1-11 「疑いと誓い」
私は諒から告白され、夏南は颯斗に告白した。そして、私と諒、夏南と颯斗は、それぞれ無事にカップルになることができた。
実は、最初は少し不安を感じていた。私が諒と、そして夏南が颯斗と付き合ったら、4人全体の関係が変わっちゃうんじゃないかって。
けど、そんな心配は全然なかった。むしろもっと楽しくなったまである。
そんな充実した時間はあっという間に過ぎてゆき、私と静紅が転校してきてから約1ヶ月が経った。
そして火曜日である今日、私達いつメンはいつも通り食堂でお昼を食べている。
隣のテーブルでは、静紅達4人組が雑談しながらご飯を食べていた。
仲良く話していると、
「あっ、てかさ! 4人で遊ばない! まだしたことないし!」
夏南がそう提案をしてきた。
「おっ、いいな。ダブルデートじゃん」
そう颯斗が賛成する。
「氷華と諒も良いよね?」
「もちろん! みんなとめっちゃ遊びたい!」
「俺も」
私もそろそろダブルデートしたいな、と思っていたんだよね。
「……もちろん、氷華が居ればだけどな」
「ちょっと〜」
「おいそこ、イチャついてんじゃねぇよぉ」
「俺達もすればいいだろ」
「なっ!? べっ、別に、そういう訳じゃ⋯⋯」
夏南がすっごい分かりやすく照れるから、思わず笑ってしまう。
「あーもう笑わないでよ! て、てか、遊ぶのいつにする? あ、今週の土曜は? 私と氷華部活ないし! 2人は?」
「俺も大丈夫」
「俺もー」
私と夏南が所属しているバスケ部の活動日は、平日は木曜日以外、休日は土日のどちらかだ。
諒が所属しているサッカー部も大体同じらしい。
バスケ部は結構ハードスケジュールだけど、夏南もいるし、楽しめている。私は犬ってこともあり体力作りのランニングも苦じゃない。努力の成果があって私達は1年生で稀のスタメンになることができた。
「じゃ、土曜ね! 場所はどうする?」
「ショッピングは、あんま男子たち楽しめないか」
「じゃあ、水族館とか行こーよ! 私めっちゃ気になってたんだ!」
夏南の提案に私の胸が高まる。
だって、水族館ダブルデートだよ!?
そんなの楽しいに決まってるじゃん!
「デートの聖地じゃん。どこらへんにあるの?」
「あ、そっか、氷華転校してきたばっかだしな。俺達が住んでる地区から歩いて行ける海の近くにあるんだよ」
喜びを抑えて聞くと、諒が優しくそう答えてくれた。
「せっかくだし帰りに新しくできたカフェ寄らね? そこのパン美味いあるらしいぞ」
……何だとっ!?
颯斗の提案に更に私の胸が高まる。
「えーいいじゃん、氷華パン食べれるよね?」
「絶対食います食べさせてください」
「氷華が一番食いついてるじゃねーかよ」
私の食に対する勢いにみんなが苦笑した。
「集合は12時ぐらいにしよ。水族館の中にレストランがあったはずだから、そこでお昼食べてさ。集合場所はどこにしよっか」
「あ、私んち集合でいいよ。多分みんなの家から1番近いよね」
私の家は水族館のある海辺付近からも近いし、うってつけだろうと思って私は提案した。
「氷華ナイス。じゃ決まりだな!」
「「いえーい!」」
私の頭の中はパンと水族館1色になってしまった。
うっ、まだ食べたばっかなのに、お腹空いてきた……
「はぁ、早くパン食べ――」
待ち遠しくて、そう言いかけた時だった。
「この前親に教えてもらったんだけど、なんか8年前? にさ、ここからちょっと遠いとこで紛争があったらしいじゃん」
「いやそれ多分7年前のやつじゃないか? 1年で終戦したやつだろ。1年だけって言うけど、悲惨だったらしいな」
そうはっきり聞こえた。聞こえてしまった。
こんなとき、犬の聴力が嫌になる。
体が固まり、嫌な冷たい汗が背中を伝った。
心の奥底に沈んでいたはずの記憶が、宙くん達の声に呼ばれてむくむくと這い上がってくる。
静紅も大きく目を見開いて動かない。
恐らく3人にとっては、何気ない会話だろう。
言い出したのは、宙くん。それに反応したのは蓮月くんだ。
「……氷華? どうした?」
「………う、っあ……いや、何でもないよ」
諒の声に何とか反応する。
落ち着け、大丈夫。
大丈夫、大丈夫、大丈夫、ちがう、もう、ちがう……
「――――――!!」
意識を別のことに向けるのに必死で聞き取ることができなかったけど、水萌ちゃんが何かを大きな声で言った。
……あ、会話の流れが水萌ちゃんのおかげで変わったみたい。
それぞれまた笑って話し出している。
ああ……よかった。
気づいたら息が少し乱れていた。
諒達が私を心配そうに見ている。
「……それより、土曜のことなんだけどさ!」
私は3人に心の焦りを悟らせないよう努め、また笑顔で話し始めた。
◆◇◆
「じゃあしずっち、また明日ね!」
「じゃなー!」
「じゃ」
「うん、また明日。水萌ちゃん部活頑張ってね」
土曜に遊びの約束をした火曜の放課後、いつも通り3人に手を振って、お姉ちゃんを待たずに歩き出した。
お姉ちゃんは今日も部活がある。
なんだか前の学校に通っていた頃より、お姉ちゃんと過ごせる時間が少なくなった気がするな。
こんなふうに一緒に帰れる日が減ったり、朝練があって一緒に学校へ行けなかったり。
お姉ちゃんが休日に部活に行く日は、しずくは家でひとりだ。話し相手がいないのは、なかなか寂しい。
前の学校でお姉ちゃんが入っていた部活は吹奏楽部だったんだけど、今お姉ちゃんが入っているバスケ部より全然ゆるく、週3で活動していて朝練も無かった。今では、お姉ちゃんは週5で活動していて、月曜日と水曜日は朝早くに朝練に行っている。
その時はお姉ちゃんがいないから、朝ご飯はコンビニのやつで乗り切っている。
ちょっと、寂しくなっちゃったな。
「おっ、静紅ちゃんじゃん。今日は部活ないの?」
ため息をついていると、後ろからそんな声が聞こえてきた。振り返ると、そこにはお姉ちゃんの友達、そしてこの前部活動案内をしてくれた軽井沢さんが学生鞄を肩にかけて立っていた。
「あ……はい、水曜日と金曜以外は部活なくて」
「じゃあ、あいつらとは一緒じゃないの?」
「あいつら?」
「ほら、宙と……蓮月くん。静紅ちゃんと同じ天文学部なんだからあの2人もないはずだろ、部活」
「か、帰る方向が違うんです」
実は颯斗さんが部活案内をしてくれた時、しずくがほぼ自分勝手に帰ったもんだから、ちょっと気まずい。
気詰まりで会話を探していると、
「……ねえ、静紅ちゃん、大丈夫?」
軽井沢さんが視線を地面に落としながら、心配そうな声で訊いてきた。
「……何がですか?」
「その……この前言おうか迷ったんだけどさ。蓮月くんにさ、何かされてないかなぁ、なんて。ほら、蓮月くんについて良くない噂が流れてるんだよ。諒も心配してて」
「……余計なお世話です」
思わず自分の口から出た刺々しい言い方に少しびっくりしたけど、流石にもうこれ以上蓮月の事は言わせられなかった。
それに、お姉ちゃんの友達である中鶴さんも蓮月のこと良く思ってないのか。
というか、最近お姉ちゃんと中鶴さんは見てて距離が近い気がする。なんとなくだけど。
ってそんなこと考えてる場合じゃなくて、今はこの人の誤解を解かなきゃいけないんだ、蓮月のために!
「そっ、かぁ。でも、俺達心配しててさ。宙と水萌のことも心配だし。蓮月くんが近くにいる影響か、あの2人も周りから避けられてるような感じがしてて――」
「……う」
「え、何?」
「違う!!」
我慢出来なくて大きな声で言った。
軽井沢さんが目を見開いて黙る。
「軽井沢さんは、何も知らないですよね、蓮月のことなんて」
そう、なんにも。なんにも知らないくせに。
蓮月の優しさなんて、考えたこともないんだろう。
「自分はもう……仲良くする人くらいちゃんと決められます」
「……そうかもしれないけどさ、静紅ちゃん、君まで変な目で見られるよ」
聞き覚えのある言葉。
もう堪えきれない。
「古田の周りにいる奴らと、同じようなことを言うんですね」
「……静紅ちゃん、俺はっ――」
「蓮月は! しずくを助けてくれたんです!」
「……っ」
「脅されかけてるところ、証拠に残しておいてくれたりだとか。ここのこと知らないしずくに気を使ってくれたりだとか、話をたくさん聞いてくれたりだとか……そういうの、そういうのなんにも知らないですよね」
「……」
「もう、いいです」
そう言い残して家に向かって走った。
軽井沢さんが何か言いかけてた気がするけど、気にせず走った。
蓮月が悪いやつみたいに思われてるのが悔しい。
蓮月は恩人のうちの1人なのに、あんな風に思われているだなんて、絶対に許せない。
鍵を開けて家に入り、自分の部屋に駆け込んでベッドに飛び込んだ。
顔を枕にうずめる。
転校してきた最初のころは、あまりにも3人の評判が悪いからちょっとだけ心配だったんだけど、そんな必要なかった。
まず水萌ちゃんは、すごく良い子。芯が強くて、ちゃんといじめとか、嫌なことをされるとすぐ行動に移すタイプ。
そのせいで先生に補導された生徒が逆恨みして……みたいな感じがほとんど。クラスの中心的な子が水萌ちゃんを嫌って、それにつられてみんな、みたいな感じ。
イコール、水萌ちゃんは悪くない。
宙は、まだあんまりよくわからない。
もしかすると、宙が怒るとめちゃめちゃ怖いからみんな苦手意識を持っているだけかも。
そして肝心の蓮月。
軽井沢さんによるとよくない噂が流れているらしいが、絶対にそれはデマだ。
なんでそう断言できるかって、そんなの、蓮月が信じられないほど優しいからに決まってる。
この前なんて蓮月と2人になった時に、俺なんかと友達になってよかったのかうんたらかんたら〜ってわざわざ言ってきたんだよ!?
優しいっていうかそれはもう、自己肯定感が低すぎるというか……
それに、蓮月はしずく達の話を嫌な顔せずに最後まで遮らず聞いてくれるし、いつも気を使ってくれる。
よって全員無実!
にしてもがっかりした。お姉ちゃんの友達があんなことを言うなんて。
軽井沢さんを信頼していた分、余計にショックだ。
軽井沢さんの優しさ……なのは少し分かるけど、それでもあんなことを言う前にまず調べてほしい。
そこまで考えて、しずくは誓った。
絶対にあの3人の尊厳を守り抜いて、3人がすごく良い人達だっていうことを皆にアピールし、信頼を取り戻す。
そして何があろうと、しずくはあの3人とずっと一緒に居ること、を⋯⋯⋯⋯
◆◇◆
「……ううん」
美味しそうな匂いがして目が覚めた。
どうやらあのまま寝ちゃってたみたい。
階段を降りてリビングに行くと、丁度お姉ちゃんがご飯をテーブルに並べているところだった。
「お姉ちゃんおはよ……じゃなくておかえり」
「遅いわ! てか、寝てたんだ」
「いえす」
「じゃあ早く食べるよー」
今日のご飯は、スパゲッティとハンバーグの盛り合わせ。
……あれ、なんか、いつもより量多くね?
「オネエチャン、あたちこんな食べられない」
「え? いや残したら私食べるから大丈夫。てか残せ」
「ええ……」
お姉ちゃんは犬ってこともありめっちゃ食うんだけど、今日は更に増して量が多い。
部活、いつもより大変だったのかな……
ドッグフードとかもおやつで普通に食べているけど、お姉ちゃん曰く犬と人間のハーフみたいなものだから、ちゃんと人間の食べ物でも栄養摂らなきゃ死ぬらしい。
「「いただきます」」
合掌してスパゲッティを口に運ぶ。
うん、めちゃうま!
でも案の定途中でお腹いっぱいになり、残りはお姉ちゃんが全部食べた。
いや、流石に異常な食いっぷりですわ。
⋯⋯あ、しずくとしたことが、遊ぶことについて伝えてなかった。
「お姉ちゃん、土曜日家で水萌ちゃんと宙と蓮月と遊びたいんだけど、いい?」
「え? あ、そうなの。何時から?」
「12時」
「あマジ? 実は私も明日諒達と遊ぶんだよね。家でじゃないけど、集合場所は12時にここ」
……えっ、それじゃあ。
「て、てことは、軽井沢さんも来るんだあ?」
「……え、そうだけど」
「ダヨネェ」
うわぁ、気まず……えっ、嫌だ、すごく嫌だ。
しかも軽井沢さんによると中鶴さんもしずくを心配してるらしい、つまり中鶴さんも蓮月のことをよく思っていないということ……
「もしかしたら丁度静紅達と合うかもね。その後みんなでパン……じゃなくて水族館行ってくるから。3人に迷惑掛けないでよ? あと色々好き勝手させちゃ駄目だからね?」
「へーい」
すぐ水族館行ってくれるならいいけど。
でもまぁ、家で遊ぶ許可は取れたし。
気にせず遊び倒せばいい! うん、そうしよう。
……てか、お姉ちゃんって、そんな軽々しく男子を呼び捨てしないと思うけど。普通に「諒達」って、呼び捨てにしてるな。
けっこう気になるけど、まぁお互い様だし。
「というか、静紅さぁ……好きな人とか、できた?」
「……えっ?」
突如始まった恋バナに困惑する。お姉ちゃんがニヤニヤしながら更に畳み掛けてきた。
「だって静紅、最近蓮月くんと仲良い気がしてさ……犬の勘っていうか……分かるのよ。さぁ、お姉ちゃんに話してごらん?」
「はぁぁぁ!?」
さっき軽井沢さんに言われてもんもんとしていたものが今ので全部吹っ飛んだ。
軽井沢さんに続いて、一体何を言い出すんだ。この前嫌な女子2人に蓮月とデキてるって言われたけど、お姉ちゃんにもそんな風に思われてたの!?
「ないない、しずくと蓮月が? ないわー。ちょっと妄想し過ぎなんじゃない? 病院行ったら? もちろん頭のね!」
「そこまで言う!? だってさ、あんな人見知りな静紅が急に呼び捨てしだすし、距離近いでしょ絶対!?」
「呼び捨てし始めたのは宙にもだし! 蓮月とは友達だよ。友達以上行っても親友止まり。それにあの人女子に興味無さそうだもん」
本当のことを話してもお姉ちゃんはまだ納得できていないようだ。
「恋愛に興味無さそうでも恋に発展したケースがあんの! それに静紅が好きじゃなかったとしても、蓮月くんが静紅のこと気になってる場合だって――」
蓮月が、しずくを? 想像しただけで笑える。もししずくが彼に告白したら、「は? 無理」って速攻断ってくるぞ。いくらしずくが可愛くても。
「というか、お姉ちゃんも中鶴さんのことを呼び捨てにしてるよね。思ってたんだよねー、なんか最近仲が良い気がするなーって。……もしかしてそういう感じ?」
流石にそろそろ鬱陶しいので反撃しようとお姉ちゃんに言われたことを返した。
ま、お姉ちゃんのことだし流石に無い――
「そ、そそそそんなことないけどッ!? し、静紅の気の所為でしょ、てか飽きたこの話終わりねおやすみー!!」
……エッ?
お姉ちゃんは早口で言い残してドタドタと階段を上って行った。
⋯⋯お風呂入んないの?
なんか、今まで見た事ないような焦りようだったんですけど。うっ嘘でしょ?
お姉ちゃんが、中鶴さんと……? 本当に?
転校する前、男子にたくさん告白されたのを全部断りまくって、逆恨みでストーカーしてきた人に蹴り入れてたあのお姉ちゃんが?
確かに中鶴さんは爽やか系イケメンって感じだし、性格も優しくて頼りになりそうだけど……
ま、まさか。流石に無いだろ。お姉ちゃんに限って…………無いよね?
そして気になることが増えすぎたしずくは、無事その夜は寝れずじまいになるのだった。
氷華は諒と交際し、夏南も颯斗と交際し始め、楽しい学校生活を送っている4人。
ある火曜日、夏南が水族館でのダブルデートを提案し、4人はその日を心待ちにするのだった。
一方その日の放課後、静紅は友人3人と別れ、氷華と一緒に過ごせる時間が減ったことに寂しさを感じながら歩いていた。
すると、同じく下校していた颯斗に話しかけられたが、颯斗が静紅に話した事は、蓮月と一緒にいることをやめるように諭すものだった。
静紅はそのことに怒りを感じ、絶対に蓮月や水萌と宙との関係を絶たず、3人の信頼を取り戻すと決意するのだった。
次回「心の家の代弁者」




