1-35 「親友達と幸せを」
「やっほ〜皆! ようこそお越しくださいました〜」
夏休み1日目の13時、しずく達いつめんは、みいなの家の玄関前に集合していた。
今日は髪を下ろしているみいなの案内で家の中に入る。一戸建ての木造建築で、あたたかみのあるお家だ。
「あ、こんにちは、皆ゆっくりしていってね」
「由珠さんこんにちは〜!」
「あ、星宮くん。久しぶり」
階段から、白のTシャツにブラウンのキャミソールワンピースを着た女の人が下りてきた。きっとこの人がみいなのお姉さんなんだろう。なんか、見覚えがあるような……
「あ、しずっちは初めましてか。うちの姉貴の由珠ちゃんで〜す」
「やめて恥ずかしい……えっと、静紅ちゃん。水萌から話はよく聞いてるよ。その、水萌がいつもお世話になってます」
素朴な笑みを見せた由珠さんは、みいなの話によると確かお姉ちゃんと同じ高等部2年生のはず。ラウンド型の赤ふちメガネをかけていて、髪は柔らかそうなレイヤーカットボブだ。
「えっと、津野くんもいらっしゃい、今お茶を――」
キッチンに方向転換しようとした由珠さんは、霧夜を見るなり固まった。徐々に顔が青くなっていく。
――もしや、この反応は。
「ちょ、みいな、霧夜のことお姉さんに説明してなかったの!?」
慌ててみいなに小声で囁いた。
「忘れてた☆」
てへっ、とウインクをしたみいなを霧夜が睨み、蓮月がため息をついた。
「えっと……ゆ、由珠さん、彼は改心しまして」
霧夜の前に立って何とか弁明する。きっとこの人も過去の問題児の姿しか知らない。
「あ、あの、今まで立花……さんに酷い事言ってすみませんでした、あのこれ」
そう言ってしずくの前に立った霧夜は、おもむろに紙袋を由珠さんに差し出した。立花さんって言った〜、とみいなが茶化しだし、霧夜がまた睨む。
けど、その様子にみいなと霧夜の仲が悪くはなくなったと受け取ったのか、由珠さんは視線を泳がせた後、何も言わずに紙袋を受け取ってキッチンに消えていった。
「ごめ、うちの姉貴ちょっとだけ人見知りなんよ」
「まあそりゃあ自分の妹によく突っかかってたやつが家に来たら警戒するよな」
氷華みたいに、と宙がニヤッと付け加え、霧夜が舌打ちした。
「まぁまぁ、とにかくうちの部屋行こ〜」
2階に上がって、みいなが突き当たりの部屋のドアを開けた。
「……ぬいぐるみの山だぁ」
パープルのベッドの上には、窒息しそうな程のぬいぐるみが並べられていた。人気キャラクター、動物などが多い。
この部屋、可愛いの過剰摂取では??
カーテンや壁紙もカーペットも紫で、なんかこう、女子部屋って感じ。
「……視界がうるさい」
そう言って目を瞑った蓮月をみいながぺしっと叩いた。宙はひとりではしゃいでいる。
みいなに促され、四角いテーブルを囲んでいるクッションに腰を下ろした。
「じゃ、早速始めよ! 夏休み計画会!」
「「おー!」」
意味ありげに言ったみいなに続いて、しずくと宙は拳を振り上げた。
「メインは夏休みの宿題初日で終わらせよう会じゃなかったか?」
「まぁどうせやらないとは思ってたけど」
ノリが悪い霧夜と蓮月を3人で睨んだ後、みいなはテーブルに置いてあったプリントを指さした。
「これが陸上部の予定表。皆の部活の予定表も見して〜」
しずくと宙と蓮月は天文学部の予定表、霧夜は硬式野球部の予定表をそれぞれ取り出して、由珠さんが持ってきてくれたジュースを飲みながら、話し合いを進めた。
『夏休み、5人でたくさん遊ぼ!』
昨日の夜、霧夜が新たに加わったグループトークで、みいなからそう送られてきた。
約1ヶ月半学校が無いから、いつめん5人で遊びまくりたいのだという。しずくはもちろんそれに賛成し、残りの3人も了承した。
そこで夏休みの遊ぶ計画を立てようと、今日はみいなの家に集まったのだ。ちなみにしずくがみいなの家に来るのは初めてで、それは宙と蓮月(もちろん霧夜も)もそうらしい。
「――じゃあ、遊ぶ日は大体こんな感じかな。次はどこで何して遊ぶか決めよ〜」
遊べる日は、トータルで7日間。かなり日数のある夏休みだけど、皆の部活や予定に合わせると遊べる日は自然と少なくなってしまった。
「うちはカラオケ行きたいな! どう?」
カラオケ、と聞いて、しずくは密かにテンションがぶち上がった。
親友達(例外を含む)と、カラオケ。
陽キャリア充達がしまくるやつだ!!
「はいはい! しずくやりたいです!」
「いいねぇしずっち。じゃあ決まりでい――」
みいなが蓮月を見て口をつぐみ、しずくも不思議に思って彼を見て、思わず吹き出した。
ものすげぇ、絶望顔。
「嫌です」
「え〜?」
「嫌です」
強調して繰り返す蓮月に笑いが込み上げてくる。
「行かない。行ったとしても歌わない」
「おっけーカラオケ決まりね」
「聞けよ」
歌いたくないし恥ずいし無理、とごにょごにょ喋る蓮月の肩に腕を回して、宙がだる絡みし始める。
「大丈夫だって蓮月、俺が古田から守るからさぁ」
「俺が津野をいじめる前提やめろや」
蓮月が諦めたようにため息をついて、じゃ決まり〜、とみいながカレンダーに書き込んだ。
高ぶる気持ちを隠しきれずに、しずくは体を左右に揺らした。
「上機嫌だな」
「友達とカラオケ初めてだからね!」
「……お前、色々と初めてばっかだな」
まぁね、と霧夜の言葉に頷く。
あー、楽しみ!!
――だったのに、宙の言葉によってしずくのテンションは下げられることになる。
「俺、海行きたい! いいよな!」
――海。
「ええやん、夏って感じ!」
「だろ! 俺ビーチバレーやりたい!」
冷や汗がだらだらと首筋を流れていく。
「ね、皆もいいよね――」
「あの! しずく、海は、ダメなの」
ぽかんとしている4人に、慌てて早口で付け加える。
「その、皮膚が太陽に弱くて」
常に帽子を身に付けていることを聞かれた時、お姉ちゃんがよく使う嘘。
「え、そうなの静紅? 俺初めて知った」
きりきりと心が絞られる感じがする。友達に嘘をつくのは、辛い。
「……じゃ、海はやめよっか」
「ごめん、みいな」
「ええよええよ。あ、室内プールはどう? うちいいとこ知ってんだよね!」
心の底からホッとして、しずくは大きく頷いた。
「うん、プールだったら大丈夫!」
その後は海の話は出なくなり、水族館、テーマパーク、スポーツ施設、しずくの家、プラネタリウムと、他に行く場所が決まっていった。正直、どれも楽しみすぎる!
カラオケに行くことを拒んでいた蓮月も、プラネタリウムと聞いて機嫌がよくなった。一緒に部活をしていて分かるけど、蓮月はかなりの天文好きだからね。
「ごめ、うちこの後予定あるからそろそろお開きかな。遊ぶのちょー楽しみ――」
「「宿題は?」」
綺麗にハモった蓮月と霧夜を思いっきり無視して、しずく達は荷物を持って部屋から出た。
家の外まで見送りに来てくれたみいなに手を振って、しずく達は帰路についた。
「……宿題するって誰かさんが言い出したせいでバッグ重いな〜、結局やらなかったな〜」
そう言って、蓮月がチラッと宙を一瞥した。
「ダ、ダレガイッタンダッケナー」
「あんただよ」
うるせー、と宙にちょっかいをかけられて、蓮月は声を出して笑った。
思わず足を止める。
普通の明るい男子みたいに、笑った蓮月。
「どうした静紅」
霧夜に声をかけられて、首を横に振った。小走りで霧夜の隣に戻る。
「なぁ、静紅」
「ん?」
「あのさ、その、夏休み、どっか行かない」
そっぽを向いたまま、『ふたりで』を省いて言った霧夜に、自然と口角が上がった。
「うん、行きたい」
口元を緩ませた霧夜にさりげなく近付く。
すると、蓮月とじゃれていた宙がこっちに駆け寄って来た。
「なぁなぁ静紅〜、蓮月酷いと思わない?」
「うん、最低だと思う」
「おい桐生」
「俺は津野に同意だわ。無駄に鞄重いんですけど」
「……よし静紅、古田に集中攻撃だ」
「ガッテンだ」
「なんで俺だけ??」
――ああ、今のしずく、昔とは比べ物にならないくらいに、幸せだ。
笑ってふざけ合えて一緒に遊べる親友が3人もいて。特別な人もいて。お姉ちゃんもいて。
こんな生活が、ずっと続きますように。




