1-31 「夏祭り 〜静紅編〜」
下駄、痛くないけど、ちょっと歩きづらいかも。
人々の間を抜けながら、しずくは逆に冷静になってそんなことを考えていた。
さっきあんなに緊張してたのに――もちろん、あれだよ? その、クラスメイトとのお祭りが初めてで緊張してるだけだし。
というか見られてるなさっきから。あ、装束が逆だったら縁起がうんたらかんたらって聞いた事あるけどそれになってないよね?
不安になりながら頑張って早歩きして、夏祭りが行われている神社からすぐのコンビニに着いた。
――あ。いる。
コンビニの入口のちょっと近くに、古田が立っていた。
「やっほ」
「よ、静紅――……!?」
しずくを見て固まったと思ったら、ばっと顔を背けられた。なんだおい、人と顔を合わせてそれ?
「……やっぱり、装束逆だった?」
「しょ、装束? 違うけど……」
「変かな」
「いや! いや、全然……」
なら、良いけど。
「というか、その服浴衣?」
「い……いやこれは甚平」
聞いたことない。黒生地に……白い波? みたいな模様がある。涼しそうだ。
「似合ってると思う」
「えっ、あ、さんきゅ……」
大丈夫。古田はちょっと変だけど普通に会話ができている。
「じゃあその、行くか」
「うん」
神社に向かって歩き始めると同時に、太鼓の音が聞こえてきた。お姉ちゃんとどこかの夏祭りに行った時も、太鼓とか笛みたいな音が聞こえたっけ。
――『静紅、あの太鼓はね、神様に祈ったり、感謝をするためなんだよ』――
なんとなく古田が歩幅を合わせてくれてるのが分かって申し訳なくなる。身長差があるからしょうがないんだけど……
「……おい」
「何?」
「その……浴衣、似合ってる」
「え」
思わず立ち止まった。
――今、似合ってるって言った?
「あ、や、なんだよ、ほら、行くぞ」
固まったままでいると、古田がしずくの手を引いて歩き出した。
――ま、待って。え?
「な、なんで手……」
「はぐれるかもしれないだろ、あとお前が立ち止まるから」
「……確かに??」
――そう。そうだよ。
はぐれないように、しずくを置いていかないように、繋いだだけ。ただ、それだけ。
意識することなんて、何も……
「食いたいのとかある?」
そう聞かれて、自分がお腹ぺこぺこだったことを思い出した。屋台を見渡してみると、かなり食べ物がある。――あ、あれ。
「待って古田」
繋いでる手をぐっと引っ張って方向転換して、今度はしずくが古田をリードする。
「うわ、な、何だよ」
「ポテト通り過ぎちゃった」
シャカシャカポテト、と書いてある屋台のポテトの、しずくは塩味と、古田はコンソメ味を購入した。しずくが先に受け取って、我慢できずに1本口に放り投げる。
「んー……? これ味ない」
「ちゃんと振ったか?」
「振るのこれ?」
「……お前祭り来たことないのかよ、貸してみ」
手渡すと、古田はポテトの袋を上下に振った。そういう感じなんだ。
「ほら」
「おお、味がある。なんだ、古田と一緒にいるあまり味覚がバグッたのかと――」
「へ?」
あっ間違えた。違う違う誤解。
「美味しいねって!!」
「無理があるくね……」
恥ずかしさを誤魔化すために、何度もポテトを口に運ぶ。
「よこしなっ」
「お前なぁ……」
古田の袋からポテトを何本か取って食べる。あ、うまい。
「じゃあはい、塩味」
ポテトを2本くらい取って、古田の口に運んだ。
「は、ちょ、え」
「ほら、食べて」
古田は少々ためらった後、ポテトにばくっと噛み付いた。
「しずくの指噛まないでね」
「噛まねぇよ」
「勢いがすごくて……」
なんだか面白くて、ふふ、と笑った。するとまた古田にふいと顔を逸らされる。
――さっきから失礼な人。
お姉ちゃんからもらったウエットティッシュで手を拭いて、お姉ちゃんからもらったゴミ袋にポテトの紙袋を入れる。
「悪いな、捨てさせてもらって」
「いいよ。時間なくなっちゃうし、早く行こ」
まだ何か言いたげな古田と無理矢理手を繋ぐ。
「え、あの静紅」
「迷子になっちゃうかもしれないんでしょ」
「……あ、あぁ、そうだな、うん」
自分で言っておきながら、なんかすごく照れくさくなって、手の甲で口を覆った。
というか、こんなのでいちいち反応してるのおかしい。トモダチと手を繋ぐのはごく普通、でしょ。
何度も自分に言い聞かせてきたけど、やっぱり変だ。
「……あ古田、金魚すくい! あれは知ってるよ、金魚をすくうんでしょ」
「そのままの説明だったけど、まぁそうだな」
水槽の前にしゃがんで、色とりどりの金魚を見つめた。これはお姉ちゃんとやったことがある。難しかったんだっけ。
――『静紅、金魚はね、こうやって落ち着いてすくい上げればいいんだよ』――
――『これ、持って帰ろうね、静紅』――
まだ幼かったお姉ちゃんの声、ずっと繋いでいた手の温もり。昨日の事のように思い出せる。――お姉ちゃん。
「これ、やろうよ」
「おう」
屋台の人からポイを受け取って、どれにしようか眺める。
「リベンジしたいな」
「これはやったことあんの?」
「お姉ちゃんと。確か1個も取れなかったから今回は取りたい」
1番大きい赤いやつに狙いを定めて、えい、とポイを大振りに、かつ落ち着いて振った。破れた。早くない?
「おい、そんな大雑把にやっても破れるだけだぞ。こうやって、丁寧に――」
言いながら、古田が黒の金魚をすくった。あ、割とすぐに破れた。
「ださ」
「うるせぇ。これムズいんだよ」
悔しがってる古田の横顔を見つめる。かなり真剣だ。
振って、破れる。2人共それを4回繰り返した。最後の1個……
「やー!」
気合いの声とは反対に、ゆっくり丁寧に落ち着いてポイを振った。破れた。は?
「あ待って俺いったわ!」
「えっ」
なんと古田はいっぺんに2匹をすくうことに成功した。くそ、しずくと古田で何が違うんだ……
おめでとう、と屋台の人に金魚を袋に入れてもらった古田はご満悦の様子。くそ。
「これ、やるよ」
嫉妬と羨ましさで金魚を見ていたしずくに気づいたのか、古田が袋を差し出してきた。
「古田の実力で取ったものだから大丈夫。スポーツマンシップがない」
「金魚すくいにスポーツマンシップもくそもあるかよ。ほら、受け取れって」
袋を押し付けられて、渋々(嬉しい!)受け取った。
狭い袋の中で泳いでいる、黒と赤の金魚。
――黒と、紅。
きゅっと胸が痛んで、大事に袋を手に持った。大切にしよう。
「ありがとう古田」
「別に」
素っ気ない返事。これはツンデレってやつ?
「ん、手」
古田がつっけんどんにこっちに手を突き出してきた。
少しい大きい古田の手に、自分の手をそっと置いて、繋ぐ。
――これ。
顔、あついな。
「古田の手、大きい」
「へ!? あ、え、お、おう」
いちいち反応が大きくて面白い、なんて、自分も言ってられないくらい照れている。
「ねぇ古田」
「ん」
「花火、見ようね」
「…………そうだな」
しずく達は手を繋いだまま、しばらく食べ物を食べたり遊んだりして、大通りから外れた人気のない道にやってきた。蛍光灯の間隔が広くて少し暗い。
「花火まであと1時間ってとこかな。どこで見る?」
「……そろそろ前の答え、教えろよ」
古田は質問に答えずに、しずくの目をじっと見つめてきた。
「俺は、お前にとって何だってやつ。分からないって言ったよな、静紅」
え、と声が漏れる。
「友達じゃないなら、何だ?」
――(友達って思えないなら、何?)――
前は、自問自答しても分からなかった、あの質問。
今は、多分――
「まだ、秘密」
人差し指を口に当てて微笑んだ。
「花火のときに言う」
古田が、口元に当てていたしずくの手をぎゅっと握ってきた。
「ちゃんと言えよ、花火の時に」
「もちろん」
応えるように握り返す。
目が合った瞬間、お互いばっと顔を逸らした。
握っている手が、あつい。
次回 「鉢合わせ」




