1-28 「無自覚?」
「氷華、どうした?」
「あっ、いや、何でもないよ」
心配そうな諒の声に、私は慌てて笑顔を浮かべて、紙パックのオレンジジュースを一気に飲み干した。
――『桐生は俺のこと好きじゃないです。俺も桐生のことをそういう目で見れない』――
あの苦しそうな顔の蓮月くんを思い出してしまっていた。
――『俺と桐生は釣り合わないです』――
「……っ、でさ、デートどこ行くかって話だよね」
「うん、氷華はどこ行きたい?」
私と諒は今、屋上で昼休憩を過ごしている。珍しく2人で。夏南と颯斗が2人仲良く流行りの夏風邪で休んでしまったから。
そして、初めての2人でのデートについて、今私達は計画している。
「そうだな、せっかくだし夏っぽいことしたいよね」
「だったら海とか?」
うぐっ、と私は食べてるサンドイッチを喉に詰まらせそうになった。
「ソ、ソレモイイケド、あのほら私、ちょっと太陽に弱くてぇ」
「あ、ごめんそうだった。じゃあ別のとこがいいな」
そうだねぇ、とホッとしながら相槌を打つ。
…………言えない!
カナヅチなことは死んでも言えない!!
水辺だと犬耳とか隠すの難しいってのもあるんだけど、普通に泳げないの!!
私って運動神経いいよ? 体育評定5以外取ったことないくらいにはいいよ、犬だからね。
なんだけど、なんだけどね、泳ぐのだけは別なんだよぉ!
「あ、来週隣町で夏祭りあるんだっけ。それはどう?」
「え、めっちゃいいね!」
諒が提案したのは、毎年行われるかなり有名な夏祭りだ。屋台も多いし、花火もある。
「じゃあ私、浴衣着て行っちゃおっかな」
「お、いいな。氷華の浴衣楽しみだな」
諒と2人で夏祭り。――楽しみすぎる!
夏祭りデートって、もう、そんなのやばいじゃん。
浴衣どうしようかな? 持ってるやつでもいいけど、新しく買っちゃう?
蓮月くんのことについて悩んでいたのはすっかり忘れ、私の脳内は夏祭りデートのことで埋め尽くされていった。
◆◇◆
「まじで許せないんだけど。やっぱ殴ってきちゃダメ?」
「だめだよ、みいなずっとそれ言ってるよね?」
蓮月と古田を家に招いた2日後の月曜日、しずく達はいつも通り食堂でランチを食べていた。
最近はお怒りのみいなを鎮めるのが大変。
西田と杉本に追い回された翌日、みいながまじで2人を殴ろうとして慌てて蓮月と止めたんだよね。
「……まぁ、立花より宙が1番やばかったけど」
蓮月の言葉に、何度も頷いた。
「あいつが2人の胸ぐら掴み始めた時はまじでどうなるかと思ったわ」
焼きそばを啜りながら言う古田に、蓮月が苦笑いで応じる。
そう、今風邪で休んでる宙は、今古田が言った通り暴走した。
杉本達とのいざこざを知った瞬間、宙は止める間もなく2人の胸ぐらを掴み始め、しかも殴ろうとして本当にやばかった。先生が止めたからなんとかなったけどね……
「ほんっとないわー。これはしずっち守る隊を発足するしかないっしょ」
「ちょっと過保護すぎないみいな?」
「隊員はうち、宙、つののん、ひょーちゃんね」
「なんで氷華さんが入ってて俺が入ってねぇんだよ」
いつもの楽しい雰囲気に戻って安心する。平和が1番だからね。
「……な、静紅」
皆で楽しくお喋りしていたら、古田が急に耳元で囁いてきてびくっと仰け反った。
お、驚かせないでよ……?
「その、ちょっと放課後静紅に話したいことある」
古田はそれだけ言うと、再び会話の輪に入った。
――なんだろ。
◆◇◆
放課後、しずくは空き教室で古田を待っていた。本を返却してから来るらしい。……古田が本って、ちょっと意外だけど。
すると、古田からメッセージが送られてきた。確認してみると、URLだ。
なんだこれ、隣町が運営している公式サイトのイベント情報? 1番上に夏祭りって書いてあ――
……夏、祭り?
えっ、とスマホを落としそうになった瞬間、ガララッと教室のドアが開いた。
「悪い、待たせた」
走ってきたのか、古田は息を切らしている。3分くらいしか待ってなかったんだけど。
「それで送ったやつ見てくれたか」
「えっと、この……イベントのやつ?」
「そう、それでなんだけど……その、夏祭りの日、空いてるか?」
今度こそスマホを落とした。ドッ、と無機質な音が響く。
「え、し、静紅?」
「あ、いや、あい、空いてる」
慌ててスマホを拾って、ぎゅっと胸で握りしめた。
ドッドッドッドッ、と異様に速く鼓動が鳴っている。
――なに? な、ど、どうして?
「その……良かったら、行かない? 一緒に」
美味いもんあるらしいしよ、と古田は早口で付け足した。
「…………2人で?」
「……そう」
夏祭り。古田と。みいな達もお姉ちゃんもいない。……2人、で。
「…………行く」
古田の顔がぱっと明るくなるのを見て、なんとなく目を逸らした。
「よっしゃ……じゃなくて、さ、さんきゅ。じゃあ、詳しいこと後でメールすっから。じゃ!」
古田が教室から出ていった後も、しばらくしずくは立ちすくんでいた。
……夏祭り。2人で。
――デート?
いやいや、と頭をぶんぶん横に振って、よぎった言葉を打ち消した。違うよ、そんなんじゃ、ないよ。
だって、古田は、友達――
――『静紅にとって、俺は何だ』――
手首を掴まれた時の、あの熱を思い出す。
友達……のはず、なのに。
違わないはずなのに。みいなと、宙と、そして、蓮月と。何も違わないはずなのに。
――夏祭り。
………………ちょっと楽しみ、かも。
次回 「浴衣」




