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30歳童貞おっさんの転生物語  作者: 障子
第一章 ゴーレム編

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第5話 俺、暇すぎて妄想が捗る

 暇である。


 ものすごく、暇である。


 いや、分かっていた。最初から分かっていた。この部屋には何もない。


 壁。床。天井。鉱石。巨大な扉。そして俺。


 以上。


「少なっ!」


 娯楽がない。本がない。テレビがない。スマホがない。ゲームがない。インターネットがない。


 改めて考えると。


「現代人に厳しすぎない!?」


 俺は頭を抱えた。


「せめてスマホ!」


 ない。


「圏外でもいいから!」


 いや、よくない。


「動画!」


 見られない。


「漫画!」


 ない。


「ゲーム!」


 ない。


 俺は膝から崩れ落ちた。


「異世界転生って、娯楽持ち込み禁止なの?」


 知らない。


     ◇


 仕方がないので、俺は身体を鍛えた。


「走る!」


 ドドドドドドドド!


「止まる!」


 ズザザザザザッ!


「よし!」


 以前は壁に突っ込んだ。今は止まれる。


「成長!」


 次。


「ジャンプ!」


 ドンッ!


 天井が迫る。


「やばっ!」


 身体を捻る。


 ガンッ!


 頭だけぶつけた。


「惜しい!」


 何が惜しいのか分からない。


 次。


「パンチ!」


 ドゴン!


「キック!」


 ズドン!


「パンチ!」


 ドゴン!


「キック!」


 ズドン!


 俺は止まった。


「何を目指してるんだ、俺」


 ボクサー? 格闘家? 世界チャンピオン?


 ゴーレム世界チャンピオン。


 少し格好いい。


「いや、対戦相手いないけど!」


 俺しかいない。


     ◇


 鍛錬にも飽きた。俺は床に寝転がる。


「暇だ……」


 天井を見る。


 暇。


 ひま。


 ヒマ。


 ひ――。


「駄目だ!」


 俺は飛び起きた。


「このままじゃ頭がおかしくなる!」


 いや、頭があるのか分からないけど。


「何か考えろ!」


 俺は必死に思考を巡らせる。何か、楽しいこと。楽しいこと。楽しいこと。


 女の子。


 違う。いや、違わないけど。


「もっと健全なやつ!」


 楽しいこと。


 デート。


 女の子じゃん。


「駄目だ!」


 別のこと!


 恋愛。


「離れろ! 女から一回離れろ俺!」


 必死に考える。旅行。


 女の子と温泉旅行。


「だから!」


 食事。


「女の子とレストラン」


「おい!」


 映画。


「女の子と映画館」


「俺の人生、女の子としたいことばっかりじゃねえか!」


 愕然とした。


「三十年分の欲望が重い!」


 俺は頭を抱えた。


     ◇


 だが、考えてみれば仕方ない。


 俺は三十歳。童貞。そして、人生初デートの日にマンホールへ落ちた。


 思い出した。


「俺のデートぉぉぉぉぉ!!」


 今さら悲しくなってきた。


「待ち合わせしてたんだぞ!」


 人生初だったんだぞ!


「服も選んだ!」


 前日に一時間悩んだ!


「髪もセットした!」


 三回やり直した!


「口臭ケアもした!」


 念入りに!


「爪まで切ったんだぞぉぉぉぉ!!」


 人生で一番気合いを入れていたかもしれない。


「なのに!」


 マンホール。


「マンホールぅぅぅぅぅ!!」


 俺は床を殴った。


 ドゴン!


 床がへこんだ。


 落ち着こう。床に罪はない。


「悪い」


 床に謝った。


     ◇


 でも、ここは異世界だ。


 俺は巨大な扉を見る。いつか、誰かが来るかもしれない。この向こうに人がいるなら、冒険者がいるかもしれない。


 そして、女性冒険者もいるかもしれない。


 俺は姿勢を正した。


「いやいやいや」


 待て。落ち着け。期待するな。まだ何も分からない。


 でも。


「異世界の女性冒険者……」


 想像する。剣士。魔法使い。僧侶。弓使い。


 いい。


「いや何が!?」


 俺は自分で自分にツッコむ。


「まだ会ってもいないから!」


 でも、妄想は止まらなかった。


     ◇


『きゃあっ!』


 俺は妄想する。女性冒険者が魔物に襲われている。


『誰か助けて!』


 そこへ、俺登場。


 ズシン。


『えっ……ゴーレム!?』


 女性冒険者が驚く。俺は無言で前へ出る。なぜなら、喋れないから。


『ま、まさか……助けてくれるの?』


 俺、こくり。


『そんな……ゴーレムなのに、なんて優しい……』


 いい。


「これだ!」


 俺は立ち上がった。


「王道だ!」


 魔物。俺。パンチ。


 ドゴォォォン!


 魔物撃破。


『すごい……!』


 女性冒険者が俺を見る。


『強いのね……』


 俺、こくり。


『それに……』


 それに?


『よく見ると、格好いい……』


 俺は妄想を止めた。


「待て待て待て!」


 無理がある!


「どこをどう見たら!?」


 俺は自分の顔を触る。硬い。


「ゴーレムだぞ!?」


 もう一度妄想。


『よく見ると、格好いい……』


 いや。


「なくはない?」


 異世界だ。価値観が違うかもしれない。


「ゴーレム好きの女性がいる可能性も……」


 俺は真剣に考える。


 かなり狭い性癖を狙ってないか?


     ◇


 別の妄想。


『助けてくれてありがとう!』


 女性冒険者が微笑む。俺、こくり。


『お礼がしたいんだけど……』


 来た。お礼。


 何だ? 食事? 俺、食えない。お金? 使い道がない。宿? 寝ない。


 俺は焦った。


「お礼を受け取る機能がない!」


 致命的だった。


「待て!」


 何かある。俺でも受け取れるもの。


 握手。


「これだ!」


 手はある! 五本指! しかも頑丈!


 俺は妄想へ戻る。


『それじゃあ……』


 彼女がそっと手を差し出す。俺も手を伸ばす。そして――。


 ぎゅっ。


「…………」


 俺は固まった。


 手。繋いだ。


 妄想だけど。


 俺は自分の右手を見る。そして、そっと左手で握った。


 硬い。


「違う!」


 こんなのじゃない!


「柔らかい手がいい!」


 俺は床を叩いた。


 ドン!


「温かいやつ!」


 ドン!


「女の子の!」


 ドン!


 静寂。


 俺は両手で顔を覆った。


「何やってんだ俺……」


 悲しくなってきた。


     ◇


 でも、妄想というものは、一度始めると止まらない。


 俺は考えた。もし女性冒険者が来たら、まず怖がらせない。


「重要だな」


 俺はゴーレム。相手から見れば魔物に見えるかもしれない。なら、友好的だと伝える必要がある。


「笑顔」


 ニッ。


 怖い。


「却下」


 手を振る。


 ぶんぶん。


 でかいゴーレムが無言で手を振ってる。


 怖い。


「却下」


 お辞儀。


 ぺこり。


 これは。


「いける?」


 もう一回。


 ぺこり。


 悪くない。


「よし!」


 俺は何度も練習した。


 ぺこり。ぺこり。ぺこり。


「完璧!」


 そして、さらに考える。


「女性だった場合は?」


 紳士的に。丁寧に。怖がらせず。爽やかに。


 俺は片膝をついた。右手を胸へ。左手を差し出す。


 おお。


「王子様っぽい!」


 いい!


「これだ!」


 女性冒険者。


『まあ……!』


 俺、片膝。


『私に手を?』


 俺、こくり。


『素敵……』


 俺は興奮した。


「いける!」


 これならいける!


「顔が鉄でも紳士ならいける!」


 希望が見えてきた。


     ◇


 さらに妄想は加速した。


 俺が女性冒険者を助ける。彼女がお礼を言う。仲良くなる。一緒に冒険する。街へ行く。食事。


「俺食えない!」


 修正。一緒に散歩。会話。


「俺喋れない!」


 修正。筆談。


「文字分からない!」


 修正。


 俺は止まった。


「詰んでない?」


 食べられない。喋れない。文字も分からない。


「デート難易度高すぎない!?」


 俺は頭を抱えた。


「どうやって恋愛するんだよ!」


 俺、無言。相手、無言。


 俺、お辞儀。


 相手。


『?』


 俺、手を差し出す。


 相手。


『ひっ!』


 終わった。


「俺の恋愛、開始三秒で終了した!」


     ◇


 なら。


「ジェスチャーだ!」


 俺は思いついた。言葉が通じなくても、身体で伝えればいい。


「こんにちは!」


 手を振る。


「ありがとう!」


 頭を下げる。


「大丈夫!」


 親指を立てる。


「好きです!」


 止まった。


「好きってジェスチャーでどうやるんだ?」


 ハート? 指で?


 俺は両手を使う。


「こう?」


 指が硬くて上手く曲がらない。何か、変な形になった。


 俺は自分の手を見る。


「これ絶対『殺す』とかの意味に誤解されるやつだろ」


 怖くなってやめた。


     ◇


 こうして、俺の日課が増えた。


 鉱石吸収。鍛錬。身体の改良。扉の確認。そして。


「対女性冒険者コミュニケーション訓練!」


 ぺこり。手を振る。片膝をつく。胸に手を当てる。


 完璧だ。


 たぶん。


 あとは実践あるのみ。


 俺は扉を見る。


「いつでも来い!」


 勇者でも。冒険者でも。誰でもいい。


「いや!」


 俺は訂正した。


「できれば女の子でお願いします!」


 静寂。


 扉は開かない。


 俺は座った。


「……明日かな」


 明日という概念があるのかも分からない。


     ◇


 それからも、扉は開かなかった。


 俺は鉱石を吸収した。身体を鍛えた。妄想した。扉を見た。


 開かない。


 また妄想した。扉を見る。


 開かない。


 そして、ある時。俺は重大なことに気付いた。


 待てよ。もし俺が本当に、この部屋のボスだとしたら。


「冒険者って……」


 俺を倒しに来るんじゃない?


 俺は固まった。扉を見る。自分を見る。もう一度、扉を見る。


 嫌な汗が出た。もちろん汗は出ない。


「ちょっと待てぇぇぇぇぇ!!」


 大問題だった。


「出会いじゃないじゃん!」


 俺は頭を抱えた。


「命の取り合いじゃん!」


 女性冒険者。


『覚悟しなさい、ボスモンスター!』


 俺。


『違うんです!』


 言えない。


『私はこの剣であなたを倒す!』


 俺。


『話し合いましょう!』


 言えない。


『はあああああっ!』


「待ってぇぇぇぇぇぇ!!」


 俺は扉へ走った。


 ドドドドドドド!


 扉の前で急停止。


「俺、敵じゃないから!」


 声は出ない。


「話せば分かる!」


 話せない。


「俺、悪いゴーレムじゃないよ!」


 伝えられない。


 俺は扉に両手をついた。


 詰んだ。


 完全に詰んだ。


     ◇


 俺は女性冒険者との運命的な出会いを期待していた。しかし、その女性冒険者は俺を殺しに来るかもしれない。


 俺は扉の前に座り込んだ。


「どうしよう……」


 そして、考えた。考えて、考えて、考え抜いた結果。


「……そうだ」


 俺は顔を上げる。


「攻撃しなきゃいいんだ」


 簡単な話だ。俺から攻撃しない。相手が来たら、お辞儀する。敵意がないと伝える。話し合う。


「完璧!」


 俺は立ち上がった。


「俺、天才!」


 問題は、相手が攻撃してきた場合だった。


 まあ、その時は。


「避ければいいか!」


 俺は笑った。


     ◇


 そして、今日も。まだ見ぬ冒険者との出会いを夢見ながら、鉱石を吸収する。鍛える。妄想する。練習する。


 その繰り返し。


 いつしか俺の頭の中では、女性冒険者を助け、仲良くなり、街へ行き、デートをして、告白され、恋人になるところまで、完璧な人生設計が完成していた。


 なお、肝心の女性冒険者とは、まだ一度も会っていない。


「……彼女ができたら、最初のデートはどこ行こうかな」


 順番がおかしい。でも、本人は真剣だった。


 ――こうして、誰も来ないボス部屋で。


 俺の身体と、俺の妄想力だけが、今日も順調に成長していった。



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