第3話 俺、ついに身体を手に入れる
――どれくらいの時間が経ったのか。
俺には、もう分からなかった。この場所には朝も夜もない。腹も減らない。眠くもならない。時計もない。太陽もない。
つまり。
「時間を確認する方法、ゼロじゃん」
俺は呆れた。いや、そもそも俺には目もない。
「時計があっても見えないけどな!」
自分で言って、自分で虚しくなった。
だが、そんな俺にも、一つだけ分かることがある。
俺は――。
「成長してる!」
最初はただの玉だった。手もない。足もない。顔もない。口もない。そんな悲惨な状態だった。
それが、今では。
「腕!」
にょき。
「足!」
にょき。
「胴体!」
どん。
「頭!」
どん。
俺は自分の身体を確認した。
「…………人型だ」
感動した。ついに、俺は人型になった。
「やったぁぁぁぁぁぁ!!」
叫ぶ。もちろん声は出ない。
この頃には、声が出ないことにも慣れていた。慣れたくはなかった。
それでも嬉しい。
◇
俺は自分の身体を動かした。腕を上げる。下ろす。足を動かす。
一歩。
二歩。
三歩。
歩ける。
歩けるぞ!
「うおおおおおおお!!」
俺は走った。とはいっても、身体が重い。
ガシャン。ガシャン。ガシャン。
遅い。めちゃくちゃ遅い。
そして、壁にぶつかった。
ドゴォン!
「…………」
痛くない。
俺は壁を見る。壁が少しへこんでいる。
俺は自分の腕を見る。そして。
「……これ、俺が強いのか?」
初めて疑問に思った。だが、すぐに別のことが気になった。
「いや!」
俺は自分の顔を確認する。
「顔だ!」
◇
重要だ。ものすごく重要。
三十歳独身男性にとって。いや、異世界で生きていく上でも重要だ。
「イケメン!」
俺は期待した。期待しまくった。
何しろ、身体は鉱石から作られている。異世界だ。もしかしたら。
「俺、実は超絶イケメンになってるんじゃないか!?」
俺は自分の顔を触った。
……硬い。
嫌な予感。
鼻、ある。口、ある。目、ある。耳、ある。
だが、全部、硬い。
俺はしばらく黙った。
「…………ゴーレムじゃん」
そう。どう見ても人間ではない。
「なんでだよぉぉぉぉぉ!!」
俺は頭を抱えた。
「俺はイケメンを期待したんだよ!」
ガンッ!
壁を殴る。壁がへこむ。
「人型になっただけじゃん!」
ガンッ!
「顔も石じゃん!」
ガンッ!
「肌も石じゃん!」
ガンッ!
「そもそも髪がないじゃん!」
ガンッ!
俺は拳を下ろした。少し考える。
「……髪って必要か?」
いや、必要だ。絶対に必要だ。
異世界転生主人公といえば、美しい髪。爽やかな顔。整った身体。そして――。
「モテる!」
重要だ。
「俺はモテたい!」
俺は拳を握った。……硬い拳だった。
何だろう。この悲しさ。
◇
それから俺は、身体の改良を始めた。
「まず髪!」
鉱石を吸収。
「髪!」
吸収。
「もっと髪!」
吸収。
できた。頭から金属の棒が何本も。
「…………」
俺は沈黙した。触ってみる。硬い。
髪じゃない。
「針だ」
完全に針だった。
「なんでだよ!」
俺は叫んだ。
「俺は髪を作ったんだぞ!」
もちろん誰も答えない。
「これじゃあ女の子に触られた瞬間、怪我するだろ!」
……そこまで考えて、俺は少し想像した。
女の子が俺の髪に触れる。
「……痛っ!」
俺。
「ご、ごめん!」
女の子。
「もう! ゴーレムさんったら!」
俺は首を振った。
「いや、ないな」
妄想ですら無理がある。
俺は針のような髪を壊した。
「やり直し!」
◇
何度も、何度も作り直した。
腕。足。胴体。頭。指。顔。髪。身体の細部。
少しずつ、本当に少しずつ。俺の身体は人間に近付いていった。
ある時、俺は自分の手を見た。
指が五本ある。ちゃんと曲がる。握れる。開ける。
昔なら当たり前だった。でも、今の俺にとっては奇跡だった。
俺は自分の手を握った。そして、ゆっくり開いた。
嬉しい。素直に、嬉しかった。
「俺……」
ここまで来た。
「ちゃんと、身体を作れてるんだな」
最初はただの玉だった。何もできなかった。転がるしかなかった。
それが今は、立っている。歩ける。腕がある。手がある。指がある。
俺は、自分の胸に手を当てた。
心臓はない。鼓動もない。それでも、何となく、そこに自分がいる気がした。
「……生きてる」
そう思った。そして、少しだけ怖くなくなった。
◇
だが、問題がある。
俺は歩いた。歩いて、部屋の中を一周した。そして、目の前の扉を見る。
巨大な扉。ずっと向こうにある。
俺は近付いた。手を伸ばす。触る。
冷たい。重い。分厚い。
俺は押した。
動かない。
もう一度。
動かない。
俺は両手を使った。
「ぬぬぬぬぬ……!」
力を込める。
「ぬおおおおおおおお!!」
全力。
「開けぇぇぇぇぇぇ!!」
――ビクともしない。
俺は呆然とした。もう一度、押す。
動かない。
蹴る。
ドゴォン!
俺の足が痛くない。扉も壊れない。
俺は扉を見る。そして。
「……これ」
嫌な予感がした。
「もしかして……」
俺。
「閉じ込められてる?」
静寂。
◇
俺は扉を見つめる。もう一度見る。やっぱり開かない。
俺はゆっくりその場に座った。
嫌な汗。いや、ゴーレムだから汗は出ない。でも、気持ちは汗だくだった。
「俺……」
ぽつり。
「身体を作ったのに……」
ここから出られない?
俺は天井を見る。もちろん天井しか見えない。
「…………マジで?」
返事はない。
俺はしばらく固まっていた。そして、拳を握る。立ち上がる。扉を見る。
もう一度、殴る。
ドゴォン!
「開けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
開かない。
さらに殴る。
「開けろぉぉぉぉぉぉ!!」
開かない。
「俺はもう玉じゃないんだぞぉぉぉぉ!!」
開かない。
「手もあるぞぉぉぉぉ!!」
開かない。
「足もあるぞぉぉぉぉ!!」
開かない。
「顔だってあるんだぞぉぉぉぉ!!」
開かない。
「髪はないけど!」
開かない。
俺は扉の前で立ち尽くした。そして、小さく呟く。
「……誰か来てくれないかな」
静かな部屋。返事はない。
◇
俺は扉の前に座った。その日から、俺は扉の向こうをずっと気にするようになった。
誰かが来るかもしれない。いつか開くかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、俺はまた鉱石を吸収する。
もっと強く。もっと丈夫に。もっと自由に動ける身体に。
そうして、俺は知らないうちに、また一つ大きな勘違いを始めていた。
「……俺、もしかして」
この部屋の――。
「……ボスなんじゃないか?」
この時の俺は、まだ知らなかった。ここが「ダンジョンのボス部屋」だということを。
そして、俺がここから出られない時間が――。
これからさらに百年近く続くことを。
俺は扉を見つめる。そして。
「……まあ、ボスなら仕方ないか」
勝手に納得した。
――俺の長い長い引きこもり生活は、こうして始まった。




