第19話 俺、外の世界へ踏み出す
外に出た。本当に。何百年、いや、もしかするとそれ以上の時間を閉じ込められていたあの部屋から、俺はついに出た。
振り返れば、そこには見慣れた巨大な扉がある。あの向こう側が、俺の世界のすべてだった。鉱石を吸収し、身体を作り、妄想し、来訪者を待ち続けた場所。今、その扉が俺の後ろにある。
外って、本当にあったんだな。当たり前なのに、そんなことを思ってしまった。
◇
『大丈夫か?』
勇者が俺を見る。俺はかなり慎重に頷いた。もう昔みたいに、嬉しくなった勢いで全力で動くようなことはしない。学習した。ものすごく長い時間をかけて。
『じゃあ、行くか』
勇者が先へ続く通路を見る。俺もそちらへ目を向けた。今までなら、扉の向こう側は想像するしかなかった。
町がある。人がいる。空がある。女の子もいる。
最後だけ急に具体的になった気がするが、俺にとってはかなり重要なことなので仕方ない。
◇
勇者たちが歩き出し、俺もその後についていく。一歩、二歩と普通に歩ける。扉は閉じないし、押し戻されもしない。何も起きない。
歩いているだけなのに自由を感じる。我ながら、これまでの人生が重すぎる。
勇者の後ろには、あの男と女性が続いている。さっきから気になっていたが、勇者以外の二人とはまだまともに意思疎通できていない。俺は異世界の言葉を少しだけ覚えたものの、会話できるほどではない。
勇者が二人に何か話し、男と女性がこちらを見る。
『今、お前のこと説明してる』
ありがたい。俺は勇者に向かって軽く頭を下げた。勇者がいなかったら、また筆談とジェスチャーだけで何とかしなければならなかった。
◇
『こっちの男が戦士で、こっちが聖女』
聖女。その言葉に、俺の意識が女性へ向く。白を基調とした装備。杖。落ち着いた雰囲気。
なるほど、確かに聖女らしい。それに、やっぱり美人だった。
『どうした?』
勇者が聞いてきたので、俺は慌てて首を横へ振った。何でもない。美人だと思っただけだ。声が出なくて良かったと、こういう時だけは少し思う。
◇
すると聖女が俺へ向かって何か話しかけた。言葉は分からないが、表情は柔らかい。少なくとも敵意はなさそうだ。俺が勇者を見ると、すぐに通訳してくれる。
『「怖がらせてごめんなさい」だって』
逆だ。完全に逆だった。俺の方が、これまで何人も吹き飛ばしている。謝るなら、むしろ俺の方だ。
返事をしたくて床を見たが、毎回しゃがんで地面へ文字を刻むのも不便すぎる。
『どうした?』
勇者に聞かれ、俺は自分の口元を指してから首を振った。
『ああ、喋れないもんな。とりあえず俺が通訳するよ』
勇者、いい奴だ。俺はもう一度、今度ははっきり頭を下げた。
『礼なら後でいい。今は先に進もうぜ』
勇者は笑って歩き出す。俺もその後をついていきながら、ふと思った。
友達って、こういう感じなのかもしれない。
◇
通路の先には、今まで見たことのない景色が続いていた。人工的に整えられた石壁。淡く光る鉱石。天井には魔法らしい光。
そして何より、先がある。曲がり角がある。階段がある。俺のいた部屋もかなり広かったが、あそこは所詮一つの部屋だった。
世界は広い。当たり前のことに、いちいち感動する。
◇
しばらく歩いたところで、勇者が振り返った。
『そういえば、お前の名前は?』
そういえば、まだちゃんと名乗っていなかった。俺は床を指差す。
『書く?』
頷いて、床へ前世の名前を刻む。勇者がそれを読むと、自分の名前も名乗った。俺は絶対に忘れないように覚える。この世界に来て、初めてまともに名前を交換した相手だ。
続いて、勇者は戦士と聖女の名前も教えてくれた。聖女の名前は一回で覚えた。戦士の名前も、もちろん覚えた。
たぶん。
◇
さらに進んだところで、勇者が突然立ち止まった。
『この先から、たぶん本番だ』
俺が首を傾げると、勇者は前方を見ながら説明する。
『ここ、「神々の試練」っていう場所なんだよ。ゲームだと、この先は高難度の連戦だ』
高難度。俺は自分を見る。さっき勇者の本気の攻撃を受けても傷一つつかなかった。もしかして、かなりいけるのでは?
『でも、お前がゲームにいなかったなら、どこまで通用するか分からない』
それは確かにそうだ。俺は頷いた。
◇
俺はゆっくり拳を握る。力はある。ものすごくある。少なくとも、今まで来た人間たちよりはかなり強い。
問題は別だった。ちゃんと手加減できるのか。
『お前、戦える?』
勇者に聞かれ、俺は頷く。
『強い?』
それは分からない。比較対象がほとんどない。来訪者は吹き飛んだ。勇者の攻撃は効かなかった。でも、それがこの世界でどのくらいなのかは分からない。
俺が少し首を傾げると、勇者も察した。
『分からないってことか』
俺は頷く。
『まあ、そうだよな』
◇
勇者が剣を抜く。戦士も武器を構え、聖女は杖を握る。俺も前を向いた。
ただ、構え方が分からない。今までまともな戦闘なんて、ほとんどしていない。殴ればいいのだろうか。
『……お前、何か不安そうだな』
勇者が言う。俺は少し迷ってから頷いた。
不安しかない。
◇
その時、通路の奥から低い音が響いた。
ズン。ズン。ズン。
巨大な影が、ゆっくりこちらへ近付いてくる。
『来たな』
勇者が剣を構え、戦士も前へ出る。聖女は後方へ下がった。現れたのは、複数の腕と岩のような身体、大きな角を持つ巨大な魔物だった。
見るからに強そうだ。
『こいつ、かなり強いぞ』
勇者が言う。俺は魔物を見る。次に勇者を見る。もう一度魔物を見る。
試してみるか。
◇
勇者が踏み込もうとした、その前に俺は一歩だけ前へ出た。
『おい!?』
勇者が声を上げる。大丈夫だと伝えたいが、声は出ない。俺は代わりに片手を上げ、任せてくれというつもりで軽く頷いた。そして拳を握る。
手加減。大事だ。本当に大事。
俺は本当に軽く拳を振った。
ドンッ!!
次の瞬間、魔物が消えた。
正確には、ものすごい勢いで吹き飛んだ。通路の奥へ一直線に飛び、壁を一枚、二枚、三枚とぶち抜いて、そのまま見えなくなった。
沈黙。勇者も戦士も聖女も固まっている。俺も固まった。
『……軽く?』
勇者がゆっくり俺を見る。俺は頷いた。本当に軽くやった。
『……マジかよ』
俺は自分の拳を見つめた。手加減って、難しいな。
外の世界へ出て最初に分かったこと。俺はやっぱり、自分が思っていたよりかなり強いらしい。




