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30歳童貞おっさんの転生物語  作者: 障子
第一章 ゴーレム編

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第3話 俺、ついに身体を手に入れる

 ――どれくらいの時間が経ったのか。


 俺には、もう分からなかった。この場所には朝も夜もない。腹も減らない。眠くもならない。時計もない。太陽もない。


 つまり。


「時間を確認する方法、ゼロじゃん」


 俺は呆れた。いや、そもそも俺には目もない。


「時計があっても見えないけどな!」


 自分で言って、自分で虚しくなった。


 だが、そんな俺にも、一つだけ分かることがある。


 俺は――。


「成長してる!」


 最初はただの玉だった。手もない。足もない。顔もない。口もない。そんな悲惨な状態だった。


 それが、今では。


「腕!」


 にょき。


「足!」


 にょき。


「胴体!」


 どん。


「頭!」


 どん。


 俺は自分の身体を確認した。


「…………人型だ」


 感動した。ついに、俺は人型になった。


「やったぁぁぁぁぁぁ!!」


 叫ぶ。もちろん声は出ない。


 この頃には、声が出ないことにも慣れていた。慣れたくはなかった。


 それでも嬉しい。


     ◇


 俺は自分の身体を動かした。腕を上げる。下ろす。足を動かす。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 歩ける。


 歩けるぞ!


「うおおおおおおお!!」


 俺は走った。とはいっても、身体が重い。


 ガシャン。ガシャン。ガシャン。


 遅い。めちゃくちゃ遅い。


 そして、壁にぶつかった。


 ドゴォン!


「…………」


 痛くない。


 俺は壁を見る。壁が少しへこんでいる。


 俺は自分の腕を見る。そして。


「……これ、俺が強いのか?」


 初めて疑問に思った。だが、すぐに別のことが気になった。


「いや!」


 俺は自分の顔を確認する。


「顔だ!」


     ◇


 重要だ。ものすごく重要。


 三十歳独身男性にとって。いや、異世界で生きていく上でも重要だ。


「イケメン!」


 俺は期待した。期待しまくった。


 何しろ、身体は鉱石から作られている。異世界だ。もしかしたら。


「俺、実は超絶イケメンになってるんじゃないか!?」


 俺は自分の顔を触った。


 ……硬い。


 嫌な予感。


 鼻、ある。口、ある。目、ある。耳、ある。


 だが、全部、硬い。


 俺はしばらく黙った。


「…………ゴーレムじゃん」


 そう。どう見ても人間ではない。


「なんでだよぉぉぉぉぉ!!」


 俺は頭を抱えた。


「俺はイケメンを期待したんだよ!」


 ガンッ!


 壁を殴る。壁がへこむ。


「人型になっただけじゃん!」


 ガンッ!


「顔も石じゃん!」


 ガンッ!


「肌も石じゃん!」


 ガンッ!


「そもそも髪がないじゃん!」


 ガンッ!


 俺は拳を下ろした。少し考える。


「……髪って必要か?」


 いや、必要だ。絶対に必要だ。


 異世界転生主人公といえば、美しい髪。爽やかな顔。整った身体。そして――。


「モテる!」


 重要だ。


「俺はモテたい!」


 俺は拳を握った。……硬い拳だった。


 何だろう。この悲しさ。


     ◇


 それから俺は、身体の改良を始めた。


「まず髪!」


 鉱石を吸収。


「髪!」


 吸収。


「もっと髪!」


 吸収。


 できた。頭から金属の棒が何本も。


「…………」


 俺は沈黙した。触ってみる。硬い。


 髪じゃない。


「針だ」


 完全に針だった。


「なんでだよ!」


 俺は叫んだ。


「俺は髪を作ったんだぞ!」


 もちろん誰も答えない。


「これじゃあ女の子に触られた瞬間、怪我するだろ!」


 ……そこまで考えて、俺は少し想像した。


 女の子が俺の髪に触れる。


「……痛っ!」


 俺。


「ご、ごめん!」


 女の子。


「もう! ゴーレムさんったら!」


 俺は首を振った。


「いや、ないな」


 妄想ですら無理がある。


 俺は針のような髪を壊した。


「やり直し!」


     ◇


 何度も、何度も作り直した。


 腕。足。胴体。頭。指。顔。髪。身体の細部。


 少しずつ、本当に少しずつ。俺の身体は人間に近付いていった。


 ある時、俺は自分の手を見た。


 指が五本ある。ちゃんと曲がる。握れる。開ける。


 昔なら当たり前だった。でも、今の俺にとっては奇跡だった。


 俺は自分の手を握った。そして、ゆっくり開いた。


 嬉しい。素直に、嬉しかった。


「俺……」


 ここまで来た。


「ちゃんと、身体を作れてるんだな」


 最初はただの玉だった。何もできなかった。転がるしかなかった。


 それが今は、立っている。歩ける。腕がある。手がある。指がある。


 俺は、自分の胸に手を当てた。


 心臓はない。鼓動もない。それでも、何となく、そこに自分がいる気がした。


「……生きてる」


 そう思った。そして、少しだけ怖くなくなった。


     ◇


 だが、問題がある。


 俺は歩いた。歩いて、部屋の中を一周した。そして、目の前の扉を見る。


 巨大な扉。ずっと向こうにある。


 俺は近付いた。手を伸ばす。触る。


 冷たい。重い。分厚い。


 俺は押した。


 動かない。


 もう一度。


 動かない。


 俺は両手を使った。


「ぬぬぬぬぬ……!」


 力を込める。


「ぬおおおおおおおお!!」


 全力。


「開けぇぇぇぇぇぇ!!」


 ――ビクともしない。


 俺は呆然とした。もう一度、押す。


 動かない。


 蹴る。


 ドゴォン!


 俺の足が痛くない。扉も壊れない。


 俺は扉を見る。そして。


「……これ」


 嫌な予感がした。


「もしかして……」


 俺。


「閉じ込められてる?」


 静寂。


     ◇


 俺は扉を見つめる。もう一度見る。やっぱり開かない。


 俺はゆっくりその場に座った。


 嫌な汗。いや、ゴーレムだから汗は出ない。でも、気持ちは汗だくだった。


「俺……」


 ぽつり。


「身体を作ったのに……」


 ここから出られない?


 俺は天井を見る。もちろん天井しか見えない。


「…………マジで?」


 返事はない。


 俺はしばらく固まっていた。そして、拳を握る。立ち上がる。扉を見る。


 もう一度、殴る。


 ドゴォン!


「開けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 開かない。


 さらに殴る。


「開けろぉぉぉぉぉぉ!!」


 開かない。


「俺はもう玉じゃないんだぞぉぉぉぉ!!」


 開かない。


「手もあるぞぉぉぉぉ!!」


 開かない。


「足もあるぞぉぉぉぉ!!」


 開かない。


「顔だってあるんだぞぉぉぉぉ!!」


 開かない。


「髪はないけど!」


 開かない。


 俺は扉の前で立ち尽くした。そして、小さく呟く。


「……誰か来てくれないかな」


 静かな部屋。返事はない。


     ◇


 俺は扉の前に座った。その日から、俺は扉の向こうをずっと気にするようになった。


 誰かが来るかもしれない。いつか開くかもしれない。


 そんな淡い期待を抱きながら、俺はまた鉱石を吸収する。


 もっと強く。もっと丈夫に。もっと自由に動ける身体に。


 そうして、俺は知らないうちに、また一つ大きな勘違いを始めていた。


「……俺、もしかして」


 この部屋の――。


「……ボスなんじゃないか?」


 この時の俺は、まだ知らなかった。ここが「ダンジョンのボス部屋」だということを。


 そして、俺がここから出られない時間が――。


 これからさらに百年近く続くことを。


 俺は扉を見つめる。そして。


「……まあ、ボスなら仕方ないか」


 勝手に納得した。


 ――俺の長い長い引きこもり生活は、こうして始まった。


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