第48話 友達だから聞けること、友達だから聞けないこと
月曜日の朝、天野ひよりは玄関の鏡の前でマフラーを整えていた。
昨夜のうちに準備しておいた鞄には、日曜日に買ったばかりの水色のノートが入っている。現代文の共同課題はすでに終わっているけれど、授業中に気になったことや、読んだ本について書き留めるために使おうと決めたものだった。
「ひより、そろそろ出ないと遅れるわよ」
台所から母の由美が声を掛けてくる。
「うん、今行く!」
ひよりは鏡から離れ、鞄を肩に掛けた。
玄関を出ると、冬の冷たい空気が頬へ触れた。空はよく晴れていたが、朝の風にはまだ厳しい冷たさが残っている。ひよりはマフラーへ顎を埋めるようにして、いつもの通学路を歩き始めた。
週末は千夏と買い物をして、家では美月とゆっくり話した。
そして、北条真樹との書店への外出についても、待ち合わせの時間と場所まで決まった。
来週の土曜日、午後一時に駅の改札前。
そう考えるだけで、少しだけ楽しみな気持ちになる。
(北条君、どんな本をおすすめしてくれるんだろう。私も好きな本を一冊くらい紹介できたらいいな)
ひよりはそんなことを考えながら歩いていたが、学校へ近づくにつれて、少しだけ気持ちが引き締まった。
今日は月曜日。
また一週間の学校生活が始まる。
先週は現代文の発表があったため、放課後や昼休みも何かと忙しかった。今週は大きな課題が一段落しているので、少し落ち着いて過ごせそうだった。
ただ、佐伯颯太と顔を合わせる可能性はある。
告白してから、まだそれほど時間は経っていない。
先週、学校で少し話したときには、颯太はひよりの気持ちを尊重し、無理に距離を縮めようとはしなかった。
そのことがありがたかった。
けれど、だからといって何も感じなくなったわけではない。
(……今日も、普通に過ごせたらいいな)
ひよりは小さく息を吐き、校門へ向かって歩き続けた。
教室へ入ると、すでに何人かの生徒が登校していた。
窓際では男子生徒たちが週末の試合について話しており、黒板の近くでは女子生徒が新しい文房具を見せ合っている。教室の暖房はまだ十分に効いておらず、ひよりはコートを脱ぎながら少しだけ肩をすくめた。
「ひより、おはよう!」
明るい声に振り返ると、千夏が自分の席から手を振っていた。
「千夏、おはよう!」
ひよりは笑顔で近づき、鞄を机の横へ掛けた。
千夏はひよりの顔を見ると、嬉しそうに笑った。
「昨日は楽しかったね。私、帰ってから買ったペンを全部試し書きしちゃった」
「ふふ、千夏らしい。私も新しいノート使ってみたよ」
「えっ、もう?」
「うん。現代文のこととか、ちょっと書きたくなって」
ひよりが鞄から水色のノートを取り出すと、千夏は興味深そうに覗き込んだ。
「可愛い! やっぱりその色にして正解だったね」
「うん。使いやすそうだし、気に入ってる」
二人がそんな話をしていると、教室の後ろの扉が開いた。
「おはよう」
声を掛けて入ってきたのは、橘海斗だった。
海斗は教室を見渡し、ひよりと千夏の姿を見つけると、少しだけ表情を緩めた。
「天野さん、藤崎さん。おはよう」
「橘君、おはよう!」
「おはよう、橘君。週末はゆっくりできた?」
千夏が尋ねると、海斗は少し考えたあと、苦笑した。
「まあまあかな。課題が終わったから気が抜けたけど、結局ほかの宿題もあったし」
「分かる! 大きい課題が終わると、全部終わった気になるんだよね」
千夏が笑うと、海斗も小さく笑った。
ひよりはその様子を見ながら、日曜日に届いた資料のことを思い出した。
「あ、橘君。昨日は資料ありがとう。あのあと少し読み返してみたんだけど、やっぱり面白かったよ」
海斗は少し驚いたように顔を上げた。
「本当? 休みの日に送っちゃったから、迷惑じゃなかったかなって思ってたんだけど」
「全然! むしろ嬉しかったよ。発表のときには気づかなかったところもあったし」
ひよりはそう言って笑った。
海斗はその笑顔を見て、少しだけ肩の力を抜いた。
「それならよかった。俺も、あの作品はもう少し読んでみたいと思ってたんだ」
千夏は二人のやり取りを聞きながら、何も言わずに微笑んでいた。
海斗がひよりと話すとき、以前より少しだけ表情が柔らかくなっている。
その変化に気づいているのは、おそらく自分だけではないだろう。
けれど、ひよりはまったく気にしていない様子だった。
「そうだ、橘君。これ、昨日買ったノートなんだけど」
ひよりは水色のノートを開き、書き留めた内容を見せた。
「ここに、橘君が言ってた解釈を書いてみたの。あと、私が考えたことも少し」
海斗はノートへ視線を落とした。
丁寧な文字で、登場人物の行動や気持ちについて整理されている。
ひよりが自分の話をきちんと受け止め、さらに考えてくれたことが伝わってきた。
「……すごいな。ちゃんとまとめてる」
「そんなことないよ。気になったから書いただけだし」
ひよりは少し照れたように笑った。
海斗はその表情を見ながら、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。
(……天野さんって、こういうところがいいんだよな)
誰かの意見をただ聞くだけではなく、自分なりに考えて、また話そうとしてくれる。
共同課題の準備中にも感じていたことだったが、発表が終わってからもその姿勢は変わらなかった。
海斗はノートから顔を上げた。
「もしよかったら、今度おすすめの本とか教えてくれない?」
ひよりは目を瞬かせた。
「おすすめの本?」
「うん。天野さん、普段から小説読むって言ってたから。俺、最近は課題の本ばっかりだったし、何か読んでみようかなって」
ひよりは少し考えたあと、嬉しそうに頷いた。
「もちろん! でも、橘君ってどんな話が好き?」
「そうだな……。あんまり難しすぎないほうがいいかも。読んだあと、ちょっと考えたくなるような話は好きかな」
「じゃあ、いくつか候補あるかも。今度持ってくるね」
海斗は笑顔で頷いた。
「ありがとう。楽しみにしてる」
そのとき、予鈴が鳴った。
教室の中で話していた生徒たちが、それぞれの席へ戻り始める。
ひよりもノートを閉じ、机の中へしまった。
海斗は自分の席へ戻りながら、先ほどの会話を思い返していた。
ひよりが嬉しそうに本の話をしてくれた。
それだけのことなのに、今日の学校生活が少し楽しみになっていた。
午前中の授業が終わり、昼休みになると、ひよりと千夏はいつものように一緒に昼食を取ることにした。
教室には弁当の蓋を開ける音や、購買へ向かう生徒たちの声が広がっている。
ひよりは母が用意してくれた弁当を机へ置き、千夏と向かい合うように椅子を動かした。
「今日のお弁当、卵焼き入ってる!」
ひよりが嬉しそうに言うと、千夏は笑った。
「ひより、卵焼き好きだよね」
「うん。お母さんの卵焼き、甘くて美味しいんだ」
ひよりは箸で卵焼きを持ち上げ、嬉しそうに口へ運んだ。
千夏はその様子を見ながら、自分の弁当を開いた。
しばらくは週末の話や、午前中の授業について話していたが、やがて千夏が少し声を落とした。
「ねえ、ひより」
「ん?」
「最近、橘君と仲いいよね」
ひよりは箸を止めた。
「橘君?」
「うん。共同課題が終わってからも、結構話してるなって思って」
ひよりは少し考えたあと、頷いた。
「そうだね。橘君、話してみるとすごく面白いんだよ。まじめだし、私が気づかなかったことも教えてくれるし」
千夏はその答えを聞き、少しだけ微笑んだ。
「そっか。ひより、楽しそうだもんね」
「うん。今度、おすすめの本を教えることになったんだ」
「へえ。いいじゃん」
千夏はそう言いながら、ひよりの表情を観察した。
ひよりは純粋に、新しい友達ができたことを喜んでいるようだった。
海斗のほうは、少し違う気持ちを抱き始めているように見える。
けれど、それを今ここで伝えるべきかどうか、千夏は迷った。
ひよりは失恋したばかりだ。
誰かから好意を向けられているかもしれないと伝えれば、必要以上に意識してしまうかもしれない。
千夏は一度考え、別の話題を選んだ。
「そういえば、明日は玲奈ちゃんとお茶するんだよね?」
「うん! 放課後に会う予定だよ」
ひよりは嬉しそうに頷いた。
「玲奈ちゃんが可愛い喫茶店を探してくれたの。駅から近いし、落ち着いて話せそうなんだ」
「へえ、楽しそう。玲奈ちゃんって、北条君の幼なじみなんだよね?」
「うん。小さいころから知ってるんだって。ノアのことも子犬のころから知ってるみたい」
ひよりはそう言いながら、少しだけ笑った。
「この前、ノアの昔の話を聞いたんだけど、すごく可愛かったんだよ」
千夏は頷いた。
玲奈とはまだ直接会ったことがない。
ひよりの話を聞く限り、明るくて親しみやすい女の子なのだろう。
けれど、真樹の幼なじみという関係は、少しだけ気になっていた。
「玲奈ちゃんって、北条君と同じ学校なんだよね?」
「うん。桜陵学園だって」
「じゃあ、学校でもよく会うのかな」
「そうみたい。昔から仲よしなんだって」
ひよりは何気なく答えた。
千夏はその様子を見ながら、少しだけ考えた。
ひよりは、玲奈と真樹の関係を自然に受け止めている。
今のところ、特別な意味を感じている様子はない。
それは、真樹を恋愛対象として意識していないからなのかもしれない。
千夏は弁当へ視線を戻した。
誰かの気持ちを勝手に決めつけるのはよくない。
けれど、ひよりの周りで少しずつ関係が変わっていることは、何となく感じていた。
その変化がひよりを傷つけるものにならなければいい。
千夏はそう思いながら、ひよりの話へ耳を傾けた。
午後の授業が終わるころには、教室の窓から差し込む光が少しずつ傾き始めていた。
ひよりは教科書を鞄へしまい、千夏と帰り支度をしていた。
「ひより、今日はまっすぐ帰る?」
「うん。明日は玲奈ちゃんと会うし、今日は宿題を先に終わらせようかなって」
「偉いなあ。私も見習わなきゃ」
千夏が笑うと、ひよりも笑った。
そのとき、教室の入口近くで誰かがひよりの名前を呼んだ。
「天野さん」
振り返ると、海斗が立っていた。
「橘君、どうしたの?」
ひよりが近づくと、海斗は少しだけ照れたように笑った。
「朝話してた本のことなんだけど、急がなくていいからね。天野さんのおすすめ、楽しみにしてるけど、無理して探さなくても大丈夫だから」
ひよりは嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。でも、私も考えるの楽しいから大丈夫だよ」
「そっか。じゃあ、また明日」
「うん。また明日!」
ひよりが手を振ると、海斗も軽く手を上げて教室を出ていった。
その背中を見送りながら、千夏は小さく息を吐いた。
「……橘君、ほんとに優しいね」
「うん。気を遣ってくれるよね」
ひよりは何気なく答えた。
千夏はその横顔を見て、少しだけ笑った。
ひよりはまだ、海斗の視線に込められたものへ気づいていない。
それが今は自然なのだろう。
千夏は何も言わず、ひよりと一緒に教室を出た。
一方、同じ月曜日の放課後、私立桜陵学園では一ノ瀬玲奈が教室で帰り支度をしていた。
机の上には教科書とノートが重ねられ、窓の外には夕方の淡い光が広がっている。
玲奈は鞄へ筆箱をしまいながら、明日の予定を思い出していた。
火曜日の放課後、ひよりとお茶をする。
店は決まっているが、待ち合わせの細かな時間については、明日の授業が終わってから連絡を取り合うことになっている。
玲奈はスマートフォンを確認し、ひよりとのメッセージを読み返した。
ひよりは明日を楽しみにしてくれている。
そのことが嬉しかった。
けれど、真樹のことを考えると、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなる。
昨日、自分から喫茶店へ誘った。
真樹は、再来週以降なら予定が合うかもしれないと返してくれた。
具体的な日程はまだ決まっていないが、断られなかったことが嬉しかった。
「玲奈、何見てるの?」
突然声を掛けられ、玲奈は顔を上げた。
目の前には、同じクラスの三浦沙耶が立っていた。
「沙耶。ううん、明日の予定を確認してただけ」
「明日? 何かあるの?」
沙耶は興味深そうに尋ねた。
玲奈は少しだけ笑った。
「放課後、友達とお茶することになってるの」
「へえ、いいじゃん。誰と?」
「この前知り合った子。別の学校の女の子なんだけど、すごく話しやすくて」
玲奈はひよりのことを思い浮かべながら答えた。
沙耶は嬉しそうに頷いた。
「新しい友達ができたんだ。いいね。玲奈、最近ちょっと楽しそうだもん」
玲奈は少し驚いた。
「……そう?」
「うん。なんか、前より予定が増えた感じ。土曜日も真樹君とノアの散歩だったんでしょ?」
沙耶の言葉に、玲奈は頬が少し熱くなるのを感じた。
「うん。久しぶりにゆっくり歩けて楽しかったよ」
「へえ。真樹君とは相変わらず仲いいんだね」
沙耶は何気なく言った。
玲奈はその言葉を聞き、少しだけ複雑な気持ちになった。
仲がいい。
それは間違っていない。
けれど、自分が望んでいるのは、ただ仲がいい幼なじみという関係だけではなかった。
玲奈は鞄の持ち手を握り直した。
「……うん。昔からの付き合いだからね」
沙耶は玲奈の表情を見て、少しだけ首を傾げた。
「玲奈?」
「えっ?」
「何か、ちょっと考え事してる?」
玲奈は一瞬迷った。
沙耶は親しい友達だ。
学校でもよく一緒に過ごしているし、困ったときには相談できる相手だった。
けれど、真樹への気持ちについては、まだ誰にもはっきり話していない。
口にしてしまえば、今まで自分の中だけにあった気持ちが、現実のものになってしまう気がした。
玲奈は少しだけ笑った。
「……ちょっとね。でも、大丈夫」
沙耶はそれ以上追及せず、穏やかに頷いた。
「そっか。話したくなったら聞くよ」
「ありがとう、沙耶」
玲奈はその言葉に少し安心した。
沙耶はいつも、無理に聞き出そうとはしない。
だからこそ、いつか話せる日が来るかもしれないと思った。
二人は教室を出て、廊下を並んで歩いた。
途中、階段の近くで神崎蓮と真樹が話している姿が見えた。
玲奈は思わず足を緩めた。
真樹は蓮の話を聞きながら、少しだけ笑っている。
その表情を見た瞬間、玲奈の胸が小さく跳ねた。
「……真樹」
玲奈が小さく呼ぶと、真樹が顔を上げた。
「一ノ瀬。今帰りか?」
「うん。真樹たちも?」
「ああ。今日はもう帰るところ」
真樹はそう答え、蓮へ視線を向けた。
蓮は玲奈と沙耶へ軽く挨拶した。
「お疲れ。二人とも今から帰るの?」
「うん。蓮君もお疲れさま」
沙耶が笑顔で答えた。
玲奈は真樹を見ながら、少しだけ迷った。
昨日、自分から喫茶店へ誘ったばかりだ。
今ここでまた話しかけたら、しつこいと思われるだろうか。
けれど、せっかく会えたのだから、少し話したかった。
「真樹、昨日は返事ありがとう」
玲奈が言うと、真樹は頷いた。
「ああ。喫茶店のことだろ? 予定が分かったら連絡する」
「うん。楽しみにしてるね」
玲奈は笑顔で答えた。
真樹も穏やかに頷いた。
そのやり取りを、蓮は少しだけ意外そうに見ていた。
玲奈が真樹を誘ったらしい。
詳しいことは分からないが、真樹は普段どおりの様子だった。
蓮は玲奈の表情へ一瞬目を向けた。
玲奈は嬉しそうに笑っている。
その笑顔が、ただの幼なじみへ向けたものなのかどうか、蓮には判断できなかった。
けれど、少し気になるものはあった。
蓮は何も言わず、真樹へ声を掛けた。
「北条、そろそろ行くか?」
「ああ」
真樹は頷き、玲奈たちへ顔を向けた。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日、真樹」
玲奈が手を振ると、真樹も軽く手を上げて歩き出した。
蓮はその隣を歩きながら、少しだけ考えていた。
真樹がひよりを好きだということは知っている。
そして、玲奈が真樹と長い付き合いであることも知っている。
ただ、その二つの関係が今後どう変わっていくのかは、まだ分からない。
蓮は真樹の横顔を見た。
真樹は何も気づいていない様子で、帰り道の話をしている。
(……こいつ、案外こういうところ鈍いんだよな)
蓮は小さく息を吐いた。
けれど、今の段階で余計なことを言うつもりはなかった。
玲奈の気持ちが確かなものかどうか、蓮自身にも分からないからだ。
そのころ、玲奈は沙耶と並んで校門へ向かっていた。
沙耶は先ほどのやり取りを思い出しながら、少しだけ笑った。
「玲奈、真樹君と喫茶店に行くんだ?」
「うん。まだ日程は決まってないけどね」
「いいじゃん。幼なじみと二人でお茶って、何だか楽しそう」
玲奈は少しだけ頬を赤くした。
「……そうかな」
「うん。玲奈、すごく嬉しそうだったよ」
沙耶は何気なく言った。
玲奈は思わず顔を上げた。
「えっ、そんなに?」
「そんなにっていうか、見てれば分かるよ。楽しみにしてるんだなって」
沙耶は笑った。
玲奈は少しだけ俯いた。
自分では、いつもどおりに話しているつもりだった。
けれど、沙耶には何か伝わっていたらしい。
玲奈は鞄の持ち手を握り直し、少しだけ笑った。
「……うん。楽しみなんだ」
その言葉は、嘘ではなかった。
真樹と二人で出かける約束。
まだ日程は決まっていないけれど、玲奈にとっては大切な予定だった。
沙耶はその様子を見ながら、何も言わずに微笑んだ。
玲奈が何かを話したくなるまで、待っていよう。
そう思った。
夕方、ひよりは自宅へ戻り、学校の宿題を終わらせていた。
机の上には数学の問題集と英語のノートが広げられ、窓の外には夕暮れの光が差し込んでいる。
ひよりは最後の問題を解き終えると、鉛筆を置いて大きく伸びをした。
「ふう……終わった!」
そのとき、スマートフォンが短く震えた。
画面には玲奈からのメッセージが表示されていた。
『ひよりちゃん、こんばんは!』
『明日のお茶なんだけど、学校が終わったら駅前で待ち合わせで大丈夫かな?』
ひよりはすぐに返信した。
『こんばんは! うん、大丈夫だよ』
『私、明日はいつもどおりの時間に終わる予定だから、駅前に行けると思う』
玲奈から返事が届いた。
『よかった! じゃあ、明日、学校が終わったら連絡するね』
『私も楽しみにしてる!』
ひよりは笑顔で返信し、スマートフォンを置いた。
明日は玲奈とお茶をする。
初めて二人だけでゆっくり話す時間だった。
玲奈とは、ノアを通じて知り合った。
真樹の幼なじみで、明るくて優しい女の子。
ひよりは玲奈ともっと仲良くなりたいと思っていた。
どんな話をしよう。
学校のこと、好きなもののこと、休日の過ごし方。
そして、ノアの昔の話も聞いてみたい。
ひよりはそんなことを考えながら、明日の準備を始めた。
一方、玲奈も自室で明日の予定を確認していた。
ひよりからの返事を読み、少しだけ安心した。
待ち合わせの時間は、明日の放課後に連絡を取り合って決める。
それで問題ないはずだった。
けれど、玲奈はスマートフォンを置いたあと、しばらく考え込んだ。
明日、ひよりと二人で話す。
きっと楽しい時間になるだろう。
ひよりは話しやすい女の子だし、自分ももっと仲良くなりたいと思っている。
それなのに、真樹のことを考えると、胸の奥が少しだけ苦しくなる。
玲奈は机の上に置いた手帳を開いた。
火曜日の欄には、ひよりとのお茶の予定が書かれている。
その少し先には、まだ日程の決まっていない真樹との喫茶店の約束がある。
玲奈はその二つを見比べた。
(……ひよりちゃんと仲良くなりたい。でも、真樹のことも諦めたくない)
どちらも本当の気持ちだった。
だからこそ、簡単に答えを出せなかった。
玲奈は手帳を閉じ、ゆっくり息を吐いた。
明日は、ひよりと楽しく話そう。
真樹のことばかり考えず、ひより自身のことをもっと知りたい。
そう思いながらも、心のどこかでは、ひよりが真樹をどう思っているのか気になっていた。
友達だから聞けることがある。
けれど、友達だからこそ、簡単には聞けないこともある。
玲奈はそのことを、少しずつ感じ始めていた。
窓の外では、冬の夜が静かに深まっていた。
明日の放課後、二人は初めてゆっくり向き合うことになる。
その時間が、今までの関係を少しだけ変えるかもしれない。
玲奈はまだ、その変化がどんなものになるのか分からなかった。
ただ、ひよりと会うことを楽しみに思う気持ちと、真樹への想いを胸に抱えながら、明日を迎えようとしていた。




