1-11 「心の内の代弁者」
あれから3日が経ち、待ちに待った水萌ちゃん達と遊ぶ土曜日の朝、しずくはいつになく早く目覚め、いそいそと支度をしていた。
お姉ちゃんもまだ起きてない。
ちなみに水萌ちゃん達には、12時にお姉ちゃん達と合流する可能性があることは伝えてある。
え? 早く目覚めた理由?
楽しみだったからに決まってるやろがい!
ちなみに夜はぐっすり眠れたよ☆
……ひとりでこんな茶番をしている自分は末期かな?
ちなみに今は朝の五時。我ながらイカれている。
だって、引っ越す前は友達を家に呼ぶことなんてほとんど無かったんだもの……
それで準備だけど、朝ご飯は自分が作った目玉焼き(醤油をとんかつのソースと間違えたクソ不味いもの)を食べたし、歯も磨いた。
今は今日着るお洋服を決めてる最中。
よし、これにしよう。
白のロンTに水色のコンビネソンの重ね着だ。
髪は下ろして、前髪は薄ピンクのカチューシャでとめる。
メイクには詳しくないから、薄ピンクのリップを塗って終わり。
鏡の前で決めポーズを作ってみる。うむ、我ながら可愛い。
さて、やることは終わったことだし。
しょうがねぇ、課題しよ……
◆◇◆
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
「んん……」
うるさい声と、体を揺さぶられて、私は目を覚ました。
「なによ静紅……うるさい……」
「いやいやいや、時間! 見てよ!」
時間と言われて思い出した。今日は諒達と水族館に……
「って……えええ!?」
スマホを確認してみると、現在時刻10時42分。
うちに集合する時間が12時。
つまり、あと約一時間しか時間がない!
「お姉ちゃんも同じ時間だったよね!? 起きないと!」
慌ててベッドから起き上がり、洗面所に駆け込んだ。
「やばいやばい、なんでもっと早く起こしてくれなかったのよ〜」
歯を磨きながら悪態をつくと、静紅はピンクに塗られた唇を尖らせた。
「さっきも起こしたよ」
「マ?」
「なにそれ」
「……あー、マジって意味……なんかごめん」
「……そ、そんなこといいから準備しなよ」
やば、今日髪型どうするか決めてない…!
てか静紅が普通に準備終わってそうなのムカつく……
めっちゃ急いで身支度を整え、私はなんとか二十分前に準備を済ませることができた。
服は昨日の夜決めていたから、着替えるだけでオッケー。
今日のファッションは、白黒のストライプ柄のロング丈ワンピースに、ライトグリーンのカーディガンを羽織った。
そして今日はニット帽じゃなくて、がんばって犬耳を閉じてマリン帽を被り、髪は静紅に便乗して下ろしてみた。
ダブルデートだし、可愛い私でいたい!
最後に……諒から貰ったネックレスも忘れずにね。
よし、これで完璧!
そういえば、もしかしたら水萌ちゃん達と会うかもしれないんだっけ。ちゃんと挨拶しなきゃね。
私は意気揚々と、三人を待つのだった。
◆◇◆
ピンポーン。
待ちに待ったチャイムが鳴り、しずくはお姉ちゃんを押しのけて勢いよくドアを開けた。
「やっほぉ、三人とも―」
「しずっちいいいい!」
「うぐっ」
ドアを開けるなり、水萌ちゃんが抱き着いてきた。
あまりの勢いでそのまま一緒にぶっ倒れる。
「よっす静紅ぅ! 久しぶり!」
「昨日会っただろ。……おい、立花、星宮さん達見てんだから」
しずくは水萌ちゃんに押し倒されている状態で、宙と蓮月に手を振った。
もうお姉ちゃんの友達三人も来ている。
ほぼ蓮月が引き剥がすような形で水萌ちゃんがしずくから離れた。
水萌ちゃんは今日は髪の両端の高い所にお団子という可愛い髪型だ。相変わらずいつものヘアピンも付けている。
「あっ、3人共! 待ってたよ。水萌ちゃん達も来てくれてありがとうね!」
お姉ちゃんが笑顔で夏南さん達を出迎えた。
「やっほ、氷華ぁ! 静紅ちゃんもこんにちは!」
「コンニチワ」
まだ星宮さんに慣れなくて、カタコトで挨拶してしまった。
「おい宙テメェ、なんかしたら殺すかんな」
「チッ、うるせーな」
あ、相変わらず星宮姉弟仲悪…
「あっ、てか静紅んち超広いじゃん! すげえ! な、蓮月、かくれんぼしよう!」
「するわけないだろガキかよ」
「うちらまだガキでしょ」
「かくれんぼ楽しそうー」
「なんで……?ゲームしようぜ」
「「「そうしよう!」」」
「何なんだあんたら」
やっぱりこの三人と居ると楽しいや。
ふと見ると、お姉ちゃんが中鶴さんと星宮さんと何やら楽しげに話している横で、軽井沢さんが蓮月を少し睨んでいる。
しずくはムカついて軽井沢さんの視線から庇うように蓮月の前に立つと、軽井沢さんをじっと睨み返した。
軽井沢さんが気まずそうに目を逸らす。
そういえば、中鶴さんも蓮月のことを……
しずくは中鶴さんの方を見てみると、中鶴さんは多少蓮月のことを見てるものの、その目はどこか、優しげに見えた。
……中鶴さん、そこまで蓮月のこと嫌ってないのかな? 軽井沢さんが中鶴さんも蓮月のこと良くない風に思ってるって言うから、てっきり……
「じゃ、行こうか! あっ、三人はいたずらしちゃ駄目だからねぇ? 静紅、余計なことすんなよ?」
「へいへい」
お姉ちゃん一行は、水族館へ歩いて行った。
◆◇◆
「すげー!」
「しずっちの家めっちゃ可愛いやん! すごぉ」
「広……」
ある土曜日、俺―……津野蓮月は、予定通り12時にこの場所に来ていた。
この場所というのは、一ヶ月前くらいに転校してきた彼女、桐生静紅の家だ。
もちろん彼女というのは恋人という意味ではない。
決して。
そして初めて見る桐生の私服はなかなか新鮮だ。
髪を下ろしていてカチューシャをつけている。
「ね、つののん写真撮ってよ、ここ絶対盛れる!」
「はいはい……」
この女子は立花 水萌。陽キャである。恐い。
……けど、話せない部類ではない。
スマホで撮った写真に写っている立花は、相変わらずヘアピンを付けていて、今日は小さいハートの形をしたイヤリングも付けている。
そして俺の隣に居るのが……星宮 宙。
オシャレなんて気にしないタイプだと思ってたけど、何故か今日は少し洒落た服を着ている。
まぁそれも嫌いじゃないけど……
なんか……なんかなあ。
それに宙は最近妙にそわそわしてる気がする。
思っても仕方のないことだけど。
気のせいだと自分に言い聞かせてるけど。
……でも……どうしても、
「蓮月? どうしたの?」
ハッと顔を上げると、宙が俺を真っ直ぐ見ていた。
「ああいや、何でもない」
そうだ、気のせい、気のせい。
考えないことにしよう。
そういえばさっき星宮さん達と会ってしまったんだけど……やっぱり俺はあのメンバーに馴染めそうにはない。
だ、だって、軽井沢さんには睨まれるし、中鶴さんにも絶対良いように思われてないし……
まぁ、桐生さんとか、星宮さん……あ、宙達の方じゃなくて氷華さんとか夏南さんは結構良くしてくれるけど。
俺はあのキラキラした陽キャの中に混じる勇気はないし。
……宙は別だけど。
で、本題。
案内されて桐生の家に入ったのだが。
こいつの家どうなってんだ??
中に入ってみると、バカ広いダイニングルームに良い感じの高そうなキッチン。
同じくデカいテレビに人をダメにしそうなソファー。
マジかよ、ボンボンだったのか、桐生は。
うちの学校は中高一貫で付属大がある私立だから、生活に余裕のある人が多い。
だけど……桐生、その中でも頭ひとつ飛び抜けた金持ちじゃないか、これ。
確かによくよく桐生の服とか見ると、なんとなく素材が良さそうに見えなくもない。
「あの、桐生サン……外見クソデカかったけど、何階建てですか……?」
様の方がよかった? やばいぞ、舐めた口聞いたら桐生の親に金の力で消されそうなんですけど。
「なんで敬語? よん……いや三階かなぁ? 4階っていうか、三階の上に屋上があるから」
あー、確定しました。俺多分桐生に色々舐めた口聞いたと思うから土下座した方がいい?
「静紅の家すげえな! そういえば静紅のお母さんとかお父さんって今日は仕事なの?」
「……うん、そうだよ」
……なんだか今、少し桐生の顔が暗くなったような。
「えっと……それより、マイルームに案内するよ! テレビあるしゲームできるよ!」
「しずっち部屋にテレビあんのいいなぁ! うち自分専用のパソコン欲しいー」
「俺はアイスの当たりの棒が欲しい、蓮月は?」
「そ……地位」
案内された桐生の部屋は2階にあった(3階にももう1つあるらしい、怖い)。
入ってみると、桐生の部屋には壁にデカい板だけのテレビが貼られていて、部屋の真ん中にはテレビとちょうど向き合うようにピンクのベッドか置いてある。ベッドの横の壁際にクローゼットがあって、部屋の端には本棚が二つほど置いてある。
更には部屋の中に扉があり、その扉の奥はシャワールームになっていた。
「いや、広すぎだろ、なんで部屋の中にシャワーがあんだよおかしいだろ」
「どしたんつののん、急にツッコんで」
「そりゃツッコミたくなるわ」
にしてもこんな金持ちって、マジで桐生の親はどんな人なんだ。社長なのか??
「なあ、桐生の親って何の仕事してるの?」
「へ? ……あ、ああ、おとうさんは今、測量士なんだよね……」
気になって訊いてみると、桐生は何故か目を泳がせながら答えた。
「測量? しずっちのお父さんってもしかして日本地図作ってんの?」
「えーそれって何年もかかるやつじゃん! ずっと歩くんだろ?」
「それは伊能忠敬。現代の技術はもっと進歩してるから」
こいつら測量=日本地図作りって思ってんのか……
てか測量士ってそんな儲かるんだ。
本当に日本一周歩いてるわけじゃないよな?
……いやないか。
「あれ? しずっちギターやってるの?」
見てみると本棚の隣にアコースティックギターが立て掛けられていた。
「えっ、ほんとだ! 静紅、なんか弾いてよ!」
「え、簡単なのしか弾けないけど」
「いいよいいよ、早く早く!」
宙が急かすと、桐生はギターを持ってベッドに腰掛けた。
俺らは床に敷いてあるカーペットに座る。
桐生が演奏を始めた。俺達は静かに耳を傾ける。
桐生は上手かった。
聞いてる限り一音も外していないし、何より桐生自身が楽しそうに弾いている。
ただなんとなく、その音色はどこか切なげで、悲しいように感じた。
優しくその音楽に引きずり込まれてゆく。
桐生の伏し目がちな目は、愛おしそうにギターの方へ向かれていた。
なんでだろう。
綺麗だ、と思った。
その音が。桐生が。
「蓮月……?」
気が付くと、演奏は終わっていた。
桐生の演奏に浸りすぎてぼーっとしてしまっていたらしい。
「眠いの?」
桐生の黒い瞳が俺を捉える。
何を考えてるんだろう。
何があるんだろう。その瞳には。
「……ごめん、うん、ちょっと寝不足」
「そう? ならいいけど。てか、しずくの演奏どーだった?」
「めっちゃ上手かったー! 弾けるなら早く言えよなー」
「うんうん、しずっちにそんな特技があったとはね。ばっちり動画も撮っといたよ!」
「え、嘘!? 恥ずかしいから消してよーっ」
演奏の余韻が、わちゃわちゃした雰囲気に掻き消されていく。
「もっかい、聴きたいかも」
「え? 蓮月なんか言った?」
「いや……上手かったなって」
桐生と桐生の奏でる音楽に引きずり込まれた底は、すごく暖かくて、心地よかった。
静紅は水萌と宙と蓮月、そして氷華が諒と夏南と颯斗と遊ぶ約束をした当日。合流した静紅達だったが、やはり颯斗から蓮月へ送られる視線は冷たい物だった。しかし、諒の目線はそれとは程遠いことに静紅は気づく。
氷華達が水族館へ向かった後、静紅が三人に向けてギターの演奏をした。
その音色に、蓮月はどこか安心感を覚えー…
次回 それぞれの記念日




