第6話 俺、脳内ではモテモテです
俺には、彼女がいる。
正確には、脳内に。
いや、待ってほしい。引かないでほしい。仕方なかったんだ。
この部屋には誰もいない。話し相手もいない。娯楽もない。スマホもない。本もない。ゲームもない。テレビもない。
あるのは、壁。床。天井。鉱石。扉。そして俺。
この環境で、正気を保てという方が無理じゃない?
◇
最初は、ただの妄想だった。女性冒険者が来る。俺が助ける。仲良くなる。以上。
健全。実に健全だ。
だが、暇だった。とにかく暇だった。だから、設定が増えた。
『助けていただいて、ありがとうございます』
金髪。長い髪。剣士。年齢は――。
待て。そこまで決める必要ある?
ある。
暇だから。
名前は。
いや、名前まで決めたら、本格的に危ない気がする。
やめよう。俺にはまだ理性がある。
『あの……お名前を聞いても?』
俺は答えられない。声が出ないから。
『もしかして……お話しできないんですか?』
俺、こくり。
『そうなんですね』
女性剣士が微笑む。
『でも、不思議です』
何が?
『あなたとは……言葉がなくても、分かり合える気がします』
俺は妄想を止めた。
いい。
「めちゃくちゃいい!」
言葉が通じない問題を、恋愛補正で突破した!
「天才か俺!」
俺は立ち上がった。
「これなら喋れなくてもいける!」
希望が見えた。
◇
次。魔法使い。
『ふん! 別に助けてなんて頼んでないんだから!』
俺、こくり。
『な、何よ! その反応!』
俺、首を傾げる。
『もう!』
俺は止めた。
これも。
「いい!」
何がいいのか、自分でもよく分からない。でも、いい。
「異世界といえばこれだよ!」
たぶん。
◇
次。僧侶。
『ゴーレム様……』
両手を胸の前で組み、祈るように俺を見る。
『あなたには、優しい魂を感じます』
俺、胸に手。
『やはり……』
僧侶が微笑む。
『あなたは普通の魔物ではないのですね』
俺は妄想を止めた。
完璧。
「これだよ!」
俺が求めていたのは!
「見た目じゃなくて中身を見てくれる女性!」
そう! これ!
「顔が金属でも!」
中身!
「身体がゴーレムでも!」
中身!
「童貞でも!」
俺は止まった。
「それは言わなくていいか」
黙っておこう。
◇
そんなことをしているうちに、俺の妄想には種類が増えた。
剣士。魔法使い。僧侶。弓使い。騎士。冒険者。お嬢様。
お嬢様?
どこから出てきた?
『まあ! なんて逞しいお身体なのでしょう!』
俺は自分の身体を見る。
「まあ……逞しいけど」
金属だし。
『ぜひ、わたくしの護衛になってくださいませ!』
護衛。悪くない。
そして、護衛から始まる恋。
あり。
「ありだな!」
俺の妄想世界が広がっていく。
◇
だが、ある日、重大な問題に気付いた。
俺。
「女の子と付き合ったことないじゃん」
そう。三十歳童貞。恋人経験、ゼロ。
つまり、もし本当に女性冒険者と仲良くなれたとして。
「その後、どうするんだ?」
付き合う。そこまでは分かる。いや、付き合い方もよく分からないけど。
デート。する。たぶん。
手を繋ぐ。する。たぶん。
その次。
俺は固まった。
その、あれだ。大人の。
いや、待て。落ち着け。
「順番!」
大事! ものすごく大事!
「まず出会う!」
次!
「仲良くなる!」
次!
「好きになる!」
次!
「付き合う!」
次!
「手を繋ぐ!」
次!
俺は両手で顔を覆った。
「ここから先が分からん!」
三十年。俺には、その先の実体験が一切なかった。
「知識はある!」
それなりに!
「でも実践経験がない!」
ゼロ!
「完全なる未経験者!」
俺は膝をついた。
「異世界来ても経験値ゼロからスタートかよ!」
◇
しかし、俺は考えた。
練習すればいい。
そう。何事も練習だ。俺は身体だって、何度も失敗して作った。走る練習もした。止まる練習もした。お辞儀の練習もした。
「なら!」
デートも練習できる!
誰と?
俺は周囲を見る。誰もいない。
鉱石。
いや。
「さすがに鉱石相手は駄目だろ」
そこまで行ったら、何か大切なものを失う気がする。
俺は床に転がっている、少し大きめの鉱石を見た。
見た。
鉱石を見る。俺を見る。もう一度、鉱石を見る。
『今日は楽しかったです』
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」
俺は頭を抱えた。
「そこまで行くな俺!」
危ない!
「戻ってこい!」
まだ間に合う!
「それはただの石だ!」
いや、鉱石だ。
「どっちでもいい!」
俺は鉱石から距離を取った。
◇
危なかった。
孤独、怖い。
俺は扉を見る。
「誰か来てくれ……」
本気だった。
「男でもいいから……」
ついに条件が下がった。
「いや!」
違う!
「最初から男でも歓迎だから!」
ただ。
「女の子だったら、もっと嬉しいだけだから!」
誰に弁明しているのか分からない。
◇
俺は気分を変えるため、鍛錬することにした。
「よし!」
走る。
ドン!
一歩。
俺は止まった。
あれ? 以前より速い。
もう一度、軽く踏み込む。
ドン!
「うおっ!?」
景色が一気に流れる。
壁。
「やば――」
ズドォォォォォン!!
俺は壁にめり込んでいた。
久しぶりだな。この感じ。
身体を引き抜く。
ガラガラ。
壁を見る。かなりへこんでいる。
俺は拳を見る。
「強くなった?」
そういえば、ずっと鉱石を吸収している。暇だから、延々と吸収している。
もしかして、俺、結構強くなってる?
試してみるか。
俺は壁の前に立つ。拳を構える。
「軽く」
本当に、軽く。
「えい」
拳を出す。
ドゴォォォン!!
壁が大きくへこんだ。
俺は固まった。
いや。
「この壁、柔らかいんじゃない?」
壁を触る。硬い。
じゃあ。
「俺が強い?」
少し嬉しくなった。
「おお……」
いいじゃん。
「ボスっぽい!」
俺は拳を見る。強い。硬い。速い。
「これなら!」
冒険者が来ても!
「守ってあげられる!」
俺は止まった。
「誰から?」
俺がボスなら、敵は俺だ。
また矛盾した。
◇
だが、身体が強くなっている。それは間違いなさそうだった。
俺は少し考える。この身体、何でできてるんだろう。
「鉄……だよな?」
たぶん。鉱石を吸収した。金属っぽい。硬い。
「鉄だな」
うん。鉄。
「鉄ゴーレム」
普通。
普通なのか?
まあ、異世界だし。
「こんなもんだろ」
深く考えるのをやめた。
俺は鉱石の種類なんて知らない。前世でも、金属といえば鉄。銅。金。銀。あと。
アルミ?
その程度だ。
「鉱石鑑定士じゃないんだから分かるか!」
だから、全部だいたい鉄。そういうことにした。
◇
そして、また暇になる。
俺は座った。妄想を再開する。
『すごい……!』
女性剣士が俺の戦いを見ている。
『あんな強い魔物を一撃で……』
俺、こくり。
『あなた、本当に強いのね』
俺、照れる。
ゴーレムって、照れたらどうするんだ?
頬、赤くならない。
顔を逸らす?
俺は練習した。
すっ。
これ、ただ無視してるように見えない?
却下。
「頭を掻く?」
ガリ。ガリ。
金属音。
怖い。却下。
「胸に手?」
これなら。
俺は胸に手を当て、軽く頭を下げる。
おお。
「紳士!」
採用。
◇
さらに、デート終了時。
『今日は……楽しかったです』
俺、胸に手。
ぺこり。
『また……会えますか?』
俺、こくり。
『よかった……』
女性が微笑む。そして。
『あの……』
来た。何だ?
『もう少しだけ……一緒にいたいです』
俺は妄想の中で完全停止した。
どうする!? これは、どうする!?
「正解は何!?」
一緒にいる? もちろん!
「でも!」
ここでがっついたら駄目なのでは!? 三十歳の知識が警告している。
「余裕!」
大人の男は余裕!
俺、こくり。
『嬉しい……』
よし!
「正解!」
たぶん!
そして、彼女が少しだけ俺へ近付く。
近い。
『…………』
近い。
『…………』
ものすごく近い。
俺は妄想を停止した。
「無理ぃぃぃぃぃぃ!!」
立ち上がる。
「ここから先はまだ早い!」
俺は部屋を走り回った。
「心の準備が!」
ドドドドドドド!
「できてない!」
ドドドドドドド!
「妄想なのに!」
ドドドドドドド!
「何で緊張してるんだ俺ぇぇぇぇぇ!!」
ズドォン!
壁に突っ込んだ。
俺は壁にめり込んだまま、思った。
彼女欲しい。
◇
そうして、俺は鉱石を吸収した。鍛えた。妄想した。失敗した。また妄想した。そして、時々、壁に突っ込んだ。
それを、何度も、何度も繰り返した。
時間だけが、ゆっくりと過ぎていく。俺には、それが一年なのか、十年なのか、もっと長いのか、分からない。
ただ、確実に変わったものが二つあった。
一つ、俺の身体。
鉱石を吸収し続け、鍛え続け、以前とは比べものにならないほど強く、硬く、速くなっていた。
そして、もう一つ。
『あの……今日は帰りたくないです』
「うわあああああああ!!」
俺は頭を抱えて走り出した。
ドドドドドドドド!
俺の妄想力。
こちらも、以前とは比べものにならないほど強くなっていた。
身体、怪物級。
妄想、怪物級。
本人だけが、その両方にまったく気付いていなかった。




