1-34 「心配事」
「――うん、分かった。また会える日にね」
内心少しホッとして、電話を切った。ふぅ、と息をつく。
2階に下りて、直階段のそばにある部屋の前まで行き、扉をノックした。
「んー?」
部屋の扉を開けたパジャマ姿の静紅に、私は冷静を意識して淡々と告げた。
「夏休み前の授業参観、お父さん来れないって」
「……そう」
明らかに安堵したような静紅の表情から、目を逸らす。
「……ねぇ。今日さ、静紅ってもしかして――」
言いかけて、口をつぐんだ。
「……なんでもない。おやすみ。早く寝なね」
はいはい、と静紅が部屋の扉を閉めた。
1人廊下に取り残される。
――明日は学校あるし、早めに寝よう、と自室に戻って、ベッドに横になる。
中々、眠れない。
――『あれはみいな達を古田と2人で待ってただけだよ。よしてよお姉ちゃん』――
嘘だ。手を握る必要なんてないのに。
だけど、深く踏み込めなかった。余計なことだと思ったから。
静紅は、私にずっとベッタリなわけにはいかない。自分で色々経験するべきだ。
私と諒が付き合ってるのと同じで、静紅だってそういうのがある。1人の人間として。
――いくら私と、違っても。
私は、それを望んでいる。
◆◇◆
「あ、蓮月。おはよ」
教室の前のロッカーに鞄を入れながら、教室に来た蓮月に声をかけた。
「…………おはよ」
そそくさと教室に入ってこうとする蓮月を慌てて追いかける。
「昨日何してた?」
「天体観測」
言いながら蓮月はすっと席に座った。
いつもより口数が少ない。目も合わせようとしてこない。
「……元気ない?」
「え、いや」
いつもと様子の違う蓮月に戸惑う。そういえば、いつも同じ時間に同じ道にいた蓮月が、今日は少し遅れてきたし。
「……それより」
呟いて、蓮月は教室のドア方面を小さく指差した。
少しだけ鼓動が早くなる。
「霧夜、おはよう」
「おう」
蓮月とはまた違う雰囲気で目を逸らしてきた霧夜。照れてる?
「あ、しずっち! おは〜」
「よっす静紅〜」
今日も元気に教室に入ってきたみいなと宙に、笑っておはようと返す。
「俺もいるけど」
「あほんとーだ。気付かんかった存在薄いね」
「テメェほんとナメてんな……」
今日もバチバチとやり合うみいなと霧夜を宥めつつ、不安に思って蓮月の方に視線を戻した。
――あ、大丈夫そう。
いつものように、宙が笑顔で蓮月に声をかけていた。蓮月も笑っている。
宙はいつも、蓮月が会話に入ってこない時、話題を振ったり話しかけたりしている。
そのときの蓮月は楽しそうだ。
――けど。
少し心に引っかかる。
さっき、距離の開いた接し方をしてきた蓮月。
でも、宙が話しかけた時は……違った。
時々蓮月は、宙に対してだけ、誰にも見せない顔で笑う。
しずくにも、見せない顔で。
◆◇◆
俺抜きで、楽しそうに話す4人。
古田は心做しかいつもより幸せそうだ。そりゃそうだろう、好きな女子とふたりで夏祭りに行って、挙句手を繋いだって昨日自慢気に報告してきたんだから。
――いいよな、あの人は。自分から行動できるほど、手の届く場所に相手がいて。
それに比べて俺は、ずっと停滞したまま。桐生が大切な存在になっても、結局恋愛感情までにはいかなくて、遠くてたまらないあの太陽を、追いかけ続けている。
桐生とは、親友でいたい。けど、桐生が古田と付き合いそうになってる今、そうとはいかないと思う。ライバルになるなんてごめんだ。
……あー、俺、また――
「よっす蓮月!」
びくっと顔をあげると、俺の机に肘を着いた宙が笑いかけてきた。
「何してんの?」
「別に、何も」
「知ってる! だから話しかけに来たんじゃん」
「じゃあ聞くなよ」
自然と笑みがこぼれる。
いつもいつも、暗いところにいる俺を照らして引っ張り出してくれるのは、宙だ。
「てかてか、部活の合宿、今年はやるってよ!」
そのまま俺のとこに居座り続ける宙の話を、頬杖をつきながら聞く。
宙の明るい話に相槌を打っていると、さっきまで渦巻いていたネガティブなものが消えていった。
「ほら、行こうぜ」
さりげなく、1人でいた俺を桐生達の輪に入れてくれる宙。
「――うん」
さっきまで渋っていたのに、単純な俺はのこのこと宙に付いて行く。
――多分、なんとかなるか。
桐生を恋愛的に好きになれなくても。虚しくなっても。
太陽に近付けなくて辛くなっても。
◆◇◆
「あたしもお祭り行きたかったー」
拗ねて両手をテーブルに投げ出した夏南に、私は苦笑いで応じた。
「颯斗と揃って風邪引いたもんな、仲良いじゃん」
「うるせー。あー、俺も夏南の浴衣見たかったな」
颯斗が軽く諒の肩を叩いて、頬杖をついた。
「ちょっとやめてー。あー、氷華達が羨ま――っ!?」
夏南が、食堂にある自動販売機を見て目を丸くした。私と諒は思わず目を逸らす。
「え、え? ちょちょ氷華、静紅ちゃんがっ」
立ち上がろうとした夏南の腕を慌てて掴む。
「ま、待って。その、2人は……」
言いながら、自動販売機に視線を戻す。そこには、買った飲み物を持って仲睦まじげに談笑している静紅と古田くんがいた。
「……夏南、多分あの2人、仲直りしたんだよ」
古田くんが静紅を助けたところを目撃したことのある颯斗が、静紅達から目を逸らして、いたずらに箸を動かしながら言った。それを聞いた夏南が目を見張る。
「…………確かに、仲良さそうだね。あの問題児の古田と仲良くなるって、マジで何があったの」
その答えをほぼ全て知っているのに、私はただ黙って2人を見つめた。
すると廊下から、水萌ちゃん、宙くん……そして蓮月くんが歩いてきて、水萌ちゃんが2人に駆け寄った。
恐る恐る、蓮月くんの顔を見る。
――あれ、意外と。
蓮月くんは、特に何事もなく、話しかけてきた静紅に答えていた。
…………蓮月くんが静紅のこと好きじゃないって言ってたの、本当だったのかな。
安心して、ささみの唐揚げを箸で掴んだ。
「――おーい、氷華!」
急に名前を呼ばれ、再び静紅達の方を見ると、蓮月くんの隣にいる宙くんが笑顔でこっちに手を振っていた。
よく気づくな、と思いながら、微笑んで手を振り返す。
「うわ。でたアイツ。氷華、あんなん無視しとこ」
相変わらずの夏南の弟嫌い発言を無視していると、宙くんの腕に隠れていた蓮月くんの顔が、チラっと見えた。
――暗い、顔。
何も見なかったことにしたくて、ささみの唐揚げを口に運び、咀嚼した。
「――津野くんも、静紅ちゃんの役に立ってたんだよな」
独り言のように呟いた颯斗を見ると、彼はただもくもくと食事を再開していた。
その様子に深堀りできなくて、黙って水を飲み干す。
「…………今度は4人でお祭り行こう!」
何故か気まずくなってしまった雰囲気を変えるため、笑顔で私は言った。夏南と諒が安堵した顔で頷く。
ただ颯斗だけは、静紅達――いや、蓮月くんを見ていた。




