1-15 「和解」
「で、ここの文法の活用は……って、桐生聞いてる?」
「……ぷえ〜」
「なんで鹿の鳴き声?」
「がんばって静紅!」
宙の声援に、再びシャーペンを持ち直す。
いつめんで電話した翌日の月曜の放課後。しずくは教室で蓮月と宙に国語の勉強を教えてもらっていた。
と言っても宙は国語が得意じゃないからほぼ眺めてるだけだけど。
「この文が命令形、それは分かる?」
「それはわかる、何何しろってやつでしょ」
「じゃあこの文が連用形ってことは」
「あーもうそれは分かんない!」
で、何故国語を教えてもらってるのかと言うと、この前の定期テストの国語の結果が散々だったから。
多分今蓮月がすごい分かりやすく教えてくれてるんだけど、結構マジで分からん。これは蓮月の説明以前に、しずくの理解力と言うか……⋯⋯色々こっちに非があるわけで。
ほんと、Why Japanese People って感じ。
「ていうか、静紅って英語ができるから文系だと思ってたけど、なんでそんな国語は苦手なの? この前のテスト英語は96点くらい取ってたじゃん」
宙の質問に、胸がちくっとする。
「それは……ただ英語が得意なだけだよ」
当たり前。当たり前に、英語ができるだけ。
「……あー、疲れちゃった。なんか飲み物買ってくるよ、2人の分も勉強のお礼に奢るね。何がいい?」
「いいの!? じゃ、俺はコーラ!」
「そんないいのに……じゃあいちごオレで」
「好きだねえ。じゃ、すぐ戻ってくるから」
2人にひらっと手を振って、教室から出た。
自販機がある食堂に着き、2人に頼まれた飲み物を購入する。
自分のはどれにしようかな、と自販機のラインナップを眺めて迷っている時だった。
「……おい!」
そんな声と共に後ろから腕をガシッと掴まれ、びっくりして持っていた飲み物を落とす。
聞き覚えのある、嫌な声。
「……や、やめて、なんで⋯⋯っ」
しずくの腕を掴んだのは他でもない、転校初日に奢らせようとしてきた張本人、古田 霧夜だった。
「静紅………さん」
「は、離してっ!」
慌てて古田の手を振り払い、飲み物を落としたまま蓮月と宙のいる教室に向かって走る。
「ちがっ……! 待って! 謝りたいんだよ!」
………謝り、たい?
思わぬ古田の言葉に、足を止めた。
古田が、しずくが落とした飲み物を拾い集めて、立ち尽くしていた。
「……これ、落としたやつ」
飲み物をこっちに差し出してくる。
恐る恐る、1歩ずつ古田に近づいて、少し震えた手で飲み物を受け取った。古田があからさまにほっとした表情を浮かべる。
「奢るわ、まだなんか買うんだろ? ……何がいい」
「…………メロンソーダ」
分かった、と言って古田は自販機のメロンソーダのボタンを押した。しずくはそれをちょっと後ずさって見る。
「ほらよ」
メロンソーダを受け取り、お礼を言おうか迷っていると、古田はもう1本メロンソーダを購入した。
「……ちょっと話さないか、空いてるし」
古田はそう言って食堂のテーブル席に座った。
確かにここにはしずく達以外誰もいない。
宙と蓮月がいる教室の方をちらっと見て、何かされたらすぐそこに逃げられるよう脳内シュミレーションしてから、古田の向かいに座った。
飲み物をテーブルに置き、古田と向かい合う。
古田は自分のメロンソーダを片手でぎゅっと握っている。
「……そのコーラといちごオレも、自分で飲むの?」
「友達の」
「そうなんだ」
沈黙が流れる。
「……ちなみに、その友達って誰?」
中々本題に切り出したくないのか、古田は余計な質問ばかりしてくる。
「宙と蓮月。……あなたが嫌いな」
あ、思わずちょっと嫌味になった。この人を刺激させなきゃいいけど……
けどそんなしずくの不安とは裏腹に、古田は申し訳なさそうに俯いた。
「その……その件も含めて、本当に悪かった」
思ったより素直に謝罪してきて、ちょっと面食らう。
「俺、本当はあんなことするつもりなくて。ちゃんと話したかったんだ。冗談だったんだよ。奢らせるつもりなんてなかったんだ。……でも、俺の周りのやつらが本気にして」
「……その人達のせいにするの」
「ち、違う!」
古田はそう言ってガバッと顔を上げて、またすぐ俯いた。
「……そしたら、立花達が止めに来て。俺ら、あの人達のこと好きじゃなかったから、思わずムキになって、それで……」
そう言って、古田は何も言わなくなった。
……しょぼんとした様子と言葉から、古田が心から反省してるってことが伝わった。けど、まだそれだけじゃ許せない。
「……古田さんさ、蓮月とかに酷いこと言ったよね。イキってる、とか」
「そ、それについても、本当に申し訳ないと思ってて」
古田が慌て始める。
どうしてそんな、急に心を入れ替えたんだろう。どうしてそこまでして、しずくに許してもらいたがるんだろう。
「分かった、じゃあ、許す」
「ほ、本当か」
「でも、宙と蓮月にも謝って。じゃないとだめ。あっちの教室にいるから」
そう言うと、古田は表情を曇らせたが、やがて諦めたように頷いた。
飲み物を持って立ち上がり、歩き出すと、古田が急いで付いてくる。
「それ、多いだろ。持つ」
「……ありがと」
古田が、しずくが持ってる飲み物のうち2本を持ってくれ、更に面食らった。急になんでこんな優しくしてくるんだ、この人。怖。
黙って歩いていると、急に古田が立ち止まった。
「……静紅さん、あのさ」
振り返って言葉を待っていると、再び古田が歩き出してしずくを追い越す。
「やっぱ何でもない」
「なんなのおまえ」
「え」
「あっちが、間違えた」
ついつい本音が漏れた。だってしょうがないじゃん、さっきからこいつ変な行動しかしてないんだもん。
「それよりほら、ついたよ。心の準備は良い?」
「……お、おう」
扉を開けて教室に顔を出すと、宙が駆け寄ってきた。
「おかえり静紅、遅かった、な……」
そして古田を見るなり、宙の目が、あの例の光のない怖い目に変わった。蓮月が顔を青くして、宙の後ろに隠れる。
「……おい、お前、静紅に何した。答えろよ」
宙が今にも胸ぐらを掴む勢いで古田に詰め寄って、しずくは慌てて2人の間に入った。
「ち、違うんだよ宙。彼、心を入れ替えたらしくて。さっきしずくにも謝ってくれたんだよ。2人にも謝罪したいってさ」
早口でそう言うと、宙の後ろに隠れている蓮月が、「は?」と声を出した。宙はまだ古田を睨んでいる。
「…………あの、星宮さんと、津野さん」
古田がおどおどしながらそう切り出した。
「……⋯⋯⋯⋯星宮さん? 前までは、お前だのこいつだの呼んできたのに?」
ぷっ、と宙が吹き出した。険悪だった雰囲気が少し柔らかくなったことにちょっと安堵する。
「あの、2人とも、本当にすみませんでした」
そう言って古田は頭を下げた。宙と蓮月が顔を見合わせる。
「よし、よくやった古田さん。許そう。……だからほら、2人も許してあげて?」
「……宙、どうする?」
蓮月が不安そうな顔で宙を見た。宙は頭を下げたままの古田をじっと見ている。
「…………じゃあ、静紅がそう言うなら」
古田が安堵のため息をついた。しずくもほっと胸を撫で下ろす。
「でも次はないからな?」
「わ、分かってるよ。星宮さんだって、急に殴ってくんなよ?」
「俺そんなのした事ないし」
メロンソーダを飲みながら2人が軽く言い合いしてるのを見ていると、蓮月がすすっとこっちに来た。
「なあ桐生、あの人、一体どういう心境の変化が?」
「さぁ。反省したんじゃない? またなんかしたら宙がボコしてくれるよ」
その後は、買ってきた飲み物を飲みながら、4人でぎこちながらも雑談をした。
古田にみいなにもちゃんと謝ることを約束させて、しずく達は解散となった。
「じゃあな静紅! …………あと古田」
「じゃ」
「じゃあね2人とも。……⋯⋯なんで古田さんついてくるの」
「えっいや、俺帰り道こっち」
「あそう」
「さっきから酷くないか?」
和解したとはいえ、2人で帰るのはだいぶ気まずい。
なるべく目を合わさないように、黙って並んで歩いていると、ちょうど古田としずくが別れる道で、古田が立ち止まった。
「……静紅さん、あのさ」
古田は、しずくの目を真っ直ぐ見て、口を開いた。
「俺と、友達になってくれないか」
思わぬ言葉に、目を見開いて固まる。
「とも、だち?」
「ああ。俺も、静紅さんみたいに、もっと楽しく過ごしたい、って思って」
友達?
しずくと、古田が?
「…………ぶふっ、あははっ」
しずくは堪えきれずに吹き出した。古田がきょとんとした顔をしている。
「…………ちょ、そんな笑うことないだろ」
「だ、だって……この前まであんな敵対してて、散々色々言ってきたのに、友達とか……」
そのまま笑っていると、古田がムスッとした顔をした。
なんとか笑いがおさまって、古田をじっと見る。真面目で不安そう顔をしている古田を見ると、また笑いそうになってくる。
「……うん、いいよ、友達。なろう」
「本当?」
古田は今日いちばん嬉しそうな顔をした。それもまた不思議だ。まさか、しずくが友達申請されて、それに合意することになるとは。しかも、古田に。
「今スマホ持ってる? メール交換してもいいか?」
「いいよ」
メールを交換して、新しく友達欄に追加された『キリヤ』という文字に、更に違和感と面白さが増してくる。
「多分また連絡する。じゃあな。…………静紅」
………………呼び捨て?
あそっか、『友達』になったから。
また吹き出しそうになるのを必死に堪えて、古田に手を振った。
「じゃあね、古田」
まだ、名前で呼び捨てなんかしてやらない。もっと、仲良くなれたら、ね。
古田が見えなくなって、しずくは何となく鼻歌を歌いながら、帰り道を歩いた。
ふふ、きっとこの新しくできた『友達』の話をしたら、お姉ちゃんきっとびっくりするだろうな。
放課後、蓮月と宙に国語の勉強を教えてもらっていた静紅。お礼にと自販機で2人のジュースを買っている時、なんとあの霧夜が腕を掴んで話しかけてきた。
あまりの突然のことに静紅はパニックになり、逃げようとした矢先、霧夜に「謝りたい」と引き留められる。
意外なことに、霧夜は心から反省して静紅に謝罪してきた。静紅はその姿勢から、宙や蓮月にも謝れば許すことにして、霧夜を2人のいる教室に連れて行った。
最初こそ2人は霧夜を警戒していたものの、静紅に免じて古田を許し、無事和解した。
4人が解散し、静紅が霧夜と帰路についていると、ふいに霧夜が「静紅と友達になりたい」と明かし、静紅は驚きのあまり笑ってしまう。
けど霧夜に悪意がないことが分かった静紅は、霧夜と「友達」になることに同意し、これからの霧夜との関係に胸を弾ませるのであった。
次回 「友達以上恋人未満」




