1-12 「心の内の代弁者」
あれから3日が経ち、待ちに待った水萌ちゃん達と遊ぶ日がやって来た。お姉ちゃんも起きてない中、しずくはいつになく早く起きていそいそと支度をしている。
え? 早く起きた理由?
楽しみだったからに決まってるやろがい!
ちなみに夜はぐっすり眠れたよ☆
……ひとりでこんな茶番をしている自分は末期かな?
ちなみに今は朝の5時で、集合時間7時間前。我ながらイカれている。
だって、引っ越す前は友達を家に呼ぶことなんてほとんど無かったんだもの……
それで準備だけど、朝ご飯は自分が作った目玉焼き(醤油をとんかつのソースと間違えたクソ不味いもの)を食べたし、歯も磨いた。
今は今日着るお洋服を決めてる最中。
よし、これにしよう。
白のロンTに、水色のコンビネソンの重ね着だ。
髪は下ろして、ベビーピンクのカチューシャをつける。
メイクには詳しくないから、薄くリップを塗って終わり。
鏡の前で決めポーズを作ってみる。うむ、我ながら可愛い。
さて、やることは終わったことだし。
しょうがねぇ、課題しよ……
◆◇◆
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
「んん……」
体を揺さぶられて、私は目を覚ました。
「なによ静紅……うるさい……」
「いやいやいや、時間! 見てよ!」
時間と言われて思い出した。今日は諒達と水族館に――
「って……えええ!?」
スマホを確認してみると、現在時刻10時42分。
みんながうちに来る時間が12時。
つまり、あと約1時間しか時間がない!
「お姉ちゃんも同じ時間だったよね!? 起きないと!」
慌ててベッドから起き上がり、洗面所に駆け込んだ。
「やばいやばい、なんでもっと早く起こしてくれなかったのよ〜」
歯を磨きながら悪態をつくと、静紅はピンクに塗られた唇を尖らせた。
「さっきも起こしたよ」
「マ?」
「なにそれ」
「……あー、マジって意味……ごめん」
「……そ、そんなこといいから準備しなよ」
てか静紅が普通に準備終わってそうなのムカつく……
めっちゃ急いで身支度を整え、私はなんとか20分前に準備を済ませることができた。
服は昨日の夜決めていたから、着替えるだけでオッケー。
今日のファッションは、白黒のストライプ柄のロング丈ワンピースに、ライトグリーンのカーディガンを羽織った。
がんばって犬耳を閉じてマリン帽を被る。
ダブルデートだし、可愛い私でいたい!
あと最後に……諒から貰ったネックレスも忘れずにね。
よし、これで完璧!
そういえば、もしかしたら水萌ちゃん達と会うかもしれないんだっけ。ちゃんと挨拶しなきゃね。
私は意気揚々と、3人を待つのだった。
◆◇◆
ピンポーン――
チャイムが鳴り、しずくはお姉ちゃんを押しのけて勢いよくドアを開けた。
「やっほぉ、3人とも――」
「しずっちいいいい!」
「うぐっ」
ドアを開けるなり、水萌ちゃんが抱き着いてきた。
あまりの勢いでそのまま一緒にぶっ倒れる。
「よっす静紅ぅ! 久しぶり!」
宙が片手を挙げて挨拶してくれる。
「昨日会っただろ。…⋯立花、星宮さん達見てんだから」
水萌ちゃんに押し倒されている状態で、宙と蓮月に手を振った。
もうお姉ちゃんの友達3人も来ている。
ほぼ蓮月が引き剥がすような形で水萌ちゃんがしずくから離れた。
水萌ちゃんは頭の両端にお団子という、いつもと違う可愛い髪型だ。相変わらずいつものヘアピンを付けている。
「3人共! 待ってたよ。水萌ちゃん達も来てくれてありがとうね!」
お姉ちゃんが笑顔で夏南さん達を出迎えた。
「やっほ、氷華ぁ! 静紅ちゃんもこんにちは!」
「コンニチワ」
まだ星宮さんに慣れなくて、カタコトで挨拶してしまう。
「おい宙テメェ、なんかしたら殺すかんな」
「チッ、うるせーな」
あ、相変わらず星宮姉弟仲悪ぅ。
「あっ、てか静紅んち超広いじゃん! すげえ! な、蓮月、かくれんぼしよう!」
「するわけないだろガキかよ」
「うちらまだガキでしょ」
「しずくもかくれんぼやりたいー」
「なんで……? ゲームしようぜ」
「「「そうしよう!」」」
「何なんだあんたら」
やっぱりこの3人と居ると楽しいや。
ふと見ると、お姉ちゃんが中鶴さんと星宮さんと楽しげに話している横で、軽井沢さんが蓮月を少し睨んでいた。
ムカついて軽井沢さんの視線から庇うように蓮月の前に立ち、軽井沢さんをじっと睨み返す。
軽井沢さんが気まずそうに目を逸らした。
そういえば、中鶴さんも蓮月のことを……
中鶴さんの方を見てみると、中鶴さんは多少蓮月のことを見てるものの、その目はどこか、優しげに見えた。
⋯⋯中鶴さん、そこまで蓮月のこと嫌ってないのかな? 軽井沢さんが中鶴さんも蓮月のこと良くない風に思ってるって言うから、てっきり……
「じゃ、行こうか! あっ、3人はいたずらしちゃ駄目だからねぇ? 静紅、余計なことすんなよ?」
「へいへい」
お姉ちゃん一行は、水族館へ歩いて行った。
◆◇◆
「すげー!」
「しずっちの家めっちゃ可愛いやん! すごぉ」
「広……」
俺――津野 蓮月は、予定通り12時にこの場所に来ていた。
この場所というのは、1ヶ月前くらいに転校してきた隣にいる彼女、桐生 静紅の家である。
もちろん彼女というのは、恋人という意味ではない。決して。
それにしても初めて見る桐生の私服は中々新鮮だ。髪を下ろして、カチューシャを付けている。
「ね、つののん写真撮ってよ、ここ絶対盛れる!」
「はいはい……」
この女子は立花 水萌。陽キャである。恐い。
……まぁ、話せない部類ではないけど。
スマホで撮った写真に写っている立花は、いつものヘアピンを付けていて、今日は小さいハートのイヤリングも付けている。
そして俺の隣ではしゃいでいるのが……星宮 宙。
オシャレなんて気にしないタイプだと思ってたけど、何故か今日はいつもより少し洒落た服を着ている。
まぁそれも嫌いじゃないけど。
なんか……なんかな。
それに宙は最近妙にそわそわしてる気がする。
思っても仕方のないことだけど。
気のせいだと自分に言い聞かせてるけど。
……でも……どうしても――
「蓮月?どうしたの?」
ハッと顔を上げると、宙が俺を真っ直ぐ見ていた。
「ああいや、何でもない」
そうだ、気のせい、気のせい。
考えないことにしよう。
そういえばさっき星宮さん達と会ってしまったんだけど……やっぱり俺はあのメンバーに馴染めそうにはない。
だ、だって、軽井沢さんには睨まれるし、中鶴さんにも絶対良いように思われてないし……
まぁ、桐生さんとか、星宮さん……宙達の方じゃなくて氷華さんとか夏南さんは結構良くしてくれるけど。
俺はあのキラキラした陽キャの中に混じる勇気はないし。
……宙は別だけど。
それで、本題。
こいつの家どうなってんだ??
オートロック付き玄関から中に入ると、大理石の床がお出迎え。
バカ広いダイニングルームに高級感漂うキッチン、そしてテーブルカウンター。
デカいテレビに人をダメにしそうなソファー。
壁には、絵画が何枚か飾られている。
マジかよ、ボンボンだったのか、桐生は。
うちの学校は中高一貫で付属大がある私立だから、生活に余裕のある人が多い。
だけど……桐生、その中でも頭ひとつふたつ飛び抜けた金持ちじゃないか、これ。
確かによくよく桐生の服とか見ると、なんとなく素材が良さそうに見えなくもない。
「あの、桐生サン……外見クソデカかったけど、何階建てですか……?」
様の方がよかった? やばいぞ、舐めた口聞いたら桐生の親に金の力で消されそうなんですけど。
「なんで敬語? 4……いや3階かなぁ? 4階っていうか、3階の上に屋上があるから」
あー、確定しました。俺多分桐生に色々舐めた口聞いたと思うから土下座した方がいい?
「静紅の家すげえな! そういえば静紅のお母さんとかお父さんって今日は仕事なの?」
「……うん、そうだよ」
……なんだか今、少し桐生の顔が暗くなったような。
「えっと……それより、マイルームに案内するよ! テレビあるしゲームできるよ!」
「しずっち部屋にテレビあんのいいなぁ! うち自分専用のパソコン欲しいー」
「俺はアイスの当たりの棒が欲しい、蓮月は?」
「……地位」
案内された桐生の部屋は2階にあった(3階にももう1つあるらしい、怖い)。
入ってみると、桐生の部屋には壁にデカい板だけのテレビが貼られていて、部屋の真ん中にはテレビとちょうど向き合うようにピンクのベッドか置いてある。ベッドの横の壁際にクローゼットがあって、部屋の端には本棚が2つほど置いてあった。
ベットの後ろには高そうなドレッサーが置いてある。
更に部屋の中に扉があり、その扉の奥はシャワールームになっていた。
「いや、広すぎだろ、なんで部屋の中にシャワーがあんだよおかしいだろ」
「どしたんつののん、急にツッコんで」
「そりゃツッコミたくなるわ」
にしてもこんな金持ちって、マジで桐生の親はどんな人なんだ。社長なのか?
「なあ、桐生の親って何の仕事してるの?」
「へ? ……あ、ああ、おとうさんは今、測量士なんだよね」
気になって訊いてみると、桐生は何故か目を泳がせながら答えた。
「測量? しずっちのお父さんってもしかして日本地図作ってんの?」
「えーそれって何年もかかるやつじゃん! ずっと歩くんだろ?」
「それは伊能忠敬。現代の技術はもっと進歩してるから」
こいつら測量=日本地図作りって思ってんのか。
てか測量士ってそんな儲かるんだ。
本当に日本一周歩いてるわけじゃないよな?
……いやないか。
「あれ? しずっちギターやってるの?」
見てみると、本棚の隣にアコースティックギターが立て掛けられている。
「えっ、ほんとだ! 静紅、なんか弾いてよ!」
「え、簡単なのしか弾けないけど」
「いいよいいよ、早く早く!」
宙が急かすと、桐生はギターを持ってベッドに腰掛けた。
俺らは床に敷いてあるカーペットに座る。
少し間を空けてから、桐生が演奏を始めた。俺達は静かに耳を傾ける。
繊細なギターの音色が、部屋の中に響き渡る。
桐生は上手かった。
聞いてる限り1音もミスしてないし、何より桐生自身が楽しそうに弾いている。
ただなんとなく、その音色はどこか切なげで、悲しいように感じた。
優しくその音楽に引きずり込まれてゆく。
桐生の伏し目がちな目は、愛おしそうにギターの方へ向かれていた。
なんでだろう。
綺麗だ、と思った。
その音が。桐生が。
「蓮月……?」
気が付くと、演奏は終わっていた。
桐生の演奏に浸りすぎてぼーっとしてしまっていたらしい。
「眠いの?」
桐生の黒い瞳が俺を捉える。
何を考えてるんだろう。
何があるんだろう。その瞳には。
「……ごめん、うん、ちょっと寝不足」
「そう? ならいいけど。てか、しずくの演奏どうだった?」
「めっちゃ上手かったー! 弾けるなら早く言えよな〜」
「うんうん、しずっちにそんな特技があったとはね。ばっちり動画も撮っといたよ!」
「え、嘘!? 恥ずかしいから消してよ〜っ」
演奏の余韻が、わちゃわちゃとした雰囲気に掻き消されていく。
「もっかい、聴きたいかも」
「え? 蓮月なんか言った?」
「いや……上手かったなって」
桐生と桐生の奏でる音楽に引きずり込まれた底は、すごく暖かくて、心地よかった。
ついに4人で遊ぶ日を迎えた静紅達は、ハグしたりお互い平日と違ったファッションを楽しんだり、何するかを考えたりしてテンションが高まっていた。
しかし、やはり颯斗は蓮月に対して厳しい目を向けていて静紅は怒りを感じたが、諒はそうでもないことに疑問を感じる。
その後、静紅達は静紅の自室へと移動し、静紅はギターを弾くことになった。
蓮月はその音色に、どこか安心感や優しさを覚えて――
次回 「それぞれの記念日」




