!


「顔が金属でも!」


 中身!


「身体がゴーレムでも!」


 中身!


「童貞でも!」


 俺は止まった。


「それは言わなくていいか」


 黙っておこう。


     ◇


 そんなことをしているうちに、俺の妄想には種類が増えた。


 剣士。魔法使い。僧侶。弓使い。騎士。冒険者。お嬢様。


 お嬢様?


 どこから出てきた?


『まあ! なんて逞しいお身体なのでしょう!』


 俺は自分の身体を見る。


「まあ……逞しいけど」


 金属だし。


『ぜひ、わたくしの護衛になってくださいませ!』


 護衛。悪くない。


 そして、護衛から始まる恋。


 あり。


「ありだな!」


 俺の妄想世界が広がっていく。


     ◇


 だが、ある日、重大な問題に気付いた。


 俺。


「女の子と付き合ったことないじゃん」


 そう。三十歳童貞。恋人経験、ゼロ。


 つまり、もし本当に女性冒険者と仲良くなれたとして。


「その後、どうするんだ?」


 付き合う。そこまでは分かる。いや、付き合い方もよく分からないけど。


 デート。する。たぶん。


 手を繋ぐ。する。たぶん。


 その次。


 俺は固まった。


 その、あれだ。大人の。


 いや、待て。落ち着け。


「順番!」


 大事! ものすごく大事!


「まず出会う!」


 次!


「仲良くなる!」


 次!


「好きになる!」


 次!


「付き合う!」


 次!


「手を繋ぐ!」


 次!


 俺は両手で顔を覆った。


「ここから先が分からん!」


 三十年。俺には、その先の実体験が一切なかった。


「知識はある!」


 それなりに!


「でも実践経験がない!」


 ゼロ!


「完全なる未経験者!」


 俺は膝をついた。


「異世界来ても経験値ゼロからスタートかよ!」


     ◇


 しかし、俺は考えた。


 練習すればいい。


 そう。何事も練習だ。俺は身体だって、何度も失敗して作った。走る練習もした。止まる練習もした。お辞儀の練習もした。


「なら!」


 デートも練習できる!


 誰と?


 俺は周囲を見る。誰もいない。


 鉱石。


 いや。


「さすがに鉱石相手は駄目だろ」


 そこまで行ったら、何か大切なものを失う気がする。


 俺は床に転がっている、少し大きめの鉱石を見た。


 見た。


 鉱石を見る。俺を見る。もう一度、鉱石を見る。


『今日は楽しかったです』


「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」


 俺は頭を抱えた。


「そこまで行くな俺!」


 危ない!


「戻ってこい!」


 まだ間に合う!


「それはただの石だ!」


 いや、鉱石だ。


「どっちでもいい!」


 俺は鉱石から距離を取った。


     ◇


 危なかった。


 孤独、怖い。


 俺は扉を見る。


「誰か来てくれ……」


 本気だった。


「男でもいいから……」


 ついに条件が下がった。


「いや!」


 違う!


「最初から男でも歓迎だから!」


 ただ。


「女の子だったら、もっと嬉しいだけだから!」


 誰に弁明しているのか分からない。


     ◇


 俺は気分を変えるため、鍛錬することにした。


「よし!」


 走る。


 ドン!


 一歩。


 俺は止まった。


 あれ? 以前より速い。


 もう一度、軽く踏み込む。


 ドン!


「うおっ!?」


 景色が一気に流れる。


 壁。


「やば――」


 ズドォォォォォン!!


 俺は壁にめり込んでいた。


 久しぶりだな。この感じ。


 身体を引き抜く。


 ガラガラ。


 壁を見る。かなりへこんでいる。


 俺は拳を見る。


「強くなった?」


 そういえば、ずっと鉱石を吸収している。暇だから、延々と吸収している。


 もしかして、俺、結構強くなってる?


 試してみるか。


 俺は壁の前に立つ。拳を構える。


「軽く」


 本当に、軽く。


「えい」


 拳を出す。


 ドゴォォォン!!


 壁が大きくへこんだ。


 俺は固まった。


 いや。


「この壁、柔らかいんじゃない?」


 壁を触る。硬い。


 じゃあ。


「俺が強い?」


 少し嬉しくなった。


「おお……」


 いいじゃん。


「ボスっぽい!」


 俺は拳を見る。強い。硬い。速い。


「これなら!」


 冒険者が来ても!


「守ってあげられる!」


 俺は止まった。


「誰から?」


 俺がボスなら、敵は俺だ。


 また矛盾した。


     ◇


 だが、身体が強くなっている。それは間違いなさそうだった。


 俺は少し考える。この身体、何でできてるんだろう。


「鉄……だよな?」


 たぶん。鉱石を吸収した。金属っぽい。硬い。


「鉄だな」


 うん。鉄。


「鉄ゴーレム」


 普通。


 普通なのか?


 まあ、異世界だし。


「こんなもんだろ」


 深く考えるのをやめた。


 俺は鉱石の種類なんて知らない。前世でも、金属といえば鉄。銅。金。銀。あと。


 アルミ?


 その程度だ。


「鉱石鑑定士じゃないんだから分かるか!」


 だから、全部だいたい鉄。そういうことにした。


     ◇


 そして、また暇になる。


 俺は座った。妄想を再開する。


『すごい……!』


 女性剣士が俺の戦いを見ている。


『あんな強い魔物を一撃で……』


 俺、こくり。


『あなた、本当に強いのね』


 俺、照れる。


 ゴーレムって、照れたらどうするんだ?


 頬、赤くならない。


 顔を逸らす?


 俺は練習した。


 すっ。


 これ、ただ無視してるように見えない?


 却下。


「頭を掻く?」


 ガリ。ガリ。


 金属音。


 怖い。却下。


「胸に手?」


 これなら。


 俺は胸に手を当て、軽く頭を下げる。


 おお。


「紳士!」


 採用。


     ◇


 さらに、デート終了時。


『今日は……楽しかったです』


 俺、胸に手。


 ぺこり。


『また……会えますか?』


 俺、こくり。


『よかった……』


 女性が微笑む。そして。


『あの……』


 来た。何だ?


『もう少しだけ……一緒にいたいです』


 俺は妄想の中で完全停止した。


 どうする!? これは、どうする!?


「正解は何!?」


 一緒にいる? もちろん!


「でも!」


 ここでがっついたら駄目なのでは!? 三十歳の知識が警告している。


「余裕!」


 大人の男は余裕!


 俺、こくり。


『嬉しい……』


 よし!


「正解!」


 たぶん!


 そして、彼女が少しだけ俺へ近付く。


 近い。


『…………』


 近い。


『…………』


 ものすごく近い。


 俺は妄想を停止した。


「無理ぃぃぃぃぃぃ!!」


 立ち上がる。


「ここから先はまだ早い!」


 俺は部屋を走り回った。


「心の準備が!」


 ドドドドドドド!


「できてない!」


 ドドドドドドド!


「妄想なのに!」


 ドドドドドドド!


「何で緊張してるんだ俺ぇぇぇぇぇ!!」


 ズドォン!


 壁に突っ込んだ。


 俺は壁にめり込んだまま、思った。


 彼女欲しい。


     ◇


 そうして、俺は鉱石を吸収した。鍛えた。妄想した。失敗した。また妄想した。そして、時々、壁に突っ込んだ。


 それを、何度も、何度も繰り返した。


 時間だけが、ゆっくりと過ぎていく。俺には、それが一年なのか、十年なのか、もっと長いのか、分からない。


 ただ、確実に変わったものが二つあった。


 一つ、俺の身体。


 鉱石を吸収し続け、鍛え続け、以前とは比べものにならないほど強く、硬く、速くなっていた。


 そして、もう一つ。


『あの……今日は帰りたくないです』


「うわあああああああ!!」


 俺は頭を抱えて走り出した。


 ドドドドドドドド!


 俺の妄想力。


 こちらも、以前とは比べものにならないほど強くなっていた。


 身体、怪物級。


 妄想、怪物級。


 本人だけが、その両方にまったく気付いていなかった。



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