1-33 「気付いた想いと停滞と」
下駄で走るの、きっつい。
さっき待ち合わせしたコンビニの壁に手をついて、息を整える。
「……わざわざここまで来なくても良かっただろ」
ジンベイをつまんでパタパタさせている古田をちら見して、浴衣が汚れていないか確認する。
「髪、崩れてない?」
「綺麗だけど」
念の為手鏡で確認する。お姉ちゃんと一緒の髪型、崩すわけにはいかない。
「それにしても、危ないとこを見られそうだったね」
「もう見られたわ。……あー、まじで最悪」
「元はと言えば古田のせいよ」
「うっ、し、仕方ねーだろ」
手鏡をしまって浴衣をぱんぱん叩く。
――でも、うん、結構最悪。
手、ぎゅっとしてるときに見られちゃった。中鶴さんにも。
「そういえば、氷華さんって彼氏いたのか?」
「えっ」
「だって2人でいただろ。氷華さんと……あの男の人」
言われてみれば、確かに。
「まぁ、たまたま2人で他の人のこと待ってたってのもあるけどな」
古田の呟きに、しずくは顎に指を添えて考えた。うーむ、これはやっぱり、お姉ちゃん、中鶴さんと付き合ってる可能性、大?
お姉ちゃん、この前そのことについて聞いたらめちゃくちゃ焦ってたし。
「とりあえず、しずくと古田は友達を2人で待ってましたって後でお姉ちゃんに言っておくよ」
アイスでも買おう、と2人でコンビニに入る。
「……あれを見られたのは気まずいけど、お前、バレたくないのか? その……2人で来たこと」
アイスコーナーで尋ねられて、しずくは口を尖らせた。
「そりゃあそうでしょ」
「…………ふーん?」
意味ありげに言う古田を無視して、シャーベットのアイスを手に取る。
繋がったアイスを折って1本ずつにする、という革命的なものを購入して、コンビニから出た。
ぐぐ、と横に引っ張って、半分に――あ、やべ。ミスった。
「おいこれ、片方だけ小せぇじゃねぇかよ」
無言で小さい方を古田に押し付けると、意外なことに文句を言わずに食べ始めた。
うま、と言いながらアイスを食べる横顔を見て、なんだか今まで感じたことのない感情を覚える。なんだこれ。変な感じ。
シャク、というフレッシュな音が口内で響いた。
「――あっ、花火! あとどれくらいで始まる!?」
アイスの冷たさに脳が刺激されて思い出した。そうだそうだ、花火――……
――『まだ、秘密ね。花火の時に言う』――
あっ……
「あと20分くらいだな。昨日調べたらここの近くにいいとこあるらしいからそこ行こうぜ」
「ウ、ウン」
「……何だよ急に」
「ナンデモ」
ち、ちがうし。今更ひよったとか恥ずかしいとかじゃないし。
「急ごうぜ。――ほら」
「……うん」
差し出されたと手をとる。
「ねぇ古田」
「何?」
「ここではぐれる心配は、ないでしょ?」
「…………知ってるわ」
――じゃあ、どうして?
しずくはその疑問を口にはしないで、古田の手に身を委ねてただ歩いた。
どうしてか、多分、わかった気がするから。
◆◇◆
「もうちょっとで始まるね」
「楽しみだな」
私と諒は、わくわくしながらもう少しで打ち上がる花火を待っていた。
場所は、神社の鳥居をくぐって長い階段を上った先にある、拝殿の近く。柵があって、高いところから花火を眺めることができるスポットだ。
かなり長い階段を上らないと行けないからか、人は少ない。
ま、私と諒は余裕だったけどね。
「ここの花火有名らしいから楽しみ」
さっきのことで、少し心に取っ掛りはあるけれど。
「――あ! 諒!」
「始まったな!」
ヒュルルル、と音がして、赤と青の花のような花火が視界いっぱいに広がった。かと思えば、たくさんの花火が次から次へと打ち上がっていく。あまりの壮大な光景に、目を見張った。
音はそれなりに大きいけど、犬耳のほうは耳栓を付けているから大丈夫。気にせず楽しめる。
「――綺麗だな」
諒の感嘆の呟きに、私は頷いた。
本当に、綺麗。
不思議なことに、さっきの出来事によるモヤモヤとした気持ちが、花火と一緒に吹き飛んでいく気がした。
「多分、氷華といるから、こんなに綺麗に見えるんだろうな」
「――うん。私も、諒とだからこんなに楽しめてる」
私達は身を寄せ合って、次々に爆ぜていく色とりどりの光を見つめた。
絶対に忘れないように、目に刻む。諒の体温と共に。
浴衣の中からネックレスを取り出して、花火にかざした。花火もネックレスも、どちらも負けじと輝いている。
「私、諒のこと大好きだよ」
「俺も、氷華のこと、その、大好き」
ちょっと照れたな〜、とツッコんで、2人で笑う。
――ああ、こんな時間が、いつまでも続きますように。
そう、思っていた。
◆◇◆
「すごい、こんなとこあったんだね」
「な、穴場だろ」
祭りが開催されている神社の近くにある河川敷。そこが古田が調べたという場所だった。
お姉ちゃんに渡されたレジャーシートを敷いて、2人並んで座る。
頬を撫でる風が心地いい。
「――静紅、約束したよな」
「始まってからね」
そうせっつかなくても、ちゃんと分かってるよ。
――けど、早く花火が始まってほしい、っていう気持ちと、まだやめて、という気持ちが両方ある。なんか、緊張してきた。どうしよ。
「あ、あの古田、その、しずく――」
怖気付いて取り消そうとしても遅かった。
それはそれは盛大な花火が、上空に広がった。直後、ドーンと大きな音が響く。
――もう、後戻りできなくなってしまった。
「始まったな」
「……」
「時間だぞ。静紅にとって俺は何?」
何度も何度も繰り返し響く、大きな花火の音。でも、古田の声はしっかりと耳に届く。
――怖い。これ、言っていいのか、分からない。
分からないけど、これは言うべきだ。しずくにとっても、古田にとっても。
覚悟を決めて、息を吸い込んだ。
「――古田って、最初はしずくにとって、危険な存在だった。脅してきて、奢れ、って。怖かった。すごく」
「……ごめん」
律儀に謝ってきた古田に少し笑ってしまう。そういうところだよ、古田。
「だけど、古田が謝ってくれて、友達になろうって言ってくれて。そこから、しずくは古田と『友達』だと思って接してた。――けど、今はちょっと違うの」
古田がこっちを見た。今は? と訊かれてる気がした。
「――古田が杉本達から助けてくれた時から、ちょっとずつ、古田に対する想いみたいなのが変わってきて」
――『静紅に触んな!!』――
あの時から、あの声が離れなくて。
「それで、その……」
声が小さくなっていって、花火の音に掻き消されていく。
「あの時……古田と蓮月が遊びに来た時から、変だ、ってなった。自分が」
あの時、古田に手首を掴まれて押し倒された時。びっくりするくらい、熱かった。古田の手と――しずくが。
「明らかに違うの。しずくが蓮月や宙に対する何かと、古田に対する何か」
夏祭りに2人で、と誘われた時。緊張した。異様な楽しみさがあった。蓮月と2人で遊んだ時は、もっとお互いフランクで、そんなのなかった。ただ、楽しい、と思うだけで。
「古田とここで遊んで。それで多分、分かった」
今まで一度も感じたことの無い想い。お姉ちゃんにも、みいなにも宙にも蓮月にも、誰に対しても感じたことの無い、想い。
怖かった古田。関わりたくなかった古田。
そんな古田を知ってたから、優しくて、頼もしくなった古田に。何か違うものを感じて。
――でも。それを言ったらどうなる? 古田との関係が変わっちゃう? 引かれるかもしれない。しずくだけかもしれない。
「ごめん、やっぱり――」
ドン、と砲弾のように大きい花火の音で、声を遮られる。
急かさずに、ただ黙ってる古田。それにも、何かが込み上げてくる。――もう、いいや。花火にも、急かされるなら。
「――友達じゃ、いやなの」
真顔を貫いていた古田の目が、明らかに大きくなる。
「親友でも、だめなの。違うの。それとは違うの」
古田の方を向いて、まくしたてるように早口で伝える。
「けどそれが何か分からないの。ねぇ、これって……」
自分の顔が真っ赤になってるのを自覚して、体操座りの脚の隙間に顔を埋めた。
「――静紅」
顔を上げると、同じく顔を真っ赤にした古田。目が合っても、お互い顔を逸らさない。
「つまり、俺達両方共ってことか? それでいいんだよな?」
古田が手を伸ばした。それはそのまま、しずくの頬に添えられる。
やっぱり、熱い。これ、やばいかも。
「それは静紅が俺のこと、そう思ってるってことでいいんだよな」
「――多分、ね」
しずくの頬に触れている手に、そっと自分の手のひらを添えて、目を瞑る。不思議なことに、この手に全てを委ねたくなってしまう。
言葉にすることによって綺麗に整頓されたしずくの想い。こういうことなんだ。きっと。初めてだから、よく分からないけど。
しずく自身にも、古田にも、答え合わせができた。
『like』じゃないほう、なのかも。
「……夢か?」
「現実よ」
幸いなことにね、と付け加える。
「――花火、綺麗だね」
「だな、本当に」
――ん? なんかいい感じの流れになってるけども。
「あの、古田は?」
「俺はって、何が」
「古田はどう想ってるのしずくのこと」
「――あ?」
何故か古田は固まった。なんでだ、そっちも言えよ。
「え、え? 分かんないの?」
「うん……?」
「散々手繋いだり顔触ったり押し倒したりしたのに?」
「友達はするかもしれないじゃん?」
「するわけねぇだろ馬鹿!」
やっぱり違ったんだ。あら。
「……やっぱお前まじで危ないな。俺じゃねぇとなんかすごい不安だわ」
「古田じゃないと、というのは」
「そりゃあ、その――」
ドン、という花火の音に重なって、小さな古田の声が掻き消された。
「なんて? つきやき?」
「何でもねぇよ」
ふぅん、と視線を花火に移した。緑。青。赤。時々流行りのアニメのキャラクターの形に打ち上がったりして、日本の花火の技術に感動する。
――けど、古田は花火を見ていなかった。
「…………なに?」
「いや別に」
肘に頬杖をついて、相変わらずこっちを見てくる。やめてー。恥ずかしいの顔に出るからやめてー。
「――んふっ……」
堪えきれず吹き出すと、ふっと古田が表情を崩して笑った。しずくの中から何かが込み上げてくる。
「ねぇねぇ」
「ん」
「――霧夜」
「え」
ぷいっとそっぽを向くと、古田ががばっと身体を起こした。いちいち挙動が面白い。
「え、今静紅」
「何古田」
「おい、今のもう1回!」
「ハナビデキコエナカッター」
「聞こえてんだろ!」
古田の声に被せるようにして、ドンドンと連続で花火が打ち上がった。フィナーレ、かな。
「終わっちゃうね」
「だな」
「寂しいね」
もうちょっと、長くてもよかったんだけど。
「別に、また来ればいいだろ」
「2人で?」
「――そう。祭りじゃなくてもいいし」
ぶっきらぼうに言う古田に、ちょっと意地悪したくなってきた。
「それはデートってこと?」
「でっ……!? 馬鹿おま黙っとけまじ」
帰るぞ、と乱暴に呟いて立ち上がった古田に続く。ツンデレめ。
「楽しかったね」
「おう」
もう当たり前のように手を繋いで、駅まで歩く。
「また来ようね」
「ん」
2人で手を繋いで歩いても、現実味が湧かない。きっと古田も同じだろう。
「お前、あんま言うなよ。クラスの奴らとかに。2人で祭り行ったってバレたらやばいから」
「――分かってるよ」
古田が、また陰口を言われることになるのは、嫌だから。
――『友達』としてではなくて。
「やばっ、お姉ちゃんだ」
駅の近くまで来ると、少し遠くの自販機の近くにいるお姉ちゃんを発見して、急いで古田の手を離した。
「またね」
「ん、また学校で」
普通に挨拶を交わして、普通にお姉ちゃんのところへ行こうとした。――けど。
立ち止まって振り返る。古田も振り返っていた。
目が合って、お互い照れ笑いする。
「――ありがとう、霧夜」
「――おう、またな、静紅」
手を振って、今度こそお姉ちゃんの元へ駆け出した。
明日、学校楽しみだ。
もちろん、みいな達と会うこともだけど。
――それに加えて、新たに楽しみができた。
特別な人と会うっていう、楽しみが。




