1-25 「友達vs親友?」
キッチンから、美味しそうな匂いが漂ってきた。
お姉ちゃんが鼻歌を歌いながら、たくさんの料理を運んでいる。
そんな上機嫌なお姉ちゃんを横目に、しずくは時計を確認した。12時5分前。そろそろかな。早く来ないかなぁ。
ピンポーン――
チャイムの音を聞いて、思うように走れない脚にムカつきながら玄関まで急ぐ。
「やっほー! 2人とも!」
玄関のドアを開けると、目の前には内気な男子1人と、紙袋を抱えた、緊張した顔の男子が1人。
「お邪魔します」
「よ、よぉ」
そんな2人――蓮月と古田をリビングに招き入れると、エプロンを外したお姉ちゃんが2人に笑いかけた。作り笑顔じゃなくて、心から。
「待ってたよ、2人とも。今日は来てくれてありがとう!」
「こっ、こんにちは氷華さん! あの、これ土産です」
前と同じように何故か緊張している古田が、お姉ちゃんに紙袋を差し出した。
「えー、いいのに! なんたって今日は、2人にお礼するための会だからね!」
そう。今日は、杉本と西田からしずくを助けてくれた2人への感謝会だ。
お姉ちゃんが持っている紙袋の中を覗くと、これまた高級そうなパッケージのお菓子が入っている。古田はもうお姉ちゃんに気に入られてるし、そんなことする必要ないのにな。
「そういえば桐生、脚大丈夫?」
「まだちょっと痛いけど、歩きに支障が出ないくらいには治ったよ。蓮月のテーピングのおかげ!」
「あれそんな効果ないと思うけど」
あの日から5日が経ち、保健室の先生に言われた通り、だいぶ痛みがひいた。
蓮月のおかげだよね、と同意を求めてお姉ちゃんを見ると、なんかこの人またニヤニヤしてる。気持ち悪い。
お姉ちゃんが見ている方を見ると、古田が蓮月をちょっと睨んでいた。……どうした? 喧嘩はよくないぞ。
「……じゃあ早速始めようか! さっ、座った座った。私2人のために腕をふるっちゃった」
カウンター席とは別のダイニングテーブルに、お姉ちゃんが2人を促した。
そのテーブルを見た蓮月と古田が固まる。
「…………えっと、氷華さん。これ俺らの感謝会つってましたっけ」
「そうだよ古田くん。遠慮無く食べてっ!」
笑顔で言うお姉ちゃんに、2人は戸惑いを隠せていない。
「いやあの、料理が豪華すぎやしませんか?? 貴族並じゃね? つかこれ、全部氷華さんが作ったんすか!?」
テーブルに並べられた料理は、ローストビーフ、アクアパッツァ、うな重、スシ、金目鯛の焼き魚、ささみの唐揚げ、ホイコーローなどなど。
しずくにしてもこれは多すぎだと思うけど、お姉ちゃんってテンションで料理のクオリティとかが変わるんだよね。今日だってすごく張り切ってたし。
「寿司は出前だけどね。2人にお礼がしたくって!」
「しずくはちょっとでお腹いっぱいになるから男子2人に任せたよ」
そう言ってガッツポーズをすると、2人は困惑した様子で顔を見合せた。
「…………津野、まじでどういうこと」
「これが桐生家。見て分かるだろ、格が違うんだよ」
顔を寄せ合ってごにょごにょ話している2人に、ちょっと驚く。こんな仲良かったっけ? 蓮月、古田に怯えてなかった?
テーブルの椅子にお姉ちゃんが腰掛けると、2人もおずおずとそれに続いた。しずくもお姉ちゃんの隣の椅子に座る。
全員が席につくと、早速お姉ちゃんが料理を取り皿に分け始めた。
「蓮月くんって回鍋肉好きだったよね? 静紅から聞いたよ。はい、大盛り! ご飯のおかわりいくらでもあるからね!」
「あ、ありがとうございます」
「古田は? 何食べたい?」
「じゃあ、ローストビーフ……」
お姉ちゃんにローストビーフを取り皿に分けてもらって、しずくがそれを古田に手渡す。
「「いただきまーす」」
しずくとお姉ちゃんが食べ始めるのを見て、2人も箸を手に取った。
いつもは骨がある金目鯛だけど、今日は骨抜きされていてお姉ちゃんの気合いを感じる。……うん、おいしい。
「……うまっ」
蓮月が美味しそうにホイコーローを食べまくっている。いい食べっぷり。流石男子。
「…………静紅、魚1口くれない」
「ん? いいよ」
蓮月を眺めていると、古田が自分の取り皿をこっちによこしてきた。
「はい、2番目に美味しいところ」
「1番美味いとこは?」
「しずくが食べる」
「お前かい」
つっこみながらも、古田は楽しそうに表情を綻ばせた。それをまたお姉ちゃんがニヤニヤしながら見ている。
…………さっきからなんだ気持ち悪い。
「それにしても、2人とも本当にありがとう! 2人がいなかったら静紅はどうなっていたか……」
お姉ちゃんが切り出した。しずくもそれに乗る。
「うん、本当にありがとう。助けてくれて」
自分で言って、ふと気づいた。
しずくは、ずっと助けられているまま。
お姉ちゃんにも、蓮月にも、古田にも、みいなにも、宙にも。
しずくって、誰かを助けたことってあったっけ。
蓮月が気まずそうに、食べ物を含んでる口をもごもごした。
「いえ、別に……」
「大丈夫っす」
掴みどころのない返事だ。2人はすごいことをしたのに。
「……はい蓮月、アクアパッツァ」
「ありがとう……いや多すぎ、減らして」
「食え」
「ええ……」
2人が食べないと始まらない。お姉ちゃんがしずくを見て苦笑している。
「食べたらさ、しずくの部屋で遊ぼう」
ゲーム持ってきた? と古田を見ると、なぜか目を逸らされた。さっきから古田の様子が変な気がする。
……具合でも悪いのかな。
◆◇◆
――――――♪
俺達は今、目が眩むようなご馳走をたらふく食べた後、桐生の部屋で過ごしていた。
目の前には、ベッドに座ってギターを構えている桐生。もはや桐生の演奏を聴くのは、俺達の定番になりつつある。
俺は桐生の演奏が好きだ。
寄り添うような音色に、救われる気がするから。
「……ふぅ。やっぱり緊張するな」
弾き終えた桐生が照れたように笑った。
「よかったぜ、今日も」
「ありがと」
古田が不器用に桐生を褒め、それに何の違和感も抱かない桐生が笑顔で返す。
本当に鈍感だよな、桐生って。
「じゃあ何する? ゲームする?」
「いや……たまには、少し話そうぜ」
桐生の質問に、古田が少し顔を赤らめて答えた。
…………俺、邪魔かな。
古田が桐生のこと好きなんだし。俺は多分、応援するべきだ。
…………でも、なんか、なんかな。
なんとなくモヤモヤする。別に桐生のことが好きってわけではないけど、なんかこう……簡単に古田と桐生をくっつかせるのは違う気がする。嫉妬とかじゃなくて。親友、親友として。
「お話? 珍しいね。いいよ――」
「遊んでる途中ごめんね、ちょっといいかな?」
桐生がそう言いかけた瞬間、部屋のドアの外から氷華さんの声が聞こえた。
「何、お姉ちゃん」
桐生が問いかけると、ガチャ、とドアが開いて、氷華さんが頭のニット帽を手で押さえながら部屋に入ってきた。
「ごめんねぇ、ちょっと1人ずつにちゃんとお礼したくて。まず蓮月くん、ちょっと来てくれる? すぐ終わるから!」
「……え、あはい」
まさか呼び出されると思ってなくて、俺は戸惑う。
氷華さん、少し変わった人だ。わざわざ呼び出してまで礼をしたいだなんて。マメというか、まじめというか。
部屋を出てドアを閉める直前、桐生と2人きりなった古田と目が合った。
…………なるべく早めに戻ろう。
次回 「誤解と鈍感と」




