第17話 俺、脱出方法を考える
『問題は、どうやってお前を倒さずに先へ進むかだな』
勇者の言葉に、俺は大きく頷きそうになって慌てて止めた。
危ない。
嬉しい時ほど動くな。これは俺が何度もの悲劇から学んだ、非常に大切な教訓だった。代わりに床へ指を当てる。
『重要』
『ものすごく重要』
勇者が苦笑した。
『分かってるよ』
いや、分かっていない。勇者たちにとっては「先へ進めない」という問題だが、俺にとってはそれだけではない。
俺はさらに文字を刻んだ。
『俺もここから出たい』
『ずっと出られない』
勇者が巨大な扉を見る。
『ああ。そういえば、お前ここから出られないんだっけ』
俺は頷いた。
◇
俺はこれまで何度も、この部屋から出ようとしてきた。扉を押した。殴った。蹴った。
壁も調べた。床も掘った。天井も試した。全部駄目だった。
来訪者が来た時だけ扉が開くが、俺が外へ出ようとすると途中で閉じてしまう。俺は床へ簡単に事情を書いた。
『外からは開く』
『中から開かない』
『俺が出ようとすると閉じる』
勇者は文字を読みながら、しばらく考え込んだ。
『なるほどな。ボス部屋のシステムってことか』
システム。その言葉に少し引っかかった。そういえば、この勇者はさっきから「ゲーム」と言っている。
俺は床へ書いた。
『この世界ゲームなの?』
勇者は少し考えてから答えた。
『正確には、俺が日本にいた頃にやってたゲームとほぼ同じ世界だ』
ゲーム。この世界。同じ。
『タイトルは――』
勇者がゲームの名前を口にした。
聞き覚えがある気がする。前世。ものすごく昔。中学生くらいの頃。
「……ん?」
何かが記憶の奥へ引っかかった。ただ、何百年も昔の話だ。すぐには出てこない。
『知ってる?』
俺は首を傾げた。
『まあ、それは後でいいか』
俺もそう思う。今はゲームの記憶より脱出だ。
◇
『ゲームの仕様通りなら、お前を倒せば先に進める』
勇者が言う。俺は即座に床へ書いた。
『却下』
『即答だな』
『死にたくない』
『知ってる』
話が早い。では、死なずに「倒した扱い」にできないか。
『気絶とか?』
俺が書くと、勇者が首を傾げた。
『お前、気絶できる?』
できるのか?
こちらへ来てから眠ったことすらない。疲れない。意識を失ったこともない。
『多分無理』
『だよな』
終了。
◇
『じゃあ降参』
勇者が言った。
なるほど。戦闘開始。俺、即降参。戦闘終了。
『やってみる』
俺は両手を上げた。降参。さらに床へ。
『負けました』
勇者が扉を見る。
『……何か起きた?』
何も起きない。扉も開かない。
『駄目だな』
『駄目か』
降参、却下。
◇
次に出たのは、体力だけを限界まで削る案だった。
『死なない程度まで攻撃したら、戦闘不能扱いになるかも』
勇者が言う。
俺は三人を見る。勇者。男。女性。
そして自分を見る。
『やってみる?』
『いいのか?』
『死ななければ』
勇者は少し困った顔をした。
『いや、たぶん別の問題がある』
何だ?
『俺たち、お前にダメージ通せるのか?』
そこ?
◇
試すだけ試すことになった。俺は動かない。勇者が剣を構える。
『軽くいくぞ』
カンッ。
無傷。
『もう少し』
ガキィン!
無傷。
『じゃあ、かなり強く』
ガァン!
やっぱり無傷。
勇者が剣を見る。
『……マジか』
俺も自分を見る。まあ、今まで来た奴らの攻撃もほとんど効かなかった。
『じゃあ本気でいくぞ』
少し怖い。でも頷く。
◇
勇者が大きく踏み込み、剣に光を集める。
「おお」
格好いい。勇者っぽい。いや、本物の勇者だった。
『はあああっ!』
剣が俺の胴体へ叩き込まれる。
ズガァァァン!!
部屋に大きな音が響き、煙が上がった。やがて煙が晴れる。
俺、無傷。
勇者、沈黙。俺も沈黙。いや、俺は元から喋れない。
勇者が俺と自分の剣を交互に見た。
『お前、何でできてんの?』
俺は床へ書く。
『鉄』
『嘘つけ』
即答された。
◇
『鉄だと思う』
『思う?』
『鉱石いっぱい吸収した』
『何の鉱石?』
俺は周囲を指した。
『これ』
勇者が近くの鉱石を拾う。そして、固まった。
何だ?
勇者は鉱石を見る。俺を見る。もう一度鉱石を見る。
『これ……』
『いや、今は後だ』
「気になる!」
ものすごく気になる!
『先に脱出方法』
正論だった。
◇
その後も、いろいろ試した。
扉を壊す。無理。
壁を壊す。無理。
床。無理。
天井。無理。
勇者だけ一度外へ出て、扉を開けたまま俺が近付く方法も試した。俺が境界へ近付く。
ゴゴゴゴ……。
扉が閉まり始める。
戻る。開く。
一歩進む。閉じる。
一歩戻る。開く。
『面白いな』
勇者が笑った。
『遊ぶな』
『悪い』
完全に俺を感知している。
◇
俺だけ腕を外へ出せないかとも試したが、境界へ近付けただけで扉が閉じた。
『完全にお前が部屋から出るのを防いでるな』
勇者が言う。俺は床へ書く。
『嫌われてる?』
『システムに感情ないだろ』
正論。
◇
やがて、考えられる方法がほとんどなくなった。
『……詰んだか?』
勇者が頭を掻く。
『それ言うな』
『悪い』
それは何百年も俺が感じ続けてきた言葉だ。だが、今は一人ではない。それだけで少し違った。
◇
勇者はしばらく考え込んでいたが、やがて喉が渇いたらしく、片手を軽く上げた。
『ちょっと水飲むわ』
すると、何もない空間から袋と瓶が現れた。
俺はそれを見る。勇者が瓶を開けて水を飲む。
何それ?
俺がじっと見ているのに気付いた勇者が言った。
『アイテムボックス』
アイテムボックス。
『持ち物を収納してる』
勇者は飲み終えた瓶を、再び何もない空間へ戻した。
すっ。
消える。
俺はその様子を見つめた。物が消える。別の場所に収納される。そして必要になれば、また取り出せる。
いいな。便利だな。前世でゲームをしていた頃なら、そんな感想で終わったと思う。
でも、今の俺は何百年も、この部屋から出られずにいる。
もし、俺もあそこへ入れたら。
勇者にそのまま外まで持っていってもらえるんじゃないか?
◇
いや、無理だろ。俺だってゲームくらいやっていた。アイテムボックスに生き物を入れるなんて、普通はできない。
人間も。魔物も。入らない。
でも、俺はゴーレム。身体は鉱石。呼吸しない。食事しない。
眠らない。心臓もない。
物? 生き物? どっち?
分からない。俺は勇者がまだ開いているアイテムボックスらしき空間を眺めた。
入れたら、楽なのにな。
本当に、ただそう思った。強く。
外へ出たい。この部屋から。ずっとずっと閉じ込められてきた、この場所から。
「俺も入れたらいいのにな」
次の瞬間、俺の身体が消えた。




