1-26 「誤解と鈍感と」
パタン、とドアが閉じられる音に、少し寂しさを覚えた。
「蓮月、連れていかれちゃったね」
「……だな」
「お姉ちゃんご機嫌だったから、蓮月に改めてお礼を言うのかな。この後古田も呼ばれると思うよ」
「だな」
この前の古田みたいに警戒されてるわけじゃないから、ギターの応援はいらないね。
――なんだけど。
やっぱり古田の様子がおかしい。
さっきから目を合わせてこないし、口数も少ない気がする。
―――あ、嫌われてたらどうしよう。
あの時、西田、杉本と古田が殴り合って、古田は少し怪我をしてしまった。
古田の頬と首についてる、絆創膏。
しずくの、せいで。
「……ごめんなさい」
「な、きゅ、急にどうしたんだよ」
俯くと、ベッドに座っているしずくの隣に、古田が腰掛けてきた。
「だって……あの時ちゃんとしてれば、古田を怪我させずにすんだのに……」
――「自分の身は自分で守れるよ」――
この前お姉ちゃんに言った言葉。
そんなことなかった。
しずくは変われてない。
自分のことなんて守れない。
また周りの人を頼って。巻き込んで。
しずくはみんなを守っていない。助けてない。自分を守れないのに、周りを助けられるはずがない。助けられた分、みんなに返さないといけないのに。
「……いや、妥当だね」
「……妥当?」
泣きそうになっていると、意外な言葉が降ってきて、顔を上げた。
「俺が怪我したのは、妥当だ。当然の報いだ。これくらい、いやこれ以上傷つかないと、罪を償えないだろ」
はきはきとした物言いに、何も言えなくなる。
「俺はお前と、お前の友達を傷付けた。それに比べればこれくらいどうってことねぇよ」
それを聞いて、呆然とその横顔を見つめた。
古田は、ただ単にしずくを助けようとしたんじゃなくて、自分の罪を償おうとしてくれたんだ。
「その、俺の方がごめん。津野から聞いた、お前はあの時いなくなった俺を探してたんだって。だから静紅のせいじゃなくて、俺のせいだろ」
その言葉に、救われたような気がした。
確実に、古田は変わっている。
古田は、優しい。きっと、本当は昔から。不器用なだけで。
そう考えると、この絆創膏も愛しい物なのかもしれない。
「じゃあこれは、成長の証、だね」
そう言って頬の絆創膏に触れると、古田がびくっと体を震わせて驚いたようにこっちを見た。やべ。
「ご、ごめん痛かった?」
慌てて手を引っこめる。
「……あー、もう、そういう問題じゃねえ!」
急に大声を出されて、今度はこっちがびくっとする番だった。
「ちげえよ、俺がムカついたり、心配してんのはなっ、」
古田はそう言うとしずくの手首を掴んで、そのままぼふっとベッドに押し倒した。
「……こういうとこだ馬鹿」
……ん? んん? なに、何が起きてるの?
「簡単に自室に男子2人招き入れやがって。挙句に2人きりになっても何とも思わない。もっと警戒心持てよ」
そう言う古田の唇、頬の絆創膏、赤い古田の顔、真っ直ぐこっちを見ている目。全部、正面にはっきりと見える。
しずくの手首を掴んでいる古田の手が熱い。
この前杉本が手首を掴んできたのとは、全然違う。
これは、何?
「なぁ、お前に、静紅にとって、俺は何だ」
今、何を聞かれてる?
「…………津野は、静紅にとって友達?」
答えられずにいると、質問を変えてきた。
「……そう、だよ。親友」
なんでここで蓮月が出てくるのか分からないけど、なんとなく答えなきゃいけない感じがして、途切れ途切れで言った。
「それ以上じゃないのか」
「それ以上って……」
「……」
「蓮月は、親友だよ。大切な。それ以上でも、それ以下でもないよ」
手首を掴む手が一瞬緩くなって、また強くなる。痛くない程度に。
「……じゃあ、俺もお前の『友達』で、それ以上でもそれ以下でもないのか」
うん、と言おうとしたけど、声が出なかった。
何かが、違う。『友達』とは、何か違う気がする。
……どうして? 古田は紛れもなく、『友達』のはず。仲直りをして、話して、遊んで。
じゃあ、この状況は?
「……ごめん、分からない。分かんないけど、少なくとも古田は、しずくにとって大切な人だよ」
「…………ふーん」
急に分からなくなった。
しずくは、古田のことどう思ってるんだろう。友達って思えなくなったなら、何?
「……とりあえず、静紅は警戒心を持つべきだ。今身を持って思い知ってるだろ。こういうことになる」
「こういうことって?」
「だっ、は……いや……馬鹿」
古田が雑にしずくの手首を離して、ベッドに座り直した。
寝転んだまま解放された手を伸ばして、もう1度古田の頬についてる絆創膏に触れる。それから、首についてる絆創膏にも。
……それでもさっぱり分からない。
古田が……いや、しずくが何を感じているのか。
「……んだよ、誘ってんの?」
「何の話?」
「…………お前ってほんと……馬鹿」
古田は呆れたように言うと、絆創膏に触れているしずくの腕を掴んで、片手で引き上げた。
もう一度、古田の隣に座る形になる。
「……3回、馬鹿って言われた」
「だってそうだろ。まじで保健の授業ちゃんと聞いといた方がいいぞ」
「保健? なんで?」
「とにかくそういうのちゃんと勉強しとけ! ……あー、俺トイレ」
そう言うと、古田はそそくさと部屋から出ていった。
ぽつんと1人残される。
………変なの。
古田も、しずくも。
◆◇◆
「はいっ、これコーヒーね!」
コトンッ、とマグカップをカウンターテーブルに置いて、カウンターチェアに座った。
「……ありがとうございます」
そう言って隣に座ったのは、どこか浮かない顔をした蓮月くん。うんうん、何でだか分かるよ。
「いやぁ、蓮月くんにはお世話になりっぱなしだよ。いつもごめんね、うちの静紅が」
「……いえ」
相変わらず蓮月くんは目を合わせてこない。内気な子だけど、蓮月くんは何度も静紅を助けてくれた。
「それで、改めてお礼を言わせてほしいの。蓮月くん、先日は本当にありがとう。蓮月くんがいなかったら、静紅はどうなってたことか」
私はそう言って、蓮月くんの方を向いて頭を下げた。
「……いえ、あの、俺は大したことしてないです。桐生を助けたのは古田です」
さっきからどうも煮え切らない返事だ。恋敵を褒めるなんて。
「蓮月くんは謙虚だね。でもね、私……蓮月くんの気持ちも、古田くんの気持ちも分かるよ」
「……はい?」
蓮月くんの眉が下がるのを見て、私は更に畳み掛ける。
「やぁね、分かってるのよ、私。可愛い子は、助けたくなるよね」
「え、えっと……?」
「静紅は強がって中々認めないのよ。それで、蓮月くんの方からぐいぐいいってほしいな!」
「……何の話ですか」
蓮月くんが眉をひそめて、マグカップに口をつけた。
自分が1番分かってるでしょうに。この子も強情だね。
「だからぁ、もう告白しちゃっていいよ! 静紅に! 私が認める!」
「…………は、はぁ!? ――あっ」
蓮月くんがマグカップを勢いよくテーブルに置いたせいで、中のコーヒーが少し溢れた。
素早く台拭きを持ってきて、テーブルを拭く。
「す、すみません自分でやります」
「いいのいいの。それより、ね?」
目配せすると、蓮月くんは数回瞬きをした。理解できてないみたい。
私は台拭きを片すと、大きく息を吸い込んだ。
「……まず私達が転校してきた最初の頃、君教室で静紅と2人きりで話してたでしょう。ちょっと内容も聞こえちゃったんだよね」
「あ、あれはっ……」
「それに蓮月くん、いつも静紅のギターを惚れ惚れとした顔で聴いてるでしょ」
「あ、あの――」
「そして何より、2人でデート! プリクラ取ったんだって? もうそんなの両想――」
「氷華さん!!」
蓮月くんが今までにないくらい大きな声で制してきて、私は口を噤んだ。
「……違う、違いますよ。俺と桐生は、そんなんじゃない……です」
立ち上がった蓮月くんを見上げる。
「俺と桐生は、釣り合わないです」
「……どうしてそんなこと」
「俺が……俺が周りに何て言われてるか知ってますか」
蓮月くんが苦しそうな顔で、服の襟を掴んだ。
「…………とにかく、俺のせいで桐生を巻き込みたくないんです。親友になったのも、危ないし」
危ない? 巻き込む? さっきから何を。
「俺は桐生のこと嫌いじゃないです。今まで関わってきたどの女子より好感を抱いてると思います。けど、それとこれとは別です」
「…………蓮月くん、君に関して良くない噂が流れてるっていうのは知ってる。だけど、君が静紅にしてくれたことは本物だよ。静紅が1番それを分かってる」
私も思わず立ち上がった。俯いた蓮月くんに1歩近づく。
すると、蓮月くんが俯いたまま、苦しそうに笑った。
「桐生は俺のこと好きじゃないです。俺も、桐生のことをそういう目で見れない。……思い違いです。氷華さんの」
私は今度こそ何も言えなくなった。好きじゃない、と断言されてしまえばそれでおしまいだ。
「……そっか。ごめんね、変なこと言って。でも、静紅とはずっと仲良くしてほしいな。静紅が君のことを好きじゃないとしても、絶対静紅は蓮月くんのことを信頼してるよ」
私は微笑んで、蓮月くんの肩に手を置いた。
「……それは、はい。友達なので」
「さっき親友って言ってなかった?」
「…………そうですね。親友です」
蓮月くんは独り言のように呟いて、階段の方に目をやった。
「……古田くんにも、ここに来るよう伝えて欲しいな」
「はい」
……親友、ね。
階段を上って静紅の部屋に戻っていく蓮月くんを、私は黙って見送った。
次回 「親友と片思い」




