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30歳童貞おっさんの転生物語  作者: 障子
第一章 ゴーレム編

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第21話 俺、ついに願いを叶える宝珠へ辿り着く

 目の前には、これまでとは明らかに雰囲気の違う巨大な扉が立っていた。細かな紋様が全面に刻まれ、その隙間から淡い光が漏れている。近付くだけで、俺でも分かるほど濃い魔力を感じた。


『この先が最後だ』


 勇者が扉を見上げながら言う。戦士も表情を引き締め、聖女は杖を握り直した。


 俺も扉を見る。この先を突破すれば、一人につき一つ、願いを叶えられる。人間になりたい。その願いが、さっきから頭の中を離れなかった。


     ◇


『一応言っとくけど、最後は今までより別格だからな』


 勇者が俺を見る。俺は頷いた。


『ゲームだと、ここまで来ても最後で全滅することが普通にある』


 なるほど。今までの奴らとは比べものにならないということか。


 俺は少しだけ楽しみになっていた。外へ出てからというもの、出てくる魔物がことごとく一撃で終わってしまった。せっかく神々の試練なんて大層な名前なのに、俺にとっては散歩に近い。


 もしかしたら最後くらいは、ちゃんと戦えるかもしれない。俺が拳を握ると、勇者が嫌そうな顔をした。


『お前、今ちょっと楽しみにしてるだろ』


 俺は首を横へ振った。


『嘘つけ』


 なぜ分かった。


     ◇


 勇者が扉へ手を触れる。


 ゴゴゴゴゴゴ……。


 重い音を立てながら、巨大な扉がゆっくり開いていく。その向こうには、今まで以上に広い空間が広がっていた。中央に立っているのは、一体の巨大な魔物。いや、魔物と呼んでいいのか少し迷う。


 人のような形をしているが、背丈は俺よりもさらに大きく、全身が白銀の鎧のようなもので覆われていた。背中には何枚もの翼に見える光が浮かび、両手には巨大な剣を持っている。


『あれが最後の守護者だ』


 勇者が剣を抜く。


『ゲームじゃ、神将って呼ばれてた』


 神将。強そうな名前だ。


     ◇


 俺たちが部屋へ入ると、背後の扉が閉じた。同時に、神将の目に光が灯る。空気が変わった。


 次の瞬間、神将が消える。


 ――!


 速い。今までの魔物とは明らかに違った。勇者が剣を上げるより先に、神将の大剣が振り下ろされる。


『避けろ!』


 俺は反射的に前へ出た。


 ガァァァァン!!


 大剣が俺の腕へ叩きつけられる。床が大きく砕け、衝撃が部屋中へ広がった。勇者たちは後方へ吹き飛びかける。


 俺は自分の腕を見る。傷はない。神将も俺の腕を見ている。少しだけ首を傾げたような気がした。


 気持ちは分かる。


     ◇


『大丈夫か!?』


 勇者が叫ぶ。俺は頷いた。大丈夫というより、何ともない。


『……やっぱおかしいだろ、お前』


 勇者が何か言っているが、今は神将の方が気になる。神将がもう一度剣を構える。今度は二本同時、左右からかなりの速さで振るってくる。


 俺は両手を出した。


 ガンッ!!


 二本の剣を、それぞれ片手で受け止める。止まった。神将も止まる。俺も少し驚いた。


 力は強い。今までの魔物より、かなり強い。でも、押されない。


     ◇


『今だ!』


 勇者が横から斬り込む。戦士も反対側から攻撃し、聖女の魔法が後方から飛ぶ。勇者たちの攻撃が同時に神将へ叩き込まれた。


 爆発。光。煙。神将が数歩後ろへ下がる。


『効いた!』


 勇者が声を上げる。俺も少し安心した。ちゃんと勇者たちの攻撃も通る。これなら俺が全部やらなくても――。


 そう思った瞬間、神将の身体から大量の光が溢れ、傷が消えた。


『……回復するの忘れてた』


 勇者が小さく呟いた。


 忘れるな。


     ◇


 神将が両手の剣を掲げる。天井いっぱいに巨大な魔法陣が広がった。


『まずい!』


 勇者の声と同時に、無数の光の槍が降ってくる。聖女が防御結界を展開する。光の壁へ次々と槍が突き刺さり、やがて結界に亀裂が入り始めた。


 聖女の表情が苦しそうに歪む。俺はそれを見て、前へ出た。


     ◇


 俺は聖女たちの前に立つ。光の槍が身体中へ降り注ぐ。


 ガン。ガン。ガガガガガガガガン!!


 でも、痛くない。むしろ少しくすぐったいくらいだった。光が収まり、自分の身体を見る。傷はない。


 勇者が後ろで何か言いたそうな顔をしている。聖女も呆然としていた。俺は少しだけ胸を張った。


 守れた。


 何百年も、俺は人を吹き飛ばしてばかりだった。でも今は違う。初めて人を守れたことが、少し嬉しかった。


     ◇


 神将が再び動く。今度は俺へ向かって真正面から突進し、大剣を振り上げた。俺も拳を握る。


 手加減。今までずっと失敗してきた。でも、相手がこれだけ強いなら、少しくらい本気を出しても大丈夫ではないだろうか。


 いや、危ない。


 俺は学習している。まずは少し強め。それくらいで。


     ◇


 神将の剣が振り下ろされる。俺は拳を前へ出した。


 ドンッ!!


 神将の上半身が消えた。


 勇者たちは無言。俺も無言。いや、俺は元から喋れない。


 神将の残った下半身が、その場でゆっくり倒れる。


 ズズン。


 静寂。


     ◇


 勇者が俺を見る。俺も勇者を見る。


『今の』


 俺は頷く。


『手加減した?』


 もう一度頷く。勇者は両手で顔を覆った。


『もういい。聞いた俺が悪かった』


 何でだ。今度は本当に少し強くしただけなのに。


     ◇


 その直後、倒れた神将の身体が光へ変わり始めた。白銀の身体が崩れ、無数の光の粒となって空へ昇っていく。


 俺は少し身構えた。復活か、第二形態か、それとも巨大化か。そういう可能性を警戒していると、勇者が言った。


『大丈夫。これで終わりだ』


 俺は勇者を見る。


『クリア』


 本当に?


 勇者が頷く。


『神々の試練、攻略完了だ』


     ◇


 部屋の奥にあった壁が、ゆっくり開いていく。その向こうから、柔らかな光が漏れた。俺たちは警戒しながら進む。


 そこには小さな部屋があり、中央には台座。その上に三つの光る球が置かれていた。


 これか。


『願いを叶える宝珠』


 勇者が言う。俺は光る球を見つめる。大きさは、人間の頭より少し小さいくらい。見た目だけなら、不思議に光る水晶玉だ。


 でも、これが願いを叶える。


     ◇


『一人一つ』


 勇者が確認するように言った。戦士は宝珠を見たあと首を横へ振り、聖女と何か話している。俺には内容が分からない。


『ああ、こいつは今回の願いは使わないって』


 勇者が通訳してくれた。なるほど。使うのは勇者、聖女、俺。三人。ちょうど三つ。


     ◇


 勇者が宝珠を見ながら、少しだけ表情を変えた。


『俺は決めてる』


 聞かなくても何となく分かった。


『元の世界に帰る』


 やっぱり。勇者は転生者だ。この世界で生きてきた。それでも、日本へ帰りたいらしい。


 俺は少し不思議だった。俺はもう、日本へ帰りたいとはほとんど思わない。何百年も経ちすぎた。帰ったところで、俺の知っている人間は誰もいない。


     ◇


 次に聖女が宝珠の前へ進んだ。勇者がこちらを見る。


『聖女も願いは決めてる。魔王の復活を止めたいんだって』


 俺は聖女を見る。魔王は倒しても、いずれまた復活する。なら、その復活そのものを止める。自分のためではなく、この世界のために使う願い。


 すごい。


 聖女が宝珠へ手を触れる。淡い光が強くなった。


     ◇


 次の瞬間、部屋全体に声が響いた。男とも女とも分からない、不思議な声だった。


『魔王の永久消滅――実現不可能』


 聖女の表情が固まる。勇者も顔を上げた。声は続く。


『現行の世界法則を維持したまま、魔王の復活そのものを永久に停止することはできない』


 つまり、願いでも無理なことがある。何でも叶うわけではないらしい。


 聖女が何かを言う。俺には意味が分からない。勇者が小さく通訳した。


『「可能な限り長く止めてほしい」って』


 宝珠の光がさらに強くなる。


『実現可能範囲を算定』


 しばらく、沈黙。そして。


『魔王の復活を百年間停止可能』


 百年。


     ◇


 聖女は少しだけ目を伏せた。永久には無理。それでも百年。


 勇者が聖女へ何かを言う。二人のやり取りは分からない。だが、聖女はやがて顔を上げ、はっきりと頷いた。


 宝珠へ向かって何かを告げる。勇者が俺へ訳してくれた。


『「それでお願いします」だって』


 次の瞬間、宝珠が強く輝いた。


『願いを受理。魔王の復活を百年間停止する』


 光が聖女の身体を包み、やがて消えていく。これで百年間、魔王は復活しない。


 聖女が願ったのは永遠だった。でも、宝珠の力にも限界がある。その限界いっぱいが、百年。それでも、その百年の間にどれだけ多くの人が救われるのか。


 そう考えると、やっぱりすごい願いだと思う。


     ◇


 それに比べて俺は、人間になりたい。彼女が欲しい。恋愛したい。童貞も卒業したい。


 ……欲望まみれだな。


『お前は?』


 勇者が俺を見る。俺は少し考える。いや、本当は考える必要なんてない。ずっと決まっている。


 俺は床へ指を伸ばし、ゆっくり文字を書く。


『人間になりたい』


 勇者が読む。


『人間?』


 俺は頷き、さらに書く。


『できれば強さそのまま』


 欲張りだとは思う。でも、せっかくなら。そして、もう一つ。念のため。


『男』


 勇者が止まった。


『そこ確認する必要ある?』


 ある。ものすごくある。


     ◇


 俺はさらに書く。


『ちゃんとした男』


『恋愛できる』


『結婚できる』


『子供作れる』


 勇者が途中から目を逸らした。


『分かった。もう分かったから』


 何だ。大事だろ。非常に重要なところだ。


『願いって一つだからな?』


 俺は頷く。だからまとめる。


『完全な人間の男になる』


 これで完璧。勇者が床の文字を見る。


『……まあ、それなら全部含まれるか』


 俺は強く頷いた。


     ◇


 俺は宝珠を見る。人間になりたい。ずっとそう思っていた。


 食べる。眠る。喋る。触れる。手を繋ぐ。抱きしめる。恋をする。そして、誰かと一緒に暮らす。


 そんな普通のことを、ずっとやりたかった。俺は台座の前へ進み、光る宝珠へゆっくり手を伸ばした。


     ◇


 この時、俺は一つだけ重大なことを確認していなかった。人間になる。そこまではいい。


 問題は、何歳の人間になるのか。


 そこだった。

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