第18話 俺、アイテムボックスに入ってしまう
「俺も入れたらいいのにな」
ただ、そう思っただけだった。勇者へ頼んだわけでもない。勇者が俺を収納しようとしたわけでもない。
アイテムボックスを見て、外へ出たいと思って。もし俺もそこへ入れたら楽なのに。そう考えた。
それだけ。
次の瞬間、世界が消えた。
◇
何もない。床がない。壁もない。天井もない。
勇者も。男も。女性も。何も感じない。
え?
一瞬、何が起きたのか分からなかった。身体の感覚はある。たぶん。でも周囲が完全に消えている。
この感じ、どこかで経験したことがある。
「玉だった頃?」
暗闇。何もない場所。一人。
いや、待て。さっき、俺、何考えた?
アイテムボックス。入れたらいいのに。そう思った。
まさか。
「入った?」
俺。
「本当にアイテムボックスに入った!?」
◇
一方、その頃。勇者たちは、俺がいきなり消えたことで大混乱していた。
後で勇者から聞いた話では。
『…………は?』
最初に出た言葉が、それだったらしい。当然だ。巨大なゴーレムが、何の前触れもなく突然消えたのだから。
『おい!?』
勇者は俺が立っていた場所を見る。いない。
『どこ行った!?』
後ろの二人も驚いている。そして勇者が、自分のアイテムボックスを確認した。
中に、俺。
『入ってる……』
勇者はしばらく固まっていたらしい。
『いや待て!』
『何で!?』
『生き物は入らねえぞ!?』
もっともである。
◇
だが、その直後、さらに別の変化が起きた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
巨大な音。勇者たちが振り返る。
ずっと閉ざされていた、この先へ進むための扉。俺という中ボスが存在している限り開かなかった扉が、ゆっくり開き始めた。
勇者は開いていく扉を見る。次に、自分のアイテムボックスを見る。もう一度、扉を見る。
『まさか……』
そして。
『ボス不在判定?』
正解だった。
◇
その頃の俺には、そんなことは分からない。
暗い。何もない。
「勇者?」
当然、返事はない。
「おーい」
返事なし。
「成功した?」
分からない。そして、別の不安が湧いてくる。
「出られるよな?」
当たり前の疑問だった。入れた。でも、出られる保証は?
ない。
「待って」
もしかして、何百年もボス部屋に閉じ込められて、ようやく脱出方法を見つけた結果。
「次はアイテムボックスに永久収納?」
嫌だ。
「勇者ぁぁぁぁぁぁ!!」
声は出ない。しかもアイテムボックスの中。
「出してぇぇぇぇぇぇ!!」
届くわけがない。
◇
外では、勇者がまだ混乱していた。
『いや、意味分かんねえ』
勇者はアイテムボックスを確認する。確かに、俺が入っている。
『何で入るんだよ……』
男が何か言う。女性も勇者へ質問する。勇者は事情を説明したらしいが、二人とも理解できていない。
当たり前だ。勇者自身が一番理解できていない。
『俺、何もしてないぞ?』
そう。勇者は何もしていない。
『こいつが勝手に入った』
ひどい言い方だが事実である。
◇
ただ、勇者はすぐに気付いた。俺が消えた。扉が開いた。つまり、この状態なら先へ進める。
勇者は開いた扉の向こうを見る。そして。
『これ、外で出せばいいんじゃね?』
正解。早く、お願いします。
◇
勇者たちは開いた扉を抜けた。一人。二人。三人。
全員が、俺のボス部屋から外へ出る。そして、勇者が少し離れた場所で立ち止まった。
『ここなら……』
アイテムボックスを開く。
『出てこい』
◇
その瞬間、感覚が戻った。
床。空気。光。勇者。
男。女性。
俺は現れた。
『うおっ!』
勇者が少し下がる。俺も固まる。
戻れた。
「よかったぁぁぁぁぁぁ!!」
危うく新しい永久収納生活が始まるところだった。
◇
だが、すぐに、もっと重要なことに気付いた。
場所、違う。
俺は足元を見る。見慣れた床ではない。周囲も違う。そして、振り返る。
巨大な扉。ずっと俺を閉じ込めていた、あのボス部屋。その入口が、俺の後ろにある。
俺はもう一度、足元を見る。境界。今まで何度やっても越えられなかった、その境界線を、俺は越えている。
理解するまで、少し時間がかかった。
「出た」
俺。
「外に出てる」
◇
何百年。いや、もっと。どれくらいだったのか、もう分からない。
最初は玉だった。身体を作った。扉を見つけた。開かなかった。
何度も、何度も外へ出ようとした。全部、駄目だった。
人が来た。失敗した。また来た。また失敗した。
ようやく、日本語を話せる勇者に会えた。そして、今。
俺は、外にいる。
◇
膝から力が抜けた。
ズン。
『お、おい!?』
勇者が驚く。違う。身体に異常が起きたわけではない。
ただ。
「嬉しい」
それだけだった。
俺は床へ指を伸ばす。今まで何百回も、部屋の中で文字を書いてきた。でも、これは初めて外の床へ書く文字。
ゆっくり、丁寧に。
『出れた』
勇者が読む。そして、少し笑った。
『ああ』
続けて。
『おめでとう』
俺はしばらく、その文字と勇者を見ていた。
◇
やっと、終わった。長すぎた、俺の引きこもり生活。
そして、俺はふと勇者の後ろを見る。男。女性。
女の子。
外。人間。仲間。女の子。
俺の中で、一つの言葉が浮かんだ。
「リア充への第一歩」
いや、たぶん違う。でも、何百年も一人だった俺には、それくらい大きな一歩だった。




