↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30歳童貞おっさんの転生物語  作者: 障子
第一章 ゴーレム編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/45

第15話 俺、来訪者対応に慣れてくる

 初めて来訪者を誰一人倒さずに帰すことに成功した。


 成功。たぶん。


「いや、成功だろ」


 会話はできなかった。日本語も読んでもらえなかった。俺を見るなり攻撃されたし、最後には全力で逃げられた。


 それでも。


「全員、生きて帰った!」


 これは大きい。今までの戦績を思い返してみる。


 一組目、全滅。二組目、全滅。三組目、全滅。四組目、女性を見て興奮して全滅。


 改めて考えるとひどい。


 そして今回。


「全員生還!」


 俺は胸を張った。


「成長した!」


 何の成長なのかは考えないことにした。


     ◇


 それから俺は、来訪者への対応方針を大きく変えた。もう無理に仲良くしようとしない。


「これ大事」


 今までは、来た瞬間から友達になろうとしていた。お辞儀。プレゼント。ジェスチャー。


 筆談。今考えると。


「俺、距離の詰め方が重いな」


 初対面の相手に対して必死すぎた。恋愛経験ゼロ。友達作りまで下手。


「俺、前世でどうやって社会人やってたんだ?」


 仕事なら普通に話せた。たぶん。異世界に来て長く一人で暮らしすぎたせいだと思いたい。


 そこで新しい方針を決めた。


「まず、生きて帰ってもらう」


 次に、敵意がないと気付いてもらう。その次に、可能なら意思疎通。


「友達はその後」


 そして。


「彼女は、もっと後」


 順番。大事。


     ◇


 俺は床の日本語を残したまま、さらに新しい方法を考えた。まず、来訪者が来ても動かない。攻撃されても反撃しない。相手が疲れたら、そのまま帰ってもらう。


 何か違う気もする。


「俺、サンドバッグじゃない?」


 しかも絶対壊れないサンドバッグ。


 嫌だな。


 でも他に安全な方法がない。俺が少し動いただけで相手が吹き飛ぶ可能性がある以上、これが一番マシだった。


     ◇


 次の来訪者が現れたのは、それからずっと後だった。どれくらい後なのかは分からない。俺に分かるのは、待っている間に大量の鉱石を吸収し、身体の動きを何度も調整し、脳内で何十回もデートしたということだけだ。


「最後いらないだろ」


 いる。精神衛生上、とても重要である。


 今回やって来たのは五人だった。


「多いな」


 男四人。女一人。


 俺は動かなかった。


「よし」


 女性を見ても爆発しない。前回の反省から、なるべく意識しないようにした成果だ。


「俺、すごくない?」


 普通の人は女性を見ても爆発しない。俺の基準はかなり低くなっていた。


     ◇


 五人は当然のように俺へ攻撃してきた。剣。魔法。矢。


 槍。そして女性は後方から何かの支援。


 俺は耐えた。というより、効かなかった。しばらくすると剣士の武器が欠け、槍も曲がり、魔法を使っていた男が膝をついた。


「またか……」


 申し訳なくなる。俺は何もしていないのに、相手だけがどんどんボロボロになっていく。そして前回と同じように、やがて彼らは攻撃をやめた。


「来た」


 ここからだ。相手が逃げる。俺は追わない。これで終わり。


 そう思っていた。ところが。


「…………ん?」


 今回は違った。一人がこちらを指差して何かを言い、仲間同士で話し始めた。


 逃げない。


 俺は期待した。


「気付いた?」


 もしかして、俺が攻撃しないことに。


     ◇


 五人はしばらく話し合ったあと、こちらを警戒しながら少しだけ近付いてきた。


「おお……」


 初めてだ。攻撃をやめた後に向こうから近付いてきた。


「落ち着け俺」


 絶対に動くな。ここで嬉しくなって手を振ったら、歴史が繰り返される。


 五人のうち一人が、床に刻んである日本語へ目を向けた。


『攻撃しない』


『話したい』


 当然、読めない。それでも、その男は文字と俺を交互に見る。そして、床を指差した。


 次に俺を指差す。


 俺の中で希望が爆発しそうになった。


「分かってる!」


 内容は読めなくても。


「俺が書いたって分かってる!」


 これは大きい。ものすごく大きい。


     ◇


 俺は返事をしたかった。でも動けば危険。


「どうする?」


 小さく。本当に、ほんの少しだけ。頷く?


 怖い。頭を少し動かしただけで突風が起きたら終わる。


「でも……」


 この機会を逃したくない。


 俺は慎重に、今までで一番ゆっくり、頭をほんの少しだけ縦に動かした。


 何も起きない。


「成功!」


 心の中でガッツポーズ。実際には絶対にやらない。


 男が驚いた。そして仲間へ何か言う。


「通じた!」


 俺の頷きが、初めて。


「通じたぁぁぁぁぁぁ!!」


 長かった。本当に長かった。


     ◇


 すると今度は、別の男が自分を指差した。何かを言う。


「名前?」


 たぶん。分からない。でも、自分を指して何か言っている。


「自己紹介?」


 俺もやりたい。ものすごくやりたい。


 だが、名前。


「そういえば俺、この世界で名前名乗ったことないな」


 前世の名前は覚えている。もちろん覚えている。でも声が出ない。床に日本語で書いても読めない。


「詰んだ」


 あと一歩。本当にあと一歩なのに。


     ◇


 俺は自分を指差そうとして、やめた。動くのは怖い。代わりに、もう一度ゆっくり頷く。


 相手は何かを言う。俺には分からない。俺も言いたい。でも言えない。


 奇妙な時間だった。会話になっていない。なのに、今までで一番、人と話している気がした。


 少しだけ。本当に少しだけ。嬉しかった。


     ◇


 結局、その五人も長居はしなかった。しばらく俺の様子を観察し、床の文字を調べ、それから扉の向こうへ戻っていった。


 今回は逃げるような様子ではない。慎重に、俺を警戒しながら。でも、生きて、自分たちの意思で帰った。


 扉が閉じる。


 ズン。


 俺はその場に残された。また一人。でも、前までとは違った。


「話せた」


 いや。


「話してないな」


 でも。


「意思は通じた」


 ほんの少しだけ。


「俺が頷いたら、向こうが反応した」


 それだけで、俺には十分だった。


     ◇


 それからも、来訪者は忘れた頃に現れた。毎回同じではない。三人の時もあれば、四人の時もある。男だけの集団もあれば、女性が混じっていることもあった。


 俺を見るなり攻撃してくる者。以前来た誰かから話を聞いているのか、最初から慎重に観察する者。床の文字を研究する者。何か別の文字を書き返してくれる者までいた。


 当然。


「読めない」


 向こうの文字だった。


「くそぉぉぉぉ!」


 せっかく筆談に成功しそうなのに。俺にはこの世界の文字が読めない。相手も日本語が読めない。


「両方文盲みたいになってる!」


 正確には俺だけ異世界語が読めないのだが。


     ◇


 それでも、少しずつ学んだ。彼らが書いた文字と指差す物を見比べる。


 武器を指して文字を書く。自分を指して文字を書く。扉を指して文字を書く。


 これ。


「勉強できるんじゃない?」


 ようやく気付いた。時間だけは腐るほどある。来訪者が残した文字を覚え、意味を推測し、次の来訪者で試す。


「俺、天才」


 遅すぎた。


     ◇


 俺は床に残された異世界の文字を、大切に保存するようになった。


 これは人。たぶん。


 これは剣。たぶん。


 これは魔法。……たぶん。


「全部たぶんじゃん」


 仕方ない。教師がいない。辞書もない。教材は、数十年に一度来るかどうかも分からない冒険者たちが残していく落書きだけ。


「難易度高すぎない?」


 それでも、楽しかった。新しいことを知る。外の世界に少し近付く。それだけで、以前の永遠にも思えた孤独とは違った。


     ◇


 そんな時間を繰り返すうちに、俺は、来訪者が来ても以前ほど舞い上がらなくなった。


 女性が来ても、多少は。


「多少は?」


 かなり見る。


 でも爆発はしない。


「大成長!」


 自分を褒めた。妄想はする。もちろん。


 女性剣士が来れば、脳内で一緒に冒険する。女性魔法使いなら、魔法を教えてもらう。僧侶なら。


『あなたには優しい魂を――』


「それ何回目だよ!」


 妄想のパターンも少しマンネリ化していた。


     ◇


 来訪者。鉱石。鍛錬。文字。


 妄想。また長い孤独。そして、また来訪者。


 それを何度繰り返したのか、俺には、もう分からない。ただ、最初に玉として目覚めた頃から考えれば、とんでもない時間が流れている。


「百年くらい?」


 もっとかもしれない。


「二百年?」


 いや、分からない。


 俺は床一面に残った文字や傷を見る。俺が書いた日本語。来訪者が残した異世界文字。失敗して削った跡。


 昔、勢い余って吹き飛ばした床。


 歴史を感じる。


「俺の黒歴史もいっぱいあるけど」


 特に『彼女募集中』を削った跡。あれは完全に消しておきたい。


     ◇


 それから、さらに長い時間が過ぎた。俺はもう、何組目の来訪者なのか正確に数えることすらやめていた。


 どうせ時間の感覚も曖昧だ。誰かが来れば嬉しい。帰れば寂しい。また待つ。


 それだけ。


 そんなある時、扉の向こうから、また足音が聞こえた。


「来たか」


 昔のように飛び上がることはない。俺は慣れた手つき――いや、動かないけど――で部屋の中央へ立つ。


「さて」


 今回は何人だろう。男だけか。女性もいるか。話が通じそうな相手か。


 そんなことを考えていると、扉の向こうから微かに声が聞こえた。


 最初は気にしなかった。どうせ、いつもの分からない言葉。そう思っていた。


 だが。


『……マジでここまで来るの長すぎだろ』


 俺は固まった。


 今、何て言った?


 聞き間違い。そう思った。


 だが、もう一度、扉の向こうから。


『これクリアしたら、本当に願い叶うんだよな?』


 俺は完全に動きを止めた。


 その言葉を、俺は知っている。何百年。いや、もっと長く聞いていなかった。それでも、絶対に忘れるはずがない。


「日本語……?」


 巨大な扉が、ゆっくりと開き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。