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君と刻む未来の月  作者: 時任 朔


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第三章 時空を超えて二度目の幼少期

(あれ? どこも痛くない)


 地面に激突する強烈な衝撃と激痛を覚悟していた悠月は、拍子抜けするほどの浮遊感に包まれていた。全身が温かく、柔らかい液体の中に守られているような不思議な感覚。


 だが、どれほど力を込めようとしても、手足が自分の意志通りに動かない。重く、感覚が麻痺しているかのようなもどかしさ。


(私……死ねなかったの? ここは……病院のベッド?)


 ぼやける視界を必死に開こうと試みる。ゆっくりと光が差し込み、焦点が合い始めた。そこに飛び込んできたのは、息が止まるほど懐かしい二人の顔だった。


「悠月! 悠月ちゃん! あ、目が開いたわ! 淳! 悠月が起きたわ!」


「本当だ! 唯、悠月がこっちを見てるよ!」


 覗き込んできたのは、唯と淳だった。けれど、何かがおかしい。二人の顔は、悠月が知っている両親よりも遥かに若く、肌にはツヤがあり、何より病院のベッドで重体だったはずの傷一つない。


(お父さん……!? お母さん……!? 元気になったの? 体の怪我は治ったの……?)


 悠月は叫ぼうとした。けれど、口から漏れたのは言葉ではなく、くぐもった幼い鳴き声だった。


「あーー、あー、ん~?」


「ふふ、唯、悠月が何か喋ってるよ。きっとお腹が空いたんじゃないかな」


「そうね。よしよし、悠月ちゃん、おっぱい飲もうね」


 唯が愛おしそうに悠月を両腕で抱き上げた。その瞬間、抱き上げられた角度の先にある壁の全身鏡に、自分の姿が映った。そこにいたのは――唯の豊満な胸に顔をうずめ、必死に母乳を頬張る、生まれたばかりの赤ん坊の姿だった。


(な……なにこれ……!? 私……赤ん坊になってる……!? こんな記憶があるかも分からない時期の走馬灯なんて……あり得ないの……!?)


 大混乱に陥る赤ん坊の脳内で、必死に記憶の糸を手繰り寄せる。その時、胸の奥底に眠っていた「両親の昔話」が、鮮烈な光となって蘇ってきた。



『お父さんとお母さんはね、悠月が生まれるずっと前に、月様にお願いして、時空を超えてお互いを助け合ったんだよ』



 かつて両親が語ってくれた、おとぎ話のような出来事。


(私……タイムリープしたんだ。屋上から飛び降りたあの瞬間、時空を超えて……自分が生まれた過去に戻ってきたんだ……!)


 なぜそんなことが起きてしまったのか。淳や唯のように「世界を救いたいという純粋な利他心」ではなく、絶望と逃避のなかで跳んだがゆえに、物質的な肉体を伴う過去改変ではなく「精神のみが過去の刻を追体験する不完全な形」に退化してしまったのだと、悠月は直感で理解した。


 すべてを理解した瞬間、悠月の赤ん坊の目から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。


(お父さん……お母さん……! 会いたかった……! 会いたかったよぉ………!!)


「あらあら、どうしたの悠月ちゃん? 急に泣き出しちゃって。大丈夫よ、お母さんもお父さんも、ずっとここにいるからね」


 唯が優しく背中をトントンと撫でてくれる。淳が温かい手で悠月の小さな手を包み込んでくれる。その肌の温もり、鼓動、自分に向けられる純度100%の無償の愛。


 一周目の人生では、反抗期とプライドのせいで見失っていた両親の絶対的な愛情が、悠月の全身に染み渡っていった。


 からの「二度目の人生(精神の追体験)」は、一瞬一瞬が宝石のように輝いていた。言葉を覚え、歩き始め、成長していくプロセスの中で、悠月は両親の言葉一つひとつの裏にある深い意味を噛み締めていた。


 厳しく見える指導も、怒声すらも、すべては「悠月の未来を心から案じ、怪我から守り、表現する喜びを知ってほしい」という、不器用なまでの愛から出ていたものだと知っていたからだ。


 二周目の悠月は、一周目とは比べものにならないほど素直に、そして熱狂的にダンスに打ち込んだ。一周目の人生で、両親が事故に遭ったあとに血の滲むような思いで練習し続けたダンスの記憶と身体感覚が、すでに悠月の魂に刻み込まれていた。


 そのため、二周目の人生で悠月が頭角を現すのに時間はかからない。


「悠月、今の表現、すごく素敵よ! どうしてそんな風に情感を込められるようになったの?」


「お母さんとお父さんのダンスが大好きだからだよ!」


 悠月が満面の笑みで答えると、唯と淳は目を見張り、それから幸せそうに顔を見合わせて笑い合った。

 様々なコンクールに出場し、悠月は破竹の勢いで賞を獲得していった。両親の指導は相変わらず妥協がなかったが、それが自分を高めてくれる最高の愛だと知っている悠月にとって、辛い練習など何一つなかった。





 そして――運命の小学五年生を迎える。一周目の人生で、悠月が「ダンスなんて大嫌い!」と叫んでポワントシューズを投げ捨て、両親との絆を断ち切ってしまった、まさにその年齢だった。


 一周目の記憶を持つ悠月は、かつて居場所を無くして補導ギリギリの夜を彷徨い、派手な先輩たちとつるんでいた中学生活の記憶を鮮明に覚えていた。だからこそ、二周目の学校生活では大きな変化が訪れていた。


 放課後、かつて非行へと誘ってきた先輩たちが小学校の校門近くで声をかけてきても、悠月は凛とした笑顔で断った。


「ごめんなさい、私、これからお父さんとお母さんのスタジオで大切な練習があるんです!」


 自分の内に確固たる「愛されている自信」と「目指すべき光」がある今の悠月には、心の空虚感を埋めるための逃げ場も、偽りの居場所も必要なかった。


 浮いた存在だった教室でも、まっすぐにダンスへ打ち込み、両親への感謝を口にする悠月の明るさは周りを惹きつけ、今では自然と温かい友人に囲まれるようになっていた。かつて両親から背を向け、夜の街へ逃げ出すことでしか自分を保てなかった愚かな自分は、もうどこにもいなかった。


 その年の冬、悠月は全国最大規模のジュニアダンスコンテストの決勝ステージに立っていた。


 眩いスポットライト、満員の観客。舞台袖で見守る唯と淳の姿が見える。二人は祈るように手を合わせ、悠月の無事を願っていた。


 音楽が鳴り響く。悠月は跳躍した。それは、自分を愛してくれた両親への感謝と、時空を超えて巡り会えた生命の歓喜を込めた、魂の舞だった。



 結果は



――堂々のグランドチャンピオン、最優秀賞獲得。




 その日の夜、自宅のリビングは盛大な祝いの宴となった。ご馳走が並び、賞状と大きなトロフィーが飾られている。


「悠月、おめでとう! 本当に素晴らしい踊りだったよ!」


 淳が涙ぐみながら乾杯のグラスを掲げる。悠月は二人の前に進み出ると、深く頭を下げ、それからまっすぐに両親の目を見つめた。


「お父さん、お母さん。いつも厳しく、優しくダンスを教えてくれてありがとう。私を生まれてこさせてくれて、こんなにたくさん愛してくれて、本当にありがとう。私、お父さんとお母さんの子どもで生まれて、世界一幸せだよ。私、ダンスが、ふたりのことが……大好き!」


 その言葉を聞いた瞬間、唯と淳は我慢しきれずに涙を溢れさせ、悠月を両側から強く、強く抱きしめた。


「悠月……! ありがとう……生まれてきてくれて、本当にありがとう……!」


 あたたかい涙と体温が交じり合う。悠月は心からの充足感と幸福感に包まれながら、その夜、あたたかいベッドに就いたのだった。


 第三章をお読みいただき、本当にありがとうございました。

 二度目の人生で悠月が掴み取った、両親からの溢れんばかりの愛とダンスの輝き。温かい涙とともに見守っていただけたなら幸いです。

 ここまでお付き合いくださり、「胸が熱くなった」「続きが楽しみ」と感じていただけましたら、ぜひページ下部のブックマーク登録や評価(★★★★★)で応援していただけると大きな力になります!

 次はいよいよ第四章。明日【20:00】の更新も、どうぞ楽しみにお待ちください。

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