第5話 俺、暇すぎて妄想が捗る
暇である。
ものすごく、暇である。
いや、分かっていた。最初から分かっていた。この部屋には何もない。
壁。床。天井。鉱石。巨大な扉。そして俺。
以上。
「少なっ!」
娯楽がない。本がない。テレビがない。スマホがない。ゲームがない。インターネットがない。
改めて考えると。
「現代人に厳しすぎない!?」
俺は頭を抱えた。
「せめてスマホ!」
ない。
「圏外でもいいから!」
いや、よくない。
「動画!」
見られない。
「漫画!」
ない。
「ゲーム!」
ない。
俺は膝から崩れ落ちた。
「異世界転生って、娯楽持ち込み禁止なの?」
知らない。
◇
仕方がないので、俺は身体を鍛えた。
「走る!」
ドドドドドドドド!
「止まる!」
ズザザザザザッ!
「よし!」
以前は壁に突っ込んだ。今は止まれる。
「成長!」
次。
「ジャンプ!」
ドンッ!
天井が迫る。
「やばっ!」
身体を捻る。
ガンッ!
頭だけぶつけた。
「惜しい!」
何が惜しいのか分からない。
次。
「パンチ!」
ドゴン!
「キック!」
ズドン!
「パンチ!」
ドゴン!
「キック!」
ズドン!
俺は止まった。
「何を目指してるんだ、俺」
ボクサー? 格闘家? 世界チャンピオン?
ゴーレム世界チャンピオン。
少し格好いい。
「いや、対戦相手いないけど!」
俺しかいない。
◇
鍛錬にも飽きた。俺は床に寝転がる。
「暇だ……」
天井を見る。
暇。
ひま。
ヒマ。
ひ――。
「駄目だ!」
俺は飛び起きた。
「このままじゃ頭がおかしくなる!」
いや、頭があるのか分からないけど。
「何か考えろ!」
俺は必死に思考を巡らせる。何か、楽しいこと。楽しいこと。楽しいこと。
女の子。
違う。いや、違わないけど。
「もっと健全なやつ!」
楽しいこと。
デート。
女の子じゃん。
「駄目だ!」
別のこと!
恋愛。
「離れろ! 女から一回離れろ俺!」
必死に考える。旅行。
女の子と温泉旅行。
「だから!」
食事。
「女の子とレストラン」
「おい!」
映画。
「女の子と映画館」
「俺の人生、女の子としたいことばっかりじゃねえか!」
愕然とした。
「三十年分の欲望が重い!」
俺は頭を抱えた。
◇
だが、考えてみれば仕方ない。
俺は三十歳。童貞。そして、人生初デートの日にマンホールへ落ちた。
思い出した。
「俺のデートぉぉぉぉぉ!!」
今さら悲しくなってきた。
「待ち合わせしてたんだぞ!」
人生初だったんだぞ!
「服も選んだ!」
前日に一時間悩んだ!
「髪もセットした!」
三回やり直した!
「口臭ケアもした!」
念入りに!
「爪まで切ったんだぞぉぉぉぉ!!」
人生で一番気合いを入れていたかもしれない。
「なのに!」
マンホール。
「マンホールぅぅぅぅぅ!!」
俺は床を殴った。
ドゴン!
床がへこんだ。
落ち着こう。床に罪はない。
「悪い」
床に謝った。
◇
でも、ここは異世界だ。
俺は巨大な扉を見る。いつか、誰かが来るかもしれない。この向こうに人がいるなら、冒険者がいるかもしれない。
そして、女性冒険者もいるかもしれない。
俺は姿勢を正した。
「いやいやいや」
待て。落ち着け。期待するな。まだ何も分からない。
でも。
「異世界の女性冒険者……」
想像する。剣士。魔法使い。僧侶。弓使い。
いい。
「いや何が!?」
俺は自分で自分にツッコむ。
「まだ会ってもいないから!」
でも、妄想は止まらなかった。
◇
『きゃあっ!』
俺は妄想する。女性冒険者が魔物に襲われている。
『誰か助けて!』
そこへ、俺登場。
ズシン。
『えっ……ゴーレム!?』
女性冒険者が驚く。俺は無言で前へ出る。なぜなら、喋れないから。
『ま、まさか……助けてくれるの?』
俺、こくり。
『そんな……ゴーレムなのに、なんて優しい……』
いい。
「これだ!」
俺は立ち上がった。
「王道だ!」
魔物。俺。パンチ。
ドゴォォォン!
魔物撃破。
『すごい……!』
女性冒険者が俺を見る。
『強いのね……』
俺、こくり。
『それに……』
それに?
『よく見ると、格好いい……』
俺は妄想を止めた。
「待て待て待て!」
無理がある!
「どこをどう見たら!?」
俺は自分の顔を触る。硬い。
「ゴーレムだぞ!?」
もう一度妄想。
『よく見ると、格好いい……』
いや。
「なくはない?」
異世界だ。価値観が違うかもしれない。
「ゴーレム好きの女性がいる可能性も……」
俺は真剣に考える。
かなり狭い性癖を狙ってないか?
◇
別の妄想。
『助けてくれてありがとう!』
女性冒険者が微笑む。俺、こくり。
『お礼がしたいんだけど……』
来た。お礼。
何だ? 食事? 俺、食えない。お金? 使い道がない。宿? 寝ない。
俺は焦った。
「お礼を受け取る機能がない!」
致命的だった。
「待て!」
何かある。俺でも受け取れるもの。
握手。
「これだ!」
手はある! 五本指! しかも頑丈!
俺は妄想へ戻る。
『それじゃあ……』
彼女がそっと手を差し出す。俺も手を伸ばす。そして――。
ぎゅっ。
「…………」
俺は固まった。
手。繋いだ。
妄想だけど。
俺は自分の右手を見る。そして、そっと左手で握った。
硬い。
「違う!」
こんなのじゃない!
「柔らかい手がいい!」
俺は床を叩いた。
ドン!
「温かいやつ!」
ドン!
「女の子の!」
ドン!
静寂。
俺は両手で顔を覆った。
「何やってんだ俺……」
悲しくなってきた。
◇
でも、妄想というものは、一度始めると止まらない。
俺は考えた。もし女性冒険者が来たら、まず怖がらせない。
「重要だな」
俺はゴーレム。相手から見れば魔物に見えるかもしれない。なら、友好的だと伝える必要がある。
「笑顔」
ニッ。
怖い。
「却下」
手を振る。
ぶんぶん。
でかいゴーレムが無言で手を振ってる。
怖い。
「却下」
お辞儀。
ぺこり。
これは。
「いける?」
もう一回。
ぺこり。
悪くない。
「よし!」
俺は何度も練習した。
ぺこり。ぺこり。ぺこり。
「完璧!」
そして、さらに考える。
「女性だった場合は?」
紳士的に。丁寧に。怖がらせず。爽やかに。
俺は片膝をついた。右手を胸へ。左手を差し出す。
おお。
「王子様っぽい!」
いい!
「これだ!」
女性冒険者。
『まあ……!』
俺、片膝。
『私に手を?』
俺、こくり。
『素敵……』
俺は興奮した。
「いける!」
これならいける!
「顔が鉄でも紳士ならいける!」
希望が見えてきた。
◇
さらに妄想は加速した。
俺が女性冒険者を助ける。彼女がお礼を言う。仲良くなる。一緒に冒険する。街へ行く。食事。
「俺食えない!」
修正。一緒に散歩。会話。
「俺喋れない!」
修正。筆談。
「文字分からない!」
修正。
俺は止まった。
「詰んでない?」
食べられない。喋れない。文字も分からない。
「デート難易度高すぎない!?」
俺は頭を抱えた。
「どうやって恋愛するんだよ!」
俺、無言。相手、無言。
俺、お辞儀。
相手。
『?』
俺、手を差し出す。
相手。
『ひっ!』
終わった。
「俺の恋愛、開始三秒で終了した!」
◇
なら。
「ジェスチャーだ!」
俺は思いついた。言葉が通じなくても、身体で伝えればいい。
「こんにちは!」
手を振る。
「ありがとう!」
頭を下げる。
「大丈夫!」
親指を立てる。
「好きです!」
止まった。
「好きってジェスチャーでどうやるんだ?」
ハート? 指で?
俺は両手を使う。
「こう?」
指が硬くて上手く曲がらない。何か、変な形になった。
俺は自分の手を見る。
「これ絶対『殺す』とかの意味に誤解されるやつだろ」
怖くなってやめた。
◇
こうして、俺の日課が増えた。
鉱石吸収。鍛錬。身体の改良。扉の確認。そして。
「対女性冒険者コミュニケーション訓練!」
ぺこり。手を振る。片膝をつく。胸に手を当てる。
完璧だ。
たぶん。
あとは実践あるのみ。
俺は扉を見る。
「いつでも来い!」
勇者でも。冒険者でも。誰でもいい。
「いや!」
俺は訂正した。
「できれば女の子でお願いします!」
静寂。
扉は開かない。
俺は座った。
「……明日かな」
明日という概念があるのかも分からない。
◇
それからも、扉は開かなかった。
俺は鉱石を吸収した。身体を鍛えた。妄想した。扉を見た。
開かない。
また妄想した。扉を見る。
開かない。
そして、ある時。俺は重大なことに気付いた。
待てよ。もし俺が本当に、この部屋のボスだとしたら。
「冒険者って……」
俺を倒しに来るんじゃない?
俺は固まった。扉を見る。自分を見る。もう一度、扉を見る。
嫌な汗が出た。もちろん汗は出ない。
「ちょっと待てぇぇぇぇぇ!!」
大問題だった。
「出会いじゃないじゃん!」
俺は頭を抱えた。
「命の取り合いじゃん!」
女性冒険者。
『覚悟しなさい、ボスモンスター!』
俺。
『違うんです!』
言えない。
『私はこの剣であなたを倒す!』
俺。
『話し合いましょう!』
言えない。
『はあああああっ!』
「待ってぇぇぇぇぇぇ!!」
俺は扉へ走った。
ドドドドドドド!
扉の前で急停止。
「俺、敵じゃないから!」
声は出ない。
「話せば分かる!」
話せない。
「俺、悪いゴーレムじゃないよ!」
伝えられない。
俺は扉に両手をついた。
詰んだ。
完全に詰んだ。
◇
俺は女性冒険者との運命的な出会いを期待していた。しかし、その女性冒険者は俺を殺しに来るかもしれない。
俺は扉の前に座り込んだ。
「どうしよう……」
そして、考えた。考えて、考えて、考え抜いた結果。
「……そうだ」
俺は顔を上げる。
「攻撃しなきゃいいんだ」
簡単な話だ。俺から攻撃しない。相手が来たら、お辞儀する。敵意がないと伝える。話し合う。
「完璧!」
俺は立ち上がった。
「俺、天才!」
問題は、相手が攻撃してきた場合だった。
まあ、その時は。
「避ければいいか!」
俺は笑った。
◇
そして、今日も。まだ見ぬ冒険者との出会いを夢見ながら、鉱石を吸収する。鍛える。妄想する。練習する。
その繰り返し。
いつしか俺の頭の中では、女性冒険者を助け、仲良くなり、街へ行き、デートをして、告白され、恋人になるところまで、完璧な人生設計が完成していた。
なお、肝心の女性冒険者とは、まだ一度も会っていない。
「……彼女ができたら、最初のデートはどこ行こうかな」
順番がおかしい。でも、本人は真剣だった。
――こうして、誰も来ないボス部屋で。
俺の身体と、俺の妄想力だけが、今日も順調に成長していった。




