第4話 俺、ダンジョンマスターだったらしい
身体に小さな突起ができた。手……なのかもしれない。まだ手とは呼べない。だが、確実に以前とは違う。
「……進化してる」
俺は嬉しくなった。鉱石を食べる。身体が変わる。なら、もっと食べればもっと変わる。
実に分かりやすい。
「よし。食おう」
俺は鉱石を吸収し始めた。
スッ。スッ。スッ。
……ふと、疑問が浮かんだ。
「そもそも、なんで俺はここにいるんだ?」
目覚めてからずっと考えていたことだ。俺は異世界に来た。そして、気が付いたら球体だった。
場所は暗い。出口はない。鉱石が大量にある。そして俺は、それを吸収できる。
これ、もしかして。
「ダンジョン……なんじゃないか?」
そう考えると、いろいろ辻褄が合う。異世界。ダンジョン。鉱石。
謎の魔物。そして――俺。
「……俺、ダンジョンマスターじゃね?」
その瞬間、すべてが繋がった気がした。
「そうか!」
俺は一人で納得した。
ダンジョンマスター。ダンジョンを管理する存在。ダンジョンの奥深くにいて、侵入者を迎え撃つ。そして、鉱石や魔物を生み出したりする。
「だから俺はここにいるんだ!」
違う。全然違う。だが、当時の俺には知る由もない。
「なるほどなぁ……」
俺は感心した。異世界に来た。人間としてではなく、ダンジョンマスターとして生まれ変わった。そういうことだったのか。
「……でも、俺、何もできなくない?」
当然である。ダンジョンマスターなら、魔物を召喚したり、罠を仕掛けたり、部屋を改造したりできるはずだ。
だが、俺にはできない。魔物も召喚できない。罠も作れない。部屋も変えられない。
しばらく考える。
「……新人ダンジョンマスターだからか?」
そういうことにした。
異世界にはきっと、初心者ダンジョンマスターというものが存在する。最初は何もできない。経験を積むことで、少しずつ権限が増える。そういうシステムなのだろう。
「うん。たぶんそうだ」
俺は納得した。我ながら単純である。
◇
それから俺は、別のことにも気づいた。鉱石を吸収していると、身体だけではなく、この部屋そのものについても、なんとなく分かるようになってきた。
床。壁。天井。どこに何があるのか、以前よりはっきり分かる。
「……これ、ダンジョンマスター能力じゃないか?」
また勘違いした。
実際には、長期間この場所にいることで周囲の構造を感知できるようになっていただけだ。しかし本人は知らない。
「やっぱり俺、ダンジョンマスターだわ」
確信した。こうして、俺の中で一つの設定が完成した。
――俺はダンジョンマスター。
この部屋は俺のダンジョン。鉱石を食べて成長する。そしていつか、強力な魔物を召喚して、侵入者を迎え撃つ。
「……なんか、思ってた異世界転生と違うな」
最初はそう思った。だが。
「まあ、これはこれでアリか」
人間になれなかった。手足もない。口もない。喋れない。
外にも出られない。だったら、ダンジョンマスターとして生きていくしかない。
「よし」
俺は決意した。
「立派なダンジョンマスターになろう」
なお、この時点で俺はダンジョンマスターではない。
ただの、ダンジョンの一室に存在する謎の球体である。
◇
それから俺は、ひたすら鉱石を食べた。食べれば食べるほど身体が変わる。最初にできた小さな突起は、少しずつ大きくなった。
やがて、もう一つ。反対側にも突起ができた。
「……両手?」
そう思った。さらに、身体の下側にも、何かが伸び始めた。
「……足?」
少しずつ、少しずつ。球体だった身体が、人の形へ近づいていく。
「おお……!」
嬉しい。これは嬉しい。今まで何もできなかった俺に、ついに手足ができる。
「あと少し……!」
夢中になって鉱石を吸収する。
スッ。スッ。スッ。
身体が変わる。また鉱石を吸収する。身体が大きくなる。そして――。
「……!」
初めて、俺の身体に「腕」と呼べそうなものができた。
まだ細い。まだ短い。人間の腕とは到底呼べない。それでも。
「腕だ……!」
感動した。俺は初めて、自分の意思で身体を動かそうとする。
動け。
動け。
頼む。
すると、ほんの少し、腕が動いた。
「…………」
言葉が出ない。いや、そもそも口がないから、出ない。それでも、心の中では叫んでいた。
「動いたあああああ!」
人生初。異世界初。球体になってから初。自分の身体を、自分の意思で動かした。
たったそれだけ。なのに、ものすごく嬉しかった。
◇
そして、俺は一つの目標を決めた。まず、身体を完成させる。
手。足。頭。胴体。
できれば顔も欲しい。そして、口が欲しい。
「喋りたい」
それが一番だった。誰かと話したい。普通に会話したい。「こんにちは」と言いたい。
「助けてください」と言いたい。そして、いつか、この場所から出たい。
外の世界を見たい。人間に会いたい。できれば、女の人にも会いたい。
「……いや」
俺は少し考えた。
「まずは普通の人でいい」
贅沢は言わない。話せる相手なら誰でもいい。
……できれば優しい女性がいいけど。
「……いやいや、贅沢言うな俺」
誰もいない部屋で、自分にツッコミを入れる。そして、再び鉱石を見る。
「食うか」
やることは変わらない。食べる。成長する。身体を作る。
そして、いつか、ここから出る。
俺はまだ知らなかった。その「いつか」が、想像していたよりも、はるか遠い未来になることを。
そして、俺がダンジョンマスターだと思い込んでいるこの部屋に、いつか本当に「侵入者」がやって来ることを。




