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30歳童貞おっさんの転生物語  作者: 障子
第一章 ゴーレム編

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第22話 俺、人間になったら赤ん坊だった

 俺は台座の前に立ち、光る宝珠へゆっくり手を伸ばした。


 ずっと願っていた。人間になりたい。食べたい。眠りたい。喋りたい。誰かと手を繋ぎたい。恋をして、付き合って、その先までちゃんと進みたい。


 何百年もの間、ずっとできなかった普通のことを、今度こそやってみたい。宝珠へ触れた瞬間、眩しい光が俺の全身を包んだ。


     ◇


『願いを確認』


 あの不思議な声が、部屋全体へ響く。今度は床へ文字を書く必要もなかった。頭の中へ直接問いかけられているような感覚がある。


 俺は強く願った。完全な人間の男になりたい。できることなら、今までの強さも失いたくない。


 声がしばらく沈黙する。


『願望を解析』


 少し不安になった。聖女の願いにも限界があった。俺の願いにも、何か問題があるのだろうか。


『人間種への変換――実行可能』


 その言葉を聞いた瞬間、心の中で全力のガッツポーズをした。


 やった。本当に人間になれる。


     ◇


『ただし、現在の身体構造および能力値を完全に維持した状態での人間化は不可能』


 喜んだ直後に落とされた。


 やっぱりか。


 今の身体は、どう考えても普通の人間ではない。勇者の本気の攻撃でも傷付かず、神々の試練の守護者すら少し強く殴れば消える。そんな身体をそのまま人間にしたら、それはもう人間ではない気がする。


『人間として再構築する場合、身体能力および能力構造は人間種に適合する形へ変換される』


 少し残念ではある。でも、強さより人間だ。


 俺が欲しかったのは、最強の身体そのものではない。ちゃんと生きられる身体。誰かを好きになって、その相手と一緒にいられる身体だ。俺は迷わず願いを続けた。


     ◇


『願いを受理』


 宝珠の光が一気に強くなる。勇者たちの姿が見えなくなるほど眩しい。そして、身体が変わり始めた。


 ――!


 今まで感じたことのない感覚が全身を駆け抜ける。硬かった身体が消えていく。金属の感覚も、鉱石の感覚も、長い間ずっと自分だった重い身体も、すべてほどけていく。


 代わりに感じるのは、柔らかさと温かさだった。


     ◇


 最初に気付いたのは、声だった。


「…………っ」


 今の。俺?


「ぁ……」


 声が出た。俺の声。


「ぁ、あ……!」


 本当に出る。俺は思わず笑おうとした。でも、うまく口が動かない。


「……あぅ」


 何だ? 発音がおかしい。


     ◇


 次に気付いたのは呼吸だった。胸が動く。空気が入る。そして出ていく。


「っ、は……」


 息をしている。胸の奥では、ドクン、ドクンと心臓が動いている。


 俺は生きている。人間として。その事実だけで、泣きそうになった。


     ◇


 やがて光が収まり、勇者たちの姿が見えてきた。勇者が固まっている。戦士も固まっている。聖女は口元へ手を当てていた。


 何だ、その反応。


 俺は自分の身体を見る。そして。


 手が小さい。


 ものすごく小さい。腕も短い。脚も短い。嫌な予感がした。


     ◇


 俺は立とうとした。


 ぐらっ。


「ぅあっ」


 まともに立てない。身体がまったく言うことを聞かず、そのままぺたんと尻餅をついた。


 勇者がゆっくり俺の前へしゃがむ。


『……いや』


 俺は勇者を見上げた。


『マジかよ』


 何だよ。その顔。俺は何か言おうとした。


「み……」


 言葉にならない。


「みゃ……」


 何だこれ。しかも、勇者の顔がものすごく上にある。


     ◇


 聖女が俺へ近付いてきた。そして、ひょいと俺を抱き上げた。


 簡単に持ち上がった。待て。俺、そんなに小さい?


 俺は聖女の腕の中で、自分の手を見る。小さな指。柔らかい皮膚。どう見ても成人男性の手ではない。


 勇者がこちらを見ながら言った。


『お前……赤ん坊になってるぞ』


 俺の思考が止まった。


     ◇


 赤ん坊。俺が?


 何百年、いや、それ以上の時間をかけて、ようやく人間になりたいという願いが叶った。


 その結果、赤ん坊。


「ばぶぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 全力で叫んだ。そして、自分で絶望した。どう聞いても赤ん坊の声だった。


     ◇


 勇者が顔を背ける。肩が震えている。笑ってる。絶対に笑ってる。


「だぁ! あぅ! うぁ!」


 笑うな! そう言いたい。でも、まったく言葉にならない。


『悪い……』


 勇者が口元を押さえながら言う。


『でも、お前……人間になりたかったんだよな?』


 俺は聖女の腕の中で全力で頷いた。


『なったぞ』


 それはそう。確かにそうなんだけど。


 年齢! そこが問題なんだよ!


「だぁぁぁぁぁぁ!!」


 当然、叫びは赤ん坊の声にしかならなかった。


     ◇


 聖女が俺を少し抱き直す。温かい。柔らかい。そこで俺は、別の事実に気付いた。


 今、女性に抱っこされている。


 前世を含めても、ここまで女性と密着した経験なんて記憶にない。でも、俺は赤ん坊。女性に抱かれている。念願と呼べなくもない状況なのに、まったく嬉しくない。


 いや、少し嬉しい。でも悲しい。


 感情が忙しい。


     ◇


 勇者が宝珠の消えた台座を見る。


『願いそのものは叶ってる』


 その通りだった。完全な人間。男。たぶん、ちゃんと成長する。そして将来的には恋愛もできる。


 将来的には。


 そこが問題だった。


     ◇


 何百年も待った。ようやく人間になった。そして、ここからさらに成長を待たなければならない。


 俺は聖女の腕の中で天井を見上げた。


 神様。俺に何か恨みでもあるのか?

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