1-14 「和解」
「で、ここの文法の活用は……って、おい桐生聞いてるか?」
「……ぷえ〜」
「なんで鹿の鳴き声?」
「がんばって静紅!」
いつめんで電話した翌日の月曜の放課後、しずくは教室で蓮月と宙に国語の勉強を教えてもらっていた。
と言っても宙は国語が得意じゃないからほぼ眺めてるだけだけど。
「なら、この文が命令形、それは分かるよな?」
「それはわかる、何何しろってやつでしょ」
「じゃあこの文が連用形ってことは」
「あーもうそれは分かんない!」
で、何故国語を教えてもらってるのかと言うと、この前の定期テストの国語の結果が散々だったから。
多分今蓮月がすごい分かりやすく教えてくれてるんだけど、結構マジで分からん。これは蓮月の説明以前に、しずくの理解力と言うか……ま、まぁ色々こっちに非があるわけで。
ほんと、Why Japanese People って感じ。
「ていうか、静紅って英語ができるから文系だと思ってたけど、なんでそんな国語は苦手なの? この前のテスト英語は96点くらい取ってたじゃん」
宙の質問に、胸がちくっとした。
「それは……ただ単に英語が得意なだけだよ」
当たり前。当たり前に、英語ができるだけ。
「……あー、しずく疲れちゃった。なんか飲み物自販機で買ってくるよ、2人の分も勉強のお礼に奢るから、何がいい?」
「いいの!? じゃ、俺はコーラ!」
「そんないいのに……とりあえずいちごオレで」
「好きだねえ。じゃ、すぐ戻ってくるから」
しずくは二人にひらっと手を振って、教室から出た。
自販機がある学食に着き、2人に頼まれた飲み物を購入する。
自分のはどれにしようかな、と自販機のラインナップを眺めて迷っている時だった。
「……おい!」
その声と共に後ろから腕をガシッと掴まれ、しずくはびっくりして持っていた飲み物を落とした。
聞き覚えのある、嫌な声。
「……や、やめて、なんで、」
しずくの腕を掴んだのは他でもない、転校初日に恐喝してこようとした張本人、古田 霧夜だった。
「静紅………さん」
「は、離してっ!」
しずくは慌てて古田の手を振り払い、飲み物を落としたまま蓮月と宙のいる教室に向かって走り出した。
「ちがっ……! 待って! 謝りたいんだよ!」
………謝り、たい?
思わぬ古田の言葉に、しずくは足を止める。
振り返ると、そこにはしずくが落とした飲み物を拾い、立ち尽くしている古田の姿があった。
「……これ、落としたやつ、」
古田は少し離れたしずくに向かって、飲み物を差し出してきた。
恐る恐る、一歩ずつ古田に近づいていく。
少し震えた手で飲み物を受け取ると、古田はあからさまにほっとした表情を浮かべた。
「奢るわ、まだなんか買うんだろ? ……何がいい」
「…………メロンソーダ」
分かった、と言って古田は自販機のメロンソーダのボタンを押した。しずくはそれをちょっと後ずさって見る。
「ほらよ」
メロンソーダを受け取り、お礼を言おうか迷っていると、古田はもう1本メロンソーダを購入した。
「……ちょっと話さないか、空いてるし」
古田はそう言って学食のテーブル席に座った。
確かに学食にはしずく達以外誰もいない。
しずくは宙と蓮月がいる教室の方をちらっと見て、何かされかけたらすぐそこに逃げられるよう脳内シュミレーションしてから、古田の向かいに座った。
飲み物をテーブルに置き、古田と向き合う。
古田は自分のメロンソーダを片手でぎゅっと握っている。
「……そのコーラといちごオレも、自分で飲むの?」
「いや友達の」
「そうなんだ」
沈黙が流れる。
「……ちなみに、その友達って誰?」
中々本題に切り出したくないのか、古田は余計な質問ばかりしてくる。
「宙と蓮月。……君が嫌いな」
あ、思わずちょっと嫌味になった。この人を刺激させなきゃいいけど……
けどそんなしずくの不安とは裏腹に、古田は申し訳なさそうに俯いた。
「その……その件も含めて、本当に悪かった」
「…」
思ったより素直に謝罪してきて、しずくは面食らう。
「ほんとは、ほんとはあんなことするつもり無かったんだ」
「……じゃあ、なんで」
「……俺、あの時、静紅さんが昼飯誘ってくれて嬉しかった。でもそれで調子乗った」
「静紅さん」、か。あの日は、「おい転校生」だなんて呼ばれたけど。
「冗談のつもりだったんだ。奢れだなんて。……でも、俺と一緒にいたあの2人が本気にして」
あの2人とは、古田と一緒に恐喝してきて、更には後日みいな達を馬鹿にしてしずくが怒った、あの取り巻き2人のことだろう。
「俺、静紅さんが転校してくる前も、その、あの二人とああいう性格の悪いことしてたからさ」
「……その人達のせいにするの」
「ち、違う! 俺があんなふざけたこと言ったから……そのせいで……それに、俺らが気に入ってなかった立花達がお前……静紅さんのこと助けようとしたから、ムキになって……ほんとに、ごめん」
表情と声色からして、どうやら古田は本当に反省しているらしい。
けど、まだそれだけじゃ許せない。
「……そのことだけど、みいな達がしずくを助けてくれた時、古田さんみいな達のこと馬鹿にしたよね。特に蓮月に、イキってるなんて言ってたよね。……わたし覚えてるから」
「……」
古田がさっきの饒舌が嘘のように押し黙る。
「…………静紅さんは、俺らがきっかけで蓮月と宙…あの三人と仲良くなったのか?」
「そうだけど」
急に何を言い出すんだ。まさかこの状況で、みいな達と仲良くならない方がいいとか言うの?
「……あー、俺、マジで余計なことしたわ」
けど古田は、そう言いながら諦めたように笑った。
「……ごめん。静紅さんの友達を馬鹿にしたことも、謝る」
古田が深々と頭を下げた。
……そういえば、この前古田がしずくに近づこうとしてきたのも、しずくに謝罪するためだったのかな。
……それはちょっと、申し訳ないことしたな。
「…………じゃあ、うん、わたしのことは許すよ」
「……いいのか?」
「でも……みいなと蓮月と宙にも、ちゃんと謝って。きっと前からも三人に酷いこと言ってたりしてたんでしょ。じゃないとだめ」
「……分かった」
「あっちに宙と蓮月がいるから……行こう」
「……え、あ、お、おう」
しずくは一口も飲んでないメロンソーダと宙と蓮月の飲み物を持って立ち上がった。
蓮月と宙のいる教室に向かって歩くと、古田がついてくる。
「その、それ持つ、3本持つの大変だろ」
「…………ありがと」
古田にレディーファーストされるなんて、変な気分。
宙と蓮月の分の飲み物を預けると、古田はちょっと微笑んだ。……気がした。
「今日古田さんの部活ないの」
「月曜はない」
ふーん、としずくはほぼ古田に聞こえないような声で相槌を打った。この人との雑談は慣れない。
「……古田さんはさ、前から性格悪かったんだよね」
「うっ……まぁ、そうなんだけど。許してくれよ……」
立ち止まって尋ねると、古田は気まずそうに目線を逸らした。
「いや、違くて。……それなのに、なんでわたしには謝ろうと思ったの? そもそも、なんでわたしと仲良くなりたかったの」
「えっ!? いや、それは……」
古田が口ごもった。言いたくないんならいいや、としずくはまた歩き出す。
「…………かったから」
「え? なんて?」
「あー! やっぱ何でもねぇよ、とっとと行こうぜ」
古田がしずくを追い越して行く。
「調子戻ってきたね」
「……るせ〜」
少し歩いて教室に辿り着き、しずくは扉を開けた。
「お、静紅! 遅かった、な……」
しずくの後ろにいる古田を見た瞬間、宙の目付きが変わり、蓮月がバッと宙の後ろに隠れた。
「……おい、お前……静紅に何した」
宙がガタっと椅子から立ち上がり、身震いするような声で言う。
う、と後ろから古田の声が聞こえた。無理もない、だって今の宙はバチバチに警戒激怖モードだから。
「聞いてんのか、」
「すみませんでした!!」
「「…………は?」」
古田がバッと頭を下げた。宙と蓮月は古田の行動に固まっている。
「俺、前から二人に酷いことした。本当に悪かった。……この通りだ、許してくれ」
「「……」」
「どういう心境の変化か分からないけど……さっきしずくにも今までのこと謝罪してくれて。宙達に謝るって条件で許すことにしたんだよ。……古田さんえらい。許そう。2人もほら、許してあげて」
相変わらず固まっている2人に、古田の肩をぽんぽんしながら経緯を説明した。
「……いや本当にどういう心境の変化なんだよ」
蓮月が宙の後ろに隠れている状態で口を開いた。
「その、津野……さんにも、色々酷いこと言ったりしたよな、悪かった」
「え、あ……は、はい……そ、宙、どうする」
蓮月はまだ怯えたような表情で宙の顔を見た。
宙はまだ古田を睨んでいる。
「……静紅、こいつ本当に反省してんの?」
「うん、多分そう」
「た、多分って……してる、俺ほんとに星宮さんにも悪いと思ってるから!」
「……星宮さん? ……前まで呼び捨てにして悪口言ってたのに?」
ぷっと宙が吹き出した。
「……分かった、静紅と蓮月が許すなら俺も許す」
「ほ、本当か」
「まぁ。……で、蓮月は許す?」
「え? ……あー……じゃあ、宙が許すんなら」
古田の緊張が緩んだ感じがした。
「じゃあ、仲直りの飲み会しよ。……ほら、乾杯」
しずくがメロンソーダを持ち上げて促すと、3人はそれぞれの飲み物をぎこちなくくっつけた。
その後は、話が弾んだ、とまではいかなかったけど、4人で少し世間話をした。
その話で、古田が取り巻き2人と縁を切っていたことが分かった。どうりで、最近古田が1人で過ごしていたわけだ。
そしてちゃんとみいなにも謝ることを古田と約束し、しずく達は帰ることになった。
「じゃあ静紅、またな! ……あと古田も」
「また明日。……あ、宙待って」
帰る方向が同じの宙と蓮月は、二人仲良く帰っていった。
「……静紅さん、方向同じだよな。……一緒に帰らないか?」
「うん」
まさか古田と二人で帰ることになるとは、1ヶ月前は思いもしなかった。
だいぶ気まずいけど。
「……静紅さん変わったよな」
古田が俯きながら話しかけてきた。
「そう?」
「転校してきた頃はオドオドしてたじゃんか」
「……みいな達と友達になったから、かな? あの人達と一緒に居るうちに、なんか自信がついてる気がする」
前からあの三人の前では自分を出せることに気づいていた。なんかこう、遠慮なんかしなくていい、みたいな雰囲気がある。そんな人達はお姉ちゃん以来だった。
「……そんなにあいつらは、静紅さんに影響を与えたのか」
「いいもんだよ、友達は。古田さんもあんな取り巻きとなんかつるんでないで、そういう人と過ごしたら変わるよ」
「……じゃあさ」
古田が急に立ち止まった。
真剣な顔でこっちを見てくる。
「友達に、なってくれないか」
「………とも、だち?」
「そう。……俺も変わりたいんだ」
「……ぶっ」
堪えきれずに、しずくは大笑いした。
「ちょ、そんな笑うことないだろ!」
「だ、だって……会った頃はあんな見下した顔でしずくのこと見てたのに……今は、友達になりたいとか……あーお腹痛い」
「だっ、悪かったって! しょうがねぇだろ!」
「ふ、ふふ……うん、分かった。なろう、友達」
「い、いいのか?」
「うん。……でも、しずくが最初学食誘った時に君が素直になってたら、もっと早くに友達になれてたかもしれなかったけどね」
「う、ごめんて……」
「ま、いいや。後で連絡先交換しよ。じゃ、しずくこっちだから。じゃあね、古田!」
「こ、こだ?」
「……友達に苗字にさん付けは変じゃない?」
「……そうだな、じゃあな静紅!」
そこは桐生じゃないんかい、とツッコんで、しずく達は笑って別れた。
今日増えた意外な友達、古田 霧夜。
しずくはお姉ちゃんにこのことを報告しよう、と軽い足取りで家に向かうのだった。
宙と蓮月に勉強を教えてもらっていた放課後、急に古田に話し掛けられ、警戒する静紅。
しかしその話の内容は、静紅に謝罪したいということだった。
態度から古田は本気だということが分かり、静紅は水萌と宙と蓮月にも謝罪するという条件で許すことにする。
その後無事宙と蓮月に許され、帰り道に静紅は古田に 「友達になってくれないか」 と言われー…
静紅にできた思いがけない友達、古田 霧夜。
転校初日の因縁に、終止符が打たれるのであった。




